第四話 パーティーの出欠の返信は早めに出しましょう
2016/11/30 若干修正。
俺の男爵就任の披露宴は五月二十三日、爵位を受けてから二週間後に設定した。
準備期間は長い方が良いのだが、あまり遅れてしまうと呼ぶ方も呼ばれる方もありがたみが無くなるからね。
挨拶はなるべく早いほうが良いし、これは貴族としての足下固め、力量を示す機会でもある。
ただでさえ「どこぞの馬の骨とも知れぬ奴隷上がり」と貶まれているので、ここはビシッとしたのをやって、周囲を牽制する必要があった。
披露宴の会場は大金を叩いてローンを組み、オズワード侯爵の別邸を買った。
男爵が侯爵の館に住まうとは何事か、と、かえって反感を招きそうな気もするが、オズワード領の悪魔退治の功績により国王陛下に初めて謁見を賜った経緯もある。
それを貴族達に再認識させる意図もセバスチャンにはあったのだろう。
俺に対する嫌がらせではない、と思いたい……。
挨拶やダンスの練習をティーナに手伝ってもらいつつ、貴族の言い回しや慣習も書物を読んで勉強する。
会場の飾り付けはメリッサに任せ、なぜか俺はセバスチャンやレーネと体術や剣術の練習をしたり…。
フィギュアの量産や、クラウス達への料理指導、魔法研究……他にも細々としたことをやっているので、やたら忙しい。
朝食を終え、カレンダーの日付を確認する。
「来週はもう披露宴か、早いな。セバスチャン、そう言えば披露宴の出席者の返事はどれくらい集まった?」
「それが、まだ二十七名ほどしか…」
「ええ? それってラインシュバルト派閥に数人足しただけだろ? 他の派閥は、出る気は無いって事なのか…?」
最悪、それでもまあ、形にはなる。だが、他の貴族への牽制としては弱すぎるな。出席者は最大で331名を想定している。
「王都に滞在していない貴族はそうなるかと。ただ、すでにこちらに向かっていて、返事が遅れている場合もございますので」
電話やメールが無いって、こういうときにも困るよな。ただ、王都から遠い貴族にとっては移動も大変だし、道中で命の危険さえもあるから、失礼だのなんだのと言っていられないのかもしれない。
たかが新任の男爵風情だしな。
「ふむ。ちょっと、王都の貴族に探りを入れてくる」
情報収集だ。ついでに、俺の披露宴の存在を忘れてたり、関心が無い貴族もいるかもしれないから、プッシュしてこようと思う。売り込みだ。
「はい。それがよろしいかもしれませんな」
「では行くぞ、ケイン」
「はっ、お供します」
まずは、すでに面識のあるアーク=フォン=フランネル子爵から。彼はラインシュバルト派閥の一員で有り、わざわざ自分からセルン村にまで挨拶に来るような人だから、俺に最も好意的で近い人物と言っても良いだろう。
彼には招待状を正式に出し、返事も彼から手渡しでもらっている。当然、出席だ。
彼の出欠は探る必要など無い。
だが、こういうまめで社交的な人物は顔が利くだろうし、情報も早いだろうと思ってやってきた。
フランネル家の別邸へ向かうと、中庭で花に自分で水をやっているフランネル子爵がいた。灰色のおかっぱ頭のおっさんだ。
「フランネル卿!」
「おお、これはユーイチ様。わざわざ我が家まで訪ねて下さるとは、このアーク、感謝感激雨あられ、ファルバスの神々に毎晩お祈りを捧げた甲斐があったと言うモノです」
ちょっと大袈裟なのが玉に瑕だ。あと俺の方が格下なのに様付けだもんなぁ。このゴマすり力は感心する。
「少し近くまで立ち寄ったので、ついでにご挨拶をと思いまして」
「これはこれは。では、すぐに茶の用意を。ちょうど珍しい果物が手に入りましてな」
「ああ、いえ、すぐに別の場所に向かうつもりですので。ところで、フランネル卿は花を育てるのがご趣味なんですか?」
「水くさい、同じ屋根の下で一夜を過ごした私とあなた様の仲ではございませんか、そこは気軽にアークと呼び捨て頂かないと」
