第七話 道具屋で女を上げる
2016/6/25 数行ほど修正、2回目。
「じゃ、装備は整ったから、あとは道具も一応、見ておきましょうか」
ティーナがそう言い、俺もリムもすぐに賛成。
冒険者ギルドでもらった冒険者の心得にも回復アイテムはいつも持っとけ、みたいなことが書いてあったし。
今日も俺が一つ、ポーションを消費していたりする。
おのれリムめ。
「あ、干し肉は大量にあるぞ」
ダブって買わないように先に言っておく。
「ええ、分かったわ」
道具屋にみんなで行くと、ボロ布を着た小学生くらいの男児が店の前でわめいていた。
「ケチ! 人でなし! 後でちゃんと払うって言ってるだろ!」
「こっちだって商売なんだから、売れない物は売れないよ。さあ、帰った帰った。商売の邪魔するなら、兵士を呼ぶよ」
道具屋のおばさんが怒った様子でしっしっと追い払う。
「あ」
チッ、こっち見んな!
可哀想だとは思うが、この世界にはこういう貧乏人は山ほどいるだろう。
そんなのにいちいち金を恵んでいてはアイテムもろくに買えなくなりそうだし、俺だってそれほど余裕があるわけでは無い。
「ねえ、どうしたの? ボク」
だが、お人好しのティーナが屈んで聞いてしまう。
「ふん」
だが、その男の子も一丁前にプライドがあるのか、そっぽを向いた。見所のある奴だ。ワガママでも良い、逞しく生きろ。
「ちょっと。事情を話してくれなきゃ、相談にも乗れないじゃない」
ティーナもプライドがあるのか、無駄に食い下がる。
「別に相談なんか頼んでない」
「む、可愛げないなあ」
「まったくニャ」
ティーナとリムはそう言うが、この世界の子供だと、おかしな奴に因縁付けられてカモられる事を警戒していてもおかしくは無い。
「放っておけ。礼儀を教えることも大切だ」
なので、冷たく言った。
「じゃ、お姉さんにお願いしますって言ってごらん。力になれると思うよ?」
ティーナさん、本当にあなた親切ですね…。私が見込んだだけはありますよ。
「お金、貸してくれるのか?」
「そうねえ、使い道をきちんと聞かせてくれるなら、貸してあげるけど」
「じゃ、おっかあの病気が治らないから、良いポーションを買うんだ」
「待て、坊主、薬草と毒消し草なら、いくらでもくれてやるぞ」
薬草なら山ほど持っている。
「そんなの、オイラでも取りに行けるっての。薬草も毒消し草も効かなくてさ」
「どんな病気か、具体的な病名は、分かってるの?」
ティーナが確認する。
「そんなの、医者じゃないんだし、分からないよ。ただ、咳き込んで、食欲も無くて、弱って来ちゃって…熱もあるんだ」
少年が泣きそうな顔で答えた。
「そう。困ったわね。この近くに医者は?」
「それが、隣村で重病人が出たからって、往診に出かけちゃったんだ。一週間は戻ってこないよ。司祭様は巡礼中。薬師のお婆ちゃんも娘夫婦に会いに行くって」
「ああ。そうなんだ。ここの医者も大変ねえ」
ティーナがのんきにそんな感想を言うが、回復系ジョブが街から一人もいなくなる状況ってどうなんだと。ちゃんと予定は話し合っておいて欲しい。
「ああ。でも、オイラはそんな金、持ってないし、後で稼いで返すって言ってるのに、そこのおばさん、ケチだからダメだって」
「聞こえてるよ。簡単に稼ぐって言ってるけどね、アンタみたいな小さいのが200ゴールドもすぐ稼げるもんかね。自分で用意できない金を先に寄越せだなんて、どっちがケチかよく考えるんだね」
「ぐぬぬ」
道具屋の言い分もわかる。というか、そちらの方が真っ当だ。子供だからと言って甘やかすと、将来のためにならない。
「ちょっと! 子供相手にそれは無いでしょう。だいたい、親が病気なんだから、そこは大目に見てあげてもいいじゃないですか」
