第十四話 飛空艇
2017/8/2 若干修正。
階段ではなく、はしごを登り、二階へ上がる。そこにはかなり大きな望遠鏡が窓に向けて備え付けられていた。
「へえ。望遠鏡か。見てもいいか?」
俺は興味を覚えて、頼んでみる。
「いいぜ。しかし、望遠鏡ってよく分かったな」
「俺の故郷にもあったからね。ふむ」
覗いて見たが、空ばかりで倍率もよく分からん。
「ああ、じゃ、ちょっと待ってな。よいしょっと、これでいいぜ。見てごらんよ」
少年が望遠鏡の向きを変えてくれ、今度は向こうの枝が見えた。
「おお、そこそこ見えるな」
「ええ? そこそこって」
「ニャー! 不思議ニャ! 遠くのモノが近くに見えるニャ!」
リムやみんなは感心していたが、ま、仕組みを知らないとそんなものかな。
「この絵は、かなり上手く描けているな」
レーネが壁に飾ってある男の肖像を見て言うが。かなり精緻で写真に見える。
「へへ、そいつは筆で描いたんじゃ無いぜ? 光を反射させて羊皮紙を染めたモノなんだ」
「ほう?」
「面白い魔法ね」
ティーナも言うが。
「違う違う。コイツは薬品を使って染めたんだよ。魔法じゃ無いぜ、本当だ」
少年が言うが、発明家なのかな。
「分かった。それで、女神ミルスはなんと?」
俺が本題に入らせる。
「ああ。アンタ達に天空の城の話をしろってさ」
天空の城!
「なっ! あああああ!」
俺は感動を覚えて、少年の両肩を掴む。
「き、君の名前は?」
「ええ? 俺の名前はペーターだよ」
「むう…改名する気は無いか?」
「はあ? ねえよ。何言うんだよ、いきなり。俺の名前は父ちゃんが付けてくれた名前だからな。変える気なんかはさらさら無いね」
「そうか、ま、それなら仕方が無い。だが、ペーターよ、ある日、空から女の子が降ってくるかもしれないから、しっかり抱き止めるんだぞ」
「……なあ、この人、大丈夫なのか?」
「え、ええと、気にしなくて良いわ。時々、つまらない故郷の冗談を言い出すけど、それ以外はまともよ」
ティーナが言うが。
「ああ、冗談か。俺はてっきり危ないヤツかと思ったぜ」
「それで、その天空の城とやらって、どんなモノなわけ?」
リサが胡散臭そうな顔で腕組みするが、あんまり信じてない感じだな。
「む。ちゃんと空に浮いてる城なんだよ。本当だ!」
「えぇ?」
「くそっ…アンタ達、女神様の話は信じるんだろ? なら、天空の城だって信じたって良いだろうが!」
どうやらペーター少年は街の人に天空の城の話を信じてもらえず、ちょっとナイーブになっている様子。
「大丈夫だ、ペーター、俺は信じる。天空の城はきっとある」
もう一度ペーターの両肩を掴んで言う。
「おお。信じてくれるか!」
「もちろん」
「良し! じゃ、これが父ちゃんの日記だ。父ちゃんは木工職人だったけど、発明も色々やっててさ。それでちょっと度が過ぎて母ちゃんは離婚しちゃったけど、飛空艇も作った凄い発明家なんだぜ!」
「拝見します」
おそらくペーターの父親はもう生きてはいまい。だが、彼は偉大なる発見をした男として歴史に名を残すだろう。
たとえそうならないとしても、俺がちゃんとイシーダに頼んで謳ってもらうこととしよう。
最初から読んでいては時間がいくら有っても足りないので、探知の呪文も使いつつ、パラパラと適当にめくってみる。
飛空艇の文字を見つけて、そこで止める。
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聖暦 245年、5月6日、快晴。
昨日は新しいクランクの機構を思いついてしまったので、それを作っていたら、いつの間にか朝になってしまっていた。おかげで仕事の方は全く手つかずで、道具屋のレックにはまた呆れられそうだ。
だが、本当にグッドアイディアだった。これで、飛空艇の完成にまた一歩近づいた。
そう、コイツの名前は『飛空艇』だ。
空を飛び人を運ぶ船。船が空を飛ぶなんて、いったい誰が考えただろう!
