第八話 汚職問題
最初の方に経済政策の解答編のようなモノがありますが、筆者は経済の専門家ではありません。
それらしい言葉をちりばめたストーリーと割り切って生暖かく見守って頂ければと思います。
2016/10/8 『第三話 インフレーション』闇の勢力の正体の答え合わせっぽいモノを追加。
工房でオートマタの開発に一心不乱に取り組んでいる俺。
エルにちなんでオートマタ・プロトタイプ一号の名前は『エイリア』にした。髪の色は変えて、こちらは金髪の美少女だ。
普段の助手であるクロにはオリハルコンの武具の製作をお願いしてある。
万が一にもティーナには『エイリア育成計画』を知られてはならぬのだ。
「お館様」
セリオスが工房にやってきたが、珍しくフリッツを伴っていた。フリッツは旧ヴァルディス伯爵の家臣で、引き続き俺の家臣として仕えてもらっている重臣だ。元々文官として活躍していたそうなので、内政長官という官職を作って任命した。
フリッツは俺が気に入らない様子ではあったが、今のところ、特に問題は起こしていない。仕事も真面目にやってくれている。
ミッドランド王国のインフレも落ち着きを見せ始め、どの政策がどれだけ功を奏したかは見極めるのは難しいが、いくつかの点ははっきりした。
……うん、闇の勢力の仕業では無かったね。
邪神やトレイダー帝国の辺りが計略としてやってきていたなら―――それは凄く恐ろしいことなのだが、そうでは無かった。
俺が大型公共工事を手控えると物価の上昇が緩やかになった。
広大な土地の購入による土地の値上がり、用地買収の金のバラマキ……。
はい、ワタクシが闇の勢力でございました。本当にありがとうございました。
いや、薄々、ひょっとしたら、まずいかな? とは途中で思ってたのよ?
もちろん、全部が俺の責任では無い。
技術革新による新たな価値の創造は、新たな需要を産む。
ニーズが高まれば人々はモノを欲し、購入し、消費する。
そのサイクルが早くなるだけでインフレ傾向だ。
しかし、それは人間の欲望に帰するモノであり、個人の責任では無いのだ。うん。
あと、トリスタンの金貨より質を良くしたことで、外国の商人もこぞってミッドランド新金貨を欲しがり、それが金貨不足に拍車を掛けていた。
これについては統計調査も行い、重商主義を採用したことで一定の解決を見た。
浮民の受け入れによる人口増も原因の一つと考えられるし、これはティーナの方針だもの。
俺は悪くなーい。
ま、何にせよ心理の風向きが変わったので、これは大きい。
人々がインフレを予測・期待しなければ、買い急いだり、買い占めと言った事は減るのだ。
それで大きな問題は解決され、俺は安心してエイリアたん育成計画に取り組めていたのだが……。
「どうかしたか?」
何かあったな、と思いつつ俺は聞く。
「はい、領地の問題がありまして」
セリオスが言い、フリッツを見た。
「私からご説明致しますが」
厳めしい顔のフリッツが言う。
「ああ、頼む」
フリッツの説明によると、うちの家臣、低級官吏の何人かが不正を行っている証拠が出てきたという。
「ふう、そうか。では、証拠をここに」
「コレでございます」
フリッツが帳簿などの巻物を見せてくる。
俺は工房の机に座り、それをじっくり読んで精査した。
「なるほど、確かに、税金がごまかされているみたいだな」
「は、報告が遅れて申し訳ございません。証拠を掴んでからと思いまして」
フリッツが言う。どうやらセリオスが不正に気づいて、調査を開始したということらしい。
「そう言うことは、疑いの段階であってもいいから、すぐに報告してくれ。そうでないとフリッツが隠蔽していたのかと、痛くも無い腹を探られることになるぞ?」
俺は物言いに細心の注意を払いながら言う。フリッツが白か黒かは現時点で分からない。セリオスとフリッツも微妙にそりが合わない様子で、微妙な空気が流れる。
「は、次からそう致します。申し訳ございません」
肩をすくめて見せたフリッツは、狼狽えた様子は無い。割と図太そうなおっさんだし、悪代官顔なんだよなぁ。
が、セリオスが証拠を掴んでいないのだから、黒と判断するのは早計だ。
「よし、では、直ちに裁判を行う。容疑者の三人と家臣全員を城の広間に集めよ」
「ははっ!」
ヴァルディス男爵として家臣に威厳を見せる良い機会だ。
不正は許さないぞという姿勢は明確にしないとな。
なあなあでは行かないぜ?
