第八話 魔法を発明しちゃった
2016/10/30 若干修正。
魔術入門の書を見つけてから、四日が過ぎた。
盗賊達がお仕事で洞窟のアジトを留守にする間に、俺は覚えたばかりの魔法で色々と鍛錬したり実験している。
最初に確認したのは、ライトの呪文が一日に何回唱えられるかという使用回数限度だ。
スキルシステムが存在する俺にとっては、魔力がどの程度伸びるかの指標になる。
ゲームによっては個別の魔法毎に使用回数が厳密に決まっている物も有ったが、ライトの呪文を二回唱えた後、ファイアの呪文を唱えてみることで、この世界の魔力消費は、MPの総数が減っていくタイプだと検証できた。
そしてさらに、一日ごとに一回、呪文の回数が増えている。
これは驚異的ではないだろうか?
いずれ限界が来るかもしれないが、一日に一回なら、一年で365回以上は呪文が使えるようになる。
まあ、明かりの呪文、一日でそんな回数はどうやっても絶対に使わないんだけどね…。
それでも、魔力総量が多いに越したことは無い。
呪文を十回も唱えないうちに限界が来るのでは、実験もなかなか捗らないのだ。
気にしないようにはしているのだが、クロもやたら成長が早い。
ほぼ、俺と同レベルだ。
くそっ、猫の分際で。
主人公補正はどうなってるんだろう?
…クロが主人公だったりして。
あり得るなー。
「さて、今日の課題だが、昨日、話したとおり、魔力容量についての一通りの検証は済んだ。呪文によって消費量が違うのかどうか、そこが未検証だが、それは中級呪文を覚えてからでもいいだろう」
「ニー」
「なので、今日は各自、自由課題としようと思う。クロがやりたい練習をやってくれ」
「ニー。ニー?」
「俺か? 俺は存在しそうな未知の呪文にチャレンジだ」
「ニ~!」
感心したようなクロ。
ふふ、まあ、この世界の普通の初心者なら絶対に考えないことだろうが、俺はあちらの世界のゲーム知識もあるからね。しかも、スライムや魔法や熟練度なんて、どう見てもそれ系のゲームだし。
呪文の失敗が多少怖いが、初級の呪文なら、命を落としたり、そんな事は無いと思う。
魔術入門の書でも、そんな事が書いてあったし。
「まずはマッパーだな」
方向音痴の俺にとって、地図の呪文は非常に重要である。
街から街への移動手段が限られている以上、迷っていては時間も掛かりすぎる。
ゲームでは、全てのエリアをしらみつぶしにした後でないと次に進めない完璧主義者だし。
まあ、この世界では、さすがに、それはやらないし、オートマッピングじゃないとやる気もしない。
マッパー(仮)の詠唱呪文はすでに何通りか考えてある。
「我が位置を地図に示せ、マッパー!」
まずは、ごくシンプルに、唱えてみた。だが、呪文の発動は感じられず、変化も何も無く、失敗。
次だ。
「土地を縮小して投影せよ、マッパー!」
地図という概念をさらに簡略化してみた。単純に縮小できるなら、立派な3Dマップとして使える。
だが、不発。
「頭に示せ、我が座標、マップ!」
順序を入れ替えたり、単語を少しずつ変えて、試す。
全て不発。
うーん…。もうちょっと柔軟性のある命令系統だと思ったのだが。
それとも、単純に俺のレベルが足りていないのか?
そもそも、新たな魔術なんて、初心者の俺には大それているのだろうか?
「ニー、ニー、ニー、ニッ!」
クロはその間に、九回目のディスペルを唱え終わった。
俺の計算では、クロはこれで今日は頭打ちだ。
「ニー…」
疲れた様子でうなだれるクロ。
「よし、良くやったぞ。今日はもう休め」
「ニー!」
さて、どうしようか。
未知の呪文の実験には、思った以上に時間が掛かりそうだ。
普通に魔力鍛錬をする方が効率的か?
だが、十回くらいの呪文なんて、使い切るのに五分有れば済む。
先に魔力を使い切ってしまうと、発明した呪文が正しくても発動しなくなるんだから、やはり鍛錬の方は後回しにすべきだ。
俺は未知の呪文の探索を試行錯誤で続けることにした。
「記号化し、紙の上に示せ、マップ!」
「地面を図となせ、マップ!」
「大地の精霊よ、我が呼びかけに応えて、この土地を教え給え、マッパー!」
全部、不発。
すでに百を超える呪文を唱えている。
「ニー」
クロはそこでじっと俺の試行錯誤を見ている。
良いところ、見せてやりたいんだけどねえ。
「意外に難しいや」
「ニー」
頷くクロ。
さて、どうしたものか。
いや、今は呪文の開発が最優先で間違いない。
今日一日、無駄で終わったら、明日からどうするか、もう一度考えよう。
「我が地図となりて道を示せ、マッパー!」
道というキーワードはほとんど試していなかったので、ここを重点的に攻めてみようと思い、唱えた。
すると、唐突に、半透明のウインドウが右上に出てきて、この洞窟の真上から見下ろした断面の図形、
つまり平面図が現れた。
「ふおっ!」
「ニッ?」
確認するまでも無い。すでにこの洞窟の造りは把握している。
「やった! クロ、マッピングの魔法、覚えたよ!」
「ニー!」
抱き上げて喜ぶ。クロも嬉しそうだ。
さて、まだ俺の右上五十センチ先に浮かんでいるマップウインドウだが、枠はシンプルなデザインの白いフレームだ。
しかもいかにもコンピューターゲームですと言った趣。
これはどういうことなのだろうか?
