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異世界の闇軍師  作者: まさな
第十四章 貴族でおじゃる

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第六話 伝記 ユーイチ=フォン=ヒーラギ男爵 前編

ここから第八話『伝記 ユーイチ=フォン=ヒーラギ男爵 後編』の途中まで視点が別人に変わります。


2016/12/1 この後のシナリオとの整合性のため、イザベル出席の部分を削除。ご指摘ありがとうございます。

 聖暦 247年 5月 23日。晴天。

 ミッドランドの王都にある旧オズワード侯爵別邸において、ユーイチ=フォン=ヒーラギ男爵の就任披露宴が盛大に執り行われた。


 男爵が侯爵の使っていた豪邸を持っていると言うこと自体、その入手方法については「汚い手を使ったに違いない」「いやいや、国王陛下のご配慮だ」と、貴族のみならず市井の人々も議論するほどで、新しい男爵に対する関心は極めて高い。

 それもそのはずである。

 何しろ、この男、悪魔退治で名を上げたと思ったら、スレイダーンの王子を捕らえて瞬く間に出世し、アルカディアやトリスタンとの外交を成功させ、今やトレイダー軍二万を蹴散らしたミッドランドの英雄である。

 奴隷から貴族へと華麗に転身した彼に、羨望と嫉妬の眼差しが向けられるのはむしろ自然なことであろう。

 国の内外で吟遊詩人達が高らかにその功績と冒険を謳い上げ、しかし、その私生活はほとんど謎のヴェールに包まれていると来れば、その真実に迫ってみたいと思うのが随筆家の(さが)と言うモノなのか。


 これは私、ヘリオス=ヨシーダが多数の証言を元に、ユーイチ=フォン=ヒーラギ男爵という人物の実像に迫ろうと試みたルポタージュである。

 なお、このルポタージュは読者が読みやすいように敬称を一部略すが、他意は無いことを予めご了承頂きたい。



 かつてオズワード侯爵が使っていたヒーラギ邸は、王城にほど近い場所に位置しているが、大通りからは外れているため、周囲に人通りは少ない。

 招待状に同封されていた地図(驚くほど精密な代物で、羊皮紙も上質な高級羊皮紙(ヴェラム)である)を頼りにその通りに入ると、まず、ヒイラギの葉をあしらった腕章を身につけた兵士が警備に付いているのが目に付いた。

 やはり多数の貴族を招待するため、警備は厳重なようだ。

 兵士は路地の角に等間隔に並び、そのほかにも歩哨や騎兵による見回りも行われている。鎧は全て軽装の動きやすいモノに統一され、まだ真新しいのか輝きが違う。直立不動の兵士達は蟻一匹見逃すまいと周囲に鋭い眼光を放っていた。


「失礼、招待客の方でしょうか?」


 おっと、私がその兵士をじろじろと観察しすぎたせいか、二人の兵士が近づいてきて問いかけられてしまった。私は少し緊張しながら招待状を取りだし彼らに見せた。


「拝見致します。はい、ヨシーダ様ですね。ようこそ、ヒーラギ邸へ。ご案内しますのでこちらへどうぞ」


 笑顔になった兵士は礼儀正しい。


「どうも」

  

 最近は侯爵の兵であっても乱暴を働く不届き者がいて、それを心配してしまったのだが、要らぬ杞憂であったようだ。


「あなたは上級騎士なのですか?」


 名のある騎士かと思い、彼に聞いてみる。


「いえ、とんでもありません。私はただの平民の兵士でございます」


 私は驚いた。貴族と言っても通用しそうな言葉遣いではないか。

 その理由を彼に聞いてみると、総隊長から厳しく指導され、また、学校というところでも読み書きや挨拶について教わったという。

 それも無料で。


「ほう、無料で、ですか?」


「はい、毎日の食事まで出して頂きました。私の家は貧しく奴隷に売ろうかという話も出ていたほどですから、男爵様にはいくら感謝しても感謝しきれません。必ずご恩を返そうと思っております」


