第五話 装備を調える(服)
2016/10/2 誤字修正。
冒険者登録は終わった。
続いて、装備を調えることにする。
「さすがに麻布の服に革鎧だけってのはねえ…」
ティーナも俺たちの格好に同情したか、装備が不満だったか、パーティーリーダーとして金を援助してくれるという。
ありがたや、ありがたや。
この金は自分できちんと稼いで返すとしよう。
まず、一行は服屋に向かった。
タキシードの店員がいる、なにやら高級そうなお店。
「じゃ、好きに選んで良いわよ」
「いや、ティーナ、さすがにここは、高すぎないか?」
「ええ? そうかな?」
この子の金銭感覚がちょっと心配だ。
「手持ちは足りるんだろうな?」
「ちょっと、そんな心配は要らないわよ。ちゃんとあるから」
そう言うが、近くのマネキンに着せてある黄色いドレスの値札を見ると、500ゴールド。俺の手持ちでちょうど買える値段ではあるが、日本円にしておよそ10万円。
高っ!
この世界のゴールド単位で見ると安い感じもするのだが、日本円に換算した途端にそれは無いわーと思ってしまう。
多分、俺のいた現代の服の方がずっと上質で値頃だからだろう。技術も違うし、電気や機械の大量生産だからな。
「これと同じものが欲しいの」
ティーナは臆すること無く店員に自分の白いマントを外して渡している。そう言えば、昨日の盗賊団との戦闘で切られてたか。普通にまだ使えそうだと思うのだが、買い替えるらしい。
「ゆ、ユーイチ、ユーイチ」
リムが小声で呼ぶ。
「何だよ」
「この服、1500ゴールドもするニャ。桁を間違えてると思うニャ…」
白いフリルの付いた上着。それは高そうだ。
「いや、間違いなく合ってるぞ。あっちのドレスは500ゴールドだ」
「うえ。高すぎるニャ。あたしは50ゴールド以上の服は着たこと無いニャ」
「そうだろうなあ」
はっきり言って、俺とリムは場違い感が半端ない。
だが、高級な服なら、着心地は良いだろう。
とは言え、この麻布の服、割と慣れてしまって、気にならなくなってるんだよね。
後でティーナに金を返す事を考えると、どうするか迷う。
「二人とも、選ばないの? リムにはこれなんてどうかな?」
ティーナはそんな俺たちの気持ちはお構いなしに、服を取って勧めてくる。
「ニャ、上着だけで400ゴールド」
「値段じゃなくて色や柄を見てよ。リムの髪の毛の色とおそろいだよ?」
赤を勧めるティーナ。ティーナも赤い服を着ており、このままだとレッド一味みたいになりそうで嫌だ。
「ムー、赤は落ち着かないニャ」
「ええ? じゃあ、好きな色は?」
「青ニャ。灰色も良いニャ」
魚の色だな。
「あー、お魚さんね。はいはい、じゃ、これかな」
「うん、それは、良い感じだニャ」
リムは買いそうな感じなので、俺も、ここは甘えて買ってみることにする。
薄いブルーに染められたシルクの肌着、一枚200ゴールド。
着替えも含めて三枚。
いや、この滑らかな肌触りと、男物の肌着には全く不要と思われる無駄に高級な光沢感が、なんとも。
あとは、下着か。
手を伸ばす。
ん?
その手は何でしょう?
タキシードの店員が俺の手首を掴んでいる。
「それは、どなた様がお召しになりますか」
と店員。
「はあ、私ですが…」
男物だしね。
「申し訳ございませんが、当店の品は奴隷にはお売りできません」
おおう?