ターニャのヤツは道楽だのなんだのとうるさいが、この飛空艇が売れればきっと金になる。
それに、魔力消費がフロートやフライの呪文よりずっと少ないから、長距離移動も可能になる。
これは凄い事だ。
いずれターニャもきっと分かってくれるさ。
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またパラパラとめくって日にちを進める。
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聖暦 245年、8月7日、曇り。
まただ、また、出力が足りない。高度とスピードを上げるにはもっと大きな飛空石が必要だ。小さな飛空石を並列に使っても意味が無い。
それにシャフトの強度も上げないと機体がぶれて空中分解しそうだ。だが、鉄は使いたくない。機体は1グラムでも軽い方が良いに決まっている。
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また読み飛ばす。シャフトという文字が何度も出てきて、シャフトの材料で苦労しているようだ。
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聖暦 246年、1月25日、晴れ。
風に煽られ着陸に失敗し、酷い目に遭った。幸い軽傷で済んだが、機体はバラバラになってしまった。くそっ。
また一から作り直しだ。ターニャがもう止めろと言ってきたが、冗談じゃ無い。もう半分以上は完成してるんだ。ここで投げ出すわけにはいかない。
俺は空を飛ぶ!
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聖暦246年、4月8日、晴れ。
いつも口やかましかったターニャが、不思議と文句を言わなくなった。明日は雨でも降りそうだ。レックが新しい飛空石を手に入れたので見せてもらったが、透明度と言い形のバランスと言い、申し分ない。コイツならきっと空を飛べる。だが、五万は高すぎる。手持ちの資金では足りないが、どうしたものか。
レックには他には売らないように言っておいた。
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聖暦 246年、5月10日、晴れ。
ターニャが書き置きを残して家を出て行ってしまった。確かに、家の貯金を彼女に相談せずに使ったのはまずかった。だが、飛空艇が売れれば、金はいくらだって入ってくる。
さっそく、明日は新しい飛空石で試してみないと。
きっと上手く行くさ。今度こそ飛べる。
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聖暦 246年、6月9日、晴れ。
世界樹がぐらぐらと変な風に揺れた。風ではない。こんなのは初めてだ。街はその話でもちきりだ。レックは世界樹の幹の中の芋虫が暴れているなんて説をぶち上げてたが、俺は違うと思う。そんな揺れ方じゃなかった。うちも家の棚からモノが落ちたが、特に被害は無かった。
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聖暦 246年、7月6日。快晴。
ついに、ついに、俺の飛空艇が完成した。ペーターにも手伝ってもらい、二人で飛び上がって喜んだ。やっぱり、こういうのは男じゃなくっちゃな。
レックにも見せてやったが「どうせ失敗するんだろ」とまともに取り合わないと来たもんだ。まったく。お前は男じゃ無い。
明日はエルフの、いや、人類の歴史が変わる日だ。
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聖暦 246年、7月7日。快晴!
俺はとうとうやり遂げた。
飛空石を見つけてから、もう三年になる。あっと言う間の三年間だった。
今回の飛空艇は出力低下も無く、安定して飛んだ。風を受けると大きくバランスを崩して失速する欠点はあるものの、早めに機体の姿勢を立て直せば問題無い。
レックは俺が道具屋の上を飛んでやると、口をあんぐり開けて見上げていた。
あの顔、感光紙に撮って記録してやりたかったぜ。
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聖暦 246年、9月30日。雨。
すべてが順調だ。
連日、飛行テストを繰り返し、細かい調整を行っている。今日は雨なので残念ながら飛べない。雨天でも飛行可能にしたいが、飛空石のパワーが弱まってしまうのでどうにもならない。もっと大きな飛空石なら大丈夫だと思うが。
安全性は一通り確認したので、次はちょっと遠出して長時間飛行の具合も確かめようと思っている。
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聖暦 246年、9月31日。晴れ。
とんでもないモノを発見してしまった。今でも自分の目が信じられない。
空に城が浮いてるなんて!
