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異世界の闇軍師  作者: まさな
第三章 ジョブは冒険者?

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第十一話 月見草と吟遊詩人

2016/10/2 誤字修正。


 ダンジョンから街に戻ると、かなり日が傾いていた。

 パンと卵を買い付け、その足でまたドットの家に行く。


「あれ? ユーイチ、なんか忘れ物?」


 ドットが俺たちを見るなり言う。


「いや、そうじゃないが」


「こ、れ!」


 ティーナが笑顔で差し出す。


「あ、卵か」


「じゃ、私が料理作ってあげるから、お邪魔します」


「ああ、これはこれは」


 ドットの母親が頭を下げてくるが、少し顔色が良くなった気がする。


「お加減はいかがですか?」


 ティーナが具合を聞く。


「ええ、おかげさまで、大分良くなりまして。げほっ、ごほっ、ああ、いけない」


 咳が出てしまい、少し慌ててそれを無理に止めようとする母親。


「あれえ、治ったと思ったのになあ」


 ドットも首をひねる。


 なかなか頑固な風邪だ。医者がいれば見てもらった方が良いのだが、今、この街の回復系の専門職の人間は全員出払ってしまっている。

 ティーナが料理を作り終えると、病人の家に長居するのも悪いので、俺たちはさっさと宿に戻った。


「何か良い薬が有ればいいんだけど」


 考え込むティーナ。


「道具屋で聞いてみるか」


 思いついて言う。

 様々なアイテムを取り扱っている店主なら、何か知っているかもしれない。


「そうね。じゃあ行きましょう」


 俺は明日でも良いかと思っていたのだが、ティーナは行動力がある。道具も見たいので俺も付いていく。リムやクロも付いてきた。


「風邪ですか…」


 道具屋のおばさんにドットの母親の症状を話して聞いてみた。


「ええ。何か良い薬を知らないですか?」


「一番良いのはカリンの実なんだけど、今、うちには置いてないんです。秋になる実だからね」


「ああ…」


 今は春だ。


「他には、ああ、この近くの山の上に黄色い花の月見草が生えてるんだけど、それが病気に良く効くんです」


「それだ!」


 ピンと来るものがあった。


「じゃ、取りに行きましょう」


「ああ、お客さん、待って下さい。月見草は夜にしか咲きませんよ。その咲いた時の花びらが効くんです」


「へえ。なんだか不思議ね」


「その近くにモンスターはいますか?」


 念のために聞いておく。


「ビッグクロウラーがいるけど、夜は眠ってるし、起きてても動きが遅いから、あなた方なら大丈夫だと思いますよ」


 芋虫か。動きが遅いなら逃げられるな。


「よし。じゃ、ありがとうございました」


「いえいえ」


 ついでに、切らしているポーションを六つほど買い込む。月見草の花びらを手に入れたときのために調合用の乳鉢と乳棒も買う。

 他に何か使える物が有れば、と思ったが、魔法書や植物図鑑などは置いてなかった。というか、この道具屋には本の類いは一冊も無いし、近くの店にも本屋は見当たらなかった。

 本はやはり貴重品で、下手をするとどこかの国の首都の図書館あたりへ行かねば出会えないのだろう。悲しい。


「じゃ、先に夕食を食べてから行きましょう」


 ティーナが言う。


「ああ」

「賛成ニャ!」


 宿でチキンの香味焼きと、パンとスープにありつく。


「旨いニャー」


「ホントにな」


 この世界の食べ物には期待してなかったのだが、チキンの香味焼きは美味しい。程良くスパイスが利いていて、ハーブも加えられているようだ。

 ここの宿代はいくらか聞いてはいないが、ティーナに付いていれば明日も同じ料理が食えるだろう。

 ありがたや、ありがたや。


「おお、これはこれは。失礼ですが、もしやあなた様方は、山賊ルゴーを倒した御方では?」


 食事を三人と一匹でしていると、派手な格好をした若い男がそう話しかけてきた。

 緑地に幾何学模様の入ったポンチョと緑のとんがり帽子をかぶっている。背中には琵琶法師が持つような丸みを帯びた弦楽器を担いでいる。