まあ、そんな事もあるだろう。
この店員、俺たちが入ってきたとき、にこりともしなかったもんな。
「それは、どういうことかしら」
ティーナが説明を求めるが、お店の方針だろう。
「当店の品は、貴族の方々もお見えになり、お召し頂いている伝統と格式ある品と自負しております。奴隷にはもっとふさわしい品があるかと」
「じゃ、それを見せて下さい」
ムッとした感じのティーナ。
「申し訳ございませんが、生憎と当店にはそのような品は置いてはございません」
「ふう。じゃ、私が買うから、と言うのもダメな訳ね?」
「ええ…お客様は失礼ですが、どちらのお家の方でございましょう?」
「生憎と、名乗る家の名なんて持ってないわ」
「左様でございましたか。では、お売りできません」
「むぅ。貴族なら、売ってたかもしれないわけね?」
「それなりの格式有るお家の方ならば」
「あっそ。じゃ、私のマント、返してくれる? ここでは買わないわ。行くわよ、二人とも」
ティーナがマントを受け取ると、店を出る。
店の前できちんと待っていたクロと合流。クロは賢いなぁ。
俺も外で待ってりゃ良かったかも。
「ふう、なんか、息が詰まりそうだったニャ」
「ごめんなさい、あんな対応をする店だとは思わなくて」
「いや、ティーナのせいじゃないけど、いかにも貴族御用達って感じだし、俺たちはそこまで高級品でなくていいからさ。普通の、庶民の店に行こう」
言う。
「庶民…そうね」
すぐに近くの服屋を見つけたが、客層がかぶらないのか、お互い棲み分けで商売できているようだ。
「ニャ、ちょっと高めだけど、こういう服屋なら、大丈夫ニャ!」
さっきとは違って普通に声を出すリムが、さっそく、積まれている服をひっくり返して選び始める。
「ちょっと、ぐちゃぐちゃにしないの、リム」
「構わないよ。破いたりするのは勘弁して欲しいが、気になる服があれば、下から引っ張り出しておくれ」
人の良さそうなお婆さんがカウンターに座ったままで言う。
「どうもすみません。後で畳みますから」
「なに、元から綺麗に畳んでやしないんだ。気にしなくて良いよ」
「はあ」
俺も気兼ねなく、肌着や下着を選ぶ。
ちょっと気になったので、肌着のシャツを持ったままで、ステータスの呪文を詠唱無しで唱える。
ふむ、このシャツは木綿か。
さすがに、先ほどの絹のすべすべで柔らかい質感には劣るが、今俺が着込んでる麻布に比べると雲泥の差だ。
値段もお手頃、一枚5ゴールド。
やっす!
日本円だと一枚千円か。それだと若干、高い気もするが、まあ、庶民向けはこのくらいが普通だろう。
自分のお金で買えそうなので、シャツは四枚、紐で縛るパンツも四枚、ステテコは二枚、買い込んだ。
薄手なのでそれほどかさばらないし、リュックにはまだ余裕で入る。
「うーん、色が気に入らないけど、一着、持っておこうかしら」
と、ティーナが淡い桃色のシャツを手に取って悩んでいる。
「あたしはこれニャ!」
リムはグレーのパンツをバーンと広げ、掲げている。
お尻のところにしっぽを通すための切れ目が入れてあり、獣人専用らしい。
あのね、もうちょっと女の子の慎みをね。
「リム! 恥ずかしいから、そんなところで広げないの」
注意したものかどうかを迷っていると、ティーナが注意してくれた。
「ユーイチもじろじろ見ない」
俺にも注意してきた。
「ええ?」
いや、目を皿のようにしていたわけでも無いんだが。
有らぬ疑いを掛けられても不快なので、下着コーナーを離れ、最初に目を付けておいた入り口付近のローブを手に取る。
うん、いいね、コレ。
真っ黒なローブ。
厚手で、重さもそれほど無い。肌触りもなかなか。
防御力は皆無だろうが、なんだか蛮族にしかみえない革鎧より、こっちの方が格好良い。
広げて体に合わせてみたが、ピッタリだ。
さっそく、手に持ってカウンターに行く。
「これ下さい」
「はいよ。自分で着るのかい?」
「…ええ、そうですけど…」
この店でも奴隷はアウトなんて言われたら、さすがにへこむぞ。
「じゃ、値札も取ってあげよう。その服も下取りするけど、どうかい」
「ああ、是非」
下取りしてくれるのはありがたいのだが、この中古品、どうするんだろう?
店に並ぶとしたら不安だ。
「アンタのはさすがに、雑巾にしかならないけどね」
俺の不安を見透かしたか、そんな事を言って笑うお婆ちゃん。
試着室という上等なものは無いので、店の奥でそそくさと着替える。
着替え終わって、店の外でクロと一緒に待っていると、ようやくティーナとリムが出てきた。
「ええ? ちょっとその色は何よ」
ティーナが俺のローブを見るなり言う。
「む。いかにも闇のネクロマンサーって感じで禍々しく見えない?」
「いや、見えるから文句付けてるんだけど」
「だが、それが良い。魔術師と言えば、黒だろう」
ニヤリと笑い、ファサッとローブを翻し、邪気眼のポーズ。
ふっ、決まった。
「むぅ、緑とか青とか、有ったでしょうに。私が買ってあげるから赤にしなさい」
「いや! 赤はねーよ!」
そんなの敵のモンスターの魔術士くらいしか着ないと思う。
「赤は無いニャー。それなら、黒の方がずっと良いニャ」
「おお、分かってくれるか、リム」
「ええ? むぅ、あなた達のファッションセンスと来たら…」
ティーナのファッションセンスは洗練されているとは思うが、むむ?
この世界では赤いローブの方が格好良いのだろうか?
いや、だとしても、俺は黒で行きたい。




