第十一話 反攻
2016/11/29 若干修正。
巨人を倒した俺達は、二つのヤバそうなドロップアイテムを手に入れた。
いや、手に入れてしまった、と言うべきか。
粒子砲発射装置は旗布で覆い、ティーナと親しかったロフォール兵士の亡骸と言うことにして偽装し、ロフォールへ搬送することにした。
ここの司令官、アーロン侯爵やその副官カーティス伯爵にも内緒だ。
だって、こんなとんでもない戦略級の兵器、こちらの権力者なら現物を見た途端に研究を命じて当たり前だ。
戦争が絶えない世界で、どの国も生き残りに必死だからな。
敵を圧倒できる強力な兵器があれば、自分が手に入れて確保しておかないと、敵が入手したりしたら……。その時点で戦争の敗北と外交の隷属はほぼ確定だ。
そんな危ない兵器は使わないようにしましょうという条約を作ったところで意味は無い。
フィレンツェ共和国の思想家で外交官でもあったマキャベリはこう述べている。
『個人の間では、法律や契約書や協定が、
信義を守るのに役立つ。
しかし、権力者の間で信義が守られるのは、
力によってのみである』
法律は強制力の裏付けがあって初めて効力を持つ。
フツーの日本人は順法精神が旺盛なのでモラルで法律を守っているが、悪人はペナルティを恐れて法律を守るのである。
そして、法律を破る国にペナルティを与えられるのは、結局のところ国でしかない。
国家を取り締まる警察官もいなければ、国家を裁く裁判所も存在しない。
強国がそれを演じる事は有っても、強国自身が罪を犯せば、誰も手を出せない。
故に国家は強くなろうと無理もする。
研究のお鉢が俺に回ってきたりしたら、研究が進まないとしてペナルティが逆にこっちに飛んで来るかも知れず、何より自分から進んでやるのと、無理矢理やらされるのではモチベーションが違うからな。
カーティスの部隊もすぐ近くにいたため、偽装する時間も限られ、少しヒヤヒヤした。
クレアに死者を追悼する祈りを捧げてもらっていたら、ちょうどやってきたし。
「ユーイチ、あの旗に包まれたモノはなんだ?」
「は、ロフォール騎士団の兵で、お館様や私と親しかった人間です」
「そうか。それは残念な事だ。お悔やみ申し上げる」
「ご丁寧にどうも」
「だが、アレは死体には見えぬが…」
「は、あまりの爆発のため、遺体の一部しか集められず、また状態が酷かったモノですから…」
言葉を濁す。後は俺の魔術なり木の棺なり、勝手にカーティスが想像してくれれば儲けものだ。
『バレない嘘をつくときのコツは、喋りすぎないことである』 by ユーイチ
「分かった。それにしても、ううむ、なんと巨大な魔石よ。このような代物、今まで見たことも聞いたことも無い。エルダードラゴンですら人の頭程度の大きさだったと言うぞ?」
カーティスが残された魔石を見て言うが、やはり相当なもんだろうな。エルダードラゴンより上って……。
「そうですか。コレに関しましては、アーロン大将軍閣下にご検分頂いた上で、国王陛下に献上するのが良いかと思ったのですが、いかがでしょう?」
「うむ、お前が知恵を出し、自ら魔剣と鏡を用いて、あの巨人を倒したのだ。お前が自分のモノとしてもさほど文句は出ぬと思うが……。そうだな、モノがモノだし、換金にも困るであろうから、それも良いか」
カーティスは俺が貴族に昇格するのを嫌がったのか、少し間が有ったが、賛同してくれた。
「は、では、コレは副将軍であられるカーティス様にお預けします」
「うむ、確かに受け取った。おい! オルフェン、コレを大将軍閣下にご覧頂いた後、直ちに馬車で王都へ運ぶのだ。護衛もそのまま一部隊付けていけ。布に包んで、決して途中で他人に見せたりするなよ。口外もするな」
甲冑を着た騎士がやってきたが、カーティスが信頼を置く上級騎士だろう。
「は、了解です。それで、お渡しする相手は宰相閣下でよろしいのでしょうか?」
「うむ、それで構わん。ただし、人払いは要求しておけ。無理であればそのままで構わん」
「委細承知しました。では直ちに」
オルフェンが部下の兵に布で包ませ、慎重に運んでいった。
さて、ここからが正念場だ。上手く立ち回らないとな。
「ユーイチ、ここの後始末は私に任せて、ティーナと共にアーロン大将軍にご報告に上がるのだ」
考えているとカーティスが先に指示を出した。すぐに返事をする。
「ははっ!」
その後、俺はエルファンテ城でやっぱりアーロン侯爵に嫉妬のヘッドロックを食らった。ティーナが割って入ってくれたので、それ以上のダメージは無かったのだが……。
「トレイダー軍をほとんど一人で撃退しおってからに、まったく、羨まけしからん! まぁ、これで男爵の地位は固かろう。ワシの幕僚に取り立ててやって、一生、小突き回してやるから、覚悟しておくのだな。ガハハ」
そう言ってアーロンが笑う。
「ひい」
