第十二話 アーシェ=フォン=バルバロッサ
2016/11/29 若干修正。
どうやって侵攻作戦を撤回させるか、そこに知恵を絞りつつ、エルファンテ城の俺に割り当てられている自室に戻る。
「あれ? 俺、鍵掛けたっけ?」
忙しかったのと今朝は寝ぼけていたので、良く覚えていない。
懐を探るが鍵も持って来ていない。だが、俺には解錠の呪文があるからね!
俺は日々、新しい呪文の開発に勤しんでいるのだ。
この呪文さえ有れば、宝箱は開け放題、女の子の部屋の扉も開け放題である。
…まぁ、後が怖いので実際に女の子の部屋に対して使ったことは一度も無いんだけども。
「んっ?」
ドアを開けて中に入ると、たらいの中で湯浴みをしていたのか、裸の美少女がそこに。
髪は少しピンクがかった金髪のショートヘア。瞳の色は翡翠色。
すらりとした長身で、胸は慎ましいくらいに控えめだ。
年齢は俺と同じくらいだろう。
だ、誰っすか?
え? 俺、部屋を間違えちゃった?
「んん? …なっ!」
不思議そうにこちらを見た彼女は、すぐに驚きの声を上げ、顔を真っ赤にしてサッと胸を隠した。
ここで悲鳴を上げられたら、ティーナやリサが飛んできそうでヒヤヒヤしたが、その子は割と度胸があるのかこちらを注意深く観察し始めた。
俺も食い入るように彼女を観察。ほほう、ふむふむ。これはこれは、ウホッ。
「おい」
女の子が俺に声を掛ける。
「はい」
「普通、そこは、悠長に眺めたりせずに、失礼しましたと言って、背を向けるところではないのか?」
「ああ、これはこれは、失礼をば」
まずい状況で有ることを思い出し、背を向けてそそくさとドアに向かう。
「待て! 貴様は誰だ。この私をバルバロッサ家の嫡子と知っての狼藉か!」
わぁ。しくったよ。こりゃ貴族、それもおそらくかなり大きな家の子じゃん。しかも嫡子と来たよ。バルバロッサねえ? 大侯爵の家の名は全部覚えたんだが、それ以外はほとんど知らない。
「い、いえ、申し訳ございません、お嬢様、あなた様が湯浴みの最中とはつゆ知らず……」
「ええい、いけしゃあしゃあと、鍵はどうした? 掛かっていたはずだぞ」
「はあ、それが、つい、魔法で…ごにょごにょ…」
「貴様! とにかく、そこにじっとしていろ。今、服を着る」
「は、はあ…」
どう言う展開になるんざましょ?
これ、打ち首まで行っちゃう?
……いやいやいや……こんなところでゲームオーバーとか、ホント止めて。
逃げる? 逃げちゃう?
でもなあ、余計、まずいよね。しかも、顔を見られてるし、黒ローブはこの城で、俺だけだもの。
「よし、こちらを向け」
「はい…ぬお!」
ロングソードが喉元にぴったり突きつけられた。剣士とか…、それもかなりの腕前。
「む? 貴様、魔術士に見えたが、見切りを会得しているな?」
「はあ、会得したいわけではなかったのですが、やむにやまれぬ事情で」
「そんな事はどうでもいい、名前と所属の部隊を言え」
「は、ミッドランド国ロフォール子爵の家臣、上級騎士ユーイチ=ヒーラギと申します」
ミッドランド国であることは言わずとも自明なのだが、そこは同じ国の人間と言うことで、甘く見てもらおうとの魂胆だ。
「むむっ? ロフォールと言えば、去年スレイダーンから奪い取ったばかりの領地、なるほど、お前が奴隷上がりの騎士か」
その辺はやはり、貴族の間でも有名な話のようだ。
「は、お聞き及びとはお恥ずかしい限り」
「誰も褒めてはおらんぞ」
「え、ええ、ええ。湯浴みの件に付きましては、その、誠に申し訳なく」
「フン、謝って済むと思うな。貴族の娘ともなれば、夫以外に裸を見せてはならぬのだ」
古式ゆかしき貞操観念をお持ちのようで、素晴らしいです。ただ、ここは、もっと先進的に、おおらかにポジティブに行って欲しいところです。
「昔はそうかも知れませんが―――」
「黙れ! 今も昔も変わりはせぬ!」
ひい。困ったね。どう説得してやろうかな…。
「アーシェ様、むむ、これは?」
彼女のお付きのメイドと護衛がやってきたようだが。
「む、これはな……い、いや、何でも無いぞ」
裸を見られた事は知られたくないらしく、アーシェがごまかして、剣を収める。
アーシェ=フォン=バルバロッサ、それが彼女の名前らしい。なかなかカッコイイ名前だ。
「そうですか。大お館様がお待ちです」
「分かった、すぐ行く。お前は、私が戻ってくるまでここで待っていろ」
アーシェが俺に指差して言う。
「は…」
逃げちゃおうかしら。
「その者が逃げぬよう、見張っていろ」
「はっ!」
くそっ。
どうやって逃げだそうかな。スリープ…いやいや、それではすぐに指名手配がかかるぞ。
ここはティーナに、レイピアの刑は覚悟した上で、洗いざらい話して泣き付くか。情けないが、貴族が相手だし、仕方ないな。
