第八話 憔悴
2016/11/29 若干修正。
ミッドランド南部のエンボス男爵領。エルファンテ城の食堂では、諸侯が疲れ切った表情で集まっていた。
俺達ロフォール騎士団とコモーノ伯爵の騎士団は優勢に事が運んだが、他の騎士団はかなり消耗させられてしまったようだ。
他の騎士団にも聖職者は従軍していたのだが、治療で他に手が回らず、またターンアンデッドの威力も低く、苦戦した様子。
ゴーレムがいるかいないかでも違うしな。
「ええい、あの死人共は、斬っても斬っても切りが無い。レオナルド、何か手はないのか」
アーロン大将軍が忌々しげに副官に問う。
「は、不死者には炎や聖属性の魔法を用いるのが上策と存じますが、先日の雨で火の付きも悪く、また敵の数が多すぎ、こちらの聖職者では対応しきれません。ユーイチがゴーレムを用いていますが、それも扱える魔術士が限られております。全ての部隊に配置するのは難しいかと」
カーティス副将軍が述べたが、魔法使いが足りないか……。
「ぬう。要するに、手が無いと言うわけだな?」
「残念ながら」
「ふうー」
怒り出すかと思ったが、アーロンはため息を深くついただけだった。
「アーロン卿、ここは無闇に迎撃せず、この城に籠城し、敵を迎え撃ってはいかがか」
ライオネル侯爵が提案する。悪くない案だよね。負傷兵は減らせると思う。
「おお、それがよろしいではありませんか。私も賛成です!」
コモーノ伯爵がその案に飛びついたが、コイツは敵と戦いたくないだけの気がする。
「しかし、糧食には限りがございますぞ。それに、敵が他の街を襲ったらどうされるおつもりか」
この城の主、エンボス男爵にとっては、籠城は面白くないことだろう。
「敵の糧食を焼き払ってしまえば……ううん、死人だから飲まず食わずでも構わないのか?」
ルークが提案しかけて、自分で疑問符を付ける。そうだよなあ。あいつら、食べなくても良さそうだし。
どういう原理で死人が動いているのか、そこが気になるが、今は撃退の事を考えないと。
ティーナが「何か無いの?」と言う顔で俺を見るが、肩をすくめるしかない。
向かい合ったテーブルに重い沈黙が降りる。
まずいね、会議で一番良くないのが沈黙だ。私語や喧騒も良くは無いが意思疎通が図れるだけマシだ。アイディアが何も出ず、意思決定も意思疎通も進まないのでは、時間を浪費するだけ。
よし、ここは一つ、俺がウェットなエロ話で場を盛り上げるか。
『止めておくのじゃ。こういう場で外すと、かなり痛いぞ?』
リーファが念話で忠告してきたが、そうだな、無理に盛り上げようとして外すと痛々しいことになりそうだ。
空気の読める魔剣のようで、リーファはこう言う場では静かにしてくれている。
「敵将がいるはずですわ。おそらく死霊使いの」
静まった中、アンジェが思いついたようで、そう指摘する。
「おお、敵将を討ち取れば、数など恐れるに足らず、一気に決着が付くやもしれんな」
アーロンも頷いて身を乗り出す。
「左様、ここは将を狙っていくのが良いかも知れません。ただ、どうやって敵将を見つけ出すか、ですが…」
カーティスが賛同しつつも課題を挙げるが。
「うぉっほん、それは私が、探知の呪文で探し出せるかと」
わざとらしく咳払いして、俺が切り出す。
「おお、ユーイチ、では任せるぞ! 上手く行ったらワシの孫娘と結婚させてやろう、ガハハ!」
アーロンが余計な報酬を付けてくれる。
「いや、それは…結構ですから」
「遠慮するな!」
遠慮じゃ無いのよ、遠慮じゃ無いのよ。
親戚になっちゃったら……それにアーロンにそっくりの孫娘だったらと思うと、ひい!
「お、お待ちを閣下、侯爵家、しかも名門のアーロン家ともあろう御方が、奴隷上がりの騎士などに嫁ぐなど」
コモーノ伯爵が慌てて止めに入るが、このやりとり、昨日もやったしなぁ。
「構わぬ!」
アーロンも今回はいちいち理由を挙げずに、それだけ。
「閣下、褒美については事が成ってからでよろしいでしょう。まだ成功するかどうかも分からぬ話でございますからな」
カーティスがその場を収めてくれた。ふう。
……わざと失敗しようかね?