ティーナが言うが。
「そんな事を言ってたら、こっちは商売あがったりだよ。私にどうこう言う前に、アンタがどうにかするんだね」
「いいでしょう。じゃ、ここにある一番高い回復薬を下さい」
「じゃ、高級ポーション、200ゴールドだよ」
「はい」
ティーナは懐から赤い財布を取り出すと大銅貨を二枚、支払った。所持金、いくらあるのかな。痛くもかゆくも無い顔をしているので、相当持ち歩いているはずだ。ミスリルの業物を持ってるくらいだし。
道具屋のおばさんが奥から持ち出したのは、透明なガラス瓶に入った青い液体のポーション。ガラスの加工品がこんなところにあるとは、少し驚いた。だが、日本円にすると4万円、やはり高級だ。
「じゃ、そっちのパンも、もらえるかしら」
「そこの干し魚もニャ」
おい、リム。ちゃっかりしてるな。
「それは今はいいんだけど、まあいいわ」
ティーナはこの男の子の母親に食べさせるつもりで買い込んだのだろう。
「じゃ、はい、お薬」
高級ポーションを子供にぽんと渡す太っ腹のティーナ。
「おー…」
初めて手にしたのか、感動している子供。
「おい、坊主、お礼くらい言えるだろう」
俺が偉そうに言うことでも無いのだが、コイツの将来のためだ。
「恩に着る。でも兄ちゃん、オイラは坊主って歳でもないよ。ドットって言うんだ」
まだ小学生低学年と言った感じなのに、恩に着るとは、しっかりしているというか、何というか。
「そう。じゃ、ドット、私が食事を作ってあげるから、一緒に行きましょう」
ティーナは本当にお人好しだな。他の道具も見ておきたかったが、彼女を一人で行かせるのもどうかと思うので俺も付いていく。リムも付いてきた。
道すがら、ドットの母親の容態について聞いたが、危篤状態というわけでも無く、自分で歩くくらいは出来るらしい。ただ、一週間も咳と熱が続いて食欲も無いなら、タダの風邪ではあるまい。少し厄介な病気だろう。
狭い裏道を通り、ルドラの街外れ、荒ら屋が並ぶ通りに来た。
「オイラの家は、すぐそこさ」
「そう…」
ティーナが顔を曇らせたが、ここは有り体に言えばスラム街というところだろう。ドットよりももっと幼い子供が薪をしょって運んでいるのが見えた。
「ただいま! 薬を買ってきたよ、おっかあ!」
ドットの元気の良さが救いだ。
「ええっ? どこにそんなお金があったんだい。それに、その人達は?」
「このお姉ちゃんが買ってくれたんだよ」
「ああ、ありがとうございます、ゲホッ、ゲホッ」
少しやつれた中年女性が藁を敷き詰めた寝床から立ち上がって頭を下げた。腕を見る限り、奴隷では無いようだが…。
「ああ、お気になさらず。休んでいて下さい」
ティーナが気遣う。
「ですが…」
「俺たちは金貸しでもないただのボランティア冒険者だから、気にしなくて良いです」
そこを心配したのだろうから、言う。
「ああ…」
今ひとつ納得してない感じ。
「困ったときはお互い様ニャ!」
「ああ、ありがとうございます。ありがとうございます」
なるほど、そう言えば良かったか。
「じゃ、おっかあ、これを」
ドットがすぐに飲ませようとするが。
「ちょっと待て。ティーナ、この薬は強いんだよな?」
見た目の色からして、いかにも薬効の強そうな薬だし、冒険者用の薬は瀕死の状態や大量出血の状態から即座に回復が要求される。だが、この病で弱った母親に対しては、そこまでのスピードは必要も無い。
「ああ、そうね、病人なら、そのまま飲まずに、薄めた方が良いかも」
「ええ。ドット、水を汲んできてくれるかい?」
「分かった。すぐ行ってくる!」
ドットが桶を手にぱっと外に駆け出す。
「ドット! 少しで良いから、綺麗な水だよ!」
ティーナが言うが、そのくらいはドットも分かっているだろう。
