第十八話 造幣局をセルン村に誘致
2016/12/1 若干修正。
造幣局副局長の座を手に入れた俺は、すぐさま新造幣局工房を設計し、まとめてティーナに計画書を提出した。
工房建設予定地はセルン村だ。
理由は、俺の本拠地と言うこともあるが、金山に近いことが最大の理由だ。
金は比重が鉄の三倍近く有り、重い。
荷車に乗せて運ぶにしても移動が大変だ。
また、貴重品だけに長距離を運ぶとなると、警備やそのルートも問題となってくる。
それなら、金山にほど近い場所で造幣してしまい、運びやすい金貨にしてから納税するなり流通させてしまえば良い。
また、辺鄙な田舎の方が機密や警備の面で有利という理由もある。
「よーし、ミオ、次はここまで頼む」
「ん」
「ユーイチさん、ここはこんな感じで良いですか?」
「いいぞ、クロ。あっ! エリカ、そこは柱を立てるんだから、いい加減にするんじゃ無い」
「ええ? どうせストーンウォールで全部やるんでしょ?」
「そうだが、設計図をちゃんと見てやれと」
「うるさいわねえ」
魔法チームをフル稼働させて、王宮から許可が来る前にとっとと工事に入る。
作ってしまえばこっちのもんだからな。
それに、スレイダーンが攻めてくるまで時間的余裕は無い。
「よーし、板はそこに置いてくれ」
大工のヴァネッサを現場監督とし、他の大工や見習いを雇って急ピッチで建設を急ぐ。
「ユーイチ!」
そんな中、アルカディア王国の上級騎士、青い髪のルフィーが手を挙げてやってきた。彼女の後ろには大トカゲの荷車が何台も連なってやってきている。荷台にはそれぞれ岩の塊のような甲羅が載せてあった。
「おお、ルフィー、よく来てくれたな」
「フン、私は来たくなかったんだが、陛下のご命令でな。マグマタートルの甲羅、持って来てやったから、この証書にサインしろ」
金山を発見した時点で、溶鉱炉が大量に必要になると判断し、ティーナを通してレベッカに依頼してあった。
「分かった。じゃ、いいぞ」
メモランダムの呪文でサッと印刷。
「ああ? だから、ここにサインを、なにぃっ!?」
「魔法だ。いちいち驚くな」
「ああ。くそ。それにしても、やたら大きな製鉄所を作るようだな?」
「ああ、まあね」
金山のことはアルカディア国にはまだ内緒だ。いずれバレるだろうから、献上品も用意しておくつもりだが。
「デスブリンガーも無事のようだな」
ルフィーが俺の腰の魔剣を見て言う。
「カカッ、妾の心配など不要じゃ、ひよっこ」
「むう。では、私は戻るぞ」
「ああ、待て待て、ルフィー。長旅で疲れただろう。ここで一泊して休んでいくと良い。兵士用の宿舎もあるぞ」
せっかく運んできてくれたので俺も親切にする。
「本当か?」
「ああ」
ロフォール砦にも宿舎はあるが、セルン村にも新たに作った。軍隊を作る予定だから、大勢が寝泊まりする場所が無ければ話にならない。まあ、この世界の兵士って、野宿が普通だったりするけど。
「あら、ルフィーじゃない」
タイミング良く、ティーナも工事現場の視察にやってきた。
「おお、これはロフォール卿、お久しぶりです」
俺とは態度が随分と違う気がするが、まあいいか。
「へえ、大きくて良さそうな甲羅、持って来てくれたわね。ありがとう」
「なに、これしき…と言いたいですが、狩るのは少々手こずりました」
「まーアレは、魔術士がいるパーティーじゃないとねぇ…」
ティーナも苦笑して少しルフィーに同情した様子。うちの前衛チームは甲羅のせいで小さいマグマタートルでも苦戦したからな。
「一応、魔術士を付けては行ったんですが、すぐ魔力切れになるし、炎で死にかけるし、あなた方はよく伝説級を倒せましたね」
「ふふ、倒しては無いわ。埋めて封印しただけよ。落とし穴を作って」
「ふむ」
「アルカディアの方はどう? 王都やレグルスは…」
ティーナが向こうを心配した。
「ああ、レグルスは完全に復旧し、問題ありません。モンスターもあれからは特に動きも無いです。王都の方はまだ道半ばと言うところですが、大丈夫! きっと元通りにして見せます!」
ルフィーが笑顔で言うが、こう言う前向きさは良いね。
「ふふ、そう」
「ただ…」
「ん?」
「最近、王都やレグルスを中心におかしな絵画が出回っていて…他にも部隊が街に入ったときは、ルフィーLOVE! L! O! V! E! って感じで変な格好の連中が揃って気持ち悪い踊りをしたりしていてですね……あと、メリルがひらひらの服を着て歌って踊ったり、私にまでユニットに入れと訳の分からぬことを言い出す始末で…」
