第十四話 奇跡
2017/1/15 未回収の伏線「四大元素のクリスタル」の話を数行ほど追加。
邪神を倒す手立てが見つからない。
高速で思考し、この世界で諳んじた伝承をすべてメモリーの呪文で検索するが、神を倒したのは神であり、人が神を倒した伝承は存在しなかった。
うろ覚えの地球の伝説も参考に色々と考えるのだが、ダメージゼロというのは絶望的に厳しい。
歯が立っていないのだ。
ゼロ掛けるゼロは何乗しようともゼロなのだ。
ランスロットが世界中の冒険者が集結していると言ったが、心強くはあっても、冷徹な俺の理性がその力を否定する。
いくら人の戦力を集めようとも、邪神には敵わない――と。
神には勝てない――と。
女神ミルスの啓示は確率的なモノだ。
彼女は俺が邪神を倒し、封印できる可能性が最も高いと言った。
だが、いくら可能性があっても、その当たりくじを引かない限り、勝てないのだ。
俺はくじ引き、弱いんだよね。
この世界はハズレで、別の世界のユーイチが勝利したのかもしれない。
「まだよ! まだ諦めないで!」
ティーナが鼓舞するが、俺の持つポーションと薬草のストックは減る一方だ。
それが尽きたとき、諦めていなくとも、ジエンド。
「ティーナ、退くぞ!」
俺はそう叫んでいた。
「ええ? それで勝てるのね?」
「いや…」
逃げたとしても、次に勝てる方法が見つけ出せるとは限らない。それどころか、今の俺には全く想像が付かないし、時間を掛けても無駄の気がしてきた。
「そう。じゃ、ダメよ。地上では今もモンスターと戦ってるみんながいる。騎士団のみんなは全員、私達の勝利を願ってるはずよ。その期待は裏切れない」
芯の強い奴だ。ティーナは本気で勝利の可能性を信じているのかもしれないが、彼女の理性の一部は間違い無く敗北を認識しているはずだ。
「悪い、俺がもう少し、良いアイディアを出していれば」
俺は吹っ切れたように言う。ティーナには謝っておきたかった。
「違うわ。ユーイチ、これはみんなの、一人一人の戦いなのよ。みんなが戦ってるの。だから、後悔はしないで。たとえ誰かが倒れようとも、私達は勝利を信じないと」
士気としてはその考えも有りだろう。
だが、信じることと勝利することは別なのだ。
「おいおい、辛気くさい話をしてんじゃねーぞッ! 今は戦闘の最中だろうがッ! 勝つ、負ける、信じる、そんな事を言ってる奴は二流以下だッ! いいか、一流の冒険者はッ! 『絶対に勝つ!』なんて言ったりしねえ。それは、ソイツが勝とうと思ったときにはすでに勝利しているからだッ! 『俺は勝利を信じてた!』なら、言っていい!」
グリーズがどこぞのマフィアみたいなことを言いながら邪神に斬りかかっていったが、その通りだな。
「グリーズ、アレクサンダーさんはまだ上にいるのか?」
俺は聞く。S級冒険者の彼ならば、何か良いアイディアを持っているかも知れない。
「ああ? けっ、アイツなら逃げたぜ」
「ええっ?」
「俺が下の様子、お前らの様子が気になってアレクサンダーに見てもらったんだが、そうしたら『ユーイチや皆は大丈夫だ。だがここは任せた』って、どっかに逃げちまったんだ。胸くそ悪いぜ。俺ぁ、アレクのおっさんを信じてたのによ!」
ふむ、グリーズは逃げたと言っているが、多分、何かを探しに行ったな。
邪神を倒すのに必要な何か。
むむ、ひょっとして何かアイテムが足りないのか?
それはアイテムと言っても、薬草やポーションなどの消費アイテムや、オリハルコンなどの装備品のことでは無い。
必須アイテムと言うヤツだ。
クリアするために必要なイベント用のアイテムだ。
「それを捨てるなんてとんでもない!」と言われちゃうアレだ。
それらしい四大元素のクリスタルは集めているし、『真実の鏡』もある。『求めの天秤』は、役には立つが、今じゃないだろうし。いや?