「馬鹿にすんなよ。それくらい分かってるっての!」
振り返って大声でそう言い返して走って行くドット。問題は無さそうだ。
「大丈夫です。綺麗な水の井戸の場所はドットも知っていますし、私たちも自由に使えますので」
「ああ、ええ…」
ドットの母親がそう言ったが、井戸を自由に使えるかどうかの権利の有無の存在に気づいたティーナも、それで衝撃を受けた様子。この世界、飲み水も簡単では無いと言うこと。近くに水があればいいが、離れているとモンスターも警戒せねばならない。冒険者には簡単なことであっても、一般の女子供には少し厳しいだろう。
「待つ間、少し症状を聞きたいのですが、構いませんか」
俺が母親に聞く。
「ああ、ええ。お医者様でいらっしゃる?」
「いえ、違いますが、冒険者ですからね、多少の知識は」
まだなりたての初日だが、そういうことにしておく。
「そうですか。ええ、先週から、咳が出て、体もだるくて、熱も出て、風邪だと思うのですが」
それと食欲不振か。
「風邪はよく引く方ですか?」
「いえ、よくという程ではないです。でも、何年かに一度は、寝込みますねえ。たいていは三日くらいで治るんだけど」
ふむ…。
「ちょっと失礼、熱を測らせて下さい」
「ああ、ええ」
そう断って、ドットの母親の額に手を当てるティーナ。
「どうだ?」
「そうね、熱っぽいけど、そこまでって程でも」
意識はあるし、弱ってはいるものの、重病という感じでも無い。
「ここ、トイレは…?」
ティーナが聞く。
「ああ、裏手にありますよ。案内、しましょうかね。よっと」
「あ、いえ、お母さんは、寝てて下さい。大丈夫ですから。じゃ、ちょっと見てくるね?」
「ああ」
病気の原因の確認だろう。トイレの衛生状態は、ここの荒ら屋からすると、気になるところでもある。
ちなみに、昨日、俺たちが泊まった宿はなんと水洗だった。
レバーを倒すとそれなりの水が出て流れると言うだけの簡単な仕組みだったが、宿の雇い人か誰かがタンクにせっせと桶で水を入れているのだろう。
「失礼ですが、便の方は、下痢ですか?」
この際だから、聞いてみる。酷い下痢だと、病原菌が考えられるが…。
「ああ、いえ、普通ですね」
「そうですか」
思ったよりは軽症のようで、ほっとする。ドットが平気なことから、感染症の可能性も低め。だが、動くのも辛いらしく、一週間も続くとなると、放っておくのもまずいだろう。
「ああ、ティーナ。どうだった?」
戻って来たティーナに聞く。
「うーん、色々と、ショックだった」
衛生状態は悪いのだろう。とは言え、俺の方はこれまでも野宿で済ませたり、そう大差無い。
「持ってきたよ!」
ドットが慌ただしく桶をこぼしながら走って戻ってきた。こぼすなと言いたくなるが、ここは拙速を尊ぶべし。
「じゃ、火を起こそう」
煮沸しなくても飲めるレベルだろうが、胃腸も弱っているはずの病人に、冷たい水よりは温かいお湯の方がいいだろう。ひん曲がってはいるが、銅の鍋があるので、それに桶の水を注ぎ、竃の薪にドットが火打ち石でさっと火を付ける。
「あ、上手ねえ」
「へへん、火を付けるのはオイラに任せとけってもんよ」
自慢げに鼻をこするドット。生意気なガキと思っていたが、家の手伝いはしっかりやって熟練度を上げているようだ。
「もういいかな」
「いや、少し沸騰させるぞ」
煮沸消毒しておきたい。
「でも、あんまり熱いとおっかあも火傷しちまうぞ」
「ちゃんと冷まして飲んでもらうから、心配するな」
「ああ、うん」
「こうやって沸騰させるとね、お腹、壊しにくくなるのよ」
ティーナが言う。そのくらいの知識はこの世界でもあるようだ。
「へえ? そうなのか?」
「ええ。でも、なんでかしら?」
理由までは知らないらしい。
