第二十話 ヴァルディス領を拝領す
2016/12/2 若干修正。
八月も終わりに差し掛かった頃、俺は王宮に呼ばれ、飛空艇や大神殿やスレイダーンとの交渉の件について、宰相から苦言を出されてしまった。
うん、ちょっとやり過ぎたかな、とは自分でも思ってたのよ?
でも、その時のノリで、上手く行ってたからついつい、調子に乗ってしまって…。
「今は派手な動きはしないように」
細面の宰相が無表情で言う。
「ははっ!」
「では、今から広間にて謁見を行う」
「はっ!」
国王と謁見し、俺は正式にヴァルディス領を受け取った。地位は男爵のままだが、元伯爵領である。当然、謁見の広間では、貴族達が口々に抗議の声を上げ、なかなか収拾が付かなかった。
最終的にアーロン侯爵がトレイダーへの備えが出来るかどうかを諸侯に問い質し、代わりを務めようと名乗り出る人間もいなかったので、俺に落ち着いた訳だが。
んー、もうちょっと小さい領地で良かったんだけどなぁ。
しかも、トレイダー帝国に接する前線だ。ルーグル王国も誕生して前よりは接する範囲が狭くなっているものの、ルーグル王国から援軍を要請されることも充分に考えられるため、はっきり言って結構厳しめの領地だ。
それに、西のロフォール領と南東のヴァルディス領で、離れちゃってるのがね。
王宮としてはヴァルディス伯爵の戦死で空席となった領主の後釜を一刻も早く入れたかったんだろうけど、ま、文句を言っても始まらないか。
ヴァルディス伯爵も跡継ぎをちゃんと作っておいて欲しかった。
俺は作るぜ?
子作りは領主の重要な義務である! フヒヒ。
俺はそのまま飛空艇で王都からヴァルディス領に向かい、前ヴァルディス伯爵の部下と面会した。
「ユーイチ様、お久しぶりでございます」
笑顔を崩さす両手で握手を求め歓迎してくれたのは上級騎士、ジェイムズ=ヘイワードだ。ヴァルディス伯爵が戦死してしまった直後、案内役としてロフォール騎士団に付き従い、きちんと自分の役割を果たしてくれた。彼がいなければティーブル川の戦いでの勝利は無かったと言っても過言では無い。聞けば騎士団の副総隊長だったそうで、結構地位が高いね。中年と言うにはまだまだ若い年齢だが、すでに二児の父だそうで、こちらの世界の成人年齢が少し早いんだよな。
落ち着いた感じの人物で礼儀正しいから、彼はまともそうだ。
「ああ、ヘイワード、久しぶり」
俺も笑顔で握手を返す。
「我らがお館様になられたのです。これからはジェイムズとお呼び下さい」
「そうか。それでヴァルディス騎士団の騎士総隊長は……」
見回すが、それらしき騎士の姿は見えない。
「残念ながら、前のお館様に付き従い、命を落とされました。その後、空席のままですので、私が事実上の長となっております」
「そうか、では、改めてジェイムズを騎士総隊長に任じよう」
空席なら、副総隊長を昇進させるのがベストだろう。
「んっ? よろしいので?」
「んん?」
「いえ、そちらの騎士団の騎士総隊長の方がおられるかと思いましたが」
おっと、ケインがいたね。そうだった。
「ああ、済まない、ケインがうちの騎士団の制服組のトップだ。じゃ、悪いがジェイムズ、君は副総隊長のままだ」
「承知しました」
笑顔でにっこり笑うジェイムズは良い奴だ。
「ふう。騎士総隊長のケインです。よろしく」
降格されたかと焦ったらしいケインがジェイムズに握手を求める。悪かったよ。
「おお、よろしくお願いします、総隊長殿」
ケインの方が年が若いが、その辺はジェイムズも気を使えるようでこれなら多分、大丈夫だろう。
ヴァルディス騎士団はヒーラギ騎士団と合併させて再編成する必要があるが、まずはこの二人に任せてみるとするか。
「じゃ、旗と紋章は全て、うちのに変更させてもらうぞ」
俺は言う。旗はさっさと統一しておかないとな。組織の一体感を作るためにはそれが良いだろう。派閥やらなんやらで分かれてしまっても困るからな。
鎧も持って来ている。
「はい、当然でしょうな」
「ふん」
後ろで鼻を鳴らして不満そうな人物がいるが。