ルフィーがその真似をして、割とまんざらでは無さそうだが、ちょっと恥ずかしいという顔をした。
「むっ」
ティーナがこっちをジロッと見るが、俺は口笛を吹く真似ですっとぼける。
「ふぃー、ふぃー」
声で。音は出ていない。俺に口笛は吹けないので。
アプリコット騎士団はアルカディア女王レベッカ様肝いりの部隊だから、ファンクラブ会長としてはアルカディアを中心に人気が出てくれれば良いなという活動であって、他意は無い。
グッズ販売でちょっと収支がプラスになってるけどね、ぐひひ。
「そう。裸や下着や卑猥なポーズの絵が出回ったり、何か迷惑な事があれば、いつでも私に言ってね。すぐ、黒幕をとっ捕まえて首を送り届けるから」
ひい。
「え? ええ、まあ、問題と言うほどの絵は出回っていないので」
「そ。ならいいんだけど」
話が終わったところで、ルフィー達を宿舎に案内。
「じゃ、ちょっと待ってろ。今、飯も作ってやる」
俺はそう言って宿舎の厨房に入る。兵士の分も作ってやるので大量だ。お米をウォーターウォールで研いで、ゴーレムに手伝わせ三つの釜にそれぞれセット。
さらに向かいにもある竃で味噌汁も作る。
だしはアルカディアから手に入れた昆布だしを使う。アイスウォールで冷やしている冷蔵庫からセルン村で作っている豆腐を取りだし、適当に切る。椎茸はマッシュマンのドロップ品で代用する。こいつは椎茸の味がするし、食えるからな。セルン産のネギも刻んで入れ、味噌も投入し、沸騰させないように火加減を注意しつつ、味噌汁を作る。
仕上げに山蜜柑の皮を少量刻んで入れ、柚子の代わりにする。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「さ、出来たぞ。召し上がれ」
「なんだ、これは?」
ルフィーが出されたお椀に怪訝な顔をする。
「俺の故郷の料理で、白ご飯と味噌汁と言う。ま、味は保証するから食べてみてくれ」
「ふむ。あむっ、むう、味が無いぞ?」
白ご飯をスプーンで口に入れたルフィーが渋い顔。
「それはスープの味噌汁と一緒に食べるんだ」
「こっちか。どれ。ほう? 変わった風味だが、旨いな!」
ルフィーの口にも合った様子。ティーナ達も美味しいと言ってくれたので、ロフォールの朝は味噌汁が流行りつつある。
「そして、この卵を溶いて…ご飯に掛ける!」
「なにっ! な、生卵だぞ?」
ルフィーが驚く。
「大丈夫。殻は綺麗に拭いて消毒してあるし、U-HACCPで衛生管理はバッチリだ」
「いや、そう言われても…」
「まあまあ、騙されたと思って一口、行ってみ」
渋るルフィーを説得し、醤油を掛けて食べさせてみる。
「むっ! このまろやかな味は!」
「旨い!」
「これは癖になりそうな味だな!」
兵士達もスプーンで掻き込むように卵かけご飯を食っている。
「納豆もあるぞ」
「うっ、臭い。これはいらんぞ」
「ほれほれ」
「や、やめろ」
ルフィーは嫌がって結局食べなかったのが残念だが、ま、これはロフォールでも受けが今ひとつだから仕方ない。
「あと、風呂は使い方は分かってるよな」
「ああ」
アルカディアの王宮にもお風呂を入れてやったので後は問題無い。
今日はゆっくりと旅の疲れを癒やしてもらおう。
俺は宿舎を出る。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あれ?」
ティーナはとっくに帰ったと思ったが、まだいた。
ヴァネッサと何やら話し込んでいる。
そちらに俺も歩いて行く。
「もういいわ、きちんとした領主として認めてくれただけで充分、ありがたいし」
ティーナが微笑んでヴァネッサに言っている。
「だけど、私も態度が随分と悪かったからな。む、そう言えば、ユーイチ、お前が変な紹介をするから、私も勘違いしたんだろうが」
ヴァネッサがこちらを見て言った。
「んん? あー、悪逆領主の件か」
「そうだよ」
ヴァネッサを初めて雇う時に、乗り気で無い彼女をその気にさせようと、悪い領主ティーナに虐げられるセルン村の人々という構図を使ったっけなあ。
「まあ、ここの人達がいじめられてなかったんだから、それでよしとしてくれ」
「ま、それはそうなんだが、何か納得が行かないぞ」
「ユーイチはごまかしの天才だものね。ユーイチ、きちんとヴァネッサに謝って」
「ああ、あの時はすまんかった」
「よし。最初からそう言え」
「うん。じゃ、俺も工事を手伝うぞ」
「なら、そこに柱を立ててくれ」
「了解」
新造幣局の建物は一週間足らずで完成した。ビバ、ストーンウォール!
