第十五話 ここ掘れ、キュッキュッ!
2016/10/4 若干修正。
翌日も、魔法チームでそれぞれ手分けして金山を探す。
飼いドラゴンのアクアは今日も俺に付いてきた。俺に懐いていて可愛い奴だ。
だが、俺にダウジングの才能はどうやら無さそうだと気づいたので、ロッドは片付けて、呪文で行くことにする。
「来たれ! 黄金の質量、我に巨万の富を!」
不発。まあ、コレで目の前に金貨が積み上がったら、それはそれで凄いが。
「応じよ! 黄金の波長! 我の呼びかけの下へ!」
不発。『黄金』のキーワードも変えて試さないとな。
「出でよ! 英雄の血族にしてウルクの王、八人目のアーチャー!」
不発。まあ、コレは無理だとは分かってたんだけど。
ここは金属の概念からもう一度洗い直すべきか。
そもそも金属とは何か?
イメージとしては、硬い、光沢がある。
性質としては、電気を通しやすい。
むう、ネットさえ使えれば、もっと正確な定義が分かるんだろうが……。
もう少し、考えてみよう。
硬いだけなら、石と同じなんだよな。
だが、精製した鉄は、曲げることが出来る。
ここが石と金属の違うところだ。
ここをきちっと解明できたら、アイアンゴーレムとか、アイアンウォールなんてものも出来そうだな。
「我は求む。固き光沢の塊を。其は、曲がるものなり!」
俺が唱えると―――。
ドン、と、目の前に五十センチくらいの球体に近い塊が出た。
「うおっ? 出来た! 早すぎねぇ?」
まあいいか。呪文の一つは成功した。望んだ金属を出す呪文だ。
鉄をイメージしていたので、コレは鉄だ。
分析の呪文を掛けてみたが鉄で間違い無かった。
じゃ、次は銀だろうな。
「我は求む。固き光沢の塊を。其は、曲がるものなり!」
ドン、とさっきと同じ黒い塊が落ちる。
「いやいや、銀でしょ? なぜ鉄になる」
俺の頭の中では確かに銀を完璧にイメージ出来ていた。
熟練度が足りないのかな?
ま、じゃあ、ちょっと、回数をこなすか。
「我は求む。固き光沢の塊を。其は、曲がるものなり!」
「我は求む。固き光沢の塊を。其は、曲がるものなり!」
「我は求む。固き光沢の塊を。其は、曲がるものなり!」
「我は求む。固き光沢の塊を。其は、曲がるものなり!」
「我は求む。固き―――」
「―――曲がるものなり!」
ふぃー。五十回唱えたぜ。
MPの方はまだまだ余裕なんだが、口が疲れた。
「キュッ! キュッ! パクッ! ゴックン」
「おいっ! 馬鹿、アクア、それは食べ物じゃないっての。吐き出しなさい」
「キュー? キュッ! キュッ!」
「え? 食べられるって? そんな馬鹿な」
俺も口に入れようとしてみたが、塊が大きすぎて入らない。あと、硬い。
「いててて、食えるか! こんなもん!」
歯が痛くなったぞ…。
「キュッ、キュッ! パクッ! ゴックン。パクッ! ゴックン」
「…いや、アクア、ちょっと待て、お前の腹のどこにそんなに入るんだよ」
お腹が確かにぽこっと膨れてはいるのだが、鉄の塊が三つもあれば、アクアより大きくなってしまう。
だが、アクアは平気平気と言わんばかりに塊を次々と食って見せた。口も食う瞬間はなんか変に大きくなってるなぁ。
「分からん…質量の法則とか、どうなってるんだ? それと、美味いのか? それ」
「キュッ!」
歯ごたえがあって、新鮮な味だそうだ。
まあ、人間の肉以外なら、別に挑戦してもらっても良いんだが…。
え? エンシェントドラゴンって、鉄が主食なの? そんなわけはない……いや…分からんな…。
「キュ、キュッ」
「ああ、ま、出せと言われれば出すが」
無詠唱で鉄の塊を出す。
アクアが食べる。
出す。
食べる。
出す出す出す、食べる食べる食べる。
む。
「おりゃぁあああ!」
連打で出しまくる。
「キュキュキュキュキュ!」
アクアが凄い勢いで飲みまくる。
俺が超高速で繰り出す鉄球のシャワーを、エンシェントドラゴンのアクアは猛烈な勢いで一つ残さず飲み込んでいく。
馬鹿なッ、奴の胃袋はどうなっているのだ!
