第一話 針のむしろ
2016/10/2 誤字修正。
か弱いワタクシを盗賊団の魔の手から救って下さった美少女剣士ティーナ。
なんだかんだでお人好しっぽいので、そこにつけ込もうと思ったワタクシでしたが…。
「ユーイチ、次は無いから、良く覚えておきなさい。今度、私の私物に触ったら、問答無用でこの剣の錆にしてあげるわ」
凄く色っぽい声でうふふ、と笑っているティーナは本気で怒っている。
わあ、怖い。
一方の俺は上半身裸、下はパンツ一丁で床に正座させられ、ご丁寧に後ろ手に縄まで。
鞘から細剣を抜いて刃を俺の首に突きつけるくらいだ。
本当に次は無いだろう。
脂汗が出ている。
…誰だよ、こんな手強い危険物をお人好しと言ったのは?
はい、ワタクシです、申し訳ございませんでしたっ!
でも、あっれ、おっかしいな、なんでこんなお叱りを受ける羽目になったんだろう?
何も変なことはしてないのにね。
ちょっと、冷静に思い出してみましょう…。
昨夜は、リムは女の子だからと、わざわざ俺たちは個室をあてがわれ、羽毛とおぼしき柔らかなベッドで快眠できた。翌朝、夜が明ける前に目覚めた俺は、さっそく、新しいご主人様に気に入って頂けるよう、素早く行動を開始した。
「主人、お湯を使いたいのだが」
階下に降りて、カウンターの奥で何やら忙しくしている宿屋の主人を見つけると、俺はさっそく声をかけた。
「湯? 何に使うんだね」
「それは、もちろん、我らがお嬢様がお顔を洗うためです」
「そうか。じゃ、裏に井戸があるから、そこで水を汲んでこい。鍋で暖めてやろう」
セルフかよ…。
上等な宿なのに。
僕は客だぞ?
まあ、腕に奴隷の刻印があるし、ここで言い争いをしても時間の無駄の気がする。
「分かりました。桶は?」
「井戸の側にあるぞ」
裏に行き、井戸の水を汲んで、桶に移し替える。
この井戸がまた、不便だ。
滑車が上に付いており、垂れているロープを引けば、底から水の入った桶が上がってくるタイプなのだが、
滑車が一つしか無い。
しかも定滑車だ。
だから、100%の力で水の入った桶を引っ張らなければならず、結構キツイ。
滑車の摩擦も考えると100%以上だろう。
これがロープの片方を天井で固定した動滑車ならば、力は半分で済むんだが。
水道のある世界に戻りたいなあ。
「ふう、終わった」
結局、一度で汲み上げるのは重すぎるので断念し、水を桶の半分に調整して二回汲み上げて終わらせた。
筋力のパラメータ、どうにかならんかね。
種とかお香とか有ればいいんだけども。
「主人、お願いします」
勝手口から厨房へ水の入った桶を運び入れる。
「じゃ、その鍋を使え」
くっ、客なのに、こき使うのか。
これが男爵家なら、「控えおろう! この奴隷を誰の奴隷と心得る!」とやってもいいのだが、ティーナは貴族じゃないと言うし。
「ん、んしょ…」
竃の上にある大鍋に注ぐのも一苦労だ。
「力無い奴だなあ。ほれ」
見かねて主人が手伝ってくれた。
「ありがとうございます」
竃に薪とファイアスターターの枝を入れ、火打ち石で火を付ける。
一方、横の竃では、主人が別の鍋を煮込み、玉葱を放り込んでいる。何かの葉っぱがついた茎も入れ始めたので、聞いてみる。
「その葉は?」
「セロリだ」
「ああ」
セロリがあるのか。
シチューとかに入れると美味しいんだよなあ。匂いが苦手な人もいるだろうけど。
お、良いアイディアが浮かんだぞ。
「あ、ミントとか、そう言う薬草はないですか?」
「あるが、どうするんだ?」
「これに入れるので下さい」
タダのお湯だと味気ないが、良いハーブの香りが漂っていたら、きっとティーナも喜んでくれるに違いない。
「それに? じゃ、薬草の代金と竃の使用料、合わせて3ゴールドだ」
宿屋の主人は眉をひそめたが、すぐにそう言った。
まあ、そりゃ、商売なんだし、金は取るよね。
「では、宿代に付けておいて下さい」
「よし」
ミントを分けてもらい、鍋にそのまま入れる。ミント味は歯磨き粉などで親しんできたけど、元植物を見るのはこれが初めてだ。元世界と違う種類かも知れないが、俺には分からない。
「お、良い感じだなあ」
爽やかなミントの香りが漂う。
「おっと、そろそろいいか」
飲み水では無いのだし、沸騰させる必要は無いので、鍋つかみを借りて鍋を竃から下ろし、桶に入れる。
ミントはもう用済みなので捨てて、愛しのご主人様が眠っている部屋へ、えっちらおっちら持って上がる。
「お嬢様、朝でございますよ」
ノック。
気分は執事だ。
「ううん、なあに…?」
鍵を開けてティーナがあくびしつつ出てきた。
おっと、ド派手な深紅のネグリジェと来た。別に俺のために着ているわけではないのだから、好きにしてくれていいのだけれど、そんな色で落ち着いて眠れるのかね?
