第三話 身の上話
2016/10/14 若干修正。
その後は宿に戻り、お互いの身の上話をした。
「へえ、リムはトリスタンから来たんだ」
ティーナが感心したように言う。
俺が最初にいた国がスレイダーン、その東にあるのが今いるミッドランド、トリスタンはさらに南東にある国らしい。
「そうニャ」
「でも、なんで、ミッドランドへ?」
俺が聞く。
コイツの場合、故郷で魚を捕ってりゃ、それで幸せってタイプに見えたのだが。
「西に、凄く美味しい魚がいるって聞いたニャ」
「それかよ…」
魚を求めて三千里ですか? 凄いなお前。
「わあ、それだけの理由で?」
「もちろんニャ!」
エッヘン、と腕組みして胸を張るリムに、俺とティーナはドン引き。少なくともティーナは俺と感覚が近い常識人と分かってほっとした。
「えっと…でも、リム、色々、大変だったでしょう。盗賊にも捕まってたんだよね?」
「まあ、そうニャ。村から出てすぐの頃は宿屋に魚が無かったり、魚の捕れないところで苦労したニャ。でも、干し魚を買っておけば大丈夫だったし、最近は干し魚、自分で作れるようになったニャ!」
もっと他に苦労したことが何かあるだろうと言いたくなるが、まあいい。
「そ、そう。じゃ、遠出するときには、干し魚、買っていきましょうか」
「わーい、ティーナは優しいニャー!」
ティーナに喜んで抱きつくリム。
「わ、ちょっと、もー、ふふ。
あっ! リム、私は女の子だからいいけど、男の子に抱きついちゃダメよ?」
俺を見て言うティーナ。
「ああ、分かってるニャ」
俺も一度コイツに抱きつかれ、盗賊のみんなにからかわれたことがある。あの後、男に抱きつくのはダメだと教えてやったのだが、その時も今とまったく同じ返答だったので、あまり信用できない。
「そう、ならいいけど…」
「じゃ、リムは西へ行きたいんだな?」
「ん? 何でニャ?」
おい。
「西に美味しい魚がいるって聞いたんだろ?」
「ああ、そうだったニャ。もう一年近く前のことだったから、忘れてたニャ。ニャハハ」
いやいや、お前、さっき、五分前に言ったから。
「うーん、そっか。私は、どちらかというと南東へ行くつもりだったんだけど」
ティーナが肩をすくめて言う。
「目的は?」
聞いてみる。
「んー、武者修行? かな」
一瞬、真顔で俺の顔を見て、それから上を見て、にこっと笑って言ったティーナだが、即答で無かったのがちょっと引っかかる。
「ニャ! 武者修行かぁ。私もやってみたいニャ!」
お前もすぐ影響されるなあ。いてて、俺に猫パンチすんな。
「お前な、ふおっ!」
グウ…。
今のは、重い一撃だった…。
ジャブからのストレート。
「あっ! ちょっと止めなさいリム。ユーイチ、大丈夫!?」
いや、ダメです。
かなり痛かったです。
い、意識が…。
口に冷たく苦い味が広がり、意識が戻り、視界が緑色だが、うう、生きてる。
ティーナが心配そうに、空瓶を持ったまま覗き込んでいるが、どうやらポーションを飲ませてくれたらしい。
「うう、死ぬかと思った」
「アッハッハッ、ユーイチは弱いニャ」
「リム! 笑い事じゃ無いわよ。今、ホントに危なそうだったんだから」
「ニャ? そんなに痛かったニャ?」
つーん。この暴力猫め。しばらく口は利いてやらん。
「あう、ごめんニャー…」
「反省したようだけど、いい? リム。獣人は普通の人間より力が強いんだから、レベルの低い人間を、いえ、敵じゃ無い人を殴っちゃダメだよ。今は薬で助かったからいいようなものの、死んだらどうしようも無いんだから」
ティーナがお説教。
「んー、ユーイチ、死にそうだったニャ?」
「冗談抜きで死にそうだったぞ。意識も失いかけた」
「ええ? ごめんニャ…」
申し訳なさそうにするリムは、単に知識や経験が足りなかっただけかもしれない。いや、バカっぽいからなあ。
「次、俺を殴ったら、絶交だから」
「ニャ! しないニャ、絶対、殴らないから、許して欲しいニャ」
「ふむ、まあ、一度は許そう」
そんなに親しくないと思っていたが、懐いていたか。
「ふう、猫の実を取ってくるユーイチがいなくなったら、しばらく食えなくなるところだったニャ。危なかったニャ」
…まあいい、こいつは食い物中心で回ってるんだ。俺の重要性を理解すれば、それでよしとしよう。
「随分な理由ねえ。まあいいわ。次、ユーイチだけど」
「ああ、俺は…」
これまでの身の上をごく簡単に話した。
だが、異世界からやってきたという話はしない。頭の変なヤツと思われるのが関の山だからだ。
「そう、親に売られたの…それは、酷い話ね」
沈痛な表情で同情してくれるティーナは良い奴だ。
「気にするニャ。親なんてうるさいだけニャ。いなくてもいいニャ」
分からんでも無いが、コイツは適当だからなあ。
「ニー、ニー、ニー」
クロが何か皆に伝えたい様子だったが、猫語は分からない。
「リム、分かる?」
ティーナが聞く。俺はリムとクロの言語が通じないのはもう聞いて知っている。
「分からないニャ。耳としっぽは同じだけど、猫と猫族は言葉は違うニャ」
「そうなんだ。ふうん」
「猿と人間が話せないのと同じ事ニャ」
「えっ! い、いやいや、猿と私たちは全然違うでしょ」
ティーナが反論するが、この世界では進化論は広まっていない様子。それに、リムから見ると、猿も人間もよく似ているのかもしれない。
少し疑問に思っていくつか質問してみたが、リムは自分は人間だと言う。ティーナが補足してくれてようやく理解できたが、種族としての人間は人族というのが正式らしい。人族とコミュニケーションが可能な種族は全部、人間。数や勢力が最大の人族が基準になっているようだ。ただ、人間と言う言葉自体がかなり曖昧で、文脈やニュアンスで判断しなければいけないようだ。
「亜人間って言う言い方はあるのか?」
「あるけど、それだと、犬族も猫族もひとまとめになっちゃうから、あまり言わない方が良いと思う」
「ん? ああ、仲の悪い種族もいるとか? それとも差別がどうのこうの?」
「ええと」
「犬族は嫌いニャ。あいつら、すぐ吠えてくるし、縄張りがどうのこうのと、うるさいニャ」
「仲が悪いのか?」
「よく喧嘩するし、お付き合いはしないニャ」
仲が悪そうだ。覚えておこう。
「ああ、猿族はいるのか?」
聞いてみる。犬猿の仲とも言うし。
「ん? そんなのいたかニャ?」
「さあ? 私は聞いたこともないけど、多分いないよ」
いないようだ。
「じゃあ、今後のことなんだけど…」
ティーナが少し言いにくそうに切り出す。
「リム、南東に美味しい魚があるって噂だぞ」
「ニャ! 南東に行くニャー」
チョロいな。
「う、ううん…」
ティーナが気まずそうにしていたが、ひとまずこれでいいだろう。
荷物持ちは欲しいし。フフッ。




