第二十一話 魔法学校の設立
2017/8/2 若干修正。
新たにヴァルディス領を拝領し、セルン村やロフォール領での経験や現代知識をフルに活かして改革中の俺。
ティーブル川の治水工事や、領地にはびこっている盗賊団の退治、地図の作成、人口調査、地下鉄作りなど、手がいくら有っても足りない。
料理講習はテッドに一任し、盗賊退治はミネアに、地図の作成はクロに、聖水作りはクレアに、造幣局と装備はミミに、騎士団の改革と訓練はケインとジェイムズに、情報収集はリサに、治水工事はエリカに、学校はニーナに、天空の城と大神殿はトニーとヴァネッサに、春画はラウルに、製本は新しく雇った発明王トーマスにと、分担せざるを得ない。
各自には必ず報告書を出すように指示して、時々俺も様子を見て回るようにした。
丸投げで失敗したタールの一件もあるから、そこは領主としての責任みたいなものだろう。
マキャベリ曰く、
『人の上に立つ者が尊敬を得るには、大事業を行い、前任者とは違う器であるということを、人々に示す必要がある』
奴隷上がりで統治能力は怪しいと思われているはずの俺は、なるべく早い段階で、為政者としての結果を出す必要がある。
何もこれは大きな公共工事をやれば良いと言うのでは無く、領地経営において、人々が納得するような『成果』であれば良いのだ。
そしてその成果はなるべく分かりやすい物が良い。
その準備の一環として、前任者のヴァルディス伯爵について俺は徹底した調査を行った。
前任者がどう言う人物でどういう行政を行っていたか知っておくことは重要である。
例えは悪いが、ダム建設に力を入れていた県知事が交代した途端に建設を放置すれば、それまでの努力は水の泡になってしまう。
理由があって工事が中止されるならそれは良いが、この領地で必要があって推進中だった政策が止まることはマイナスでしかない。
行政の継続性だ。
ま、大事業というものは予算が予め決められていて、県知事が交代して忘れたくらいでは止まったりしないだろうけど。
ともかく俺はヴァルディス伯爵について記録を調べたりジェイムズに話を聞いたり、リサやミネアや冒険者への依頼で市井の評判なども集めて人物像や政策を把握するべく努めた。
分かったところでは、ヴァルディス伯爵は狩りが好きで、割と苛烈な税の取り立てをやり、トレイダー帝国に対する防衛は気を払っていた様子だが、街の経済などにはほとんど関心が無かったようだ。
凡庸な武人、と言ったところかな。あのくりんっとした髭だけ俺は印象に残っていたのだが、人物像の肉付けは出来た。
調査の過程で平民や商人に嫌われていると分かったので、俺は逆にそこを重視して違いを打ち出していこうと思っている。
経済と福祉を重視し、税は安く。金の掛かりそうな軍備増強はなるべく後回し、だ。
ゲームで言えば内政重視というヤツだな。
関税の撤廃もその方針に沿った政策の一つになるが、これは元々そうしようと決めていたので結果オーライだ。
目玉政策はティーブル川の治水工事だ。
そう度々氾濫する川では無いのだが、一度氾濫してしまえば麦畑を台無しにして民の暮らしと財政を直撃する。
被害の大きなモノに対して優先的に備えをするのは当たり前のことだ。
立派な堤防を作れば、民も安心してくれることだろう。
ほとんどゴーレムと魔法チームのウォール系でやるつもりだが、冒険者ギルドへの依頼として作業を協力させ、賃金を払って公共工事とした。
ごろつき、オホン、冒険者には仕事を与えておくに限る。これで治安も改善されていくはずだ。
念のため釈明させてもらうが、俺の水計の策では、ほとんどヴァルディス領に被害は出ていない。アレはトレイダー国境に近い下流の場所を選んだし、事前にジェイムズに下流に何があるかは確認済みだった。
もちろん、さらに下流のトレイダー帝国に何があったかは俺の知るよしでは無い―――。
責任者はなぜかエリカが張り切って立候補してきたので彼女に一任した。きちんと俺は様子を見に行ってチェックしているが、まともな仕事ぶりである。思った以上の仕事ぶりである。やるな、土木エルフ。