俺は思いついて、背負っているリュックをその場に降ろし、魔道具『求めの天秤』を取り出す。
「ちょっと、時間を稼いでくれ」
「いいぜ!」「わかった!」
グリーズとティーナが引き受けてくれた。
邪神との戦闘中、のんきなことをしている気もするが、このまま戦っていても先が見えないからな。
求めの天秤は、左辺にセットしたものと釣り合うモノを右辺に引き寄せる性質を持つ魔道具だ。
その左辺には、現物でなくとも、想像上のモノでも良い。
ここで、俺は『邪神を倒す方法』を左辺にイメージでセット。
すると、右辺には、ほほう、イーグルアイのウインドウと四大元素のクリスタルが引き寄せられた。
マップウインドウに点滅し始めた赤い点もちょうど四つ。大地、風、炎、水だ。
それで、ウインドウを共有するみんなには伝わった。
「そうか、そこに何か有るんだな! アレクのおっさんが向かったのは、そこか!」
グリーズもすぐに納得した。
あ、そう言えば女神ミルスがこのクリスタルが必要だと言ってたわー。
すっかり忘れてた。
「ポイントは四つだな。よし、手分けしていこう。グリーズ、僕もそちらに向かうから、君は西のポイントを頼む」
ランスロットが言うので俺はクリスタルを全部渡した。
「分かった。って、どうやって上に戻れってんだよ!」
グリーズが上を見て悪態をつく。
「よく見ろ。上からスカーレットがロープを垂らしてくれてるぞ。アレを伝って登れば良いじゃないか」
ランスロットがそう言うが、今は邪神と戦闘中だ。結構危ないよね。
「アレか…チッ、邪神に斬られなきゃいいが」
グリーズもそれを心配してロープと邪神の位置を見る。
「なに、斬られたら別の方法を考えるまでさ。さ、急ぐぞ、グリーズ」
「ちっ、俺が先だぞ!」
二人は争うようにしてロープを高速で登っていく。速いな。
だが、邪神がそれに気づいたか、剣を振るってロープを切り始めた。グリーズの足のすぐ下のロープが切れて落ちる。また切られた。危なっ! 危なっ!
「おい! ユーイチ! 時間稼いでやったんだから、そこは眺めてないで恩を返すところだろうが!」
「ごめんごめん、グリーズ。じゃ、こんな感じで」
浮遊の呪文で浮かせてやり、隠蔽も使う。
それで邪神は二人を見失ったようで、グリーズとランスロットが一時離脱に成功した。
「さあ、時間を稼ぐぞ!」
ランスロット達を信じて俺達は戦う。
「むっ、コイツ、動きが速くなっているぞ」
レーネが剣を避けたところで言う。
完全復活に近づいているのか。
その力がどこまで強くなるかは分からない。
間に合ってくれ。
俺は祈る気持ちで戦闘を継続する。
だが、邪神の動きが速くなったせいで、回避も難しくなってきた。
このままでは……。
「あっ!」
ついにティーナが斧の攻撃を受けたところに鞭も飛んできた。
アレに絡め取られたら最後、抜け出せなくなる。
「ティーナ!」
「駄目、ユーイチ!」
俺は構わずその鞭に自分から突っ込んだ。
スリップの呪文を使うが、やはり因果律の力か、それで逃れられる代物では無かった。
「うおおお!」
巻き付いてくる黒い鞭を魔力弾の直撃ちで弾きつつ、身体の柔軟スキルを最大限に活かして躱し続ける。
ロキソ草も内服で使い、関節も外して限界に挑戦だ。
そして、今、この瞬間にも俺の柔軟スキルレベルが驚異的に上昇していく。
「す、凄い…」
「ニャー、凄いけど、凄く気持ち悪いニャ。タコみたいニャ」
だが、見た目なんてどうだっていい。
俺は締め付けようとする鞭から必死に逃れ続けた。
「祭壇を破壊したぞ!」
上からグリーズの声。
これを待ってたぜ。
「よし! 行け、ティーナ!」
俺は叫んで指示する。
「ええ! たとえ相手が神であろうと、私は負けない! 無限一閃!」
ティーナが邪神に向けて最大奥義を繰り出す。
「効いた! 行けるぞ!」
今までとは異なり、邪神にダメージが通った。ノックバックも発生し、俺は鞭から逃れることが出来た。
神の絶対は崩れた。
「次は私の番だな。気兼ねせずに戦える相手というのもなかなか良いモノだ。行くぞっ! 真・雪爆十六連!」
レーネも秘技を繰り出し、邪神の腕を派手に破壊していく。
「とりゃー! うニャー!」
リムも俊敏を活かして攻撃。
「お呼びじゃ無い奴は、いい加減、くたばりなさい!」
リサのボウガンの矢も飛ぶ。その矢は邪神の上の目と下の目を同時に貫いた。
「これもみんなが生き残るためや、往生しいや!」
ミネアも毒塗りの投げナイフを邪神の背後から放つ。刺さったナイフが白い煙を上げて邪神の皮膚もただれ始めたが、おっかない毒だなぁ。
「ん、成敗」
ミオも風系の伝説級呪文、エア・カノンを無詠唱で撃つ。邪神の腹にぽっかりと穴が空いた。
「フン、森の大賢者の前に、敵なんていないわ。――大気よ震えよ! 大地よ軋め! 青き虚の稲妻よ、我らが敵を貫かん! ライトニング・デュアル!」