少し考える必要がありそうだ。
この世界を把握するためにも。
仮説を立ててみる。
一、この世界が実は、仮想世界の大規模多人数型オンラインゲームである。
ログアウトできねーってヤツね。
それはそれで普通だと思うのだが、これはあり得ない気がする。
奴隷とか、もうね、プレイしてて全然、楽しくないから。
ご褒美で喜べる人もいるかもしれないけれど、普通、黒いレザーの女王様でしょう。
それに、俺のいた元世界の技術はそこまで進んでいなかった。
二、俺の意識がコンピューターゲーム仕様である。
それを反映したレイアウトってことだな。
あり得る。非常にあり得る。
三、この魔法を定義した発明者がコンピューターゲーム脳だった。
これは、ちょっと疑問だ。
地図の魔法は、便利だけに、すでに誰かが発明しているはずで、
むしろ、ルザリック先生の魔術入門に記されていない事の方が不思議だ。
あるいは、敵国に地図を知られると戦で問題があるからとか、そういう大人の事情で、省略されているのかも知れないが。
いずれにしろ、マッパーの呪文が存在していることは間違いないと思う。
俺がたった一日で発見したのだから、古代の魔術研究者が何百年もかけて作れなかったなんてことは無いはずだ。
地図にしても、まだこの世界で目にしたわけでは無いのだが、羊皮紙が存在すれば、地図だって作るだろう。
便利だし、必要だもの。
問題は、その発明者がコンピューターゲームの中毒者であるという仮説だが、うーん、昔に転移してきたゲーマーですか?
可能性がゼロとは言わないが、それならもっと近代的な技術があふれかえっていそうなものだ。
ま、仮説の二で今はいいだろう。
いずれまた、この世界について考えなければならないと思うが、今は情報が少なすぎる。
それに、このマップウインドウを見た事で、俺は最も重要な呪文を思いついていた。
ステータスである。
いや、それ呪文じゃ無いじゃん、と言われるかも知れないが、ステータスウインドウを手動でもオートでも呼び出せない以上、後は魔法に頼るしか無い。
そんな呪文が存在しうるのかという大問題はあるのだが、試してみるくらいは良いだろう。
「よし、次は、ステータスの呪文だ」
「ニー?」
クロが首をひねった。
「自分の状態を知る呪文だ。現時点の魔力の消費量を掴んだりする」
「ニ~」
なるほどと、理解してくれた様子。
「我が状態を示せ、ステータス!」
不発。
まあ、これで一発でステータスウインドウが出てきたら、そりゃ喜ぶけど、出来過ぎだろう。
まず、状態と言っても曖昧すぎるか。
「我が体力を数値化して示せ、ステータス!」
少し、項目を絞って、具体的にしてみた。
すると、今度は左上にHP 27という英数字が小さなウインドウでぱっと出た。
「おおう」
「ニー?」
「俺のヒットポイントだ。見えるか?」
「ニー」
首を横に振るクロ。
「そうか、見えないのか。まあ、他人に見せるもんでもないか。とりあえず、限定的に成功した」
「ニ~」
どうでもいいが、俺のHP、低いな。
レベル1とかだろうしなあ。
さて、体力が表示できるなら、魔力も表示できよう。
「我が魔力を数値化して示せ、ステータス!」
出た。さらに新しいウインドウで、MP 16と表示された。
「成功だ。俺のマジックパワーは現時点で16だ」
「ニー」
十回くらいの呪文が使えるのだから、今日の使用回数三回を差し引いて考えると、一つの初級呪文にマジックパワーは2ポイント程度、使ってしまうのだろう。まあ、いずれ魔力が増えることを考えれば、2ポイントなんて微々たるものだ。
さて、色々工夫ができそうだが。
まずは、HPとMPは常時表示にしておきたい。
自分の体力はいちいちステータスウインドウを見なくたってある程度は分かるが、魔力の方はまだ感覚が掴み切れていない。
「我が体力と魔力を数値化して示せ、ステータス!」
一つのウインドウにまとめることが出来た。
「我が体力と魔力を数値化して一日ほど示せ、ステータス!」
MPが3ポイント減って11になった。
常時表示は余計に1ポイント取られるらしい。
通常の初級魔法なら、今日はあと残り五回か。
無駄遣いは避けたいが…いや、鍛錬の一環と割り切って、色々試す方が良い。
「我が体力と魔力の限界を数値化して示せ、ステータス!」
不発。
くそ、調子良かったのに。
最大HPと最大MPを見たいのだが、呪文としてはどう表現すべきか。
「我が体力と魔力の上限を数値化して示せ、ステータス!」
HP 27
MP 22
成功した。
「我が体力と魔力の現在値と上限を、数値化してそれぞれ示せ、ステータス!」
HP 27/ 27
MP 7/ 22
成功したが、呪文の様式美から、だんだん外れて来たのが残念だ。
これで、レベルや装備や筋力を延々と並べ立てて唱えるのは、凄く面倒臭い…。
少し考えよう。
「我が能力を分かりやすく数値化して示せ、ステータス!」
不発。
いや、分かりやすくって単語、理解できるでしょ?
