第十二話 邪神アルヴォーシス
2016/11/22 数行ほど追加。
「怪物と闘う者は、その過程で自分自身も怪物になることがないよう、気をつけねばならない。
深淵をのぞきこむとき、その深淵もこちらを見つめているのだ」
―――フリードリッヒ・ニーチェ『ツァラトゥストラはかく語りき』
西大陸の巨大迷宮、ラタコンベの最下層。
そこには予想外の人物がいた。
「ほう、よもや人間がここまで来ようとは」
石仮面をかぶった黒い鎧の騎士が言う。黒髪の長髪をオールバックにした武人だ。
ミッドランドでモンスター軍団を操った謀反に失敗して、それ以降は行方知れずとなっていたが。
「ルーガウス! あなた、こんなところにいたの?」
ティーナもちょっと驚く。
「ああ。地上にいては、訳のわからん鉄球攻撃で、やりにくいからな」
使徒である石仮面も天空の城から落とす鉄球にはお手上げだったようだ。
「やりにくいって、自分だけ安全な場所にいて、部下には地上で戦わせるのね」
ティーナはそこが気に入らなかった様子。
「部下? ふふっ、はははっ。モンスターなどタダの駒、使い捨ての道具に過ぎぬ」
ルーガウスはおかしそうに笑った。それが元からの性格か、使徒の石仮面による憑依の影響かは分からない。
だが、ちょっとムカつくぜ。
「それを使って、その先にいったい何があるというの? あなたは何を成そうとしたの?」
ティーナがルーガウスの目的について問うた。確かに、なぜルーガウス子爵が謀反を起こしたのか、石仮面をどうして手に入れたのか、疑問点がいくつかある。
どうやら彼は石仮面に完全に操られていると言う感じでもなさそうなので、余計に謎だ。
ルーガウスがその問いに答えた。
「知れたこと。新たなる神による支配、新世紀の到来だ」
「新世紀ですって? …それがどんなモノかは私には分からないけど、今の世がそれほど悪いモノだとは思えないわ。多くの人々を犠牲にしてまで、変える必要があると言うの?」
「犠牲? 勘違いはするな。いつの世も死人は数えられぬほど出ている。何も成さなくても死者が出る。何かを成そうとしても死者は出る。そこに意味など無い。
死者を想い、死者に耳を傾けても無駄だ。敗れ去った者の論理など所詮、全てが劣っているのだ。
勝者こそが世界を導き時代を作る。新たな力を持つ選ばれしモノが率いる新秩序。
優れた強者が上に立ち、弱者が上のために奴隷として奉仕する。病人や老人など奉仕が出来ぬ者は処分する。利益を最大化できる最も効率の良い社会だ。
私の理想社会の実現こそが、私の名と偉大さを世界に轟かせるだろう。世界をこの手に握るのだ。私は神の力を取り込み、私自身が神となるのだ」
神ねえ?
拳を握りしめるルーガウスにとっては結局、自分の事しか頭に無いようだ。
利益の最大化も、誰のための利益なんだろうな?
独善、と言う言葉がふさわしいな。
自己中だ。
「もう良いわ。あなたとはいくら話しても理解し合えそうに無い」
ティーナも匙を投げたようで、レイピアをルーガウスに向けて構える。
「同感だな。言葉など不要だ。すべては力によって示され、操られる」
ルーガウスもブロードソードを抜いて構える。
「みんな、手は出さないで」
ティーナ、ここに来て一騎打ちかよ!
パーティー会議であれだけ説教してやったのに、やっぱり反省はしてなかった様子。
だが、俺は黙ってここは頷く。
ルーガウスは邪神では無い。
彼の後ろに大きな石像があるが、そちらが探知に反応を示しているのだ。
今のところ、石像は動く気配は無い。
ならここはティーナの誇りと正統性を示す時間くらいはあるだろう。
ミッドランド王国に忠誠を誓う騎士として、正統な王から領地を預かる貴族として。
それは俺にとってはさして重要な事柄では無いのだが、ティーナにとっては譲れないモノなのだ。
いや、そこで譲れないモノが有るからこそ、貴族は平穏に民の上に立つことができるのだろう。ティーナは下の地位の者にも優しく接し、一時奴隷だった俺も面倒を見てもらった。ルーガウスのような力の支配とは異なる論理。そこに俺も賭けてみたくなった。
もちろん、ティーナが実力でも負けるはずが無いと俺は信じている。負けそうなら彼女が文句を言おうと介入しちゃうけどね、ヒヒ。
「失望させてくれるなよ、娘! 新たなる神の力を手に入れた私の強さを測る物差し程度には、なってもらわんとな!」
「負けないっ! あなただけには!」
双方が走り込んで剣を打ち合わせて激突する。刃を交差させたままティーナとルーガウスが足を止め、鍔迫り合いとなり、拮抗した。
「ほお? 思ったよりやるではないか」
ルーガウスが意外だと言うように感心し、ニヤリと笑う。
「そちらは随分とがっかりさせてくれたわね。コレがミッドランド一の剣豪だったなんてッ! 神の力? 聞いて呆れるわ」
「なにっ!?」
ルーガウスの剣をレイピアで一気に撥ね上げたティーナは、目にも止まらぬ速さで後ろに駆け抜けた。
「無限一閃!」
かつてランスロットに技の弱点を指摘され、それを克服すべく一撃必殺を目指してティーナが編み出した新技。
細身のレイピアは他のタイプの剣に比べ、どうしても一撃の威力に劣る。弾き飛ばしも起こしにくい。
だが、それを逆手に取り、一点を高速で連続して集中攻撃する事により、一点突破を実現した必殺技。
剣聖グスタフの厳しい指導の下、ティーナはそれを会得していた。彼女のオリジナル技である。