「お湯を持って参りました」
「お湯?」
「顔を洗ったり…」
「ああ。そんなの、自分で下に降りるから良いのに。まあいいわ、せっかく持ってきてくれたんだし、入って」
「はい」
ネグリジェ姿を見たことでちょっと怒られるかなと思ったが、全然そんな事は無かった。際どいネグリジェでも無いし、スケスケでも無いし、この世界の女性は、こういう場面では怒らないのかも。眼福と言いたいが、じろじろ見るのも俺の中では紳士としてあるまじき行為の気がするので、止めておく。
「そこに置いて」
「は」
桶を入り口のすぐ近くに置く。お嬢様が寝間着姿であるので、ここはエチケットとしてドアも閉めておく。
ティーナはその間にさっさと顔を洗い始めた。
おっと、タオル、タオル…見当たらないな。
「お嬢様、タオル、布はございませんか?」
「そこのリュックを見てみて。ううん、なんだろ、目が滲みる…」
「ああ、ミントを入れてみたのですが、それが良くなかったですかね…」
「むぅ、なんでそんなものを。早く布貸して」
不機嫌になるティーナ。いかん、ここは一刻も早く布を渡してあげないと。
俺はリュックを開け、真っ先に目に飛び込んだ、小さめの布を引っつかんで、素早く差し出した。
「ふう、次からミントは止めて。てか、これ、ハイパーミントじゃないの? 胃薬や調味料に使う強い方」
「さ、さあ、宿の主人に言って、もらったものなので」
あの主人には顔を洗う目的だと、うん、言った、確かに俺はそう言った。
「ふうん。あと、布も、こんな小さいのじゃ無くて、むっ!」
「げげ」
彼女が絞って広げたそれは、三角形の、どことなく見覚えのある形でして…。
「くっ! ああそう、私に、仕返ししたつもりなのね?」
「い、いやいやいや、滅相もございません!」
「じゃ、なんで下着なんて渡してくるのよ!」
「い、いやいやいや、ぱっと手に取ったら、それだったので、他意はありません」
「そんなわけ無いでしょ、見れば分かるじゃない。くっ、ハイパーミントと言い、ええい、そこへ直れ!」
すぐにベッドの脇に置いてある剣を取るティーナ。
ヤバい!
「でっ、殿中でござる! その剣は、抜いてはなりませぬ!」
「黙らっしゃい! ここに貴族はいないっての! さっさとそこへ正座!」
剣を抜いて鼻先に突きつけてくるし。
「ひいっ! わ、分かりました。分かりましたから」
正座する。
「…あなた、何か隠し持ってないでしょうね?」
「いや、何を?」
「煙玉とか」
「いや、あれは、最後の一つをお嬢様にかっ飛ばされて、品切れです」
「信用できないわ。服、脱ぎなさい」
「はいい…」
こうして、半裸で正座して、剣を突きつけられているわけだが。
うん、反省点はいくつかあるが、俺はそんなに悪くない。
「ニャー、朝っぱらから。うるさいニャ、何してるニャ」
「ニー」
まだ眠そうなリムとクロがやってきた。
リムがドアを開けてこちらを見るなり、硬直する。
剣を突きつけているからなあ。そんなに大したことじゃ無いんだけど。
「ああ、リム。聞いてよ、コイツが」
ティーナがそう言うが、リムは顔を真っ赤にして慌てて回れ右をした。クロも回れ右。
なんだ?
「ご、ごめんニャ。お楽しみの最中とは知らなかったニャ」
うわあ。
どこをどう見たら、そう見えるんだと。
まあ、俺もティーナも、下着姿か。
「ちょっ! ち、違う、これは違うから! 誤解よ!」
「う、うん、分かった、あたしは空気読める女だからニャ。そう言うことにしておいてやるニャ」
「だから違ーう! ちょっと待ちなさい、リム」
「おい、騒がしいぞ、何をやっている」
「お客さん、まだ朝は早いんだから、もう少し静かに」
他の客と、宿屋の主人が、間が悪く、やってきてしまう。
そうだよねえ。他の宿泊客もいるんだし。
「あっ!」
自分の着ている服が問題だと思ったか、胸を隠すティーナ。
「うお、まだ若いのに、なんという上級プレイを」
貴族っぽい小太り親父が部屋の中を覗いてそんな感想を漏らすし。
プレイって。
これはさっさと事態収拾に乗り出した方が良さそうだ。
「私はご主人様からお叱りを受けていただけで、誤解です。ささ、女性の部屋を覗くのは貴族であってもマナー違反でしょう」
立ち上がって、貴族風の小太り男を追い出しに掛かる。
「おお、これは失礼。
ぬう、しかし、正座で奴隷のようにお叱りか、主人も下着で…ワシとしたことが、その発想は無かった! これは今すぐ試さねば、親父、チェックアウトだ」
ちょっとそこの変態紳士さん、余計な事は口走らないで良いから。
しかも朝っぱらから何するつもりですか、あなたは。
「うわーん、私、もうお嫁に行けない~」
その場に座り込んで泣くティーナに、俺はこの後の展開が容易に予想できて、もうガクブルです…。
俺様用メモ
セロリ … スープに入れると美味しい。シチューに入れても美味しい。
ハイパーミント … 清涼感のあるハーブ。胃薬や調味料として。
間違っても顔洗いに使ってはいけません…。