翌日、ロフォール騎士団と、ルークの騎士団が出撃することとなった。
「じゃ、僕が囮になって敵の主力を引きつけるから、その間に頼むよ」
さらりと危ない役を引き受けてくれるお兄様が格好いいわー。
「ええ、任せて。うちの魔法チームなら、すぐに見つけられると思うから」
ティーナも自信を持って頷く。
「では、参りましょうぞ」
リックスが言い、俺達は頷いて、移動を開始する。
俺とクロとミオとエリカの魔法チームは分散して、それぞれ部隊ごとに手分けして探す作戦だ。
俺の部隊はティーナが付く。
「来たわよ!」
さっそく、敵兵がどこからともなく現れ、集まり始めた。
ゴーレムと兵士達で相手をしてもらい、その間に俺は探知の呪文。
この呪文、事あるごとに使っているし、スキルレベルも上がりが良い。
対象や条件にもよるが、今なら三キロ程度は余裕だぜ。
ズバリ、条件はこちらに敵意を燃やす者。これで。
侵略してきた敵の大将だもの、ミッドランドをやっつけようと意気揚々だろうからな。
「むおっ!?」
「どうしたの? ユーイチ」
ティーナが聞いてくるが。
「いや、むう」
赤い点がいくつも出てきたが、エルファンテ城の中のポイントは、何かの間違いだろう。
ああ、コモーノ伯爵が俺の結婚話にいちゃもん付けてたし、きっとアイツだろうな。無駄に嫉妬心を抱かれるのも、なんだかなぁ。
城の中の二つ目は、エンボス男爵か。援軍に来てやってるのに、やれやれだ。
三つ目の赤い点は城の外を西へと移動中だが、これは、エリカか?
………。
ま、俺より活躍してやると言うライバル心なら良いんだけどね。
今度、彼女の肖像画と、髪飾りでもプレゼントしておこう。
「先へ行こう」
「ええ」
敵兵とはまともに戦わずに切り抜けて、次の場所を呪文で探索する。
「次だ」
「ええ」
次の場所も空振り。
「次」
「分かった」
そろそろいい加減、当たるだろ。
そう思ったのだが。
「おかしいな?」
他の魔術士から見つかったという伝令も入っていない。
「どうして反応しないのかしらね?」
「うーん、敵将が元からいない、なんてこともないだろうし。条件付けがまずいのか?」
敵意を燃やさない敵将って、あり得るのかな?
まあ、職務に忠実に、上の命令だけを淡々とこなすタイプならあり得るかも。
「じゃ、そうだなぁ……お、魔力レベルが高い者、で!」
死霊使いなら相当なレベルだろうし、魔法使いで間違いないだろうからな。
すぐに強く光る赤い点がマップウインドウに現れた。
「ビンゴ! 南東、二キロの方角!」
「すぐに伝令を回して。行くわよ!」
「はっ!」
ティーナが兵に命じて他の部隊に報せを出し、本隊の俺達も向かう。
「敵兵が増えてきたな。どうやら、当たりっぽいが。ティーナ、速度を落とせ。無理しない方が良い」
急ぎすぎている感じがしたので、俺が言う。
「でも!」
「ルークの騎兵部隊なら、敵から逃げるのは簡単だ。そう簡単にやられる人でも無いだろ?」
「…ええ、そうね。分かった」
他の部隊と合流しつつ移動すると、半壊した、朽ちた砦が見えた。
「あそこか」
「じゃ、私が見てくるわ」
「気を付けろよ、リサ」
「ええ。分かってるっての」
リサが馬から下りて身をかがめて砦に走って行く。
砦の壁の側まで移動した彼女は、そっと中を覗き込み、指を二本立てて、くいくいっと動かす。
中に敵将がいて、チャンスだから俺達に来いという合図だ。
「行くわよ!」
「包囲しろ」
ここで逃がしてはもったいないので、俺が指示して部隊を散開させ、砦を囲い込む。かなり小規模な砦なので、充分に包囲可能だ。
「いたわ!」
「む、黒ローブか……」
またしても黒ローブ。その男が、半壊した壁の部屋のテーブルで何やらフラスコを振っているのがここからでも見えた。
何かの実験中?