だが―――。
「くっそー、面倒臭え!」
報告書だけでも一日十枚以上が出てくるし、もう収穫時期だからヴァルディスの農村に早めに農機具も渡してやりたいんだよな。麦倉もきちんとしたのを作らないと。
上下水道も整えたいし、フィギュアも作りたい。木の実や薬草やキノコも集めなきゃだし。
だが、魔法使いの数が限られていて、ゴーレム起動も魔法使いがやらないといけない。
いちいちゴーレムモーターを起動するためだけに飛空艇であっちこっちを回っていると馬鹿らしくなってきた。
ミオもティーナのために開墾をやってるだろうから地下鉄作りが停滞しているはずだ。
とにもかくにも、魔法使いが圧倒的に足りない。
呪文の難易度と軍事機密性が高いアイアンウォールやストーンウォールはともかく、ゴーレム作成はやり方さえ覚えれば中級魔術士でも行けるんだから、ゴーレムの起動くらいは他の奴にやらせたい。
「と、言うわけで、魔法学校をここヴァルディスに設立しようと思う」
重臣のフリッツとジェイムズ、それにうちの騎士団の空軍魔術士ロンメルを前にして言う。ロンメルは平民でありながら魔法入門書だけの独学で魔法を覚え、わずかながらだが独自魔法も開発していた。教えてやったら上級魔法もあっと言う間に覚えた天才肌のヤツだ。熱気球の空軍の要員としてラインシュバルト領で募集に応じてきた一人。
ストーンウォールとアイアンウォールは機密と言うことでまだ彼には教えていないのだが、決して決して嫉妬では無い。軍事機密なのだ。国家機密なのだ。禁呪なのだ。そう簡単に教えてはやらないのだ。
金髪のイケメンには厳しくするのだ。
「学校ですと? それはいかようなものですかな?」
フリッツには理解できなかったようで怪訝な顔で質問されてしまった。ジェイムズも同じなようでこちらは黙って俺の説明を待っている。ロンメルはニーナの学校にも興味を示して通っているので彼はにっこり笑っている。俺は学校について説明してやった。
「学校とは弟子を一般から広く集め、師匠が教える場だ。ヴァルディス魔法学校は地位に拘わらず、魔法が使える者はすべて入学可能とする。学費は無料で、給食――昼飯も支給だ。ローブと杖と紙も、な」
「つまり、お館様が平民から弟子を集めると言うことですかな?」
「そうなるが、別に貴族の弟子を取らない訳じゃ無いぞ?」
「はあ、ま、弟子はご自由になさればよろしいかと思いますが…」
フリッツはあまり魔術には興味が無さそうだ。ま、重臣が話を聞いて反対しなかったと言うだけでOKだ。まだ顔合わせしたばかりで気心が知れていない上司と部下ってのは気を遣っておかないとな。
「よし。では、ロンメル、初代校長には君を指名しようと思う。名誉なことだぞ? 給料も別で上乗せだ」
「はい、ありがとうございます。頑張って弟子達に教えます。もちろん、お館様も教えて下さるのですよね?」
「ああ、手が空いた時間にはなるべく行こうと思うが、忙しいからな」
「お館様。それがしも教わってみてもよろしいですか?」
ジェイムズが言う。フリッツの方は紫の絹服のジジイだが、ジェイムズは若手鎧武者、見た目魔法が似合うのはフリッツの方なんだが。
「構わないが、魔法が使えるのか?」
「いえ、使えないのですが、ひょっとしたらと思いまして」
「そうか、ま、試すだけはやってみれば良いし、魔力の鍛錬を続けていればいずれ使えるようにはなるかもしれない。ただし、お前は騎士副総隊長だからな、そちらに支障が出るようなのめり込みはダメだぞ?」
「ご安心を。職務の方はサボったりはしませんから」
「分かった。いいだろう」
「ありがとうございます」
さっそくヴァルディスで大工を集め、校舎を作る。土台を俺がストーンウォールで組み上げてやると、大工達も呆然としていた。
「ほら、設計図はこれだ。ちゃっちゃと取りかかってくれ」
「は、はい!」
メモリーの呪文で大工達は3Dウインドウを参照しつつ工事ができる。
