第十六話 会員制秘密クラブ
前半、視点が少し変わっています。
2016/12/1 若干修正。
ここは、ミッドランド王都ヴァイネルンのどこか。
一般人には存在も明かされない秘密の館。
招待状が無ければ入ることも叶わず、また、やってくる馬車から降りる紳士達も皆、仮面を付けて顔を隠している。
「先日のアレは驚きましたな。まさか、ニューヴァージョンがあろうとは」
「ええ。スカートのはためきが流麗で、まさに動き出そうというような躍動感、とても素晴らしいですな」
選ばれし紳士達が高尚な談義を堂々と行っている。
ここは紹介制の秘密クラブであり、趣味と志を同じくする紳士達が集まる場所。
会員達は職業や階級に関係なく集い、秘密のアイテムや符丁によって互いを認識し、助け合う義務を負う。
ただし、入会金が千ゴールド、年会費が百ゴールドかかるので、貧乏人にはなかなか厳しいクラブだ。
「おお、総帥がお出でになったか」
「今日は楽しみでおじゃる、おほほ」
「し、新作、出るのかな…」
紳士達が広間中央の壇上に上がった黒ローブの男に一斉に注目する。
「どうも皆様、本日はお忙しいところ、お集まり頂きまして大変ありがとうございます」
黒の仮面を付けた男、ミスターUがにこやかに挨拶する。この秘密結社を取り仕切る謎の人物である。会員達は彼の正体を全員知っているのだが、そこは公然の秘密というヤツだ。
「最初に、残念なニュースをお伝えせねばなりません。先日、ヴァイネルン大神殿の大司祭様が、近頃王都で出回る春画について、信仰の道を妨げ人を堕落させる物であるとして事実上の禁止令をお出しになられました」
ミスターUが告げた。
「おお、なんと言うことだ…!」
「そんな!」
「禁止令とは…」
「しゅ、春画はもう手に入らないでおじゃるか?」
紳士達に衝撃が走る。
ミスターUが言葉を続ける。
「信仰と芸術は両立しうるものであり、また、互いを高める可能性も大いに秘めております。それは古今東西の優れた芸術作品が信仰をテーマにしていることでも明らかです! この誤解が一日でも早く解けるよう、我々としても内々に働きかけていきたいと思います。つきましては皆様にご協力の程を」
紳士達がうんうんと頷き、了承は取れた様子。
「また、それまでは作品の取り扱いには細心の注意を払って頂き、万一、異端審問官に自宅に踏み込まれたとしても、我々の秘密は死守して頂く。それがこのクラブに集う者達の友情と信義であり、美と表現の自由を追い求める盟友の使命であると考えますが、いかがか?」
「当然である!」
「もっともだ」
「喋る奴は麻呂が許さぬでおじゃる!」
「ご理解頂けたようで何よりです。イエス! ロリータ、ノータッチ! 愛でるだけ!」
「「「 イエス! ロリータ、ノータッチ! 愛でるだけ! Y!L!N! Y!L!N! 」」」
ミスターUがスローガンを唱えると、紳士達が唱和し、会場が異様な熱気に包まれた。
「ご唱和、ありがとうございました。それでは、大変お待たせ致しました。皆様お待ちかねのオークションに入らせて頂きます」
ニヤリと笑うミスターU。
「おお!」
「待っていたぞ!」
「早う、早う見せるでおじゃる!」
「まずは白髪の魔法少女から」
「おお、こ、これは」
「なんとあどけない…クッ、さすがユーイチ殿、分かっておられる」
「小ぶりの胸が堪らんでおじゃる!」
「では、この白髪の魔法少女は、一万ゴールドからのスタートとさせて頂きます」
「一万二千!」
「一万四千!」
「一万八千!」
「…二万!」
「さあ、二万の大台が出ました。他にありませんか? 有りませんね。落札です!」
木の槌を振って、その場で引き渡し。引き渡しはミスターUの部下が行う。部下は良心が咎めるのか表情が硬い。
