第三話 あくまで披露宴の準備ですから
2017/8/2 若干修正。
俺の男爵就任の披露宴の準備に連日忙しく精を出している。
「ふおお……このお尻のパンティーの食い込み、素晴らしい……ナデナデ、んーふふふ」
俺は石膏とストーンウォールの呪文を駆使してフィギュアを量産中だ。
あくまで披露宴の準備である。
決して決して、理由を付けて趣味に走っている訳では無いのだ。
部屋に鍵を掛けて一人で作業を行っているが、やましいわけでは無いのだ。
事の発端は―――招待客のお土産に渡す引き出物を用意しなくてはいけないのだが、最初、薬草詰め合わせセットを俺は提案した。
「それがいいわね!」
と、ティーナが賛同してくれるとばかり思っていたが、
「ええ?」
と怪訝な顔をされ、
「ユーイチ様、貴族は傷薬はポーション以上と相場が決まっております。それではかえって失礼になるかと」
とセバスチャンが難色を示し、
「それで面白みがあると思ってるのはあなただけですから」
と、メリッサが容赦無くトドメを刺してくれた。
グスン。
「分かった。じゃあ、引き出物はフィギュア、石の彫刻にする」
「む、裸は禁止よ? あと、私をモデルにするのも止めて」
「いや、裸はもちろんしないが、あえてティーナにモデルをお願いしたい。何せ俺の後見人で、ロフォール一の美人だし、その…恩返し、したくてさ」
最後はちょっと、恥ずかしそうに言って演技してみる。
「えっ、そ、そう。じゃあ、良いわ。ユーイチがそこまで私のことを思ってくれてるなんて…ありがとう」
チョロインですわ。ヒヒ。
「よろしいのですかな?」
セバスチャンがなぜか俺に確認を取ってくるし。
「…何も問題は無いが」
「そうですか。後悔なさらねばよろしいのですが」
それはお前が、何かムキムキ攻撃して報復してくるってことかね?
ま、俺は裸のフィギュアを出すつもりは無いので、身の安全は確保されているはずだ。
ごく一部の紳士に新世界の衝撃を与えることにはなると思うが。
「ティーナ様、コイツは何か企んでいます。お止めになった方が身のためかと」
「もう、メリッサ、そういつもいつも疑ってばかりでは可哀想よ。ユーイチだって、たまには真面目に考える時だってあるだろうし」
たまには、と言うのが引っかかるが、まあいい。
さて、次のティーナちゃん(15歳)に取りかかるか。二歳くらい幼くしても本人も気づかないだろうし、ヒヒ。
「ユーイチ様、ケインです。そろそろ約束の時間ですが」
「んっ? げげ、もうこんな時間か」
思わず徹夜してしまった。ミスったわー。
「すぐ行く」
ささっと片付けて、そのまま出る。いつも通りの普段着、黒ローブ姿だ。
向かう場所は、ロバート商会ミッドランド支部。
そう、ついに、アレが見つかったと言うことだ。
さすが大商人はミッション成功率がハンパない。
顧客のニーズに応えてこその商売だ。ま、コイツも領主にしたら絶対にダメだけど。
ロバートとはビジネスの相手としてだけ、末永くやっていきたいものである。
「ユーイチ、覚悟ぉー!」
今日の刺客は剣士のみ三人か。一応、分析も掛けてみたが、レベル53って、前より下がってるじゃん。
やる気ねえなあ、お前らのボスは。
「秘技! 瞬間移動!」
本当にテレポートしているわけではないのだが、あまりに高速で移動すると、人間の目には瞬間移動したように見える。
「なっ!?」
「ほーれほれ、分身の術~」
高速移動、一時停止、再び高速移動――とやって、停止する位置を数カ所で固定すると、分身の術の出来上がり。
「くっ! 怪しげな術を……どれが本物だ!?」
どれも本物なんだけどね。斬りかかってきたときだけ、移動して逃げれば、問題なし。
あまり遊んでる時間は無いので、さっさと杖で殴り、怯ませる。
「ぎゃっ!」「ぐえっ!」「のあっ!」
「やれ、ケイン」
「はっ! 行くぞ!」
ケインと部下にラストキルを取らせて、パワーレベリングの実施。
「クリア! 終わりました。王都の警備兵に報せてきます」
この辺は流れ作業になって来たのでケインの部下も命令を受けなくても警備兵を呼びに向かっている。無駄が無い。
「ああ。ケイン、レベルはいくつになった?」
「今、45ですね」
「良い感じで上がってるなぁ」
「ですが、ユーイチ様の護衛を務められるようになるにはまだまだです。精進します」
「よし、その意気だ」
60以上はちょっと厳しいかも知れないが、その辺まで上がっていれば、そう簡単に後れを取ることも無いだろう。60オーバーの剣士ってなかなかいないし。
「じゃ、ついでだ、これとこれを持って行くか。ミスリルのロングソード、これは高く売れるぞ」
「ええ」
