第四話 宴会
2016/8/20 誤字修正。
サザ村に里帰りしてきたリムの出世を祝おうと、俺達も混ぜてもらい、猫耳族の村人達から手厚い歓迎を受けた。
「さ、遠慮せずにじゃんじゃん食べてくれ!」
リムの父親のランドは奮発したのだろう。魚料理を中心に沢山の料理が並んでいる。
「美味しい!」
「ふむ、行けるな」
「旨いニャー」
焼き魚を食べたが、海の幸は久しぶりだ。
ミッドランドは内陸部の国のため、基本的に川魚しか市場に出回らない。俺が石箱冷凍輸送を開発してアルカディアから海の幸が届くが、アレは高価なため、貴族の祝い事の時くらいにしかなかなか出せないのだ。
もう少し、街道を整備して、自動車や鉄道や飛行機などを開発すれば行けるかも知れないが…。
「しかし、リムが貴族の家臣とは、魂消たな!」
「ホントにねえ。いつも遊んでばかりで気ままにやってたのに」
「悪戯ばかりやるし、仕事の飲み込みが悪くて、役に立ちゃしねえと思ったのによ」
「叱られてもけろっとしてるトンチンカンだしなぁ」
「そうそう、違えねえ」
近所の人もリムが貴族の家臣というのは驚きらしい。何しろ、リムだもんな。
「ニャッハッハッ、それほどでも無いニャ。昔のことはもう良いニャ、そんなに褒められると照れるニャ」
「「 褒めてない、褒めてない 」」
俺とティーナで手を左右に振ってツッコミを入れる。
「ところで、リムは貴族の家で何をやってるんだ?」
クルトが問う。彼はリムと幼なじみだそうだ。黒髪の、やや痩せ気味だが筋肉質の漁師。
「ニャ? んー、起きて、食って寝て、ユーイチと時々遊ぶニャ」
「んん?」
「あっ、それは…」
「アレだべ、若い女子だでのう」
「あー、囲われてるだか」
「中身はからきしだが、顔はめんこいでのう」
などと、村人達が変な誤解をしているようなので、俺は言っておく。
「リムは護衛の任務に就いて、冒険者として生活していますよ」
「そうニャ! 遊んでるだけじゃ無かったニャ!」
「ああ」
「獣人は力がある言うて、戦士に雇われることもあるしな」
村人達も納得してくれたようだ。
「リムは昔から力は強かったからな! 俺に似て! アッハッハッ」
ご機嫌の父親のランドだが、親子だけに脳天気な感じだなぁ。良い人そうだけども。
ネコパンチに警戒しておこうっと。
「ささ、どうぞ」
リムの母親がスープのお椀を渡してくれる。
「どうも」
白身魚に玉葱とトマトが入っていて、なるほど、この味付けも美味しい。
「エールだ、エールを持って来い!」
俺達は酒は断ったが、村人の男衆は酒が進み、リムが小さい頃に沖に流されて慌てたことや、魚をつまみ食いして腹痛を起こしたことなど、昔話をしてくれた。
「ニャッハッハッ、それほどでも無いニャ」
「だから、褒めてねーよ」
懲りない奴だが、楽しい奴。
ふと、金髪ネコミミのミーシャだったか、彼女がじーっと俺やリムを見て面白く無さそうにしていた。ま、リムが出世して、なんでコイツがと思う奴がいても不思議じゃ無いな。
そこはどうしようも無いので放置しておく。
「おお、ニーナの奴もロフォールにいるのか」
「ええ、学校の先生を今、やってもらってるんです」
話がニーナに及んだので、ティーナが説明した。ニーナもこの村の出身で、リムと幼なじみだ。純白のネコミミさん。
「まあ、ニーナなら心配要らねえな」
「んだ、アイツは出来が違うからな」
「小さい頃からしっかりして、計算も出来たからねえ」
子供の頃から評判の優等生だったらしい。ま、色々有ったが、今は落ち着いているし、出世がどうのこうのよりも、今、本人が満足して生きているかどうかだと思う。
今度、ニーナの希望みたいなモノも、聞いておくか。
ふと気づくと、ティーナやミネアに向かって、かなり出来上がった感じの赤ら顔の爺様が何やら真剣に話をしている。
「ありゃあの、ワシがまだ成人の儀を迎えたばかりの年じゃった。夜中にふと目が覚めての、砂浜を歩いとったら……」
「人魚がいたんだろ?」
村人の一人が横から言った。
「これ! 人が話しょおる時に、先に言うな!」
「爺様のホラ話がまた始まったぜ、はは」
「やかましいわ、ほんまの話じゃ」
「続きを」
俺も気になったので側に行って、先を促す。