「続いては黒髪のツインテールの魔法少女。もちろん、ミニスカです」
「おおお…!」
「み、見え、見え!」
「黒ニーソとはこれまた……」
「アレが噂の絶対領域か…!」
「では、この黒髪の魔法少女は、一万五千からのスタートとさせて頂きます」
「一万八千!」
「二万!」
「二万五千!」
活況である。次々につり上がっていく値段にミスターUが黒い笑みを浮かべる。
「ありがとうございました。それでは、本日最後の作品は、この下着姿の―――」
そう言ってミスターUが次の芸術作品を取り出そうとしたとき、カッ! と、まばゆいスポットライトが彼を照らした。
「な、なんだ?」
その場の全員がぎくりと動揺し、スポットライトの方に振り向く。
「探部(検察・公正取引委員会)である! 公序良俗に反し、大神殿に逆らう異端者共をこれより強制捜査する!」
鋭い少女の声が入り口から響き渡った。ミスターUの側からは見えないが、白竜の紋章を右手に高らかに掲げた白マントの少女。
「た、探部!?」
「いかんっ! アレはロフォール卿ではないかっ!」
「ど、どういうことだ、ヒーラギ卿はロフォール卿とは繋がっていたのではないのか!?」
「ま、麻呂を嵌めたでおじゃるか?!」
「に、逃げろっ!」
紳士達は錯乱し、固い誓いはどこへやら、我先にと逃げ出そうとする。
乱入した兵士達がそれをひっ捕まえ始めた。
「むうう、くそっ! 皆様、こちらへ! 非常口を用意してございます。出でよ! ゴーレム!」
闇の秘密結社の総帥たるもの、このような突入も想定済みなのであろう。壇上の裏の隠し扉が開けられ、すぐにわらわらとゴーレムが現れ兵士達の前に立ち塞がる。
「助かった!」
「恩に着るぞ、ミスターU!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ヒーラギ邸の取調室で俺は取調官のティーナに頭を下げる。
「申し訳ございませんでしたっ!」
あの場は呪文を使って上手く切り抜けたのだが、俺の正体はすっかりバレていた。
うん、お芝居なんかではなく、マジだ。
これから、俺、どうなるんだろ…?
探部と神殿の異端審問官による公式な取り調べだそうで。
………。
「あの場に踏み込んだのが私だとすぐに分かっていたわよね?」
向かいに座るロフォール子爵が、険しい顔で言う。
「……まぁ……はい」
「しかも抵抗までして……公務執行妨害、並びに違法なわいせつ物の売買、おかしな集団の結成……」
「い、異議あり。あれは純粋に、芸術作品を愛でる同好会のようなモノで……決しておかしな集団では」
どんどん罪が大きくなっていきそうなので、俺は自分の弁護を試みる。
「ふうん、これが、芸術ねぇ?」
そう言ってわざわざリサが机の上に危険物を置くし。
ティーナモデルや裸でなくて助かったが、それでも扇情的なポーズで下着姿というのは、ここでは厳しい。
ティーナも、眉をひそめ、見るのも嫌だったか汚らわしそうにそれを目の前から端っこへと手で押しやる。
「は、破廉恥ですっ!」
白いローブを着た異端審問官のお姉さんがフィギュアを見て顔を真っ赤にして怒ってるし。
ここは、罪を潔く認めた方が、心証が悪くならないだろうな。
「ご婦人方の不快感を催す不適切な作品でございました。反省しております」
「じゃ、これは没収と言うことで。ユーイチ、石に戻しなさい」
「くっ! ……はい」
苦労して作った作品を無に帰すのは忍びないが、俺の命に関わりそうだしな。
ストーンウォールの呪文で石の塊に戻した。
「それで? 目的はなんなの? まぁ、予想は付くんだけど」
ティーナが取り調べを続ける。
「いえ、まあ、愛でて楽しむと言うこともあるのですが、実は金策の一環で」