兵士は別に集めなくても良かったのだが、セリオスかフリッツか、あるいはジェイムズが広間に兵士を集めてしまった。
一斉蜂起されると面倒だが、ま、万が一でも俺は逃げ切れる自信が有るし、ケインが統率している以上、それは無いと思う。
何事かとざわついている家臣団の中、俺は中央正面の席に座る。その右にセリオスとケイン、左にフリッツとジェイムズが立つ。
クロやエリカの冒険仲間、それにマグスら専門家集団は兵士達の前に並んだ。
「オホン、それではコレより、公金横領の容疑について取り調べと裁定を同時に行う。容疑者を連れてくるのだ!」
セリオスが重苦しい声で厳しく言う。
「はっ!」
兵士が、縄で縛られた容疑者三人を乱暴に引きずるようにして連れてきた。二重処罰の禁止や推定無罪の原則から言うとやりすぎなんだが、まあ有罪は確定だし、これでいいか。
「この三人は、税金をごまかし、自分の私腹を肥やすために懐に入れた。証拠はすでに揃っている」
セリオスが言うと、その場に跪かされた三人は全員、ゴクリと唾を飲んだ。三人とも冷や汗を掻いている。
「何か申し開きはあるか?」
俺が言う。
「こっ、これは何かの間違いでございます!」
「私は嵌められたんだ!」
「で、出来心で、申し訳ありません!」
「待て待て、一度に話すな。まず、左のお前からだ」
セリオスが注意して、左から順に弁明させることにした。
左の官吏は、コレは何かの間違いだから、もっとよく調べて欲しいと繰り返した。だが、自分が担当した税務について、数字が違うことを示して問い詰めると、何も答えられなくなってしまう。
「もういい、次!」
真ん中の太った官吏は、セリオスを指差して、アイツが自分を嵌めたに違いないと言い張った。だが、証拠を最初に集めたのは基本的にフリッツなんだよね。新参者のセリオスが気に入らないと言うのは分かるんだが、フリッツは元からの上官だ。そのフリッツに問答をやらせたが、やはり、真ん中の太った官吏は黙り込んでしまった。
「この紙の字はお前のモノではないのか」
さらにフリッツの追及が続く。結構厳しいね。
「は、そう見えるかも知れませんが、私は書いた覚えがありません。セリオスの仕業です」
「では、その日の帳簿はどうしたのだ? どう言う数字を書いたか、覚えているか?」
「いえ、昔のことですので…記憶にありません」
真ん中の太った官吏が答えた。俺は、右隣の反省しているらしい官吏に問う。
「コイツは不正を知っていたか?」
「はい、私に不正をやるよう持ちかけたのも彼です」
「し、知らんぞ。覚えていない」
言っていないではなく、覚えていないか。そんなので通ると思ってるのかね。
「では、持ちかけられた言葉を一字一句正確に話すのだ」
フリッツが右の官吏に言う。
「は、あれは今年の収穫祭が終わった翌日のことでした。私はフリッツ様のお屋敷で人頭税のチェックを行っておりましたが、前年より減った人数分より、金庫の人頭税がさらに少ないと気づいて、同僚の彼に問いかけました。コレは金額が少ないぞと。彼が人頭税を金庫に収める担当者でしたから。すると彼は、少々は良いだろう、と言い出すので、私は冗談じゃ無い、確認役の私まで責任が来るからきちんと数え直せ、と言いました。ですが、彼は私の肩を抱いてこう言ったんです。ちょっとくらい、分からないって」
「い、言ってない。そんな事は言ってないぞ」
「ではどう言ったのだ?」
フリッツが問う。
「人頭税が少ないとソイツが言うから、じゃ、探す必要があるなと」
「それで? 報告は私に上がっていないが」
フリッツが続けて問う。
「むむ…い、いや、コイツに後は任せたので、私は知りません」
「もういい、次だ」
どう見ても嘘をついているし、嘘発見器の呪文を使うまでも無いな。
「申し訳ございませんでした!」
三人目は観念してひたすら頭を下げている。バレないからお前もやれと抱き込まれてしまったようだ。こう言う流されやすい奴は嫌いだが、俺も多分、同類だろうなあ。
