第十二話 成敗!
2016/9/28 若干修正。
ルドラの街の酒場で豪華な夕食となっている。
ま、今の俺たちはダンジョンをクリアして、お金があるからね。
チーズに、鶏肉、スープにパン、野菜炒め。
なんだろう、こうずらりと並んでいると、ほっとしてしまう。
こっちの世界に来てからの食生活、本当に酷かったもんなあ。
パンに味の無いスープだけとか。
あ、目から汗が。
「なんでい、なんでい、ユーイチ、そんなに飯が嬉しいのか」
「ええ、うう、久しぶりに鶏肉を食ったんで、グスッ」
「よし! 女将、鶏肉を追加だ! 今日は祝いだからな、ジャンジャン持って来い」
おおぅ、お頭、一生、付いていきます!
「ニャッハッハッ、魚ニャ! 魚も持ってくるニャー!」
「俺はチーズ!」
リムとリッジが調子に乗って注文。
頼むのは良いが、お前らちゃんと残さず食べろよな。もったいないお化けが出るぞ。
「ほれ、クロ」
「ニー」
こっそり、鶏肉をちぎって、クロに食べさせてやる。
ん? こっちを見てる客がいる。しかめっ面だ。
猫に人間様の料理を渡すなと言うところだろうか。
彼女は飲み物だけで、食事を何も頼んでいないようだ。
ただ、彼女はまっさらな白いマントを身に纏っていて、下の服は見えないが、おそらく上等な物を着込んでいるはず。
貴族だろうか。
食事の金は持っているはずだと思う。
あ、向こうが目を逸らした。
…じろじろ見すぎたか…。
彼女は俺と同い年くらいか、少し上だろう。
大きめの知的な瞳に、意志の強そうなすらっとした眉と鼻梁、小さめの唇。
均整の取れた顔立ちだ。
ちょっと目が離せなくなるような美人。
腰まである長い髪は流れるようなサラサラで、綺麗な琥珀色。
瞳の色は紅緋色。
また彼女がちらりと俺を見たが、目をすぐに逸らす。
何だろう?
くそう、そうじゃないと分かってるのに、俺の体温が上がってるし。
冷静になれ。
あんな美少女が俺に一目惚れするわけ無いだろ!
「どうしたんだ、ユーイチ」
リッジが聞いてくる。
「いや、さっきから、あの子がこっちを見てるようだから」
貴族だと指差すのは失礼だろうから、目線だけで指し示す。
「んん?」
「チッ。どうする、リーダー」
ジークが舌打ちした。
「まだ分からん。が、リッジ、娼館にいる仲間を全員呼んでこい。今すぐだ」
「ええ? でも俺、まだ食ってる途中だぜ?」
「いいから、さっさと呼んで来やがれ」
頭が静かに凄む。
「ちぇっ、分かったよ」
リッジは俺のチーズを一つ掴んで、走って行く。
おい。
「どうしたニャ」
「何でもねえよ。ユーイチ、お前は宿から武器を持ってこい」
「ええ? 荒事になるんですか?」
「そうなるかもな。早くしろ」
「はい」
荒事になるとすれば、ふむ、あの美少女、腰に立派な細剣を差しているし、賞金稼ぎか何かか?
まずいなあ。
とにかく言われたとおり、宿屋に走って行き、主人から鍵を受け取って、部屋から武器を取ってくる。
武器をむき出して持っていくのは気づかれてしまうので、シーツでくるんで持って行く。宿屋の主人に咎められるかとも思ったが、気づかれなかった様子。
「頭ぁ、いったい、何の用ですかい?」
「こっちは、いよいよってところだったのに、とんだところでお預けだぜ」
娼館にいた盗賊団の仲間がぞろぞろと不満げな顔でやってきた。
「女将、勘定だ」
「あいよ」
周囲に注意を払うが、あの白いマントの美少女の他には、特に警戒すべき相手はいないようだ。飲んだくれのジジイと、商人らしき太った中年男が一人だけ。二人とも武器は持っていない。
「急げ。だいたいでいい、釣りは要らんぞ」
「なんだい、急用かい?」
「そんなところだ」
「じゃ、全部で小銅貨二枚でいいよ」
「邪魔したな。行くぞ、野郎共」
「「「 応! 」」」
「待ちなさい」
ついに動いたか。
凛とした声とともに、白いマントの女剣士が、すっくと立ち上がり、こちらに歩いてやってくる。
「貸せ!」
ジークが俺から乱暴に武器を奪い取り、仲間に渡そうとしたが、その前に女剣士が突っ込んできた。
「ちい!」
舌打ちしたのは、すでに剣を抜いて切り込んでいた女剣士の方であった。
ジークに向けて突き出された剣は、お頭がこちらも剣を抜いて防いでいる。
この二人、いつの間に剣を抜いたんだ?