体長四十センチ程度の小柄なアクアが、自らより大きな鉄球をそんなに飲み込めるはずが無い。
俺はあり得ない物理現象に驚愕しながら、それでもこの勝負からは降りるつもりは無かった。
なぜなら、これは飼い主とペットの主導権争いである。
動物は純粋に力で序列を決める。それは粗野だが、実に分かりやすい決め方だ。
ゆえに、アクアの幼心に『人間の方が上なのだ』と、しかと覚えさせておかねば、いずれ強大な成竜へと育つコイツが言うことを聞かなくなってしまうかもしれない。
どちらが上か、人類とドラゴンの誇りを賭けた戦いなのだ。
そーゆーコトにしておこう。
みるみるうちにMPが減る。限界を超えた高速発動の連発で俺の額に汗がにじむ。
このままでは負けると直感した俺は卑怯にも別方向へ鉄球を打ち出した。
大人の汚い知恵である。
子供相手の遊びに本気を出すパパである。
「なにっ!?」
だが、虚を突かれたのは俺の方だった。アクアはまだ小さな背中の翼を羽ばたかせ、ジャンプすると素早い動きで鉄球に食いついた。
お前、将来は飛べそうだな。
………。
俺は呪文を止め、肩で息をしながら言う。
「ぜーはー、ぜーはー、やるな、お主」
「キュー…フー、フー」
さすがにアクアも息が上がっている。
アクアを観察するが、腹は膨れているものの、体の大きさは変わってない。
「アレかな、俺の魔力を食ってるだけなのかも」
「キュッ? キューキュー」
チッ、違うって言いやがるし。
「あっ! 遊んでる場合じゃなかった。じゃ、アクア、戻ってミミと…いや、マリアンヌと遊んでろ」
「キュー…、キュッ、キュッ」
「ええ? もっと俺と遊びたいって? また今度な。俺は金山を探すので忙しいんだよ」
「キュー…キュキュッ?」
「いや、金は美味くねーよ、食べねぇよ、俺はな。どれ、金貨を一枚やろう」
興味本位で、アクアに金貨を食べさせてみる。アクアは、クンクンした後でパクッと。
「キュー!」
「え? 美味しい? へえ。ああ、でも、コレはダメだぞ。貴重品だ」
「キュー、キュー」
「ダメ。良い子にしてたら、またいつか食わせてやるから」
「キュッ!」
気をつけの姿勢を取り、可愛い奴だが。
さて、金山探しの再開だ。
「金の位置を示せ!」
ここはストレートに。一から術式のやり直しだ。
「キュー!」
アクアが一声挙げ、全身を伸ばすようにして一方を向く。
「え? あっちにあるのか? アクア」
「キュッ!」
「マジですか…よし、行くぞ!」
「キュー!」
アクアがココだと言うので、そこを掘ってみる。
「ぬっ! コレは!」
土の中に埋もれた黄金の燦めきがそこに。
「金だぁああああ!」
「キューウゥー!」
俺とアクアは飛び上がって喜んだ。
さっそく掘り返し、ゴーレムで運ぶ。
透視の呪文などで、埋蔵量を測定したが、測定できた分だけで六万トン。
金貨は一枚が25gなので、ええと……。
二十四億ゴールド。
おうふ。
日本円にして4800億円とか。うひー。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「そう、凄いわね……」
どうするか少し迷ったが、ティーナに報告。これで自動的にミッドランドの王宮にも報告が行くことになる。
どうせなら、王宮への献上分もケチって、全て防衛と整備に使いたい気もするのだが、そんな大金、確実にバレるだろうしな。黙りは、その時がヤバい。
「純度は金が87%、銀が12%だ。これはトリスタン金貨よりは純度が低いが、ミッドランド金貨より高いから、このままでも鋳造は可能だ」
「むっ、硬貨の鋳造は国王陛下の直轄、それはダメよ?」
ティーナが不正の匂いを嗅ぎ取って機敏に咎めてくる。
「まあ、焦るな、許可が下りなければそのまま物納で納税はするが、国王本人が鋳造をやってるわけじゃないだろ?」
「ええ? それはそうだろうけど、でも…」
質の悪い金貨は、国の信用を揺るがす。
それは俺達がトリスタンの道具屋で即死防御のお守りを買う時、金貨の枚数を余計に取られ、不利な取引となったことでも明らかだ。
『悪貨は良貨を駆逐する』
安易に通貨を増やせば、一時的には発行元が富むが、全体としては通貨価値の下落、即ちインフレーションを引き起こす。
通貨が安くなると言うことは、物の値段が高くなることを意味する。
他の物と比べて、お金の価値=信用が下がったのだ。
さらに、純度の高い『綺麗な金貨』と、純度の低い『汚い金貨』の二種類が有った場合、人々はなるべく早く『汚い金貨』を支払いに使って手放そうとし、自分は『綺麗な金貨』を手元に長く置いておこうとして使わなくなる。
錆びた十円玉より、真新しい十円玉の方が、受け取ったときに気持ちが良いものね。
これは額面が同じであっても、実質的な価値が異なることを意味する。
結果、市場に流通するのは『汚い金貨』ばかりとなってしまい、それでも国内であればミッドランド王宮が保障するから何とか通用するだろう。
だが、外国、特に強国相手だとミッドランド王宮の権威が通じず足下を見られることとなり、外国へ『綺麗な金貨』だけがどんどん流出してしまうことになる。