エリカが俺と二人三脚で開発した雷系小範囲攻撃呪文を唱えた。電流の範囲を虚数計算も用いて重ね、狭くすることによって威力を上げた伝説級の呪文。
「お願い、届いて下さい……! 今の幸せは手放したくないです。たとえどんな手段を使っても。――神を払い、無に返さん。打ち破れ、ブレイク・ゴッド!」
クロが俺の知らない呪文を使った。解呪の呪文に似ているが、可愛い顔して凄い呪文を使うね。
パキッと邪神の周りの黒いオーラが割れ、砕け散った。
「天上の神々よ、この白き者達にご加護を。無限の愛をもって人を慈しみ給え。――天上の星々よ、燦めく生命の輝きよ、星神の慈しみにおいて天翔る成就とならんことを! ホーリー・コメット」
一度目は効果が出なかったクレアの伝説級神聖魔法。白い光の玉が絶え間なく邪神に降り注ぎ、その闇色の体を連続でえぐっていく。今度は成功だ。
「俺達はここで終わるわけには行かないんだ! ――遍く在りし英霊達よ、我が願望に応じ、畏怖の力をその血に貸し賜らんことを――ダイナミック・トランス・グレイル!」
俺が今この瞬間に閃いた伝説級呪文。駄目元で唱えてみたが一発で起動した。魔法発明のスキルランクが、SSからSSSにレベルアップしたのが意識の中で分かった。
この世界だけで無く、平行世界すべての様々な英雄達の神性を借りる荒技。
攻撃呪文では無い。支援系である。
俺の知る限りにおいて最強の肉体強化呪文にして魔法強化呪文。
様々な色の淡い光が、上から降りてくると、俺達全員をそよ風のように包み込み、一体化した。
「こ、これは…!」
ティーナが青く光り輝く自分の体を見て驚愕する。
ステータスウインドウを確かめるまでも無い。各自、その超絶な力の上昇を感じているはずだ。
それが英霊の力。
「これぞ私が探し求めたあっぱれな敵である。ふむ、弓が無いか。ま、剣でも良かろう」
赤い光を帯びたレーネはそうつぶやくと大剣を振った。
剣から放たれた真空刃が邪神の腕を落とす。
「皆の者、続くのじゃ!」
ミネアが普段と違う喋り方をしてショートソードで邪神に斬り込んでいく。
そのショートソードは緑色の七つの炎のような枝分かれのオーラが出ていて、易々と邪神を斬った。
「たとえ魔女と呼ばれ神に裏切られる運命にあろうとも……私は祖国の勝利のために! はあああ!」
邪神を睨みつけたティーナはレイピアを突きでは無く払いで邪神と戦い始める。ハンターアイの呪文で動体視力が強化された目でも、剣筋が見えなくなった。
魔法チームのパワーアップした攻撃も入り、邪神に次々に強大なダメージが入る。
「よし、このまま押し切れれば」
後は時間の問題、そう俺が思ったとき。
「あっ、邪神が」
ティーナが変化に気づいた。
「なにっ?!」
邪神の身体が溶け出したかと思うと変形を始めた。
だが、このまま倒れる感じでは無い。
むしろ、魔力が強くなるのを感じる。
「くそっ、変身までするのか…!」
俺は戦慄した。
さすがにラスボスだけあって、底知れぬ強さがある。
だが、変身の最中は邪神も攻撃の態勢に入れない様子。
これはチャンスだ。
「今だ! 持てる最大の力で行くぞ! 作戦、ガンガン行こうぜ!」
「了解!」
ティーナが再び無限一閃を繰り出し、レーネも岩砕きの大技を繰り出す。
リムはひたすら斧を振るだけの相変わらずの攻撃だが、それでいい。単調であろうとも攻撃がどんどん入ればいいのだ。
俺も伝説級の呪文、テラフレアを唱えて邪神を攻撃。
さらにすぐさま極上マジックポーションでMPを完全回復させる。
ここは消費アイテムを惜しむところじゃ無い。
「今だ! 魔法チーム、四重詠唱、行くぞ!」
「はい!」「分かった!」「ん!」
俺とクロとエリカとミオ。
四人の大魔導師が同時に詠唱を始める。
魔剣リーファは呪文の妨げになるので地面に突き立てておく。それが最善だと思ったようで、彼女も文句を言わない。
「星よ! 落ちよ! 大いなる場の力をもって敵を押し潰さん! メテオ・ストライク!」
俺達が知る最強の攻撃呪文。
宇宙の隕石を天空から落としてぶつけるというあの呪文だ。
だが、コイツはすぐには攻撃が起きない。
隕石が落ちてくるまでのタイムラグが生じる。
その間に俺達はアイアンウォールでシェルターを構築。
上にいた冒険者も全員、呼んでシェルターに避難させる。
「AHAAA―――」
邪神もようやく変身を終え、前の禍々しい姿とは一変し、神々しい光の女神の姿となっていた。
「来た」
探知の呪文で上空の動きを察知。
上から地鳴りのような音が聞こえ、巨大な質量を持つ隕石が超高速で落下してきた。
洞窟の天井を派手にぶち抜いてきた隕石は、一気に邪神に直撃した。
「AHAAA―――!」
邪神が澄んだ声を上げ隕石を受け止めるが、その身体ごと白い閃光に包まれる。
続いて熾烈極まる巨大爆発が起こり、そして辺りは静かになった。