「ああ、いたいた、ユーイチ、アーロン侯爵がお呼びよ」
「おお、ティーナ、ちょうど良いところに。ちょっと折り入ってご相談があるのですが…」
「ええ? なあに、変に改まっちゃって。む、何か良からぬ事を企んでるわね?」
「いや、企んではないが、やらかしちゃったみたいな?」
「ええ? とにかく、侯爵を待たせてるから行くわよ。相談はその後で」
「ああ」
アーシェの部下は、アーロン侯爵と聞いて仕方ないと思ったか、俺に付いてくる。
「その人は?」
「バルバロッサ家の騎士のはずだ」
「いかにも」
彼が頷く。
「そう? バルバロッサ…えーと、どこかで聞いた名前なんだけど」
「早めに思い出してくれ。俺の命が懸かりそうなんだ」
「ええ? どういうことよ」
アーシェの部下がいるので、ここでは迂闊に話せない。
「後で話す」
「分かった」
アーロンは執務室にいるそうで、そちらに三人で向かう。
「ユーイチを連れて参りました」
「入れ」
中に入ると、アーロンと一緒に先ほどのアーシェがいた。
むむ? さっき大お館様に呼ばれていったアーシェがここにいると言うことは……。
「おお、来たか。どうだ、ユーイチ、アーシェならばお前と歳も近かろう。侯爵家血筋の娘だ、文句は言わせぬぞ?」
「ええ? ま、まさか、この人が?」
俺は仰天だ。
「あっ! 孫娘!?」
ティーナも気づく。
アーロンとは似ても似つかぬので、養子…でも無いだろうな。血筋って言ってるんだし。
「んん? お爺様、何の話です?」
アーシェが聞く。
「決まっておろうが、もらい手が無いお前のために、このワシが縁談を持って来てやったのよ。喜べ!」
「ええーっ!?」
アーシェは初耳らしく、彼女も仰天していた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
アーシェは撤回を求めたものの、アーロンが聞く耳を持つわけが無く、その場は渋々引き下がった。
「かくなる上は……よろしい、ならば、決闘だ!」
やはり武人の家系、すぐ剣を抜いてくるし。
「い、いやいや、アーシェ様、早まってはなりませぬぞ。侯爵様はいつ挙式を上げるかは明言されておりません。つまり、我々がその気になりさえすれば、十年先、二十年先でも可能であろう……と言うこと!」
「馬鹿者! それでは私は婚約者のままで、他に相手が見つけられぬではないか」
「ええ? まあ、そうですけど、いい人が見つかれば、それをお爺様に紹介して、こちらはお断りになればよろしい」
「む。だが、それもいささか、不義理だな」
「こちらはいっこうに構いませんので」
「しかしな……私は成人してから三年も相手を見つけられずにいる。この上、お前との婚約が入ってしまえば、むう、ますます相手が見つからないぞ」
こちらの世界の成人の儀は十五歳だから、そんなに焦らなくたっていいのにね。
「そこは積極的にパーティーで殿方をお捜しになってですね……」
「私にそのような器用なことが出来ると思うか?」
「はあ」
直情型っぽいし、アンジェみたいに高笑いで男漁りは出来ないだろうなぁ。
「それはそうと、アレはどうしたのだ?」
「ああ、アレは…」
ティーナが椅子に腰掛け、先ほどからずっと脱力している。
俺と本気で結婚するつもりなのかね? それとも、キープ君を横取りされたから、ちょっとショックなんだろうか。
まあ、ここはごまかすことでも無いと思うので、きちんとアーシェにその事を説明したのだが。
「なっ、貴様! ティーナという婚約者が有りながら、私も取ろうと言うのか!」
「ひい! い、いやいや、お、お待ちを。今回の件は、アーロン侯爵が勝手に」
「むう、お爺様も人の話を聞かぬところがあるからな…」
「ええ。ワガママです」
「うむ、ワガママだ」
「「 ふう 」」
アーシェと二人でため息をつく。
「分かった。お前がティーナと婚約している件、お爺様に話してくる」
「はい、頑張って下さい!」
「お前も来るのだ、馬鹿者」
「えー?」
アーロンに話したが、笑って「こちらが優先だ!」と言い張り、撤回に至らず。
まあ、アーロンだけが言ってる婚約だから、俺もアーシェも形だけ今は受け入れると言うことにした。
ちなみにアーシェが俺の部屋にいたのは、アーロンが手配し、まずは顔合わせさせようと思った上でのことだったようで、アーシェも決闘や手打ちは勘弁してくれた。アーロンの孫にしてはなかなかの常識人である。
もちろん、俺が裸をうっかり目撃したアクシデントについては秘密だ。アーシェが俺にそう念押しした。
ふう、これでティーナのレイピアは回避したぜー。ここはアーシェと俺の二人だけの秘密にしておこう。