それは結局のところ、純度の高い金の流出を意味し、その国家の富が減るわけだ。
その事象についても具体例を付けて、分かりやすく書いて報告書として出した。ティーナがなるほどと理解したので王宮の官吏達も理解するはずだ。
ただし、造幣局の利権を持っている貴族は俺を敵視するのは確実。利権の横取りであり、国王への取り入り・売り込みだものな。
そこはフランネル子爵や俺の駒に利害関係を先に調べてもらい、ラインシュバルト侯爵による不正摘発の形で政敵を葬ることにした。
別に造幣局が俺に敵対している訳じゃあないんだが、無能な味方は足を引っ張ってくれるからな。
いざと言うときに致命的な足の引っ張りをやられても敵わないので、早めに始末するに限る。
『無能な働き者は、処刑するしかない』
某軍事板で有名な格言、ドイツ軍人、ハンス=フォン=ゼークト上級大将が『組織論』で述べているアレだ。
人間にはそれぞれ四つのタイプがあり、
『有能な働き者は、参謀に向いている』
『有能な怠け者は、司令官に向いている。なぜなら決断の際の図太さを備えているからだ』
『無能な怠け者は、兵卒に向いている。ルーチンワークでもやらせておけ』
『無能な働き者は、処刑するしかない』
造幣局で大量に質の低い金貨をせっせと作っているのだから、無能な働き者だろう。
謀略のタイミングとしてはこうだ。
まず最初にティーナの金山発見の報告が行われる。
次に金山の純度を調べる目的で金貨との比較をやったら、金貨の純度が予想以上に低く、質が悪いと分かった。
コレは何か不正があるに違いないと俺がティーナに進言し、ティーナを通じてラインシュバルト侯爵が動いた。
そうしたら色々と不正が出てきた。
そーゆーシナリオだ。
あくまで、造幣の乗っ取りが目的で不正摘発したものではない、と自然な説明が出来る範囲だ。
もちろん、紙ギルドで派手に動いているから、探部(検察・公正取引委員会)の動きに懸念を示す貴族も出てくるはず。
そこは買収や計略で抑える。
多数派を形成されて、王宮を動かすような事にならなければ、俺の勝ちだ。
こういうときは密談のための携帯電話や電子メールが欲しいところであるが、無い物は仕方ない。
早馬をあちこち飛ばすことになるが、もっと良い物が有る。
伝書鳩だ。
この世界でも実用されており、帰巣本能を利用し、最大千キロに渡って正確に自分の巣に帰って来るという。
時速は八十キロ。地形を無視してルートを直進できる分、馬よりもずっと早い。国境越えも簡単だ。
たまたまギブソンが使っているのを見つけて、俺も知ったのだが、もっと早く教えてくれよと。
すぐに大商人ロバートに大量に用意してもらい、猫の実で餌付けし、兵に命じて各拠点へ鳩を運ばせる。
基本的に遠くから巣に戻る一方通行なので、行きは運んでやらねばならないのだ。
優れた鳩使いや訓練された伝書鳩は往復も可能だというのだが、まだ俺は素人だしね。
連絡拠点は、ラインシュバルト城、王都の俺の別邸、セルン村の俺の工房、ロフォールのティーナの屋敷、ロフォール砦、王都のフランネル子爵別邸、エクセルロット侯爵城、ライオネル侯爵城、司祭オルタがいる王都の神殿、アルカディア王城、イザベルの詰め所、ルーグル王城、などなど。
雨でも濡れないようにミスリルの筒をヒモでくくりつけ、その中に手紙を小さく折りたたんで入れる。
体長五十センチと普通の鳩より妙にデカいので、十枚程度の手紙なら余裕だ。
足には識別用のリングを付け、番号を振っておいた。
「クルッポー!」
「おお、戻って来たか」
戻って来るかどうか不安だったが、帰還率は高そうだ。それでも、途中で襲われたり迷子になったり病気になることも考え、同じ手紙を二組の伝書鳩で運用することにしている。
あとがき
金はそのままの状態でも自然界に埋もれており、鉄の発見より早かったとも言われています。
グレシャムの法則『悪貨は良貨を駆逐する』
16世紀のイギリス国王財政顧問トーマス=グレシャムがエリザベス女王に「イギリスの良貨が外国に流出する原因は貨幣改悪のためである」と進言したそうです。
ゼークト組織論(改変ver)の本当の元ネタ
ドイツ軍人、ハンマーシュタイン=エクヴォルト上級大将が曰く
『将校には四つのタイプがある。利口、愚鈍、勤勉、怠慢である。多くの将校はそのうち二つを併せ持つ。
一つは利口で勤勉なタイプで、これは参謀将校にするべきだ。
次は愚鈍で怠慢なタイプで、これは軍人の9割にあてはまり、ルーチンワークに向いている。
利口で怠慢なタイプは高級指揮官に向いている。なぜなら確信と決断の際の図太さを持ち合わせているからだ。
もっとも避けるべきは愚かで勤勉なタイプで、このような者にはいかなる責任ある立場も与えてはならない』
伝書鳩
本物は時速48kmだそうです。本当は雛から数週間掛けて育てないとダメだと思いますが、猫の実パワーと言うことで大目に見て下さい。
紀元前から飼育され、産業革命以後にも盛んに使われていたそうです。
第二次世界大戦時のイギリス軍は、50万羽の伝書鳩を飼っていたとか。