「おっと、フリッツ殿、こちらがユーイチ=フォン=ヴァルディス男爵です」
ジェイムズが紹介してくれた。フリッツは紫の服を着ている。帯剣はしているが、ムキムキと言う感じでも無いし、おそらく文官だろう。陰険そうな感じの壮年の男。気難しそうだなぁ。
「さて、伯爵にお仕えしておったのに、とんだことになってしまったわい。フリッツと申します」
不満たらたらだが、一応は目礼してくれたので、従う気はあるのだろう。そこは運が悪かったと諦めてくれ。
領地も豊かにして、お給料はちゃんと出してあげるし。
「よろしく頼む。それで、ヴァルディスの主立った者は君たち二人か?」
「はい、他は戦死や浪人となったりで、残った重臣は我々だけです」
ジェイムズが肩をすくめる。
「浪人か。優秀な人物がその中に?」
奴隷上がりの男爵には仕えられんと思っても仕方ないが、高給を出せば気が変わるかも。
「いえ、あまりパッとしない者達ばかりで。人手不足なら声を掛けてみますが、あまりお勧めはしません」
ふむ。主の跡継ぎがいないと言うことで不安に駆られたのも理解出来るが、忠臣なら残ってるはずだろうしな。まともな感じのジェイムズがそう言うなら、無理に再招集する必要も無さそうだ。
「分かった。じゃ、まずは執務室に案内してもらおうか」
「は、こちらです」
ヴァルディス伯爵の城は焼かれてしまったので、別邸のはずだったが、それなりに整った執務室に案内された。
「ここは伯爵が使っておられたのか?」
「いえ、フリッツ殿が」
「ああ、なら、俺のは別の執務室を用意するとしよう」
「そうですか」
「そうして頂けると、ありがたいですな」
フリッツも頷き、ま、その方が良いだろう。自分の使い慣れた仕事場を取られるの、誰だって面白くは無いだろう。
二人に新しい執務室の心当たりを聞き、ジェイムズが不動産の商人を呼んでくれた。
フリッツの館に近い場所の空き家を買い取り、メイドのメリッサに掃除してもらう。
そこはすぐということにはならないので、一度フリッツの館に戻り、俺は言う。
「では、ここの税の目録と、家臣の名簿、それから宝物庫のリストを出してくれ」
領地経営において最も重要なのはこの三つだと判断している。新領地で何をやるかは冒険者仲間や俺の家臣団のみんなにも知恵を出してもらい、シミュレーション済みだ。
「それをどうされるおつもりで?」
フリッツが問う。
「領主として確認する」
「生憎、宝物に関してはトレイダー軍に奪われ、ほとんど失われておりますが」
「ああ、ま、残った物の確認で構わない」
「承知しました」
フリッツは言われた目録をきちんと出してくれ、仕事はまともに出来そうでほっとする。
「ふうん、こんなものか」
ヴァルディス領の商税は 151万2012ゴールド、関税は 76万5500ゴールド、人頭税は 1349万2800ゴールド。
合計 1577万0312ゴールドである。
ロフォール領の5倍くらいだ。ロフォールは商税収入が二倍になっており前よりは税収が上がっている。ただ、国王陛下のお情けと言うことで今年の九月までは人頭税なども免除なので、二年目の全体の税収がどれほどになっているのかははっきりしない。
もうじき収穫の時期だし、そっちも楽しみではあるが。
これで少ないなぁと思ってしまう俺は、冒険や商売で稼いだ個人の所持金が3000万を超えていたりする。別邸のローンもすでに払い終わっている。
ヴァルディス領は人頭税じゃ無くて、固定資産税や所得税に変えちゃおうかな。貧乏人から無理して税を取り立てるより、金持ちから相応な分を取る方が良い。変更は王宮にお伺いを立てておく必要があるが、税収が下がらぬと言うことであれば多分通ると思う。
徴税権は領主の専権事項だ。だからロフォールと違っても構わない。俺がここの領主である。
「人口はどれくらいだ?」
「正確には分かりかねますが、二万五千から三万の間と言ったところでしょう」
ジェイムズが答える。思いっきりアバウトだなぁ。
人口調査をやりたくなる。後で考えておこうか。