位置はアルヴヘイムの東北東20キロの地点だ。
いったい、どれほどの大きさの飛空石があれば、アレを浮かせると言うのか。
ペーターは信じてくれたが、レックは笑い飛ばすだけで信じてくれない。
飛空艇は一人乗りだし、どうしたものか。何か証拠になるモノを持ち帰ってみるか。
今日は風が強くて城への着陸は断念したが、また明日、チャレンジしてみよう。
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―――日記はこのページで終わっていた。
「ペーター、親父さんは……」
「…うん、その日を最後に、帰ってこなかったんだ」
「そうか」
「多分、墜落しちゃったんだと思う。無事なら、家に帰ってくるだろうし」
肩をすくめるペーター。父親の死をすでに受け入れているのだろう。俺達はどう声を掛けて良いか分からず、押し黙ってしまう。
「おいおい、変に気を遣ってくれなくたって俺は平気だぜ? 何せ、父ちゃんの残した設計図は完璧だからな! 裏庭のガレージに来てみろよ」
ペーターが誘うので下に行って見てみたが、プロペラ機そっくりの機体があった。
ただし、先端のプロペラは無い。
「これが飛空艇さ! ちゃんと飛べるんだぜ?」
ペーターが手を広げて自慢げに言う。
「ええ?」
ティーナ達は怪訝な顔をしたが、俺は日記を見たので疑うことは無い。
「操作方法を教えてくれ」
「いいぜ!」
ペーターから飛空艇の操縦を教わり、実際に俺は乗り込んで飛んでみた。発進の時にはペダルをこいで加速しなければならず、そこがキツかったが、スピードに乗るとふわりと浮かび、きちんと飛べた。
飛空石の反重力と主翼の揚力で飛ぶ構造だ。
着陸の時は怖かったが、フロートの呪文も使って上手く着陸できた。
「凄いわね、これ」
「木の鳥ニャー」
ティーナ達もそれを見て感心する。だが、一人乗りなんだよな。俺は話を持ちかけてみた。
「ペーター、これのデカいのを作る気はないか?」
「ええ? 無理だよ。これでも飛空石のパワーがギリギリなんだ。そりゃ、もっといい飛空石を使えば作れるかも知れないけど、高いんだぜ?」
「大丈夫だ。俺達には金がある。一千万ゴールドでも出せるぞ」
「え、ええ?」
道具屋のレックとも連絡を取り、ちょうど、彼が仕入れていた大きな飛空石がいくつかあったので、それを全て購入。
ストーンウォールで融合させ整形も試みた。探知の呪文で純度の低い部分は取り除く。
十センチほどの半透明で群青色の石になった。
「す、凄い…これだけの大きさの飛空石があれば、きっと大丈夫だ! よし、じゃ、俺も手伝うよ!」
ペーターに手伝ってもらい、十人乗りの飛空艇を作る。
一週間ほどかかったが、元の機構はすでにペーターの親父さんが実用化していてくれたので、船体の大きさをいじるだけで行けた。
シャフトの強度は増強の呪文による永久強化でクリアしている。
「じゃ、テスト飛行だ」
交代でペーターも乗せてやり、いくつか微調整をして、いよいよ天空の城に出発だ。
「気を付けてなー!」
ペーターが下で手を振り見送ってくれる。
俺達が乗った飛空艇は次第に高度を上げ、風に乗り、鳥のように大空に舞った。
広大なその空の向こうを目指して。