「沖の方からじゃった。その日は満月で海に若い娘がおるのが砂浜からでも見えての、そりゃあ、美人じゃった」
「して、その上半身は裸でしたか?」
大事なことなので聞くが、ティーナとミネアが白い目をしてくる。
「おお、それがの、肝心なところがの、髪の毛で上手う隠れてしもうての、じゃが、ワシャア、一目惚れしてしもうたわい」
「ほうほう、それでそれで?」
若き日の爺様が見とれていると、その人魚はこちらに気づいて歌を歌い始めたという。
「この世のモノとは思えぬ綺麗な歌声での、ワシャア、ふらふら~と海に入りかけたんじゃ。じゃが、ちょうど、耳の悪い婆様がおっての、ワシの足を掴んで、こう言いおった」
『アレは魔性じゃ。近づいてはならん』と。
「何が魔性じゃ、あがぁな、綺麗な女子は他にはおらん、放せ、放せ、いいや、放さん、死んでも放さん、で、押し問答をしょうったら、もう海にはなーんもおらんようになってしもうとった。ほんま、惜しいことをした」
「分かります、お爺さん」
俺ははっしとその手を掴んで真剣に頷く。
「ホント、どうしようも無いわね、この馬鹿は。悪魔で懲りたんじゃなかったの?」
リサが冷たく言うが。
「うっ、いや、今度の人魚が悪魔とは限らないだろうが。違う気がするぞ?」
「じゃ、好きにするのね。はらわたでも食われてなさいよ」
「むう、なんでお前はそういう風に、悪い方へ悪い方へ……」
人の新たな恋路を邪魔しようとするのか。
「ユーイチ、もし、人魚が現れても近づかないようにね。コレはリーダーとして、後見としての命令です」
ティーナまでそんな事を言い出した。
「は? いやいやいや、ティーナ、何でそこでそんな変な命令を」
「当然でしょう?」
「当然ね」
「当然やな」
「くっ、数の横暴だ! 科学の発展は常識を疑うところから始まるというのに、蒙昧な未開人共め!」
「ユーイチ、今の侮辱は聞き流してあげるけど、命令は動かないわよ」
「ひんひん……先進的で賢き領主様なら、きっと人魚達の素晴らしさが分かってもらえるはず…!」
「分からないわー」
棒読みな感じで言うティーナ。
「舌の根も乾かぬうちにとはこのことね。それで私達が操れると思ってるなら、おつむが足りないわよ、ユーイチ」
「くっ、ああ、いいともさ、こうなったら女神ミルスにお伺いを立ててやるッ! 泣きっ面になるなよ、お前ら」
俺は切り札を出して、ビシッとティーナ達を指差す。
「そっくりそのまま返してあげるわよ、アホ」
リサが言うが、小癪な。
「ンンッ、あー、テス、テス、女神ミルス様、人魚は味方ですよね?」
どうやってコンタクトを取れば良いか分からないが、相手はメジャーな神、こうして呼びかければ―――
『敵です』
「なっ?! え? え? いやいやいや……おい、誰か、念話を使っただろ?」
「使ってないけど、へえ、もう返信があったんだ? 凄いわね」
ティーナが感心するし。
「誰も悪戯してないわね?」
リサはさすがにチェックを入れたが、冒険者仲間は全員首を横に振る。
「そんな……」
「ま、どうせ美人の娘と言うから勝手に変な想像をしてるんでしょうけど、あなたの命に関わる事よ。真面目に考えなさい、ユーイチ」
「むう」
リサも俺の生存が最優先は知っているので、そんな風に言ってくれるが。
「ん、手は色々あると思う」
ミオが言うが、その通りだ。
俺は色々と使えそうな手をみんなと一緒に考え、その日は泣きながら眠りに就いた。ひんひん…。
―――その夜。
俺はリサに結ばれた手足のロープを自分で外し、ふらりと家の外に出た。
外は満月で、砂浜は静かだ。
誰もいない。
少し砂浜を歩く。
「そこまでよ、ユーイチ。止まらないなら、このまま撃つわ」
リサが後ろから言う。俺は振り向いておどけたように笑う。
「おいおい、リサ、変な冗談は止してくれ。俺が何をしたって言うんだ」
「なぜ外に出るのか、理由を」
「ちょっと夜風に当たりたかっただけだよ」
「正気じゃ無いわね」
「ええ? 俺はほら、正気だぜ?」
「いいえ、あのお爺さんの話を聞いたでしょ。なのに満月の夜の砂浜に出歩こうとしてる時点で、あなたらしくないわ。ルール22を適用、あなたは誰?」