 なるほど、司祭でも無いのに平民の子供を集めて施しをやるなど酔狂にしか聞こえなかったのだが、兵士の鉄の忠誠を買うつもりならば、これも安い買い物かもしれない。


 ヒーラギ別邸は三万坪に及ぶ広大な敷地を備え、周囲は高い塀に覆われ、門は精緻さに定評のある建築家、ピエールの手による荘厳な装飾が施されており、見る者を圧倒する。門の両脇には祝い花がずらりと並べられ、華やかに飾り付けられていた。

 正門で別の二人の兵士による入念なボディーチェックを受けた私は、冒険用のダガーを彼らに預け、中に入ることを許された。


 披露宴の開始時間よりかなり早く到着したのだが、すでに中庭には多くの貴族であふれかえっていた。

 二百人はいるだろうか。男爵の就任披露宴にこれだけの貴族が集まるのは極めて異例である。私は別の子爵の昇進祝いの席に呼ばれたこともあるのだが、その時は五十人ほどであった。彼の名誉と、私の身の安全のため、残念だが名前は伏せさせて頂く。

 貴族達はそれぞれ、派閥の長の大貴族を中心にグラスを片手に楽しく歓談している様子だ。あちこちで笑顔が見られる。


 可愛らしいひらひらのメイド服に身を包んだメイドが私にグラスを手渡してくれた。

 ここに来た目的上、酔っ払うわけには行かないので、酒なら遠慮しようと思っていたのだが、ノンアルコールのソフトドリンクだそうだ。オレンジ色のジュースに見えたが、やはり、飲んでみると甘く芳醇で蜜柑の風味が口いっぱいに広がっていく。炭酸で割っているらしく、喉越しが面白い。ビールに近いと言えば分かってもらえるだろうか。

 思わず私はすぐに飲み干してしまい、お代わりを要求する羽目になった。二杯目のジュースは山葡萄であった。不思議と酸っぱさは鳴りを潜め、甘みが強い。きっと黒砂糖や蜂蜜などを混ぜているのだ。

 困ったことに、メイドはまだまだたくさんの色とりどりのジュースをお盆に載せている。あまりこう言う場で、いくら無料と言っても飲み物を要求しまくるのは、はしたないと思われるだろう。しかし、外聞など気にしていられなくなった私は次に半透明の赤色をした魅惑的な液体に挑戦することを決意した。


 その味は―――おっと、読者諸君は自分が飲めないジュースの話など、あまり面白くないかも知れない。

 ここは割愛して、私の社会に対する責務を思い出し、注目の出席者の顔ぶれを記しておこう。


 まず、ラインシュバルト侯爵夫妻と嫡男ルーク、その妹のティーナ=フォン=ロフォール子爵。彼らは名実ともにヒーラギ男爵の後ろ盾であり、多くの派閥を抱える大貴族の一角である。

 ロフォール子爵は普段は白いマントを羽織って冒険者の格好をしていることが多いそうだが、今日は深紅の麗しいドレスに身を包み、出席者と品良く挨拶を交わしている。

 若く美しいレディは存在するだけでパーティーに花を添えるものだ。

 彼女はヒーラギ男爵と婚約を交わしているという噂もあるのだが、本人にその点を確認すると「この場ではプライベートな質問にはお答えできません」と横から緑髪のメイドが取材を遮ってしまった。読者諸君の期待に添えず大変申し訳ないのではあるが、今回の取材はヒーラギ男爵に焦点を当てていきたいので、私がつまみ出されぬうちにこの質問は引っ込めることにした。


 次にライオネル侯爵夫妻と嫡男アーサー。両親とは違い、アーサーはティーナとの婚約破棄もあってか、手持ち無沙汰な様子に見えたが、ヒーラギ男爵とは笑顔で挨拶を交わし、祝福の言葉を述べていた。去年、婚約破棄に際してヒーラギ男爵との一騎打ちをしたという情報を掴んでいた私は、それを本人に直撃取材したが、アーサーは苦笑して「惜しいところで負けました」と肯定した。