『安全第一』『焦らず声を掛け合いましょう』『ご近所の皆様にはご迷惑をお掛けしております』という標語の看板をでかでかと周囲に置き、後はプロに任せる。
「ユーイチ様!」
農機具を作りに行こうと思ったら、ロンメルが追いかけてきた。
「なんだ?」
「是非、ストーンウォールを教えて頂きたく」
「うーん…」
「お願いします!」
「まだ早い。これは禁呪でエクセルロット卿から機密を命じられてもいるからな。お前は工事をきちんとやってくれ」
「分かりました…」
残念そうにしていたが、信用できる奴にしか教えるつもりは無いし、ロンメルはまだ雇ったばかりで日が浅いからな。
ゴーレム作成はすでに教えてあるし、物覚えの良い奴だから、いずれ色々魔法も教えていくつもりだ。魔法学校の校長なんだから、色々魔法を知っておかないとお話にならないもんな。権威ある有名校にまでにするつもりは無いが、一般生徒がゴーレム起動と熱気球が扱える程度には育てるつもりだ。いや、魔術士の数を揃えるためには、ある程度、有名じゃ無いとダメかな。
そこは少し考える事として、俺はヴァルディスの村に農機具を設置するため、各村を飛空艇で回った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
一週間後、ティーナの屋敷に冒険仲間が全員集まった。
俺がヴァルディスの領主となったことで、毎日通うのは難しくなったが、週に一度は冒険者パーティーとしてこうして集まろうと決めている。
「麦畑は倍にしたわ」
ティーナが自慢げな顔で言う。
「そりゃ凄いが、ミオには鉄道をヴァルディスまで通してもらいたいから、暇を与えてくれ」
「ああうん、ミオにも言われたわ。しばらくミオは鉄道をやってもらうから。ただし、エリカ、手伝ってね!」
「ハァ? 私、治水工事や国境の防壁作りで忙しいから無理なんだけど」
「ええ? じゃあ、クロちゃん……」
「ええと…」
クロも困った様子で俺を見る。
「悪いが、クロは地図を作ってもらってるから、今は手が空かないぞ」
俺が言う。
「むぅ。魔術士って、ユーイチが先に募集を掛けちゃったから、集まらないのよね…」
ティーナも魔術士の有用性に気づいて、募集を掛けている様子だが、ま、数が少ないから仕方ないな。
「その件だが、ヴァルディスに魔法学校を作った。すぐと言うことにはならないが、少しずつ、魔法使いは増えていくと思うぞ」
「あ、なるほど、集めるんじゃなくて育てるんだ…さすがねえ、ユーイチは」
「ま、日本に学校があるから、そういう思考になるんだけどな」
ティーナは感心したが、この発想は現代社会に馴染んでないと出てこないのかも知れない。
「でも、ユーイチの故郷には魔法使いは一人もいないのよね?」
リサが確認してくる。
「ああ。俺のいた世界には魔法なんてモノは無かったからな」
「それがこっちに来たら大魔導師なんて、不思議やねえ」
ミネアが言うが、ホント不思議だな。
「ユーイチ様は女神ミルスに導かれた勇者様ですから」
クロが誇らしげに言うが、ミルスが俺を飛ばしてきたわけじゃ無いみたいだぞ。
「ふふ、そうね。ところでヴァルディスには何かロフォールに無いような新しいモノって、他に作ってないの?」
ティーナが聞いてくるが。
「んん? いや、基本的にセルン村やロフォールと変わらないぞ。こっちはまだ農機具が全部行き渡ってないんだよなあ…」
「忙しそうね。あ、カーブミラーだっけ? アレはいいわね。飛ばせるわ」
ティーナが言ったが、有事でも無いのに街中を馬で飛ばすなと。
王都で紙ギルドを襲撃した際、他の貴族の馬車とぶつかるのを懸念して思いついたアイディアだったが。
鉄壁と石壁と太陽火炎でカーブミラーを作っている。
最適な映り込み具合の湾曲の角度を割り出すのに苦労したが、一度作ってしまえば後は簡単に量産できた。雨よけも上側に作って汚れ対策も完璧だ。街の子供達が面白がって覗き込んで遊んでいたが、この世界にもちゃんと元から鏡はある。
それを街角に立てるという発想が無かっただけだ。