売れそうな武具を死体から取り上げ、これって見ようによっては追いはぎだなぁと思いつつ、ま、向こうが仕掛けてきたんだしね。この世界の法的にも全く問題は無い。正当防衛であり、俺の拾得物だ。そもそも貴族である俺に平民が斬りかかった時点で、死罪確定だっつーの。
この手の金で暗殺を請け負う冒険者に対しては俺も容赦はしない。レベル70オーバーの俺だから返り討ちに出来たが、今まで何人を闇に葬ってきたのかね。冒険者カードを探ってみたが、こいつらはカードすら持っていなかった。ダークになりすぎて、カード更新ができなくなった闇冒険者なのだ。
「ふあぁ、よく寝た。ん? なんじゃ、また辻斬りをしておったのか? 妾を使えとあれほど」
魔剣リーファが目を覚ました。
「寝てたんだからいいだろ。それに返り討ちだから、辻斬りでもないぞ。人聞きの悪いことを言うのは止めてくれ」
「お主がそう言うならそれでもいいが、街中で人を斬ってる事には変わりないのう」
「うるさいよ。これから商人との取引だから、ちょっとお前は黙っててくれ」
「ふん、最近、態度が悪いぞ」
「リバーシゲーム、後で付き合ってやるから」
「む、良かろう。では、取引が終わったら、呼ぶのじゃ。もう一眠りする」
コイツには極力、人の血を吸わせないようにしている。ま、いずれリーファの出番もあるだろう。
俺は生存のためなら何でもやる覚悟はとっくの昔に決めているのだ。
ロバート商会の支部に顔を出す。
「お早うございます、ユーイチ様。ささ、奥へどうぞ」
「ああ。邪魔するぞ」
タールとの一件以降、商人に対しては身分を弁えさせる態度を取ることにした。
ほっとくと利益追求のために何でもやり出すから、それに対する権力の抑止力みたいなものを働かせる必要がある。ただし、若手行商のルキーノは別だ。彼は俺を命の恩人と思って利益度外視でやってくれてるからな。
「こちらが、ご所望の味噌でございます」
テーブルの上に、大きめの桶をドンと置くロバート。結構筋肉が付いてるよな、この人。
レベルはどのくらいかと思って、分析してみたら、64だった。普通にトリスティアーナの武闘大会で優勝も狙えそうだが、キャラバンの隊長だと、このくらい無いと長くはやれないんだろうな。
「あれ? キャラバンの護衛隊長の方が弱いけど」
「はは、まあ、そうですが、役割分担ですから。いよいよ、となれば私も剣を持ちますよ」
なるほどね。雑魚モンスター相手に、いちいち会頭が出張るのも格好が付かないし、カルマの心配も必要になるか。
ロバートが桶の蓋を開ける。中に入っているペースト状のモノは味噌で間違い無い。味噌の香りが、ほんのりと。色は濃いめの茶色だ。
「おお、これは、確かに」
「このままで味見するのは少々塩辛すぎますので、今、スープにさせます」
若い女の子の商人がヤカンを持って来て、お椀に味噌を匙で掬い、即席の味噌スープを作ってくれた。
「おお…これこれ、これですよ」
懐かしい味噌の風味が体に染み渡る。でもやっぱり昆布だしか鰹だしが必要だな。味噌だけだと味が少し素っ気ない。
「良かった。違う物でしたら、またお待ち頂かなくてはならないところでした」
「それで、これがあると言うことは…」
「ええ、味噌に重しを乗せて絞って、そこから出るソースを集めた物がこちらになります」
こちらは小さめの壺。小さめの柄杓で掬い、小皿に移して味見させてもらう。
「んー、これだなぁ」
醤油だ。
何度やっても納豆が出来るので、諦めていたのだが。
これで料理のレパートリーが一気に広がる。
「一応、魚から作る魚醤もお持ちしました。味見なさいますか?」
「じゃ、させてもらおうか」
「どうぞ」
似たような小さな壺に入った魚醤を小皿に入れ、舐めてみるが、ああ、魚だな。
「こう言う味か…んー、ちょっと使いづらいかもな」
ちょっと癖がある感じの味だ。
「私も、こちらの味噌から造る醤油の方が上品で美味しいと思います。臭みも少ないですし。まあ、好き好きもあるでしょうが」
「うん。まあ、これも少量、もらっておこう」
「ありがとうございます。お値段の方は味噌が二十キロで400ゴールドでいかがでしょう。醤油は一リットル60ゴールド、壺をお返し頂ければ50ゴールドで」
「安いな」
「ユーリタニアではどちらも一般的に作られていますからね。ですので、キャラバンの取扱品に加えるだけで、輸送費もそう掛かりませんから。保存も利きます」
「なるほど。今までは売りに出さなかったのか?」
「ええ、お恥ずかしながら、見た目の色が少々…売れないかと思ってまして」
「ああ」
ま、オエッと来る人もいるだろう。特に食べたことがない人達は。
俺は全然気にしないけど。食いたい奴が食えば良いのだ。
まあ、ティーナやクロやみんなには一度食べてもらって味見はしてもらいたい。
「それから、ユーリタニアで別種の麦を育てていたので持って参りました」
「ふうん?」
粒を見せてもらう。
んー、これは米、なのかな?