だからこそ、厳しく行かねばならない。
「では、判決を言い渡す。そこの二人は税務の重責にありながら、公金を横領し、さらに領主や上官に嘘を申し立てた。よって、打ち首の死罪とする!」
俺が宣告すると、二人は仰天したようにのけぞった。兵士からも驚きの声が上がったが、ま、ちょっと厳しめだよな。普通は牢獄入りと言うところだろう。
だが、汚職と嘘つきの家臣は世の中に要らないんだよ。他の家臣も見ていることだし、一罰百戒にしてやる。
「お、お待ちを。正直に言います! 私がやりました!」
今更言っても遅いっての。
「やれ、ケイン」
「はっ!」
ケインとジェイムズが官吏の後ろに立ち、すぐに剣を振り下ろした。
「残るお前は、公金横領の罪であるが、反省し、正直に話した。その点を情状酌量とし、五年の牢を申しつける」
横領したことには変わりが無いのであまり罪を軽くしたくも無いのだが、正直に話せばある程度許してもらえるとしておいた方が後々良い。
「ははっ!」
頭を下げる官吏。まだ若いし、五年経ったらやり直せるだろう。もちろん、うちの領地じゃもう雇わないけどね。
「取り調べと裁定は以上である! 解散!」
セリオスが威厳をもって言い、これで一件落着だ。
「お見事な裁定でございました」
広間から出てセリオスが言うが、特に何か特別なことをしたわけでも無い。普通のことを普通にやったまでだ。セリオスとフリッツには予め死刑にすると伝えたが、フリッツが眉を少し動かしただけで、セリオスはむしろ賛成で頷いていたからな。
「フリッツ、官吏がしばらく不足するだろうから、新しいのを雇ってくれ。ああ、一人は俺がまともそうなのを見繕うから、二人だな」
「分かりました。次はきちんと私が面接して、真面目な者を選んでおきます」
「うん、そうしてくれ。それと監督不行き届きということで、セリオスとフリッツと俺は一ヶ月の減俸な」
「ははっ!」
「しかし、お館様もですか?」
セリオスが問う。
「当たり前だ。俺がここのトップだからな。管理責任がある。だから、次はきちんとしてくれよ。給料が無くなっちゃうぞ」
「分かりました」
領地の金は俺の個人資産とは別に計上し、予算もきちんと分けた。
民から徴集した金は、行政サービスと領地の維持費のみに使う。
給料はもちろん、トップの俺が一番多いが、飛び抜けてでも無い。
「それから、この件は街に札を立て、瓦版も配って民に詳しく周知させるように。論調は、嘘や不正や着服は許さない、ってな」
「分かりました。直ちに実行致します」
セリオスに後は任せ、兵に命じてトゥーレを呼ぶ。
「あの、何かご用でしょうか…」
いつもおどおどしているセルン村の金髪の美少年。
「トゥーレ、喜べ、出世だ」
やってきたトゥーレの両肩に手を置き俺はニヤッと笑って言う。
「は、はい?」
「お前をヴァルディス男爵の家臣、管理税務官にしてやるぞ」
「ええっ!? そ、そんな大役は無理です」
「まあ、そう言うなって。君なら出来る!」
読み書き計算も出来るし、根が真面目な奴だから打って付けだ。渋っていたのを春画とフィギュアで説得して首を縦に振らせた。ふふ、トゥーレも俺の盟友だ。
フリッツとセリオスに紹介してやり、後は任せた。ジェイムズが面倒見が良いので、彼にも頼んでおく。
今日からトゥーレはここに住み込みだ。もちろん、休みの日にはセルン村に帰してやるけど。
これで心置きなくオートマタに取り組めるぜー。
俺は意気揚々と工房に戻った。
愛しのエイリアちゃんを今日もいじって遊ぶのだ。
もちろん、健全に。
科学と人類の発展のために。
何もやましいことは無いが、クロとティーナには内緒だ。
工房に入ると、そのオートマタ一号、エイリアちゃんが立ち上がっていた。
「え?」
腕や足のモーターは付けているが、俺は自立歩行する機能なんて付けてないんですけど?