パキンと音がしてルーガウスの石仮面が真っ二つに割れた。
「こ、この私が、負けた、だと…!?」
片膝を突き、額から血を流しつつ驚愕するルーガウス。
「認めなさい。あなたの論理はたった今、破綻したわ」
「くっ! うおおおおおお!」
『敗者は劣る』という自らの論理を、信奉する『力』によって蹂躙された。
彼の理想も同時に打ち砕かれた。
そして厳然たる敗者となっている。
彼にとって、これ以上の屈辱も無いだろう。
ルーガウスは激しく顔を歪め、怒りの咆哮を上げる。
彼はブロードソードを構え直し、ティーナに後ろから大上段で斬りかかったが、ティーナは依然として彼に背を向けたまま動かない。
俺達も焦らない。
取った! とルーガウスは思っただろうか。
しかし、分析を使った俺の目には見えていた。
ルーガウスのレッドステータス。
そう、彼はすでに死んでいた。
「なっ?」
足がもつれ、力が入らぬ事に疑問を持った様子だが、ルーガウスはそこで崩れ落ちた。
「勝ったニャー!」
リムが自分の事のように喜んでガッツポーズで飛び上がる。
「よーし!」
俺も握り拳でガッツポーズ。
みんなも同じ気持ちだろう。
全員でティーナとハイタッチをしていく。
―――だが。
「待って! これは!」
ティーナが辺りを見て言うが、地面が音を立てて揺れ始めた。
パラパラと上から細かな洞窟の破片が落ちてくる。
地震――いや、これは間違い無いだろう。
邪神の復活だ。
「ストーンウォールッ!」
俺はとっさに魔術士チームにそう叫んで指示を出し、全員の石壁呪文で、巨大石像を壊しに掛かる。
「ダメ、間に合わないッ!」
エリカが恐れたように叫んだ。
邪神の石像はすでに色を帯びており、しかし、そのほとんどは闇の色だ。
全身が獣のように毛に覆われており、これが本当に神なのかと疑わざるを得ない。
人の形に似ているが、腹の部分にも顔があり、その禍々しさは他に類を見ないほどだ。
美しさなどかけらも無い。
醜い神。
六本の腕には剣、槍、斧、槌、杖、鞭と、違う種類の武器を持っている。
身長は十五メートル程度。
ちぃ、さっさと石像を破壊しておけば良かった。
だが、多分、それくらいでは邪神の復活など止められなかったに違いない。
ここからが正念場だ。
のっそりと動き出した邪神は無言で俺達に剣を振り下ろしてきた。
「その剣には絶対に触れるな!」
俺は指示を出しておく。これなら受け止められるかも、と思える遅さだったからだ。
だが、相手は邪神、地位を剥奪されたとはいえ、この世界のかつての神である。
どんな奇跡の力を持つか、知れたものでは無い。
「カカッ、正解じゃ。あの剣はどんなモノでも切り裂く力を持つ。易々とな」
リーファが言うが、この邪神とやり合ったことがあるようだ。
「他に知っている事があれば、教えろ!」
「フン、教えて下さいの間違いじゃろう、この礼儀知らずめ。じゃが、説教している時間もなさそうじゃの。槍と鞭には注意するのじゃ。特に鞭に巻かれると死ぬまで決して逃れられんぞ」
「因果律の力か」
全ての事象には原因と結果があり、仮に原因が分からぬとしても、必ず結果は起きる。
例えば、石ころは重力によって地面に落ちる。
重力という原因が説明できなくとも、人は感覚として経験的にそれを理解している。
よほどのことがない限り、石を落とせば、地面に落ちる。
当たり前のことだ。
それは自然現象とも言えるが、それが神の支配する力だとしたら。
重力が神の支配するエネルギーだとしたら。
石ころが地面に落ちるように『当たり前に』『自然に』―――あの鞭に囚われたが最後、俺はどんなに足掻こうとも抜け出せないだろう。
いかなる魔法でも抜け出せないだろう。
それは厳密な物理法則や俺の元世界の経験から考えれば『不自然』に映るかも知れない。
だが、この世界にはごく自然に神が実在するのである。
神がいるのならば、神の力が無い方が不自然だろう。
神の力とは、伝説級の力すらも凌駕する。
人では決して抗えぬ力だ。
いかなる手段をもってしても敵わない力だ。
あり得ないと思えるほどの力。
人はそれを神の奇跡と呼ぶ。
それは人が奇跡を起こせない―――という前提での話だが。
「槍と鞭に注意! 鞭は必ず回避しろ!」
俺はすぐさま指示を出す。
「分かった!」
全員、疑問を挟む者はいない。俺達は互いに信頼し合い、数々の死線をここまでくぐり抜けてきた。
その実績の積み重ねが、絆なのだ。
どんなモノよりも確かなモノ。
うわべだけの言葉よりも信じられるモノ。
赤の他人では、こうは行かない。
初対面の相手では、こうは行かない。
知らない相手では、こうは行かない。
それは排他な関係なのではなく、純粋な繋がりなのだ。
だからこそ貴重であり、大切で、捨てがたいモノとなる。
上ではランスロット達が俺達の勝利を信じて戦ってくれている。
そこにあるのは信頼だ。
嘘をつかない者が、やがて得る力。
裏切らない者が、やがて得る力。
一方で俺はミッドランドの大半の貴族達から信頼をまだ得ていない。
ミッドランド国民の多くも俺が何をしているかすら知らないのかもしれない。
だが、俺はミッドランドの存続を願う。
この世界の存続を願う。
この世界の人々の幸福を願う。
たとえここで邪神に負けて死すとも後悔は無い。
戦うのだ。
俺のルールには反するが、矜恃には反していない。
ルールのために生きるのでは無く、生きるためのルールだからだ。