 吟遊詩人(バード)だろう。

 楽器を鳴らすと、敵がダメージを受けたりするんだろうか? 気になる。


「え? ええ、そうですけど…あなたは?」


 ティーナが戸惑いつつ応対する。


「申し遅れました、私は吟遊詩人(バード)の端くれ、イシーダと申します」


 そう言って華麗にお辞儀する茶髪のイケメン。

 なんかね、声からしてイケメンなのよね。

 爽やかなスマイルが胡散臭い。


「そう。それで、吟遊詩人さんが私たちに何の用ですか?」


 ティーナは素っ気なく聞く。


「よろしければ、あの極悪非道の山賊達を倒した経緯を教えて頂ければと、そう思って声を掛けた次第です。もちろん、タダでとは申しません。主人、こちらのお嬢様方にフランジェ産のワインボトルを」


 指をパチッと鳴らして、なんだか様になるなあ。


「あ、いえ、私達はこれから出かけますし、お酒は飲まないので」


 ティーナが断る。


「ほう、どちらへ?」


「ううん、それを聞いて、どうするんですか?」


「いや、お気に障ったようでしたら、申し訳ない。ただ、この街の英雄に是非ともお話をお伺いしたく、話しさえ聞かせて頂ければ、つきまとったりはしませんからご安心を」


「はあ、それ、話さないって言ったら、つきまとうんですか?」


 親切でお人好しのティーナも、この男に対しては何か警戒心が強い。


「いやいや、まさか。話すのに何かご都合が悪いと言うことでしたら、私も諦めましょう」


「いいではないか。私もその話は聞きたいところだ」


 隣のテーブルで食事を取っていた身なりの良い中年男も口を挟んでくる。


「うーん…」


「なんでしたら、あなた様のお名前は伏せてと言うことで、いかがですか」


「ふう、分かったわ。じゃあ、私の名前は伏せて、それでいいわね」


「ええ」


 折れたティーナが話したところによると、この街に来て、冒険者ギルドに立ち寄ったところ、掲示板に賞金首の貼り紙がちょうど出されるところだったという。それが盗賊のお頭ルゴーだったというわけだ。


「ちなみに、あなた様はどうしてこの街に?」


「武者修行の旅で」


 と答えるティーナ。


「それはそれは。業物の細剣(レイピア)をお持ちですし、さぞ高名な御方なのでしょう」


「これは、家から持ち出してきただけで、私は大したことないわ」


「ご謙遜を。ちなみに、お家はどちらの…」


「む。名は伏せてって言ったでしょう。それ以上詮索するなら、これ以上何も話さないわよ」


「や、失礼しました。つい、好奇心の虫が抑えきれなくなりまして。吟遊詩人(バード)(さが)でございますれば、お許しを」


「性ねえ」


「はい。それで、賞金首のルゴーを探して回られた?」


「いいえ。目には留めたけど、倒してやろうとかそんなんじゃ無かったの。ただ、偶然、酒場でこの辺の話を聞こうと思っていたら、騒がしい山賊達がやってきて、その中に手配書そっくりの顎髭(あごひげ)の男がいたってだけよ」


「ほほう、それは運命的な物を感じますね」


「止めてよ。ホントに偶然だったんだから。で、いったん酒場を出て、ギルドに報告して詰め所にも応援を頼んだの」


「それは手際の良いことで」


「そう? 手配書の賞金首を、報せるだけでも報酬は出るんだから、その程度よ。でも、詰め所の兵士って、準備にやたら時間が掛かるのね。おかげで私が見張ってなきゃいけなくなったし、山賊達が途中でこっちに気づいて逃げようとしたから、焦ったわよ」


「ほうほう、それで? どうなりました」


「後は、斬り合いになって、兵士も駆けつけたから、親玉が降参して、おしまいよ」


「いえいえ、もう少し、詳しく」


「ええ? 詳しくって言われても」


 ティーナは分かってないので、俺が説明してやることにする。この吟遊詩人(バード)もその手の話をネタにして、後で酒場で楽器を交えて聴衆に話し聞かせ、おひねりをもらうのがお仕事なんだろうし。

 

「話の山場だからね。女剣士に気づいた山賊の手下がお頭に報せ、お頭は仲間を呼んでこいと密かに一人の山賊に命じる。もう一人の山賊は宿に武器を取りに行き、そうとは気づいていない女剣士、その運命や逆に風前の灯火」


