第三話 奴隷のお仕事
2017/8/1 誤字修正。
「えっと、じゃあ…」
「ロブ、ユーイチ、何してるんだい」
質問を続けようとした時、家からエプロン姿のおばさんが出てきた。
「そんなところで油を売ってないで、さっさと水汲みしてきておくれよ。朝食の分はあるけど、洗濯の分が無いよ!」
おばさんはそう言うと腰に両手を当てて、あたしゃ怒ってますよのポーズ。
「分かった。行くぞ、ユーイチ」
「ああ、はい」
本当は水汲みしてる場合ではないのだが、しかし、今、逃げ出すわけにも行かない。
なにせ外国なのだ。
パスポートも、財布すらも俺は持っていない様子。
どうすんだよ…?
日本大使館が有ればいいなあとは思うが、多分、ここには無い。
ひとまず、情報収集だ。
動くのはそれからでも遅くは無い。
と言うか、他に動きようが無いよね…。
小屋に向かうロブの後に付いていき、質問を続ける。
「今のは、奥さん?」
「違う。レダは、奴隷」
ん? 奴隷…?
「えっと、凄くいけない、嫌らしい意味の奴隷じゃなくて、身分が低い、あの奴隷?」
「…奴隷は奴隷。お前、言うコト、分からない」
オーケー、ロブに難しい隠喩や比喩は止めよう。
それよりも。
「えっと、じゃあ、ロブと僕は…やっぱり、奴隷?」
ロブの左腕にも俺と同じ火傷の痕がある。
つまりこれは…。
「そうだ」
ああ…。
どうやらこれは奴隷を識別するための焼き印らしい。
そうじゃないかな?
とは思ったのよ?
いや、でもね。
奴隷ですよ?
少なくとも現代の日本ではあっちゃいけないことだものね。
ネットの掲示板で社畜wなんて言ってても、さすがに鞭打ちする上司はいないでしょう……。
「ユーイチ、手伝え」
「あ、はい」
大トカゲを小屋から出して、荷車にセット。
タイヤもゴムでは無く、原始的な木の車輪だ。
それを見て俺は深いため息をつく。
ここは電柱も電気も見ていないし、電話も無さそう。
おまけに水汲みに行かせられると言うのだから、水道だって無い。
…は、早く帰れると良いな、日本に。
あれ、目から汗が。
ただ、車輪の外側に布か樹脂か、よく分からないが、数ミリほどの厚みで黒いモノが塗られていて、クッションの役割を果たしているらしい。
ロドルはブフッと鼻を鳴らして俺をしっかりビビらせてくれたが、それだけで攻撃はしてこない。
見た目はちょっと厳つい爬虫類で怖いが、意外に大人しい動物のようだ。
荷車(縦二メートル、横幅一メートルちょいの小さな代物)を引かせ、ロブが首筋をぽんと優しく叩くと、ロドルが従順にヒョコヒョコと歩き出す。
空の桶を積んでいるので重さはさほどでも無いが、楽々と言った感じだ。
トカゲ車と呼ぶのだろうか?
分からないことは聞いてみるべし。
人見知りが激しく、調べ物はもっぱらネットや本という俺だが、同じ奴隷のロブは聞いたことには無償で答えてくれる。
心強い。
「ロブさん、コレは何ですか? 馬車?」
「ああ、これは馬車だ」
「トカゲなのに馬?」
「む。…それもそうだが…」
首をひねったロブもそこは分からないようだ。
ま、あまりどちて坊やをやって困らせても悪い。
「よう、ロブ、ユーイチ」
「ああ」
ワダニの家を出て少し道を行くと、鍬を担いだ農夫が挨拶してきた。
俺のことも知っている様子だが、こちらは覚えなんて無い。
どういうことだろうか…。
一応、挨拶は返しておく。
「どうも」
「うちも荷車があればいいんだが。じゃあな」
その人は荷車を持っていない様子。
そんなに高価な物にも見えないんだが、この地方は貧しいのか。
だが、よし、次からコレは荷車と呼ぶことにしよう。
少し歩くと森が開けて、広い畑が見えた。耕している農夫もちらほら。
「うえ、まだ夜が明けたばかりだというのに、皆さん、働き者ですねぇ」
「ああ。今は種まきの時期。忙しい」
ロブが何でも無いように言ったが、今の季節は春か。
「年号は?」
「年号?」
「帝国暦331年とか…」
「ああ。…………忘れた」
ま、それは仕方ない。
これがタイムスリップだったりしたら、かなり重要かもしれないが、
だって異世界だもの。
聞いてもあまり意味の無い質問だった…。
時代的には奴隷解放前で封建制度だろう。
鍬などの鉄器は有るものの、ボロ服で、エンジンや電気や車軸が金属のゴムタイヤが無いとなると、産業革命の前。
俺の世界で言えば、中世辺りなんだろうけど。
「奴隷は、何をして働くんですか?」
「色々だ。ご主人様の言いつけでやる。朝は水汲み、それから畑、夕暮れ前に薪割りだ」
「ち、ちなみに、僕も、ですよね?」
「ああ」
凄くキツそうな職場です…。
水汲みはいいとして、畑はキツそうだ…。
やったことなんてないし。
3Kは、キツイ、汚い、危険だったか。
畑仕事、馬小屋、鞭。
見事に3Kだ。泣ける。
「報酬…みたいなものは? 給金はもらえますか?」
「そんな物は無い」
年収以前の問題だ。
はあ、転職したい…。
「だが、寝床とパンが毎日出る。のたれ死によりはマシだ」
それはそうかもしれないが…。
それって家畜と何が違うんだろう?