ロフォール領の人口は六千から今は九千へと増えているが、その3倍の規模の領地か。
ま、ロフォールは子爵領であり、格上の伯爵領がその3倍と言うのは普通だろう。
こりゃティーナにはここの税収は内緒だな。絶対聞いてくると思うけど。
「そうか。後で人口の調査をするとして、関税は今日からゼロにするぞ」
二人の重臣を前にして俺は宣言した。
「なっ!?」
フリッツの顔色が変わる。
「ゼロ、ですか…」
ジェイムズも眉を吊り上げるが、ま、税収の5%、76万ゴールドとなれば、結構な金額だ。
心配になるのは無理も無い。
だが、俺の領地ではセルンもヴァルディスも同等に扱うつもりだ。
セルン村の領地については国王陛下に願い出てそのまま俺の領地としてもらっている。
「そうだ。心配しなくても、赤字――借金が必要って訳じゃ無いだろ?」
「それはそうですが、領地の維持には金が掛かりますぞ?」
「分かっている。なーに、金策はどんどんやるから、大丈夫だ」
「ううむ…」
フリッツは不安に思った様子だが、実際に稼いでいけばすぐ理解してくれるだろう。
その日は宴会となり、新しい家臣達と挨拶を交わして、俺は適当なところで早めに抜けて床に就いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌日、俺は飛空艇を飛ばして一度ロフォールに戻り、料理人のテッドを連れてヴァルディスに向かった。
徒歩なら二週間以上かかる距離だが、飛空艇なら二時間とかからない。このスピードになると空気抵抗が問題となるので、機体の形やそれ系の呪文を開発して、さらに高速な飛空艇を作るつもりだ。軍事にも使う予定だから数もいるしな。
飛空艇用の飛空石はたくさんあるぜー。
「えー、では、U-HACCPを説明します」
ヴァルディスの料理人を集め、テッドやクロを助手として衛生管理や料理の講習を開く。もちろん無料。
新領地になったら安全で美味しい料理が食えないなんて悲しいからな。これは真っ先にやろうと前々から決めていたことでもある。
講習会でU-HACCPについては怪訝な顔をしたり、退屈そうにしていた料理人達だったが、いざ揚げ物やハンバーグの紹介に入るとすぐに目の色を変えた。
「おお、こんな料理があるのか!」
「これは知らなかった」
「美味しそうじゃないの!」
とても好評で、一日ではとても教えきれないし、また明日も開催すると告げて終了する。
「どう? 上手くやってる?」
「ああ、ティーナ」
翌日、ティーナやみんなが心配して様子を見に来てくれた。
「まあまあ、かな」
「そ。心配性のユーイチがそう言うなら、問題は無いみたいね。それで、ヴァルディス領の税収っていくらなの?」
さあ来たぞー。
「ティーナ、みんなも、まずはヴァルディス領を案内するよ」
俺はさりげなくティーナの質問をスルーして笑顔で言う。
「ああ、いいわね。じゃ、お願い」
「畏まりました」
恭しく一礼して、ジェイムズを呼び、適当な場所を案内してもらう。
「うーん、思ったより田舎な感じね」
ティーナが正直な感想を述べる。街もいくつか飛空艇で移動して見たのだが、一番大きい街でもロフォールとそう変わりが無い。ラインシュバルトやオズワードの街と比べるとやはり規模が小さい。
「そうだな。ま、これからだよ」
「ええ。これだと、税収はロフォールと同じくらい?」
「……ジェイムズ、次はどこだ?」
「あ、はい、そうですね…」
「ちょっと。なんで答えようとしないのかしら?」
ティーナが疑問に思ってしまったようだ。
「ティーナ、それは後でもいいでしょ。ユーイチ、国境の警備が見たいわ」
リサがそう言ってくれた。ナイス。
「おお、それも重要だったな。じゃ、飛空艇に」
「む…帰ったら、教えてもらうし、目録は見せてもらうわよ?」
異なる家の領主、そこは拒否できる気もするのだが、相手は子爵で俺は男爵、格下だしなぁ。後見人をやってくれてるわけだし、ティーナには恩義もある。ま、帰ったら見せてやるか。
「分かったよ」
「よし、じゃ、約束ね」