「あの、お言葉ですが、大将軍閣下、ユーイチは私の家臣でもありますし、せっかくですが幕僚のお話については、お断りさせて頂きます」
おお、ティーナがはっきりと断った。
「ぬっ、ぬう、断るか。断ると言うか」
「はい」
「うぬぅ、さすがはラインシュバルトの娘よ、このワシにはっきりモノ申すとは、よかろう! ラインシュバルト卿には借りも有るし、その意気に免じてユーイチは見逃してやる。だが、孫娘はもらってもらうぞ? 嫌とは言わせん」
「はい? ええっ?」
どうやら今、アーロンの孫娘と俺の婚約が決まったらしい。
嫌とは言えないようだ。頼みのティーナもこれには顔を引きつらせて声も出ない様子。
どんな化け物―――オホン、娘さんが出てくるのか、今から戦々恐々です…。
それから二週間ほどエルファンテ城で警戒を続けたが、トレイダーに動きは無かった。
ま、二万もの兵力を失えば、向こうの王宮もてんやわんやの騒ぎで、誰をどう処罰するかの責任問題に発展しているに違いない。
いずれ和睦の使者が来て、戦争はお終いだろうと予想していたのだが。
「王都から命令が来たわ。トレイダーに攻め込め、だそうよ」
「なにぃ?! あー」
どうやら、華麗に勝ちすぎたようだ。被害が少なかった分、欲が出ちゃったらしい。
「そんなに驚くこと?」
「ま、この世界じゃそれが普通なんだろうけどな。しかし、攻め込めって、城の一つでも落とせって言うのか? 攻城兵器もろくにないのに」
「それについては、もうお父様が準備してたそうよ。あと二日でここに攻城兵器部隊二千が到着するって」
準備良いな、お父様。王宮からラインシュバルトに直接命令が行ったのかもしれないが、それでも命令を受けてから準備していたのでは間に合わなかったはずだ。
「お館様、カーティス卿が軍議を始めるとのことです。ユーイチもご指名だそうで」
リックスが俺達を呼びに来た。
「分かったわ。じゃ、行きましょうか」
「ああ…」
「大丈夫、あなたがいれば、何とかなるわよ」
「だといいけどねぇ。勝って兜の緒を締めよとも言うぞ?」
「はいはい、ユーイチっていっつもネガティブ思考よね」
「違う。俺はただ、生き残るために慎重なだけだ。トレイダーを甘く見るなッ! 愚か者め! 彼らの本当の力はあんなモノじゃ無いぞ!」
「もう…」
ティーナは呆れてしまったようだが、トレイダーの国力は実際に侮れない。それは兵力二万二千の遠征軍を編成したことからも窺える。ミッドランドがスレイダーンと戦をやったときには八千五百の兵力だったからな。倍以上だ。
地図を見ると領土も大きいし、いくつかの属国を従えている。
水計の策が成功したから撃退できたが、装備も良く、馬も揃え、それまでは苦戦気味だった。おまけに剣豪の将軍もいて、一対一ではティーナやレーネでも敵わない感じだったじゃないか。
どうして侵攻作戦なんか決めちゃうかね…。
希代の謀略家、戦国武将の毛利元就が参考にしたという孫子の兵法書。
その中に、
孫子曰く『兵ハ国ノ大事ニシテ、死生ノ地、存亡ノ道ナリ。察セザルベカラズ』(一章 始計編)
と言うのがある。
「戦争は国の一大事で、国民の生死と国家の存亡に関わってくることだから、慎重に考えた上でやりなさいよ」と言っているわけだ。
勝てば領土や賠償金が手に入るかも知れないが、負ければ何も得られず、さらに国力が落ちて今度は自分の国の存続が危うくなってしまう。
防衛戦争ならやらないわけには行かないだろうが、侵略戦争はやるかやらないかの選択肢がまだある。
だからこそ、今回、伝令が往復してくる時間を除けば、わずか数日で決定された戦争に俺は危惧せざるを得ない。
さらに、『百戦百勝ハ善ノ善ナル物ニアラズ、戦ワズシテ人ノ兵ヲ屈スルハ善ノ善ナル物ナリ』とも。
これは「百戦百勝は最善の策ではなく、戦わずして敵を降伏させることが最善の策である」ということだ。
戦は人も死ぬし金も掛かるから、勝てる戦であっても可能な限りやらない方がいいと、戦のプロが言ったのだから、説得力がある。
勝算が無い戦いの場合は退けとも。
『算多キハ勝チ、算少ナキハ勝タズ。而ルヲ況ヤ算ナキニ於イテヤ』
「勝算が多いほど戦に勝ち、少ないと負ける。ましてや勝算が無ければ言うまでも無い」
その勝算についても、一つ、疑問符が付くんだよな。
『一ニ曰ク道、二ニ曰ク天、三ニ曰ク地、四ニ曰ク将、五ニ曰く法』
戦力の優劣を判断するには五つの事項があり、道、天、地、将、法。
道とは道理、戦争の大義名分。
天とは天候や時期、天の時。
地とは地理、地の利。
将とは将軍、リーダーの質。
法とは規律、訓練度、組織の質。
今回の侵攻作戦において、敵の領地だから、地の利が無い。
現地の正確な地図さえも無いから、部隊の行軍でさえ苦労することになるだろう。
途中、荷車が通れない難所や、強力なモンスターが潜んでる森に間違って入っちゃったらと思うと…心配だわー。