「トレイダーの将と見た! 私はミッドランドの将、ロフォール子爵! いざ、尋常に勝負!」
って、なんでティーナはそこで一騎打ちを所望しちゃうかな?!
これだけ兵が揃ってるんだから、有無を言わさずタコ殴りで良いでしょ。
「んん? おお、これはこれは、そう言えば、私は戦でここに来ていたのですね。実験に夢中になって、すっかり忘れておりました。ほっほっ」
フードをかぶった男の顔も表情も見えないが、声はしわがれていて、指が骨張っているから老人だろう。髑髏やヘビが彫り込まれた指輪をいくつもしている。
「戯れ言を! あっ、ダメよ、リサ」
ティーナが止めるが、リサはボウガンで先手を打って攻撃した。ナイス。
戦場の中、隙を見せる奴の方が悪い。
だが、ボウガンの矢は、直前で風に煽られて方向を変え、外れてフラスコを割った。
「やれやれ、私の壮大な実験の邪魔をするとは、いつの世の愚か者も困ったものです。よろしい、私を見つけたご褒美として、少し相手をしてあげましょうか。いかにも、私はトレイダー帝国の将、ブラッド=フォン=ドレイク伯爵。エンボス領侵攻部隊二千を率いております」
ローブの男が立ち上がって告げる。
「二千? そんなはずは無いわ。少なくとも一万はいたはず。他に大将がいるの?」
ティーナが疑問に思って聞き返すが。
「いいえ、帝都を出発したときには、間違いなく二千でしたよ。フフ。まあ、途中で墓場に立ち寄る度に徴兵を行って、少々、増やしましたがね。この辺りは国境に近いせいか墓も多いですし死体には苦労しませんから。死体ならば、どこの国の兵士でも良いですし、フフフ」
「むっ、じゃ、じゃあ、あれはミッドランドの兵士だったというの? 死者を冒涜するなんてッ!」
「おやおや、兵は将の命令に従い敵を討つ者、そこに善悪など有りますまい。フフフ、大丈夫、彼らは思考や感情など持ち合わせてはいませんし、誰と戦っているかも分かりませんよ。ほっほっ」
「そうだとしても!」
「ええ、ええ、何やらあなたの癪に障ったようで、そこは申し訳ありませんでしたね。謝れと言うならいくらでも謝罪しましょう」
「むっ、そんなうわべだけの言葉で…」
「ではどうしろと? 生憎、この首をくれてやるのはまだ惜しいので、それは許してもらえませんかねぇ? 私は忙しい身ですし研究以外に興味は無いのです。代わりに金ならいくらでもお渡ししますよ。おお、そうそう、この戦はあなたの勝ちで結構。私は降伏するので、名誉や手柄は好きになさい」
「はぁ?」
わー、なんか、凄い指揮官だな。もう戦争とか、全然興味なさそうなのに、なぜか任命されちゃったみたいな。
死霊使いの研究内容も凄く気になるし、質問したいところではあるのだが。
「じゃ、ティーナ、選択肢。一、無抵抗の者と戦うつもりは無い。二、ふざけるなッ!」
「ユーイチ、こんな時につまらない冗談は止めて」
「お、おう」
そうね、ちょっとまずったね。ティーナはあのゲームは知らないだろうし。不謹慎だったか。
「構わぬだろう。ティーナ、お前がやらぬと言うなら、私がやるぞ?」
レーネが大剣を構え直して言う。
「いえ、領主として将として、見過ごせる者ではないわ。神殿に赴き、洗いざらい罪を告白し、身を清めてもらいます。そうすれば命ばかりは助けましょう」
「ふう、お話になりません。それではそちらの国王が私の首を刎ねよと命じた場合に、あなたの口約束など簡単に反故にされることになるはずですが」
「それは……私から陛下にはお願い申し上げるとして……」
ティーナも、そこは自信が持てないか、言い淀む。
「それにね、いちいち神殿に連行され、拘束されるなど、時間の無駄なのですよ。そこの死体を私と言うことにして首を刎ね、こちらもそれで退却しますから、どうですか? あなたは勝利を、私は時間を。無駄な争いを避け、それが互いに最も利益のある取引だと思いませんか?」