嫌だよ。一夜って人聞きの悪いことを言わないでくれ。俺達はティーナの屋敷で別々の部屋に一泊しただけだから。フランネル子爵が美少女なら俺も喜んで親しくファーストネームを呼ぶんだけどさ。
言い返すと面倒なやりとりになるのは分かりきっているので、ここは軽くスルーで。
フランネル子爵も嫌な顔をせず、笑顔のまま話を続ける。
「実を申しますと、この花はライオネル侯爵夫人からの頂き物でしてな。つい先週から始めたにわかでして、ハッハッ」
「ああ、そうでしたか。へえ。ライオネル夫人とは直接お会いに?」
「ええ、少しだけですが、先週、会って話をさせて頂きました。ライオネル夫妻はユーイチ様の披露宴に出席なさるそうですよ」
「ああ、そうでしたか。ふむ、返事はまだ来てなかったようですが…」
「おや、返事はもう出したとのことでしたが、となると、まだ届けている最中かな?」
フランネル子爵が首をひねるが、王都で先週なら、とっくに届いてないとおかしいけどね。
まあいい、夫人が出ると明言したなら、出席で間違いないだろう。
「そうかも知れませんね。他に、大貴族の出欠はご存じないですか?」
「それが、私も色々と伝手を頼って探りを入れておるのですが、エクセルロット侯爵とアーロン侯爵の他は、はっきりしませんな。迷っておられる方も多いようです」
「そうですか…」
アンジェとアーロンからはまだ返事をもらっていないが、俺もほぼ出席と見ている。当主の方は役職もあって忙しいだろうから、名代で家族が一人来るかなと。
二人とも俺とは何度も顔を合わせているし、俺に対する悪印象は少ないと思う。
「なにせ、あの! トレイダー帝国二万の兵を蹴散らした麒麟児ですからな! 私も友人達には是非とも参加するよう言っておるのですが、いやはや、古い慣習や他の大貴族を気にしてか、どうにも返事がよろしくないもので」
「やはり奴隷や外様と言うことで気になるのでしょうか?」
「いやいや、スレイダーン出身というのはさほど。出身地まで知っている者は少ないと思いますぞ」
「となると、奴隷上がりの方ですか」
「まあ、そこはあまり前例が無いもので、どう接して良いか戸惑っている部分もあるかと。ただ、自分の派閥がどう動くか、そちらを気にしてのことでしょうな」
「ふむ。それならトップが来てくれるとなれば、雪崩を打つように来ますか?」
「そうでしょうな。今はどこの貴族も聞き耳を立てて、誰が参加して誰が参加しないのか、どこでも会えばその話題でもちきりですぞ?」
おお、思った以上に関心は高かった様子。
となると、宣伝やプッシュは不要かもな。こういうのをあまり押し売りすると、かえって不快感を巻き起こす恐れもある。
多数派工作はすでにフランネルがやってくれている感じなので、もう彼に一任することにして俺の別邸へ戻ることにする。
「あ、ついでに、絵の具を買っておくか」
フィギュアの着色や、お絵かき用に使うので、画材店へ向かう。王都は品揃えが良いんだよな。
その途中、高級レストランのテラス席で数人の貴族が顔をつきあわせて何やら密談しているのが目に入ったので、他の店の商品を眺めるフリをして地獄耳の呪文を使う。
「まさか、トレイダー戦で手柄を上げるとは、思いもしなかったからな」
「忌々しいことだ。だが、奴隷にそんな知恵が回るか? おそらく、カーティス卿が入れ知恵をしたのであろう」
「分からぬな。それならばカーティス卿の手柄とすれば良かろう。わざわざ奴隷を担ぎ上げて、アーロン卿やカーティス卿の得になるとは思えぬ」
「子飼いの貴族とするつもりなら、どうだ?」
「それを言うなら、あの黒ローブはラインシュバルトの子飼いだぞ? 武人のアーロン卿がそのようなまどろっこしいことをやるかね」
「左様、それにな、軍事も扱うラインシュバルトと揉めれば、ロフォール砦の守備もやりにくかろう」
聞いていると、どうも俺の実力とは認めたくないようで、話が空回りしている。
と、話していた一人が立ち上がる。
「私はそろそろ失礼する。男爵の紋章を持った奴隷がどこに付こうと、あまり気にはならぬのでな」
体格の良い武人風の男はそう言った。オールバックの髪型。