 ただし、一騎打ちはアーサーから申し込んだものであり、ティーナを賭けてというものでもなく、誤解に基づいていたと彼は釈明した。それについては、また別の書で詳しく記すこととする。


 それからエクセルロット侯爵夫妻と嫡子アンジェリーナ。アンジェリーナ嬢は侯爵の名代としてロフォールの視察に訪れた際、ヒーラギ男爵の非凡な統治の様子を見て感心したという。

 ゴーレムを用い、高度に自動化された農業。そして、今やロフォールの新名所として名高いピラミッド。ここの展望台の眺めは雄大でとても素晴らしいので、読者諸君には一度訪れてみることをお勧めしたい。


「アーロン侯爵閣下、おなぁ~りぃー!」


 大将軍であるアーロン侯爵が姿を見せると、周囲の貴族がやはり注目した。一男爵の就任祝いに大将軍が駆けつけるとは、異例と言って良いだろう。


「来たぞ、ユーイチ」


「は、大将軍閣下におかれましては、わざわざ足を運んで頂き、誠に恐縮でございます」


「良い。それより、皆の者、聞け! ここにいるユーイチはワシの孫、アーシェと結婚させる!」


「お、お爺様!」


 どよめき。当人のアーシェ=フォン=バルバロッサ嬢は恥ずかしかったか困惑した様子である。


「なんと! 侯爵家の血筋と結ぶと言うのか…!」

「アーロン卿とは親しかったのか?」

「トレイダー軍を倒した事で、その恩賞ということであろうな。武門ならば、やはり戦功のある者でないと」


「た、大将軍閣下、そのお話はまた後で正式にということで…」


 ヒーラギ男爵も段取りと違ったせいか、少し慌てた様子であった。

 重職にある大貴族のうち、ここに四家が揃ったことになる。これだけでも、特筆すべき事態だ。


「アルカディア王国より、レベッカ陛下、おなぁ~りぃー!」


 先ほどより大きなどよめきが湧き起こり、貴族達は遠来の女王をひと目見ようと首を伸ばす。

 ヒーラギ男爵は、ロフォール子爵に随行して外交の任務に就いていたことがあるが、その縁であろう。

 現れた女王は、驚いたことに冒険者の出で立ちであり、護衛も数人足らずであった。しかし、その美貌と気品、さらに威風堂々とした立ち居振る舞いは、国王の威厳をいささかも損なっていない。


 すぐさま、ヒーラギ男爵とティーナ子爵が前に出て、跪く。


「これは女王陛下、まさか陛下ご自身からおいでになるとは、気づかず不手際のほど、お許しを」


「よせ、ユーイチ、堅苦しい挨拶は不要だ。男爵に昇進したと聞いて、少し驚かせてやろうと思ってな。しかし、思った以上に立派な披露宴ではないか」


「ありがとうございます。料理も多数、ご用意しておりますので、お楽しみ頂ければと」


「うむ。良きに計らえ」


 他にも続々と伯爵や子爵が訪れ、まるで王宮舞踏会のような盛況ぶり、と言ってしまってはいささか不敬であろうか。


「来賓の方々に申し上げます。遠方の御方より、男爵の就任を祝う伝令が参っております。男爵と共にお聞き下さいませ。まずは、ルーグル王国女王、ロレーヌ陛下の伝令、どうぞ」