「ええと、身分は? 奴隷と? 王様と? 他に何が?」
「貴族、騎士、町人か? オラもよく知らない」
「ワダニ…様、ご主人様は?」
「名主だ」
「名主…貴族では無い?」
「違う。村をとりまとめて、男爵様の言いつけを伝えるのが仕事だ」
「村長?」
「…分からん。この村では偉い人だ」
おそらく村長と同等の立場だと思うが、ロブは詳しくないようだ。
日本と違う部分、特に身分の違いは結構ヤバそうなので早めに把握しておきたいのだが、仕方が無い。
もし向こうから下に~下に! と、荘重な行列がやってきたら、速攻で道の端に寄っておこう。
「この世界は、魔法や勇者なんて存在は?」
念のために聞いておくことにする。
ゲーム脳とか中二病と言われるかもしれないが、ロドルがいるとなると、もしかしてと思うじゃん?
「魔法は知らない。勇者は聞いたことがある」
おお。伝説の勇者はこの世界で存在したりするのかな?
それともただのおとぎ話だろうか。
「魔王は?」
「マオウ?」
「ほら、大魔王、一番強い魔物の王様ですよ」
「恐ろしい魔物がいると聞いたことがあるが、分からん」
「この辺って、モンスターが出てくるんですか?」
「ああ。村から離れると、出る。スライムだ」
おっ!
「それ見てみたいんですが」
「今はダメだ。水汲みがある」
「ですよね」
残念だ。
だが、いずれ村の外に行く機会は有るだろう。
…有るよね?
まさか、このまま一生、あの家で飼い殺しとか、
いやいやいや…
あっ、また目から汗が。
気を取り直して、注意事項を聞いておくことにする。
「ロブさん、奴隷の仕事で、気を付けることって何かありますか?」
「うん? 気を付けること…ご主人様の言いつけをちゃんと守ることだ」
「ええ、まあ、アレは逆らっちゃいけないと思いますが…他に何かありませんか」
「…分からん。有れば教える」
少し考え、軽く肩をすくめるロブ。割合、親切ではあるんだが…。
「そうして下さい。ロブさんはこの仕事、長いんですか?」
「ああ。物心ついたときからオラはずうっと奴隷だ」
それは可哀想だが、大ベテランだけに、この人のアドバイスは大切にしておこう。
いや、それだけじゃダメだな。
そういう人間はマニュアル型人間だ。
言われたことしか出来ない奴だ。
そうじゃなくて、成功する奴ってのは、何事も自分で考えて、先を見て行動するんだ。
そのためにはロブの行動をよく見ておかないと。
アレだ、技を盗んでいくってヤツだ。
そして俺は経験を積む。
出来ない奴とは出来が違うのだ。
ゆくゆくは身も心も完璧な奴隷に…フハハハ! さあ、ご主人様よ、何なりと命令するが良い!
って、ちがーう!
別に俺は奴隷のプロフェッショナルになりたいわけじゃない。
必要最低限でいい。
あの鞭で叩かれない程度に。
アレは痛いし。
当面の目標は、日本に帰ることだろう。
早くこんな異世界とはオサラバしたい。
俺は現状把握を終え、明確な目標を掲げた。
密かに、ではあるが。