飛空艇に乗り込み、次はトレイダーとの国境を目指す。飛空艇は魔術士で無いと動かせないからセキュリティはあまり気にしなくてもいいのだが、一応、兵士を立たせて留守中の警備はしておく。暗殺者に入り込まれても嫌だからな。
「アレがそうね」
窓から下を見ていたリサが言う。甲板にも出られる構造にはなっているが、高速飛行中は風圧が凄いので、規則として禁止だ。
俺も窓から見てみたが、国境は木の柵が一キロ程度、申し訳程度に設置されているだけだ。これじゃ、防衛の役にも立たない。
飛空艇を着陸させると、国境警備の兵士達が何事かと慌てて詰め所から出てきた。物見はきちんとやっているようだな。よしよし。
「問題無い、新しいお館様が視察に来られたぞ」
ジェイムズが真っ先に降りて兵士達に声を掛ける。
「おお、副長でしたか、ふう。ですが、コレはいったい…」
「コレはお館様の乗り物で、飛空艇と言うのだ。見ての通り、空を飛べるぞ」
「おお…」
自然と次は、黒ローブの俺に、兵士達の視線が集中する。
「オホン、こちらが新しい我らのお館様、ユーイチ様だ」
ジェイムズが上手いタイミングで紹介してくれた。
「うむ、皆の者、お役目、ご苦労」
「ははっ!」
地上に降りて関所の兵に労いの言葉を掛ける。ここは士気にも関わるので男爵の威厳を最大限に出しておく。
何事も最初が肝心だ。
「関税はどうなっている?」
俺はそれも警備隊長に聞いてみた。
「は? 関税でございますか?」
まだ話がここには来ていなかったようだ。
「そうだ。ヴァルディス男爵領では、関税は無税とする決まりだ。今日から関税は取らないように」
指示しておく。
「分かりました」
警備隊長と話をしたがトレイダー帝国の動きは無く、見張りもきちんと立てていると言う事なので、国境警備の方はひとまず大丈夫そうだ。
旗を飛空艇に積み込んでいた予備と交換させ、鎧も新しく赤備えを支給しておく。
「おお、これは映えますなぁ。ありがとうございます!」
隊長や兵士たちには受けが良かった。新品の鎧は誰だってありがたいよね。もちろん、無料だ。組織のユニフォームが自腹なんてあり得ねえだろ。そこは組織の経費で落とす。
ついでにヴァルディス騎士団の待遇も話してやり、機動力や薬草訓練はまた今度でいいか。
国境の柵は鉄壁を使って高さ五メートルの有刺鉄線付きのモノに立て替えた。内側には一定間隔で、矢も撃ちやすい監視塔付きだ。
外側には土壁で一メートル五十センチの堀を作り、さらにその五メートル外側に盛り土をして塹壕を作っておく。
兵士達が唖然として急に出来上がる壁を見上げている中、ジェイムズが笑って言う。
「どうだ、新しいお館様は大魔導師だからな。このくらいの魔法は何でも無いんだぞ?」
「いやはや、驚きました。さすがお館様でございます」
警備隊長がなんとか世辞を返したが、ふふ、第一印象はバッチリだな。
「警備は怠らず、行商人や冒険者には親切にするように」
「ははっ!」
訓示を述べてヴァルディスの俺の館に戻る。
「じゃ、ユーイチ、税の目録」
ティーナはしっかりと覚えていて、こりゃ見せるしか無いな。
「仕方ないなぁ…ほれ」
目録をそのまま手渡してやる。
「ええ。…あっ! 1577万ゴールドって、うちの領地の5倍はあるじゃない!」
「んー、まあ、元伯爵領だしね」
「くっ! こうなったら増税で…」
「こらこら。それじゃスレイダーンのボルンみたいな無能領主と同じになっちゃうぞ?」
俺は言う。ロフォール領に浮民を輸出してさんざん悩ませてくれていた、かのボルン領はついに大規模な反乱が起き、領主の館は焼き討ちされ、ボルンも民衆に殺されたとのこと。当然の結末だな。
「あっ、そうね…ううん」
「ま、勝負は対等の条件の方が良いだろ。セルン村とバリム村の勝負はまだ続いてるじゃないか」
「そうだったわね。こうしてはいられないわ、ミオ! 開墾やるから手伝って」
「ん、もう収穫の時期、それはタイミングが……それに私は地下鉄作りで忙し―――」
「いいからやるわよ!」
ミオの手を引っ張って行くロフォール子爵。ホント負けず嫌いだね。