「じゃ、アタシらは机や小物に取りかかるぞ」
ヴァネッサと大工達は次は内装工事に入る。
「ああ。頼んだ」
俺の方はファイアスターターの木をセットしたり、ゴーレムを起動させてヒーターをチェックしたり。溶鉱炉の方を担当。
「よし、行けるか」
「こっちも準備いいよ! お兄ちゃん!」
ここからは鍛冶職人のミミにも手伝ってもらう。
ゴーレムにミミが作った鉄板を装備させ、なんちゃってアイアンゴーレム状態にして、そいつで金鉱石を砕かせる。
砕いた金鉱石を溶鉱炉に入れて、火を入れる。
「よし、ストップだ」
サンプルの銀貨が溶けたところで、ゴーレム発電機を止め、温度の上昇を停止させる。呪文で温度を測った。
銀の融点 は摂氏961度だ。
次に金貨が溶けるところまで温度を上げる。
金の融点は摂氏1064度か。
これをメモっておく。
次にまた温度を少し下げ、銀だけが溶ける温度、980度くらいにして、ゴーレムに溶鉱炉をひっくり返させる。
「GHAAA!」
こうすると、金は塊のままで、銀はどろどろになった状態で出てくる。
金の方が銀より比重が重いので、底の方に溜まる金塊をゴーレムに選別させ、それを別の溶鉱炉に入れていく。
このサイクルを何度か繰り返すと、純度の高い金が精製できる。
余った銀も延べ棒にしておく。
それを隣の工程に持って行き、再び溶かす。
バルブを開いて、型に流し込み、ゴーレムを動かして、上下のサンドイッチでプレスさせる。
「どうだ…? ふむ、ちょっと深く掘りすぎたか」
出来上がった硬貨を見たが、ちょっと分厚い。
型をストーンウォールで作ったが、もう少し、浅くした方が良いだろう。
ストーンウォールで型を作り直す。
その試行錯誤を繰り返し、現品の硬貨と全く同じ、いや、それ以上に綺麗な硬貨が出来上がった。
「よし、じゃ、次は新ヴァージョンだ」
ミミに装飾を考えてもらい、複雑にした金貨と銀貨。
周囲にギザギザを付けることも忘れない。
これで周囲を削って貨幣を勝手に増殖することは出来なくなる。
本当は五百円玉の斜めギザギザを作りたかったのだが、え? あれって何をどうやれば斜めになんの?
そこは諦めて表面の微細な縞々の溝を俺の魔術で型に刻む。幅と向きの異なる縞々を入れ、コインの見る角度によって浮き上がる文字も入れたりと凝ってみた。
これも厚みを試行錯誤で調整し、満足の行くレベルに仕上げた。
工程を全自動化出来れば完璧だが、そんな精密機械は俺にも作れない。
ゴーレムと魔術士を併用し、多分、これでも今までの造幣と比べたら雲泥の差で早くなっているはず。
「じゃ、やすり掛けするよ!」
ミミと見習い達がミスリル製のやすりを使って、プレスの過程ではみ出してしまったバリを取る。
出てきた金粉も刷毛で綺麗に集めて、再利用だ。
「それでは、子爵様」
俺が出来上がった金貨と銀貨、新旧ヴァージョン一式を箱布の上に載せて恭しく献上。
硬貨は元々、貝殻や石からスタートし、物々交換から発展したものだ。
希少な金属である『金』は、見た目も綺麗で錆びにくいという利点はあるのだが、重いため、大量になると持ち運びが面倒になる。
百枚を持ち歩くだけで、二キロを超えちゃうからな。
そこで金との交換を約束した引換券、紙幣が登場してくるのだが…この世界ではまだ紙幣は登場していない様子。
良質な紙を用意しないと行けないが、いずれは紙幣に替えていくつもり。
「ええ。うん、凄い、綺麗に出来てるわね」
ティーナも出来映えにご満悦だ。
「後は、銀を上手く溶かす溶液を見つけられれば、もっと純度が上げられるはずだ」
俺が言う。
「そこまでしなくても、実用レベルなんじゃないの?」
「ああ。今の段階でも、フフ、トリスタンの金貨の純度は超えてるぜ?」
金の純度98%を達成。
「ええ? じゃあ、良いんじゃないの?」
「これでもいいが、上は、ファイブナイン、99.999%とかあるんだよ。俺の故郷の話だが」
「ああ、それは、ちょっと無理じゃないかしら?」
「でも、挑戦はしないとな」
「そ、まあ、ほどほどにね」
「御意」
枚数も必要なので、研究するにしても、量産の方の工房はそのまま稼働させ続けるつもりだ。
作業員は面接や心理テストや素行調査をやって問題の無い者を集め、工房の入り口には兵士を配置して、警備と監視をしっかりやる。こっそり金貨を持ち逃げされたら責任問題になるからな。
枚数の記録もきちんと取る。
不正は行わないし、許さない。
「ユーイチ! 許可が下りたわ!」
「よしっ!」
国家予算を大幅に増やしたため、各領地に特別予算が支給されることとなった。
これで金策はもう充分だろう。
次は軍隊と、街の整備だな。
あとがき
純度98%までは、融解温度の差を利用して行けるようです。
ただし、純金は金貨としては柔らかいので、銅など混ぜることも。
日本では760年に『開基勝宝』が初の金貨として発行されたそうです。




