第十話 エルフの里へ
2016/12/2 若干修正。
一人の大胆な神が水を飲みに泉にやって来て
永遠の叡智を得た代償に片方の目を差し出しました
そして世界樹のトネリコの木から枝を一本折り
その枝から槍の柄を作りました
長い年月とともに
その枝の傷は
森のような大樹を弱らせました
葉が黄ばんで落ち
木はついに枯れてしまいました
―――ニーベルングの指環より
トリスタンの南に位置するサザ村から、北東へと俺達は移動した。
山を越えると、巨大な大木が一本、大地から雲の上まで突き抜けて伸びている。
山よりも遥かに、途方も無くデカい。
この遠くからでもそれが見えた。
「うえ…アレが世界樹ってヤツか…本当にバカでかいな」
最近、ここが異世界だとあまり感じなくなっていた俺だが、久しぶりにそれを実感させられた。
「ええ、凄いわね……」
「大きな木やねぇ……」
「面白い!」
「凄いです…」
「ニャー、ぶっ魂消たニャ!」
みんなも木を眺めたまま、しばらく動きが止まる。
「フフン、人族はきっと驚くと思ってたわ。だって世界樹も見た事ないんだもの」
自慢げなエリカは、そりゃ自分の里があそこにあれば、見知っていて当然だ。
ま、たまにしか自慢出来ない可哀想な森の賢者だから、ここは空気を読んで頷いてやろう。
「そうだな」
「うん、そうね」
「そやねえ、ふふ」
「うふふ、そうですわね」
みんなも、いつになく優しい笑顔。
「ちょっと! そのいかにも訳知り顔って感じでニコニコするのやめなさいよ。なんかムカつく」
金髪ツインテールを揺らして怒るエリカもまだまだ子供だ。
「はいはい。それよりエリカ、ここから里まで、危険なモンスターはいないのね?」
リサがその点を確認する。
「ううん、トロールや、ビッグベアーや、ビッグマンティスは、危ないって長老から教わったけど、今の私達のレベルなら、問題無いと思うわ。平均で74でしょ?」
エリカが言うが、そうだな。クラーケンを倒してまた4レベルくらい一気に上がってるし、ここまで来ると、カルマの上昇も怖いから、雑魚敵よりもボス狩りをやりたくなってくるなぁ。
「そうね。ビッグベアーなんて、ムーンベアより弱いんだし、問題無いわ」
リサが軽く頷く。
「それよりも『迷いの森』が人族にとっては脅威だと思うわ。フフフ」
エリカが腕組みして笑うが、俺達は顔を見合わせて肩をすくめる。
「ま、あなたが村の掟を守って正しい道を教えないって言うのなら、それでもいいわよ。こっちで見つけるから、じゃ、行きましょう」
リサが言い、歩き出す。ま、地図や探知があれば、何とかなる気がする。この二つの呪文はいつも頻繁に使用しているので、熟練度もかなり上がってるし。
「ええ」
「ああ、行こう」
俺達も頷いて歩き出す。
「ちょ、ちょっと、誰も教えないとは言ってないでしょ! 邪神の使徒が出てくるんだし、そこは非常時だから、長老もきっと許すと思うし!」
「じゃあ、もったいぶらずにさっさと教えなさい。迷って時間を潰すよりはいいでしょ」
リサが立ち止まって振り返って言う。
「むう、分かったわよ」
エリカによると、迷いの森はエルフ達の魔法によって無限ループのマップとなっており、正しい道順で移動しないと、元の場所に戻ってくるそうだ。
ありがちだが、リアルでやるとなると、どんな仕組みなのやら。
その辺をエリカに問い質したが、バカエルフは肝心なことを知らなかった……。
ただ、実際にはそれほど広い森ではなく、エルフの隠れ里の周りをぐるっと囲っているだけらしい。
ひとまず、そこに辿り着いてから道順を教えるというので、俺達は世界樹の木へと向かった。
エルフの里は世界樹の木の麓の一角にある。
世界樹の幹にはダンジョンが広がっていて、上に登っていくことも出来るそうだが、エリカは第四層までしか登ったことは無いそうだ。
「だって、あんなの、見上げただけで登る気分なんて起きないわよ」
などと言うが、まあ、あれだけバカでかい木だと、そう言う気分になるだろう。もちろん俺も、必要が無ければそんなダンジョン、入りたくもないが…。
使徒を外で倒せたとしても、世界樹の木のダンジョンでユニークアイテムを拾っておかないとダメだろうなあ。
いや、別に俺達のパーティーじゃなくても、依頼を出せば良いか。
「見事に一匹も出てこなかったわねぇ…」
リサが少し呆れ顔で言うが、聖水を使っていたら、道中はモンスターと出くわさなかった。
言わずと知れた魔除けの効果だ。
「ま、いいだろ。どうせ出てきてもろくなアイテムはドロップしないし、経験値も稼げない。カルマだけ増えそうだからな」
俺が言う。
「そうね」
リサも同意し、後ろを振り返る。
「じゃ、エリカ、あなたの出番よ」
「ええ」
エリカは近くの木に寄って印を確かめ、指差した。
「最初はあっちよ」
「行きましょう」
何の変哲もない森で、途中、ワープしたりということもない。
「別に、なんも起きたりせえへんな?」
ミネアが言うが。
「そう思うなら、フフ、ミネア、ちょっとその辺、一人で回ってきなさいよ」
エリカがニヤニヤして言う。
「遠慮しとく。迷ってはぐれても、時間の無駄や」
「つまんないの」
「同じ場所に出たみたいだけど、次は?」
リサがそう言ったので俺も見回してみたが、ううん、森はどこも同じように見える。
「むう、急かさないで」
不機嫌そうにまた木の印を確かめ、次は先ほどとは別の方向を指差すエリカ。