「ふざけないで」
「では、交渉は決裂ですねぇ。フフフ、では、あなた方に良い物を見せてあげましょう。私の研究結果の一つですが、ここはかつて、とある魔物を封じた場所なのですよ。他国だけに調べるのに苦労しましたがね。エンボスとは超古代語ではキュクロプスという発音になり、一つ目の大いなる者を意味します。エルファンテは見張る者。ああ、人の話は最後まで聞くものですよ。仕方がありませんねえ」
すでにティーナやレーネやリム、それに兵士達が砦の中に突入している。
ティーナを先頭に階段を駆け上がって行く。
「キュクロプスじゃと? はて、どこかで……」
リーファが聞き覚えが有る様子だが。
「フフフ、では、直々に私がお相手して差し上げましょう。絶望よ、怨嗟よ、慟哭よ、悪夢を呼び起こさん! ナイトメア!」
「むっ!」
「うわああ!」
「ニャー!」
ティーナやレーネはレジストしたが、むう、リムと兵士達が悪夢の呪文でやられてしまった。
「落ち着け! 精神系の混乱呪文だ。同士討ちを避けて、攻撃するな!」
俺がすぐに言うが、もう恐怖で聞こえない状態らしく、お互い、斬り合いを始めてしまう。
「ほっほっ、恐怖とは最も根源の感情、理性など容易く飛び越えるのですよ」
くそっ。
「みんなを元に戻しなさい! せいっ! きゃっ!」
ティーナが駆け込んで、鋭い突きを放とうとしたが、突風に煽られ階段から落ちる。
「ティーナッ!」
ひやっとしたが、彼女は空中で一回転して綺麗に着地した。お見事。
「面白い術を使うが、私の力なら、ぬうっ?」
レーネが力任せに大剣を振るったが、今度はドレイク伯爵の方が風に飛ばされ、大きな蝙蝠に化けた。
えっ! 何それ、そんな術があるの?
カッコイイ!
いや、感心してる場合じゃないな。
俺がアイスアロー、エリカが電撃を使ったが、どちらも上手く避けられてほんのちょっとかすっただけ。
魔法抵抗もレベルも高いようで、ドレイク伯爵は笑っている。
「なかなかの魔術ですが、それでは私は倒せませんねえ、ほっほっ」
「くそっ、降りてこい!」
レーネが上を見て叫ぶが、蝙蝠と化したドレイク伯爵はやはり笑うだけだ。
「ほっほっ、では皆さん、機会があればまたお目に掛かりましょう」
リサやミネア、兵士も矢を飛ばすが、その度に突風が吹いてドレイクには当たらない。
風バリアも結構良いなぁ。
さらに追いかけようとしたが、モクモクと煙に包まれ、むう、探知でも反応が消えた。
「ちっ、逃がしたか!」
レーネが舌打ちしながら剣を鞘に収める。
「皆さん、落ち着いて下さい。陣を払い、流れを戻さん。打ち破れ、ディスペル!」
クロが解除の呪文を唱えて、悪夢の呪文にかかった者達を回復させる。
「ニャニャ? 味方?」
「そうだぞ。ったく」
俺が薬草を渡して回り、酷い怪我の方はクレアが魔法で治療する。幸い、死人は出なかった。出ていたら、殺した方は思い悩んで士気が下がるところだ。
「なあ、さっき、一つ目の大いなる者がどうたら言うて…」
落ち着いたところでミネアが言うが。そう言えば―――。
「な、なんだ? この地響きは」
「地震?!」
ゴゴゴゴゴ…と、次第に揺れが大きくなってくるが、うえ、これは地震とは違う気がする。
「ハッ! いかん! ユーイチ、コレはサイクロプスじゃ! さっさと逃げぬと」
などと、コレの正体を知っているリーファが警告してきた。
「撤収!」
そう指示を出した俺もサイクロプスは知ってるのだが、この世界の巨人はどの程度の大きさなのか?
三メートル程度であれば、腕力はかなりの物だろうが、俺達でも余裕で倒せるはず。
だが、数十メートル以上となると、歯が立つ感じがしない。
砦が崩れ始め、地面が大きく盛り上がり始め、混乱の中、ついにその巨人が地上に姿を現した。