それっぽいが素人の俺には見た目では分からない…だが、確かに麦ではない。コーヒー豆の小さい感じの麦とは明らかに別種だ。
ただ、なんか大きさが少しデカい。
「これは普通の麦と同じように育てます」
「水浸しにした水田に苗を植えたりしないのか?」
「いいえ、そのようなことは…」
じゃあ、外れじゃね?
「まあ、一度、食べてみて下さいよ。あちらでは煮込んで食べるのが一般的なんです」
またロバートの部下の女の子が桶を運んでやってきた。
「ぬおっ! これは!」
「おお、どうやら当たりのようですね。召し上がってみて下さい」
匙を渡され、小皿に取り分けた湯気の立つ白き粒々の塊をドキドキしながら口に運ぶ。
「おお、これだ。むむ、これはもうちょっと糠を落とした方が良かったけど。炊きあげる前に水で洗った?」
調理したであろう女の子に聞く。
「い、いいえ、申し訳ございません」
緊張させちゃったか。
「いやいや、いいんだ。次から、これを出すときは水で何度か洗って、白く濁った液体を捨ててから炊きあげてみてくれ。臭みが取れて良い味になるよ」
「はい、教えて下さって、ありがとうございます」
「なるほど、そこまでは見ておりませんでした。お恥ずかしい話です」
ロバートが言うが、食文化は長年の試行錯誤や改良の積み重ねが有り、それぞれの地域において無駄なく洗練されている物だから、その道の専門家じゃないとちょっとした工夫も分からないことが多いだろう。ロバートは高級服の専門家だ。手広く商売はやっているようだけど。
「いや」
さて、米と分かったからには分析してみよう。
【名称】 白ご飯
【種別】 食べ物
【材質】 白米
【耐久】 3 / 12
【重量】 1
【総合評価】 B
【解説】 白米を煮込んで蒸し、炊きあげた食品。
ほのかな甘みがあり、弾力と粘りがある。
単品では味気ないが、癖が少ない分、
様々な料理との組み合わせが可能。
塩分とコレステロールを含まないので
パンより健康的。
ただし、白米のみ食べていると、
脚気になる。
【名称】 種籾
【種別】 種
【材質】 陸稲
【耐久】 5 / 5
【重量】 1
【総合評価】 C
【解説】 麦に似ているが、生地を焼いても
パンが膨らまない。
蒸しパンは可能。
麦踏みが不要。
芽が出た後は水気の多い場所でも育つ。
ほほー、稲って水田で無くても育つのか。
それは知らなかった。
「ロバート、ユーリタニアの食品の取引に関しては一人、俺の知り合いの商人も手を付けさせたい。構わないか?」
ルキーノにも扱わせてやり、ロバートの独占にならないようにしておけば、いざと言うときも困らないだろう。
独占は利益が莫大になるが、なぜか勘違いした経営者はわざわざそれを自分から壊すような、あくどいことを始める事が多いからな。
金に目がくらんだ亡者は常に視野が狭い。
「もちろんでございますよ。何もお断りなさらずとも、ユーイチ様のご意向に嫌と言うはずもありません。ごひいきにして頂いておりますので」
「よく言う。俺は大して買って無いだろ。ま、そっちに相応の利益は恒常的に取らせてやる。だから、あまり欲を掻きすぎないことだ」
「は、肝に銘じます」
ロバートも笑みを消して真剣な目で頷くが、言わずともタールの一件は詳しく知っているだろうからな。
豪商が領主に処刑されたんだ、それですぐ調べない間抜けでは国王との取引など不可能だろう。
俺も有能な商人をそう言うことで失ったりしたくは無い。
ロバートも自分の商会や命が大事だ。
おかしな事をしないのなら長く付き合ってやるというメッセージを明確に送ったから、後はロバート次第だ。
ロバートには鰹節や昆布、わかめなども探すように頼み、他にもいくつか、この世界ではあまり流行っていない商売のアイディアとその鍵になるモノを渡しておく。
「これは凄い、さすがはユーイチ様です。直ちに人を雇って実行してみますが……いったい、あなた様はどちらのお国のご出身で?」
「それはスレイダーンと言うことにしておくのだな。それが公式発表となる。それ以上はお前が知る必要は無い」
「はっ、出過ぎた真似を致しました。お許しを」
さあ、次の手だ。




