第二十二話 参謀と陰謀と
2016/9/8 誤字とふりがなの見栄えを修正。
「私がセリオスですが、いったい、ヴァルディス卿が何のご用でしょうか」
床にまで本が乱雑に積み上げられた書斎で、つい先ほども本を読んでいたらしいセリオスが座ったまま、本を手元に置いたままで言う。
銀髪を長く伸ばし、色白で女性のような線の細い顔つきだ。チッ、思いっきり美形の男だな…。
「当家では優秀な人材を広く求めています。セリオス殿のご高名を耳にして、是非とも軍師としてお迎えしたく」
家臣と言ってしまうと子爵筋のセリオスは格下の男爵に従うのであるから、難色を示すかもと思い、ここでは軍師と言っておく。フランネル子爵のように様付け攻勢でも行かない。ティーナみたいなタイプはゴマすりは好きじゃ無いだろうからね。
「ふむ、今になって、ですか。少々、高名を聞く耳が疎いのではないですかな」
言ってくれるじゃないの。
「まあ、色々と立て込んでいまして。領地を頂いてようやく落ち着いて人材捜しとなったわけです」
「ヒーラギ男爵は就任時に予め国王陛下から領地をもらう事は約束されていたと聞いております。それが事実ならば明らかに準備不足ですね」
手厳しいが、王宮の噂話もしっかり把握している様子。こりゃ当たりかもな。
「真にお恥ずかしいですが、その通りです。私の知恵には限界があり、是非とも、神童と謳われるあなたに教えを請いたくやってまいりました」
「神童は必ずしも英雄賢者に成らず。人より少しだけ物覚えが良く、計算が出来たとして、それが領地を治めるのに役立つかどうか」
「いえいえ、ご謙遜を。いま、こうして少しお話ししただけでも私は是非ともセリオス殿に領地の教えを請いたいと、かように思った次第でして」
「ならば、今すぐ国王陛下に領地を返上されるべきです。領地を治められぬ領主など、民にとっても領主にとっても不幸でしかありません」
「まあ、そう言わずに。あなたがいれば、充分、満足に治められると思いますよ」
「ふむ…高く買って頂いたのはありがたいですが、私は俗世にはあまり興味が無いのです」
「本を読む自由時間は用意しますが」
「本を自由に読む時間をわざわざ捨てる理由もありませんね」
全くその通りだろう。ここは詭弁も使わないと勧誘は無理だな。
「なら、一つ魅力的な提案を」
俺は言う。
「ほう、何ですか。興味引かない事でしたら、これでお引き取りを願うとしましょう。互いの時間の無駄でしかありません」
「ええ。それは本の検証です。膨大な数の書物をお読みになったようですが、実際にその知識が世の中で通用するかどうか、それを確かめてみるチャンスですよ」
ここで目にする本のタイトルは統治に関係するモノが多かったので、セリオスは領地経営にも興味があるはずだ。
「……それで失敗した場合は?」
セリオスが興味を覚えたようで条件を問う。
「それはもちろん、策を採用した領主の責任です。あなたを罰することはありません」
俺は答える。
「結構。では、お引き受け致します」
三顧の礼で迎えるつもりでやってきたが、意外にやる気満々だな、このニート。
「ほう、これが噂の飛空艇ですか。原理はどうなっているのですか?」
飛空艇に乗せてやったが、やはりセリオスも気になる様子。
「飛空石の魔力を用いて浮かせている。これくらいの大きさの。もっと大きなモノになれば、城も浮かせられる」
俺は答えた。家臣となった以上は主従の立場を明らかにすべきで、敬語は不要だとセリオスが言ったのでタメ口で行く。
「ううむ、そんな不思議な石が。天空の城に天使が住まうという伝承がありますが、それも飛空石を用いているのかもしれませんね」
セリオスが言うが、やっぱり物知りだなぁ。俺はニヤッとして頷く。
「ああ、そうそう、世界樹の東北東に浮かんでた城に天使がいたよ」
「お、おお、そこに行かれたと?」
「うん、ティーナ=フォン=ロフォール子爵をリーダーとする冒険者としてね。飛空石もそこで手に入れた」
「天使はどのようなものでしたか」
「ううん、人に似た形をして大きな翼を持つが、会話も出来ず、ゴーレムに近いかな」
「ゴーレム……会話が出来ないとは、残念です」
「そうだね」
執務室に戻り、セリオスが税の目録を見せてくれと言うので見せてやった。