「そうか、ま、それもそうよな。就任の披露宴がまともに執り行えるかどうかも怪しいものよ」
「出席したはいいが、段取りも挨拶も悪いでは、出席した方も笑いものになるやもしれぬ」
「左様左様、ほっほっ」
うーん、まともにやるつもりなんだが、この辺の誤解は解いておきたいところだ。
「だが、オズワード侯爵亡き後、どこの大貴族が残党を取り込んで大きくなるか、見極めた方が良いのではないか?」
「うむ、めぼしい貴族は残っておらぬが……」
「ディープシュガー卿に睨まれていたクーデル子爵など、オズワード卿がいなくなった途端に脱税の容疑を掛けられて、そのまま処刑されたからな」
「左様、後ろ盾を失えば、かくも恐ろしい事よ」
まだ話は続いているが、武人風の貴族はそのまま店を出てきた。
分析の呪文をその武人に掛けたが、俺のレベルが高いせいか余裕で成功。だが、この貴族、結構レベルが高い。42だ。
腰に飾り気の無い、使い込んだ様子の幅広剣を差しており、冒険も嗜んでるかな。
若く冒険好きの武人、堅苦しすぎる挨拶は嫌いだろうと予想して、声を掛ける。
「ハウラー卿とお見受け致す」
名前は分析でバッチリだ。
「む。貴殿は?」
「私は国王陛下より先日、男爵の爵位を頂きましたユーイチ=フォン=ヒーラギと申します」
「おお、お前が」
「はい。今日は絵の具を買いに来たのですが、たまたま、子爵様をここでお見かけしまして、ご挨拶をと。先日差し出した挨拶状でご存じかとは思いますが、来週の二十三日、盛大に披露宴を行おうと、準備を着実に整えております。珍味も多数用意するつもりですので、気が向いたら足を運んで頂ければと」
「ふむ、分かった。ところで、随分と業物の剣を持っているな?」
ハウラーが俺の腰の黒い魔剣を見た。
「ああ、これですか。これは陛下のご命令にてアルカディアに外交任務の随行をした際に、女王陛下から借り受けた魔剣でございます。残念ながら強力な呪いが掛かっておりまして、私以外には扱えず、捨てることも敵わずで、少々持て余し気味ですが」
「ふふ、魔術士風情には過ぎた代物よ。どれ、一つ剣の振り方を指導してやろう。抜け」
ムキムキ思考だなぁ。まあいい、剣のコミュニケーションも取ってみるか。
「ここは往来の邪魔となりましょう。そこの広場にて、お相手致します。ただし、負けても遺恨無きよう」
「む。増長するなよ、小僧」
広場に行き、魔剣リーファを抜く。おっと、コイツにも言い聞かせとかないとな。これは殺し合いじゃあない。
『お前は何もしなくて良いぞ』
『つまらぬ! ま、この程度の雑魚ではのう』
レベル42と言えば結構なモノだと思うが、リーファにとっては雑魚扱いか。
「さあ、どこからでも掛かってこい!」
ハウラーが剣を抜いて言う。
「では、お言葉に甘えて」
一撃で終わらせてしまってはハウラーが俺の力量を推し量れないかもしれないので、彼が受け止められる程度に手加減して数度、斬りつける。
「うおっ! な、なんだこの剣の重さは! 馬鹿な…」
尻餅をついたハウラーが愕然とする。
「魔剣の力とお思いでしたら、別の剣でお相手致しますが」
「い、いやいや、お前の実力はもう分かった。これほどとはな…参った!」
自分の負けを素直に認めるハウラーは、まともに付き合えそうな相手だ。手を差し伸べて助け起こしてやる。
「済まぬ」
ハウラーは助け起こした礼か、非礼の詫びか、そう一言言った後、出席の意向を表明してくれた。
「お見事でございました、お館様」
「どう、ケイン、俺、格好良かった? 格好良かった?」
「ええ、様になっていましたよ」
剣で誰かに勝てるレベルになるとは思っていなかったので、ちょっと気分が良い。
熟練度システムもあるんだし、剣士を目指してみようかなぁ。
「ああ、いたいた、ユーイチ。トラブルよ。ワインがダメになったわ」
リサがやって来るなりそう告げたが。大したトラブルでもないだろ、それ。
だが、詳しく話を聞いた俺は、青ざめることになる。