俺やリサもその木を見てみたが、特に変わった印は付いていない。
「言っておくけど、印は教えないわよ」
エリカが質問を先回りして言う。
「ま、あなたが案内してくれればそれでいいわよ」
リサもそれ以上は質問せず、俺も諦めた。
「次はこっち」
エリカが指差し、そちらへ向かう。
「じゃ、ここが私達の里よ」
エリカが言うが。
「んん? なんもないで?」
ミネアが少し先まで行って振り向いて言う。
「ええ? 何言ってるの、ここをくぐれば、あれっ?」
「ちょっと、エリカ、ここでつまんない冗談はよしてよ?」
リサが言うが。
「そ、そんな、おかしいわ。ここで正解のはずなのに。ええ?」
エリカは冗談ではないようで、狼狽えた。
「どういうことかしら。エリカ、どこかで道順を間違えたんじゃないの?」
ティーナが言うが、有りそうな話だ。
「絶対、それは無いわ。でも、もう一回、最初からやり直してみる」
自信を持ってそう言うエリカだが、まあ、間違いは誰にでもある。
みんなも文句を言ったりせず、エリカの先導に付いていく。
「ここで、村が見える…はず、なのに…」
愕然として立ち尽くすエリカをよそに、小声でリサが俺達に聞く。
「どう思う?」
「ううん…やっぱり間違えたんじゃないかしら」
ティーナはそう言うが。
「パスワードの定期変更ってヤツかもな。エリカも里から出て一年以上、経ってるし」
俺が言う。
「なるほど、つまり、エルフ達が道順を変更して情報漏れに対策を立てた訳ね?」
リサが理解して頷くが、その場合、一から探す羽目になりそうだ。
「ほんなら、ここはうちら斥候チームと、魔法チームの出番やね」
ミネアがニコッと笑って言い、さっそく俺もマッパーから唱え直す。
すぐに反応があった。
「あっちだ。おい、エリカ、行くぞ」
「むうう…」
納得行かない感じのエリカだが、村に入ればそれでいいんだし。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「バカな……なんだコレは」
エルフの里は、思った以上に原始的で、俺はショックを受けた。
きらびやかな装飾などはどこにも無く、適当に切った不揃いの板を蔓で組み合わせただけの掘っ建て小屋だ。
これが魔法に秀でた種族の拠点だと!?
「どう? 自然に囲まれてて良いところでしょ?」
などとエリカがちょっと自慢げに振り向くが。
「え、ええ、そうね…」
「そ、そやね…」
「は、はい…」
みんな気を遣って返事。
「ニャー、思ったより小さい村ニャ。もっと大きな凄い里かと思ったけど、うちより田舎だニャ。ニャハハ」
思った事を配慮せずに口に出す奴。
「リム!」
ティーナも叱る。
「ええ? だって」
「む、むう、田舎の何が悪いのよ…そりゃあ、お風呂だって無いし、お店の品揃えも無いし…」
不満そうに言うエリカも、多分、その辺に嫌気が差して里を出たんだろうしな。
「まあまあ、エリカ、じゃあ、さっそく、お友達を紹介―――おっと、危ない」
俺は鼻に凄い勢いで飛んできたレイピアをサッと躱した。
そのパターンはもうお見通しだよ、ティーナ君、ククク。
「む。避けたわね。なら、七星閃光!」
「なっ―――! いててて、アホか! ティーナ! そんな必殺技、こんな時に無駄に出すんじゃない!」
俺もとっさにアイアンウォールを無詠唱で出して攻撃の半分くらいはガードしたが、すべて防ぐのは無理。
レベルも上がってるし、手数がやたら増えてるし。
くっそ、このレベルになると、薬草も一つや二つじゃ全快しないんだぞ? モグモグモグモグモグモグ。
「ふう、思った通り、ユーイチも強くなってるわね。普通、魔術士がコレを食らったら、生きてないと思うけど」
「仲間を殺す気かよ! ゲフ。あー、腹が苦しい」
「二人とも、バカなことやってないで、まずは村長に会いに行くわよ」
リサが言い、俺もティーナも肩をすくめ、少し反省して後を付いていく。
「長老はここにいるわ」
エリカが掘っ建て小屋の一つを指差す。
「あなたは来ないの?」
向かおうとしてティーナがエリカに問う。エリカは立ち止まったままだ。
「むう、私は…」
「家出を叱られるくらい、覚悟しなさい。多分、心配してると思うわよ」
リサが言うが、なるほど、それを叱られるのが嫌だったか。
「心配なんてするはず無いわ。長老達は私を嫌ってるもの」
「ううん? そうなん?」
ミネアが聞くが。
「そうよ!」
どうも感情的になってるが、ま、この際、エリカは後回しだ。
小屋に入る。
「邪魔するわよ―――いないわね」
リサが見回して言うが、そこには誰もいなかった。
テーブルの上には木のマグカップが置いてあり、皿の上にはカビた何かが乗っかっているが…。
「この石像はなんなん? なんでこんな入り口近くに置いてるんやろ。ちょっと通るのに邪魔やけど」
ミネアが言うが、小屋の入り口近くに大きな石像が置いてある。
飾ってあるというより、模様替えをしようとして少し移動させ、新しい場所を考えつつちょっと休憩という感じの中途半端な場所だ。
「どうも、妙だな」
レーネが言うが、確かに変だ。
「エリカ、他の長老は?」
「そっちよ」
今度はエリカが別の掘っ建て小屋を指差し、俺達はそこに向かう。
「ここにも石像が…」
こちらは老婆の彫像。先ほどの小屋は、ヒゲを生やした老人の彫像だった。どちらも等身大でやたらリアル調だが…。
―――まさかな?