「伯爵領なのに、うちの領地より税収が少ないな。よほど前任者は酷い統治をやっていたのでしょう。お館様、ここの人口は?」
セリオスが質問してくる。
「今、詳しく調査中だが、二万五千から三万の間だそうだ」
「なら、お喜び下さい。私なら税収は今の三倍にしてみせましょう」
「それはありがたいね」
「お館様はゴーレムが使えるそうですから、それを使って広く開墾をやりましょう」
「うん、いいね、良い策だ」
元々そのつもりだったが、セリオスの顔を立てて笑顔で頷いておく。
「ちなみに、ディープシュガー侯爵との関係は? 険悪だと噂では聞いていますが」
セリオスが聞く。
「全くその通りだよ。うちはラインシュバルト侯爵の派閥だから、一派揃って険悪だ。あの悪代官、どうにもティーナや俺を目の敵にしてる感じだし、感じが悪いのなんのって」
「でしょうね。私腹を肥やす貴族にとって、不正を糺す探部(検察・公正取引委員会)は目の上のたんこぶでしょうから」
「ふむ」
そう言う単純な理由だったか。
「あっ! 今年から税を納めるはずでしたね?」
セリオスが思いついたように聞いてくるが、よく知ってるな。
「その通りだ。ロフォール領は今年の九月から、ヴァルディス領は温情無しでやっぱり今年からだ。ま、ヴァルディス領は元々ミッドランドの領地だから、街が一つ焼かれた他は特に問題も無い」
俺は頷く。一番大きな城下町が焼かれたのは痛いが、ヴァルディス領の農民達は領主が交代しても関係なく例年通りに年貢を納めてくるはずだし、前領主の家臣だったジェイムズやフリッツがいるから、年貢の処理もこの二人が上手くやってくれるはずだ。
「いえ、これは注意が必要ですよ。税務のディープシュガー侯爵が仕掛けるとしたら、今年しかありません」
「んん、なぜだ?」
「奴隷上がりの男爵が納税も統治もまともに出来ない人物で、後見人もきちんと面倒を見られない、そう言う結果になれば、ラインシュバルト一派も国王も大打撃です。ディープシュガー侯爵はますます力を握り、他の大貴族も簡単には対立できなくなります」
「ふうむ。なるほどなぁ。国王陛下にも逆らうか」
むしろ国王とズブズブなんじゃないかと俺は思っていたのだが、それだとラインシュバルト派閥である俺を出世させるのは筋が通らないか。
「国王陛下もどうやって膨れあがったディープシュガーの力を落とすか、頭を痛めておいででしょう。王宮があなたを推しているのは、ディープシュガーへの対抗と見るべきです」
「なるほどねー」
権力の構図が今まではあまり見えていなかったが、セリオスが説明してくれてクリアに見えて来た。
国王陛下と宰相って俺の味方だったのね。まあ、敵だとは思ってなかったが…。
「今年の収穫量の報告書を見せて下さい」
セリオスが言う。
「ああ、そっちの引き出しに入ってるぞ」
俺が指差す。
「これですね。ふむ、ライ麦 42万袋ですか。これはもう王都に?」
「ああ、数が多いからな。二千袋ずつの隊列で毎日送っても二ヶ月はかかる。脱穀できた順に送ってるよ」
収穫は約42万袋、今年の年貢は一割減税で納税は収穫分の4割とし、約16万袋。その半分が王宮に渡す上納分になるので、8万袋を雪が積もり始める前に王都まで輸送しなくてはならない。
結構大変だ。
「そうですか。では、今からの分でも構いません。王宮が受け取ったという証明書、領収書をもらって下さい」
「ふむ、やっぱりそこはきちんとすべきか」
「当然です。受け取った、受け取っていないの水掛け論になればこちらが圧倒的に不利です」
「分かった。慣例ではやらないそうだが、初めてだから間違いが無いようにという理由にしてやってみよう。おい、ケインを呼んでくれ」
「はっ」
護衛の兵士に命じて、ケインを呼び出す。
「ユーイチ様、お呼びでしょうか」
「ああ、ケイン、税の上納の際に、王宮に領収書を発行してもらうよう持ちかけてくれ。こちらも手紙は書くが、現場でもしつこく要求しないと、多分もらえないと思う」
「分かりました。ですが、通常、そう言うことはやらないと聞きましたが…」
「そうだ。だが、うちはやる。そう言う方針に変えた。以上だ」
「分かりました」
「ティーナもやらせておいた方がいいな」
手紙を書き、エリカを呼んで飛空艇でロフォールに確実に届けてもらう。
どうせなら、飛空艇で麦袋を王都まで運んだ方が楽かな?