融通が利かないなあ。
何が不満なの? ねえ、何が?
「我が能力を様式に従って示せ、ステータス!」
むっ!
不発するだろうと思って唱えたが、大きなウインドウにずらずらっと数値が出てきてしまった。
[1ページ目]
【 名前 】 ユーイチ
【 Lv 】 7
【 クラス 】 盗賊
【 ランク 】 下っ端
HP 27 / 27
MP 5 / 22
SP 3 / 8
【状態】 正常
【所持金】 0ゴールド
【 Exp 】 271
【Next】 118
[2ページ目]
【基礎能力値】
筋力 3
俊敏 4
耐久 3
知力 10
精神 8
魔力 11
器用 7
魔抗 10
運 3
容姿 5
魅力 7
勇気 2
[3ページ目]
【総合能力値】
物理攻撃 12
物理防御 16
物理命中 11
物理速度 15
魔法攻撃 43
魔法抵抗 37
詠唱速度 57
器用さ 34
格好良さ 21
交渉力 55
重量 49
[4ページ目]
【装備】 麻の服、麻のステテコ、革の靴、風呂敷、小袋
【魔法】
ライト、ファイア、ウォーター、ウインド、アース、バリア、ディスペル、ディテクト、マッパー、ステータス
【優秀スキル】
熟練度成長速度56倍、猫の実集め(42個 / 一日)、サロン草集め(72枚 / 一日)、魔法発明(D+)
【アイテム】
サロン草(10)、アロエ草(10)、毒消し草(10)、干した猫の実、縄、麻の下着、革鎧、火打ち石、水筒
「盗賊の下っ端って…」
あれれぇ? おっかしいな。俺は盗賊になった覚えは無いよ?
盗んでも無いじゃん。
…革鎧と水筒と火打ち石がちょっち怪しいかなー。
あれって支給品だものね。
そのまま持って逃げてきたしなあ。
ま、まあ、それは後で考えよう。
ページはウインドウが重なっていることが見て分かり、意識を集中させるだけで切り替えられる。
触らずに切り替えが可能って、なんか良いな。
うっ、高速で連続切り替えをやってたら、なんか酔った。気を付けよう。
一ページ目に戻す。
レベルが1ではないが…ああ、そう言えば、戦場で黒い革鎧の兵士をトムと一緒に倒したか。
倒した数は少なかったが、向こうの方がレベルが上で間違いないだろうし、経験値はそれなりに入ったようだ。
とは言え、俺のレベルはまだ、かなりの低レベル、だと思う。
数も多い盗賊団との戦闘は避けたい。軽く死ねる。
二ページ目、基礎能力値は俺の感覚とだいたい合っている。
十段階表示っぽいのだが、魔力が11と言うことは、違うのだろうか?
運の数値が低いのが地味にショックだ。
肉弾戦もやらない方が良さそうだな…。
HPもレベルの割に低めの気がするし。
精神という項目が何を示しているのか今ひとつ掴めないが、オンラインヘルプも出てこない。
一ページ目のSPもちょっと意味が掴めてないんだよな。技ポイントだろうと思うんだけど。
今時、ポップアップくらいはするだろうに…仕方ない。
三ページ目、総合能力値は「格好良さ」が大きなお世話だが、イベントに影響するのだろうか?
リアルだとしそうだなあ。
イケメンと言うだけで依頼が増えそうだ。チッ!
そして一番重要な四ページ目。
この表示からも分かるように、俺の熟練度は順調に上がっているし、さらに上がるだろう。
「熟練度成長速度 56倍」に至っては、それはもうバグではないのか?と言う気もするのだが、ゲームバランスなんて関係ない。俺は一刻も早く元の世界に帰って、シャワーを浴びて、柔らかいパジャマを着て、暖かい布団に入りたいだけだ。
中途半端な倍数だし、これもスキル扱いだから、熟練度が設定されているのだろう。57倍、58倍と成長する気がする。
だから鬼のように鍛えまくってやる!
魔法発明の括弧書きは、ランクDプラスと言うことだろうか?
ステータス魔法の発明、いや、マッパーも含めて自力で覚えたことが評価されたか。
残り二回分の魔力は、バリアの呪文で消費して、今日の鍛錬を終える。