「おお、それから、それから?」


 乗ってきたので、ちょっと誇張して話す。


「準備を整えた山賊達が、酒場の女将を急かして勘定を済ませる。さあ、このままでは山賊達はどこかへ消えて逃げ延びる。兵士は未だに姿を見せず、悪人共のやりたい放題。山賊達に囚われている少女は自分の運命を嘆き、天に祈った」


「いや、待って、そんな子いなかったでしょ?」


「いや、いたよ」


 リムの事だけど。


「ええ?」


「それで、どうなりましたか」


「山賊達が次の獲物を見つけに席を立ったとき、月夜に立ちふさがる白きマントの美少女剣士が」


「いや、月は出てなかったけど…」


「そこ! 気分だから。邪魔しないで」


「ええ?」


 満月だろうが新月だろうが、聴衆はそんなこと、気にしないし、そこは重要では無い。


「何者だ! と山賊の手下が凄む。それに恐れを成すどころか、平然と美少女仮面ホワイトレディは微笑む」


「いや、私、仮面なんて付けてないし、だいたい仮面付けてたら表情、分かんないんじゃないの?」


 細かい奴だ。


「いいんです、さあ、その続きを!」


 吟遊詩人のイシーダは細かいところはどうでも良いようで、続きを急かす。


「美少女仮面が颯爽と細剣(レイピア)を掲げて言う。大盗賊ルゴーよ、天が見逃してもこのホワイトレディの目はごまかせないわ。さあ、天に代わってお仕置きよ!」


 腕をクロスさせてポージング。


「言ってない! そんな恥ずかしい事、言ってませんから!」


「素晴らしい! そして山賊達が襲いかかってくる」


 初手はティーナだったけど、それはどちらでも良い。


「ええ。一斉に斬りかかる山賊達に対し、バック転で宙を舞う美少女仮面。テーブルの上で構えるは、旋風剣の構え。対する大盗賊ルゴーは床を踏みならす土竜剣。


 イー! と叫び声を上げて次々と斬りかかる手下共を美少女仮面、素早く躱してばったばったと薙ぎ倒す。


 凄い、指一本触れさせない。

 

 だが、そこに飛びかかったのはなんと、虎の獣人! 


 さすがの美少女仮面も思わず剣でその爪を受け止める!」


「虎の獣人って、誰よ」


「コイツ」


 リムを指差す。さっきまで囚われの美少女だったが、まあいい。


「ニャ。あはは、照れるニャ。ホントは斬りかかったけど、スカったニャ」


「そのまま噛みつかれそうになった美少女剣士、だが、とっさの機転で手元にあったワインボトルを獣人の顔にぶつける。グオオ! 獣人、目が見えない!」


「もう好きにしなさいよ」


「隙を逃さず、美少女剣士が剣を振るって虎の獣人も息絶えた。だが、ルゴーの手下には魔法使いもいた」


「アンタの事ね」


「うん。雨よ凍れ、風よ上がれ、雷獣の咆哮をもって天の裁きを示さん! 貫け! ライトニング!」


 もちろん、格好だけで、魔力は込めてないので、魔法も発動しない。


「危ない! 美少女仮面に迫る雷。だが、おお、見よ、美少女仮面は傷一つ負っていない。バカな! と叫ぶ黒い魔導師。


 美少女仮面がウインクして言う。悪いわね、この剣、ミスリルなの」


「えー…」


「おおお、そこで業物の剣が役に立つと言うわけですね」


「あの呪文はどう見ても私の剣じゃ()ね返せないと思うけど…」


「だが、そこは撥ね返した。素早く身を屈め、タタタッと酒場の床を走り込んだ美少女仮面、黒い魔導師にレイピアを突き立てた。


 ぐおおお…、黒い魔導師、緑の血反吐を吐いて煙と共に消える」


「魔物だったのね、あなた」


「さあ、残るはルゴー一人だけ。だが、この状況でも、ルゴーがにやりと笑う。


 このオレ様に本気を出させるのはお前で三人目だ。もっとも、前の二人はこの剣の錆となったがな。


 美少女仮面、言う。じゃ、私があなたの初めての人になってあげるわ」


「止めて!」


「五十合に及ぶ死闘の末、山のようなルゴーはついに地面に突っ伏した。


 認めん、認めんぞー!