 司会が言う。司会を務めるのはフランネル子爵。彼はラインシュバルトの派閥だ。


「はっ! 女王陛下より、伝令! 男爵就任、めでたきこと。ヒーラギ卿とのまたの謁見を楽しみにしている、とのこと!」


「ありがたきお言葉。いずれまたお伺いするとよろしくお伝え下さい」


 ヒーラギ男爵が返礼する。


「ははっ!」


「続いてトリスタン大司祭ブンバルト猊下の伝令、どうぞ」


「はっ! めでたい! ファルバスの神々の祝福あれ! と、伝えよとのこと!」


「ありがとうございます。大司祭様によろしくお伝え下さい」


「それでは、皆様、食事の準備も整ったようでございます。ご自由にお取り下さい」


 先ほどから鼻腔を刺激する美味しそうな匂いに待ちきれなくなっていたようで、多くの貴族が並べられたテーブルへと移動する。

 もちろん、私も自らの使命を果たすため、料理へと急ぐ。


 そこには今まで見た事も無い料理が並んでいた。


「これはいったい…」


 私も隣の貴族も皿に手を伸ばしかけ、思わず戸惑う。

 七センチほどの直方体の白い塊に、魚の赤身らしきモノが載っている。


「それは『握り寿司』と申します。そのままお手に取りお召し上がり下さい」


「ふ、ふざけるな! これは生魚ではないのか!?」


 貴族が声を荒げるが、調理もしていない魚など客に出して良いはずがない。会場の貴族達が眉をひそめる。


「いいえ、調理済みでございます。どうぞ安心下さい」


「本当であろうな? 食えなかったら、ただではおかんぞ? いや、しかし…」


「何を戸惑う。ユーイチがおかしな物を出すはずがあるまい。どれ」


 脇からアルカディア女王が手を伸ばし、無造作に掴んで口に放り込む。


「うむ、行けるぞ」


 親指を立てて笑顔で頷いてみせる女王。


「むう。では、一つ」


 貴族も手を付ける。私も、一つ手にとって口に入れる。

 咀嚼。


「おお…、こ、これは」


 未知の食感である。

 みずみずしい赤身は、果物のようにとても柔らかく、簡単に噛みきれる。

 そして、つんと鼻腔を刺激する香り良いマスタードのような何か。

 魚の臭みは一切無く、これが魚なのかと驚かずにはいられない。

 また、その下の白い粒の塊は、心地良い弾力があり、ほのかな甘みと酸味が、魚の赤身と絶妙にマッチして味わい深い。


「だが、少し、味が薄いのではないか?」


 口にした貴族が言う。それは私も思った。


「そちらの皿のソースを少しだけ付けてお召し上がり下さい。塩辛いのでご注意を」


 メイドが指し示した小皿には、黒いソースが入っている。それを言われたとおりに付けてみると、味が劇的に変化した。

 塩辛さが風味に加わり、塩のそれとは少し違う濃厚な味も感じられる。


「おおっ! こ、これは、旨いぞ!」


「ああ、これは醤油という物ですね」


 私はユーリタニアを訪れたときに、口にしたことがあった。焼き魚に掛けると美味しいのであるが、この握り寿司というモノにもとても良く合う。

 気がつくと私はもう一つの握り寿司に自然と手を伸ばしていた。


 こちらのオレンジ色の切り身は、先ほどのワインレッドの赤身とは種類が違う。おそらくサーモンであろう。その上には刻んだ玉葱と、ほのかに黄色いクリームが乗っている。


「むっ!?」


 私はこの瞬間に確信した。この世界に新しい食文化が誕生したことを。

 クリームに見えたそれはマヨネーズと言うそうだ。

 コクのあるまろやかな酸味なのだが、これは残念ながら言葉では形容しがたい。とにかく「食え! そして、味わえ!」としか、私には言えないのだ。


 その様子を見ていた貴族達も、これは食べてみなければと思ったらしい。


「どれ、私も一つ」「おい、押すな、私が先だぞ」「ええい、ワシにも寄越せ!」


 相手を押しのけるように次々と手を伸ばす。


「皆様、数はたくさんございますので、順にお並び頂き、押さずにお願いします」


「むおっ! これは!」

「これが魚だと!? そんな馬鹿な」

「臭みがない、どうなっている?」


 これも後に取材して分かったことであるが、アルカディアで捕れた魚を一度魔術で凍らせ、それを氷と共に特別製の石の箱に入れて運ばせた物だという。

 石の箱は『真空』という秘密があるそうだが、残念ながら私の頭脳では理解できなかった。いずれにしろ、魔道具の一種と考えて良いのだろう。


 さて、料理はまだまだある。

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