ヴァルディスの街とロフォールの街の主要な交差点には全てカーブミラーを設置しているが、そんなに数は無い。
そもそも街の規模が小さいからな。
ついでに、姿見も作って、貴族や高級服店やロバートに売りつけている。
ティーナはすでに持っていたが、大きめの鏡はこちらの世界の技術ではちょっと難しいようで良い値で売れる。
「あ、そうだ、ピラミッドにミラーハウスを作るか」
俺が言う。今思いついた。
「ん、作る。ピラミッドにミラーハウスは定番」
ミオが大きく頷くが、お前、適当に言うなと。全然定番じゃねえぞと。
テーマパークなら有っておかしくは無いが。
「鏡の家? 面白そうね」
ティーナも興味を示した。決定だな。
「いいかもしれないけど、床に鏡は禁止よ」
リサが言う。
「なっ……! 天才か、リサ」
その発想は無かった。
「うるさい」
おっと、ボウガンを向けられたので、両手で降参しておく。
「ええ? そういうつもりで言ったの?」
ティーナまで眉をひそめて誤解するし。
「いやいや、誤解だ。俺の故郷のミラーハウスは床は鏡じゃ無いから。壁だけだから」
さっそく翌日、ピラミッドのダンジョンの一部を改造して、ミラーハウスにしてみた。
「あ、面白い。何人も私達がいるわね」
ティーナも気に入ってくれた様子。
「ニャ、不思議ニャ。奥はどうなってるニャ」
鏡だぞ、リム。理解してるか?
「ユーイチ、この通路の先には何があるんだ?」
レーネが聞いてきたが。
「いや、俺も知らない。ミオ、何があるんだ?」
「ん、ドラゴンのボス部屋に繋がってる。しかも最上位種」
「「 ええっ!? 」」
お、おいおい、まさかそんなヤバいモンスターをどこかから連れて来たんじゃあるまいな。
またコイツは勝手な改造を…。エキスパートモードは禁止だって言っただろうに。
「チッ、何か来るわよ」
リサが気配を感じ取ってボウガンを通路の先に向けて構える。
俺達も身構えた。
「キュッ! キュッ!」
奥からアクアが出てきたが。ああ、なんだ、最上位種のドラゴンってコイツのことか。
「ん、アクア、出番はまだ。掴みが出来てない」
「ああ、びっくりした。アクアのことだったんだ…」
ティーナもほっとして言うが、アトラクションとしては有りかもな。アクアもまだ幼生だから、可愛げがあるし。
「よし、係員を置いて、採用だ。着ぐるみの奴も入れて、なんちゃってモンスターにしよう」
子供や観光客に冒険者気分を味わってもらう。ここも魔法使いを置いて、アクアに炎を吐かせたように見せかければ、さらに盛り上がるだろう。
攻撃禁止はきちんと徹底しておかないと。アクアが倒されて、成竜がわらわらと出てくるヤバいことになるかもしれないからな。
他にもあーでも無いこーでも無いとみんなでアイディアを出し合い、ピラミッドのテーマパーク化が楽しく進んだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
へそ出しサンバガールが踊り、ドラゴンを模した御輿が走り回るド派手な収穫祭も無事に終了させ、後は冬に備えるだけだ。
ロフォール領の収穫はセルン村も含めて去年の二倍となっているので、俺もティーナも村人もみんな笑顔だ。
ヴァルディス領のティーブル川の治水工事とダムも完成した。発電機と鉄製の水車をダムに設置して大量の発電を行えるようにしたが、この世界の街には電気機器がほとんど無いために、電気の使い道が無かった…。
仕方ないので、トーマスに竹とアイディアを教え、電灯の作成を命じている。
後は、大量の電力を使うとなると、製鉄所やレーザーかな。レーザーはちょっと無理だが、製鉄所は作れるから、作ってしまおう。
俺が思考をめぐらせつつ、ティーブル川で針の無い糸を垂らし、のんびり釣りの真似事をしていると、セバスチャンがやってきた。
「お館様、条件に合う大物を見つけましたぞ。セリオス=フォン=オファリム。子爵家の次男です。神童と言われながら、特に仕事には就いていないそうでございます」
「よし、会いに行くか」
とにかく俺の代わりに仕事してくれそうな奴なら誰でも良い。