 そして崩れ始める天空の城」


「いや、酒場だから。色々壊しちゃったけど、崩れては無いから」


「じゃ、以上です」


「エクセレント! 素晴らしいご活躍です。いや、お見事!」


 他の聴衆に促すように拍手をするイシーダ。

 つられて他のテーブルからも拍手が巻き起こる。


「ニャー、ホントに凄いニャ、ティーナ。いつそんな山賊を倒したニャ?」


「知らないわよ。だいたい、アンタもその山賊の一員だったんでしょうが…」


「ニャ?」


 ま、あれだけ話を盛れば、もう別団体としか思えないか。


「やあ、ホワイトレディの活躍は聞きしに勝ると言うものでしたね。ところで、そちらの魔術士の方、お名前はなんと」


「ユーイチです」


「では、ユーイチ殿、この素晴らしいお話をお聞かせ頂いた事に感謝して、握手などを」


「はあ」


 男と握手しても全然嬉しくないけどね。

 そう思いつつも、手を出して握手する。


 む、この硬くて冷たい感覚、コインだ。

 イシーダは俺に握手するフリをして、裏金(チップ)を掴ませてくれたようだ。


「では、ユーイチ殿、そう言うコトで、一つ」


 イシーダが笑みを浮かべつつ、目だけ真顔で言う。

 酒場で吟遊詩人のボクが歌うけど、著作権的なものはいいよね? みたいな、そう言うコトで。 


「はい」


 俺が頷く。

 もちろん分かっていますよ。でも、金額が少なすぎたらちょっと分かんないよね、みたいなニュアンスで。


 席に戻って、誰にも見えないようにこっそり、受け取ったコインを確認する。


 なんと、銀貨。

 

 オウ、ドキッとしましたよ。

 どうせ大銅貨くらいじゃないの? もしも小銅貨や黄銅貨だったら、ボク、文句付けちゃうよ、と思っていたのだが、銀貨とは。

 初めて見るが、すぐに銀貨と分かった。女神の刻印。


 1000ゴールドである。

 日本円にしておよそ20万円。


 これは色々なアレとして、充分すぎる金額だ。

 ティーナが妨害するようなら、俺が言いくるめて説得してやんよ。

 偽造コインかも知れないが、後で確認すれば良いし、ここでイシーダもそんなバカな真似はしないだろう。

 吟遊詩人ってそんなに儲かるんだろうか?

 もしそうなら、吟遊詩人になりたいな…いや待て、俺は音痴だし、楽器も弾けない。ちょっと無理か。

 いや、この世界のスキルシステムなら、出来るかも。


「では、私はこれで」


 さすがだ、イシーダ。彼は話を聞き終えたらそそくさと立ち去った。

 俺たちの知らない街の酒場で、語り歩いて儲けるつもりなのだろう。


「じゃ、出かけましょう」


 みんなの食事が終わったのを確認したティーナがそう言って席を立ち、勘定を済ませる。

 いったん、宿の部屋に戻り、装備を調えて出発。

 すでに外は日が沈み、暗くなっているので、明かりの呪文を唱えている。

 食事を取って休憩を入れたので、あともう一回は使えるはずだ。


「でも、まさか私が吟遊詩人の話の登場人物になるとは、思わなかったわ」


 ティーナは、そうなることはもう予測しているらしく、肩をすくめた。


「ああ、それで、名前を言いたくなかったのか」


「当然でしょ。見るからにバードだったじゃない、あの人。楽器(リュート)も持ってたし」


 リムがうっかりと言うか無自覚にティーナの名前を呼んでいるので、イシーダは名前を知っただろうけど。

 そこは、彼も約束として配慮してくれるだろう。


「バードって儲かるのかな?」


 興味があるので聞いてみる。


「さあ? でも、酒場のおひねりなんて、黄銅貨や小銅貨が普通よ。私が見たのは、踊り子(ダンサー)の方だったけど」


「えっ! 踊り子って、どんな感じの?」


「どんなって、綺麗な人だったわよ。ちょっと、派手な衣装で、おへそが見えてたけど」


「おおお…」


 いつか見に行こうっと。

 美少女だと良いなあ。


「ふん、鼻の下を伸ばしてないで、さっさと目的の物を取りに行くわよ」


 むむっ、鼻の下が伸びていたでござるか?

 慌てて鼻を隠すが、ティーナは俺より前を歩いているし、見えていたとは思えない。


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