速すぎて気づかなかった…。
「おいおい、嬢ちゃん、こいつぁ、何の真似だ? 返答次第じゃ、タダじゃおかねえぞ?」
「ふん、山賊一味を成敗する、これで満足かしら? 罠抜きのルゴー」
「ぬう、まさか俺の冒険者時代の名を知ってるとはな。だが、お前はまだ若い。そうか、手配書が回ってるんだな?」
「ええ、ご明察。のこのこ街に現れるなんて、とんだ間抜けだけど」
「うるせえ!」
お頭が力任せに剣を押し返し、一度距離を取って、反撃に出る。
が、女剣士は華麗にその一撃を軽やかなバックステップで躱すと、細剣を顔の前で、真っ直ぐ上に向けて立てた。
「その構え、旋風剣か!」
「そう言うあなたは土竜剣かしら?」
「小娘が!」
お頭が怒鳴って踏み込む。女剣士は素早く回転しながら横に躱し、その渾身の一撃を逃れた。代わりに、テーブルが真っ二つになり、崩れ落ちる。
うわあ。
「ちょいと! 喧嘩だか賞金首だかどっちでもいいけど、店の外でやっておくれ!」
酒場の女将が怒るのも当然だが。
「悪いな、弁償なら後で払ってやるさ」
お頭は構わずさらに切り込む。
女剣士はその振り下ろされた剣を受けずに流し、燦めきと共に剣を放つ。
「ちっ!」
その危険な数撃を全て躱したお頭だったが、頬から血が流れる。
「ええ? むぅ、アレをあの体勢で避けるの?」
片方の眉を吊り上げて唸る女剣士。
「ふん、褒めてやるぞ、小娘、その歳でその腕たあ、大したもんだ。だがな、この数相手に一人で突っ込んでくるなんざ、無謀ってもんだぜ」
「ふふ、それはどうかしら」
よほど腕に自信があるのか、それとも何か策があるのか、女剣士は余裕の笑みを浮かべた。
「小娘が、舐めやがって! お頭、助太刀致しやす!」
「気い付けろ、相当な腕だ」
二人の盗賊が一斉に斬りかかるが、その場で一回転した女剣士は二人の切り込みを一閃で弾き返した。
「な、なにぃ!」
うわ、強いわ。この子。お頭以外は敵わないんじゃないの?
それにしても格好良い。
惚れちゃいそう。
いや、敵なんだけどね。敵なんだけど…。
「どうでもいいけど、小娘小娘って、私はもうとっくに成人の儀を済ませてるんだけど」
「えっ! お、大人の階段、上がっちゃってるんだ、しかもカミングアウト、あああ…いやあ!」
痛恨の一撃! ユーイチは精神的ダメージを受けた!
「んっ? いや、何か誤解してない? 大人の階段って…」
「大人の階段ってなんの事ニャ?」
「えっ! い、いや、それは…今はそんな事はどうでもいいでしょ!」
顔を赤らめる女剣士。
「ム、気になるニャ。知ってるなら教えるニャー」
「だから、今は、くっ!」
女剣士が剣を振るい、飛んできた矢を叩き斬って落とした。ジークがこっそり隙を見て放ったボウガンだ。
うわ、ジークさん、エグい攻撃ですねー。凄く効果的だったと思うけど。
「何をボケッとしてる。リム、ユーイチ、そいつは敵だ!」
そりゃ分かってますけどね、ジークさん…。
どう見ても俺には手が余る相手だし、斬りかかったら多分、一瞬でカウンター食らってお終いの気が。
「人が話してるときに攻撃なんて、卑怯ね」
「ふん、嬢ちゃん、盗賊相手にそんな甘っちょろい事を言ってたら、死ぬぜ?」
「むぅ」
ちらりと、女剣士が背後を見た。
その隙を逃さず、お頭が斬ってかかる。
「どっせえええい!」
一度ジャンプして、勢いを付けた上での一撃。
「くっ!」
女剣士はまともには斬り合わず、受け流す。だが、完全には流せなかったようで、マントの肩口がスパッと切れた。
今のところ、五分と五分。人数は圧倒的にこちらが有利で、包囲しているのだけれど、相手の技量が半端ではないので、誰も迂闊には切り込めない状態。
あー、煙玉、こっちに持ってきておけば良かった。
そう、何も俺たちはこの女剣士を倒す必要は無いのだ。
全員、ここから無事に脱出すること、それも勝利条件。
「こうなったら…ユーイチ、全員で切り込むぞ」
ジークが言うが、それでは、たとえ勝ったとしても、損害が大きくなりすぎる。死人も出そうだ。
「いえ、時間を稼いで下さい」
そう言って、宿へ向かおうとする。
「おい、自分だけ逃げる気か!」
「いえ、そうじゃなくて」
「むー、みんなが必死になってる時に、情けない奴ニャー」
リムが言う。
「そうだぜ! 反省しろ、ユーイチ!」
リッジも言う。
「本当にそうね」
女剣士まで…。
なんだこの一人だけ針のむしろ状態は。
くそう、リムはいいとして、そこの女剣士、アンタなんかに、アンタなんかに言われたくないんだからぁ!
「いいぜ、ユーイチ、取って来い」
さすがお頭、分かっていらっしゃる。
「はい!」
ダッシュ。
「あっ、待ちなさい! くっ、兵士達は何をしているの…?」
むむ、今のつぶやき、なるほど、兵士も呼んであるのか?
こりゃあ、急がないとまずそうだ。
宿屋に戻り、煙玉を持って走って戻って来ると、酒場はあちこちで剣を打ち合う乱戦状態になっていた。
全身鎧を着込んだ兵士が数人加わっている。
全て敵の増援だ。
しかも、全身鎧が相手となると、こちらの装備では厳しいだろう。
幸い、怪我をして座り込んでいる盗賊がいるものの、死人は出ていない様子。あの女剣士もまだ無事だったのでちょっとほっとしてしまった。
さて、いよいよ俺の出番だ。
自分だけ逃げて格好悪い奴という汚名を挽回…オホン、返上してやるぜ。