「熱で病原菌、病気の元を殺せるからだ。煮沸消毒って言うんだけどな」
初歩的な知識を教えてやり、ま、今後の役にも立つだろう。破傷風菌やボツリヌス菌などは百度では死なない場合があるが、生水よりはずっとマシだ。
「ドット、コップは?」
「ああ、これ!」
ドットが自信満々で差し出した木のマグカップ。酒場でも出てきたが、この世界ではこういう木のコップが一般的なようだ。ガラス瓶も存在しているからガラスのコップもどこかには存在するのだろうが、割れやすいのと、加工が難しい事を考えると、まだまだここでは高級品の範疇に入ってしまうのだろう。
「じゃ、貸して。これもついでだから消毒しておきましょう」
「そうだな」
鍋のお湯を注ぎ込み、一度、それを流して捨てる。もう一度、お湯を注いで、それが有る程度、冷めるまで待つ。ドットはその作業を、不思議そうに、そして興味津々といった感じで見ている。母親の方は時折、咳をしながら、適当に眺めるという感じ。
「もういいんじゃない?」
「そうだな」
子供でないのだし、熱ければドットの母親も自分で冷めるまで待つだろう。ポーションの小瓶の栓を抜き、コップに全て注ぎ込む。別段、変化無し。香りも、ほのかに酒と薬草の匂いがする程度できつくはない。
「じゃ、どうぞ」
「ありがとうございます。頂きます」
「焦らないで、ゆっくりで良いですからね」
ティーナが優しく声を掛ける。この気遣いは看護師も余裕で務まりそう。
「ああ、美味しい」
味はまずいと思うが、恩人の手前、そう言っているだけだろう。
「オイラも飲んで良い?」
「ダメよ、ドット。これは病人が飲むお薬だから、ね?」
「分かったよ。母ちゃん、早く元気になると良いなあ」
俺も本当にそう思うが、薬草を食べさせて回復していないので、微妙なところだ。このポーションも、その薬草を煎じて作ったもので、薬効は濃縮されたりして強くなってはいるはずだが、成分的には基本的に同じはず。
「ふう」
全て飲み終わった。
「どうですか?」
ティーナが聞くが、効果はすぐには分からないだろう。
「ええ、おかげさまで、良くなった気がします」
「やった!」
ドットが喜ぶが、まだ早い。
「これで治るとは限らないので、食事を取ったらしばらく安静にしていて下さい。ドット、ちゃんと母さんの面倒、見てあげるんだぞ」
言い聞かせる。
「わかってるよ、兄ちゃん」
「じゃ、また明日、様子を見に来るから、今日は帰ろう。ティーナ」
「ええ」
「このお礼は…」
「ああ、いいですって、お母さん」
「ドットも見送りはいいから、お母さんに付いててやれ」
「うん」
みんなで宿にいったん戻る。
「やっぱり人助けって、気持ちがそれだけで暖まるね」
ティーナが優しい笑顔で言う。
「そうだな」
「うんうん」
「ニー」
反対意見は出ない。
「…あれで、治ると思う?」
ティーナが真面目な顔で聞いてくる。
「微妙なところだろうな。だが、飲ませないよりは飲ませた方が良い。体力も落ちてるようだし、何か、栄養の付く物を食べた方がいいかもな」
あの母親は痩せていた。
「栄養不足も考えられるのよねえ。あの生活だと、色々大変そうだし。旦那様は…」
「そこは、詮索しない方が良いだろう」
働きに出ている可能性もあるが、ドットが道具屋に頼み込みに行くからには、別れたか死んだかどちらかだろう。それを問いただしたところで、俺たちにはどうにもできない。
「ええ…あ、じゃあ、卵とか、スープとか」
「そうだな」
パンと干し肉、それに干し魚は渡したのだが、卵の方が良かっただろう。
「じゃ、それはまた持って行ってあげるとして、ダンジョンへ行きましょうか」
「むっ!」
ティーナが良からぬ提案をしたが、俺はお留守番で。
何を言われようともだ。