だが、重量もあるし、派手な動きはするなって宰相から釘を刺されたばっかりだしな。
領収書をもらう件は保身のために仕方ないとしても、飛空艇は注目を浴びるから、麦袋はやっぱり普通に大トカゲを使っておくか。
悪代官一派の妨害工作があると想定し、道中の警備もさらに強化しておこう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
セリオスの予測通り、二週間後、王宮から緊急の召集が掛かり、俺は飛空艇でティーナと共に王都へ向かった。
「来たか」
国王がつぶやく。
謁見の間で貴族達が揃っている中、俺とティーナは国王の御前に跪いた。
「ヴァルディスよ、麦の収穫の方はどうだ?」
国王が話を向ける。
「は、昨年とほぼ同じ量、42万袋の収穫を予想しております」
俺が答える。
「収穫が遅れたと言うことは無いのだな?」
「は、例年通りと認識しております」
「そうか。オーバルト」
国王が脇を見た。細長い顔の宰相が頷いて説明を始める。
「は、ディープシュガー卿の申し立てによれば、ヴァルディス領の上納はまだ一袋も王宮に届いておらぬと言う。どうなっているのか」
うわぁ。数が違うじゃなくて、一袋も、か。
思わず笑いそうになったが、場が場なので懸命に我慢して言う。
「すでに3万2千袋を王宮に納入し、領収書も受け取っておりますれば、何かの間違いではないかと」
俺の言葉に、後ろのギャラリー貴族がどよめく。
「領収書だと?」
国王が怪訝な顔をする。
「は、なにぶん、初めての事でございますし、数に間違いがあっては陛下に失礼であると考え、あえて麦袋の受領担当者に要求し、発行してもらっています」
「ふむ、ディープシュガーよ、ヴァルディスはこう言っているが、どうか」
国王が、俺の左側に少し離れて立っている悪代官に聞く。
「全くのデタラメでございますぞ! 私はそのような証書は一度も発行しておりません」
ギャラリーがさらに大きくどよめき、「この恥知らずめ!」という野次も飛んだ。
「静まれ! ヴァルディス卿よ、その領収書を見せよ」
宰相が言う。
「は、こちらにて」
懐から紙を取りだし、それを甲冑騎士のリレーで宰相に渡す。
「ふむ、これには担当者の名前と受け取った数が記されているな。この者達をここに」
宰相が担当者を呼び出し、五人の低級官吏がそろって御前に跪いた。
「レスターよ、この証書に覚えはあるか?」
宰相が問う。
「ございません」
その答えに、後ろの貴族達が騒然とする。
「静まれ。では、バドよ、この証書に見覚えはあるか?」
「………」
「どうした。バド。返事をせよ」
「……恐れながら、宰相閣下、我らにバドと言う名前の者はおりませぬ」
「んん?」
「このような茶番、付き合う必要はありませんぞ。この奴隷が小賢しい細工をやった、そう言うことですぞ!」
ディープシュガーが言い、悪代官派閥が口々にそうだそうだと言い出す。
やれやれ、領収書を取ってこれなんだから、普通の貴族なら簡単にやられてただろうな。
だが、俺は違うぜ?
「ふう、ヴァルディスよ、何か申し開きはあるか?」
国王がため息交じりに聞く。
「はい、私が納めた麦袋には、このような事態を避けるため、刻印を入れてございます。王宮の蔵を今、検めて頂ければ、すぐに見つかるかと」
俺は落ち着き払い、笑顔で言う。
「ええい、この期に及んでもまだ言い逃れをするかッ!」
「待て、ディープシュガーよ。それでヴァルディスよ、その刻印とは、どのようなものか」
「は、これにございます」
懐から空の麦袋を差し出す。また甲冑騎士が横から出てきて、リレーで宰相、そして国王へ渡す。
「ほほう、考えたな、ヴァルディス。では、このヒイラギの刻印を探すのだ」
国王が命じ、しばらくして兵士が麦袋を抱えてやってきた。甲冑騎士が麦袋を受け取り、宰相に差し出す。
え? それもリレーすんの? オーバルト、持てるのかな? 40キロだから、相当キツいぞ。兵士も甲冑騎士も両手で抱え込んでるし。
俺はそれが心配になったが、宰相のオーバルトは今度は袋を持ったりせず、甲冑騎士に袋を持たせたままで確認した。
「確かに、ございますな」
「ふっ、ディープシュガーよ、そなたも確認するが良かろう」
国王が言う。
「むうう…は、確かに」
これは刻印じゃ無くて汚れだのなんだのと言い逃れするかと思ったが、悪代官はあっさりと認めた。
「では、どう言うことになるのだ?」
国王が問う。
「は、そこの五人の官吏がミスをしたのでございましょう。私の監督不行き届き、真に申し訳なく」
ディープシュガーがしおらしく謝る。
「ふむ…」
「では、そこの五人。罰として五年の牢獄を言い渡す」
宰相が言う。
ミスで五年の実刑なら重いと言うところだが、ディープシュガーの指示に従い、嘘の工作をやったんだろうしな。
十年の実刑でも良いところだ。
ただ、こいつら下っ端の首を刎ねたところで、ディープシュガーは大して痛く無さそうだよな……。
「お待ちを。あなたたち、誰かに指図されてやったのではないの?」
ティーナが待ったを掛けて問い質すが、それで答える奴がいるわけ無いだろう。
間違っても悪代官の指図だなんて口を割ったら、それこそ消されるだろうし。案の定、五人の低級官吏は震え上がって慌てたように首を横に振った。
「また後で取り調べるとして、この場はもう良かろう。だが、ディープシュガー卿、次からは陛下のお手を煩わせぬように」
宰相が収め、ディープシュガーに釘を刺す。
「ははっ、心してございます」
悪代官は深々と頭を下げ、従順な態度を示したが、はてさて、内心は絶対、反省なんてしてないだろうな。