「ええ? お金なら、金山が出たじゃない」
「予算は多ければ多い方がいいかなーと。前にも言ったと思うけど、軍備にはとにかく金が掛かるから」
「それでも手段はもう少し考えてもらわないと」
「はい…」
「じゃ、あの場にいた人間のリストを出しなさい」
「くっ、いや、それは…」
同志盟友に対する裏切り行為である。誓いが試される時。
「出しなさい。今すぐ。二度は言わないわよ」
「ははっ。これにて」
メモランダムの呪文で、紙にリストを印刷してサッと差し出す。
「ええと、ヨージスキー子爵に、ペドール男爵…えっ、ローハイド侯爵も? コレは本当なんでしょうね?」
「まぁ、この期に及んで他人を嵌める必要も無いので。後は本人に確認して頂ければと…否定するかなぁ」
「むぅ、まあ、そこは確認するとして……えっ? オルタ司祭って! 聖職者もいるの?」
「リストを見せて下さい」
異端審問官が要求し、ティーナも応じて渡す。リストを見た異端審問官はブルブル震えると目を見張った。
「なんと言う…こうしてはいられません。私はオルタ司祭の審問を早急に上層部に申し上げねばなりません。ロフォール卿、捜査へのご協力、感謝致します。それでは、私はこれにて」
「ええ、ご苦労様」
オルタはどうなるんだろうね。火あぶりくらい行っちゃうかな。ま、他人の心配より、今は俺の心配をしないと。
「それで、ロフォール様、お沙汰の方は…」
おずおずと俺はお伺いを立てる。
「ううん…、初犯でもあるし、今回は禁止令の内容について理解不十分で芸術作品の販売が少し行きすぎたと言うことで大目に見ます。百万ゴールドの罰金で。ただし、神殿の方から何か言ってきたりしたら、それは別よ」
「おお、罰金で良いの? 処刑とかは?」
「ええ? あなたはもう男爵なんだし、反逆でもない限り極刑は無いわよ」
「おお…」
「だからと言って、つまんないことやってると、私もティーナも容赦しないわよ?」
リサが言うが、うん、ここは真面目に反省しておこう。態度だけは。
「はいっ」
「……じゃ、取り調べはこれで終了とします。後見人である私の顔に泥を塗ったんだから、反省文と謝罪文くらいは出してくれると思うけど」
「は、直ちに書きます」
「よろしい。じゃ、報告書をまとめないと。ここの書斎、借りるわね」
「どうぞ」
俺はこの場で反省文を書き始めたが、ティーナは上階に行くようだ。
「随分と甘い処分だったわね」
この場に残ったリサが言う。
「そうか? 百万ゴールドは結構、痛いぞ」
「そう思うなら、おかしなやり方はするなっての」
「そうだな。次からはきちんと服を着たフィギュアを作る」
「懲りないわね」
「違法じゃ無いんだ、それは文句を言われる筋合いは無いぞ?」
「どうせ変に色気のあるポーズで売る気でしょ」
「ぬう、そこは、ギリギリのラインを追求してこそ、芸術の発展があると思うぞ」
「そう。じゃ、私も、アンタが致命傷になるかどうかのギリギリのラインでお仕置きを考えておいてあげるわ」
「ちょっ、いやいや、命はさすがに。健全な範囲内にしておくよ」
「それが良いわね。ティーナに面倒を掛けるなっての」
「はい」
「じゃ、私からは以上。あと、頼まれてた件だけど、王都やセルン村の周辺にはめぼしいダンジョンは無いわね」
リサには周辺のダンジョンの情報収集をやってもらっていた。
「そうか」
「私達のレベルなら、西大陸のラタコンベが良いと思うけど」
「それはラストだ。そう言ういかにもな超有名スポットは後回しで」
「ええ? まあいいけど。じゃ、次はトリスタン方面でも探してみるわ」
「頼んだ」
「ユーイチ様、大変ですぞ!」
フランネル子爵が取調室に飛び込んできたが、チッ、貴族関係の問題か…。




