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異世界の闇軍師  作者: まさな
第十三章 黒き帝国

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第五話 一千 vs 二万

2016/11/29 数行ほど追加。

 トレイダー軍を全滅させる策はあるが、少し下ごしらえが必要だ。

 この策は一度しか使えないから、成功率を高めないと。


 ロフォールの騎兵隊は、トレイダー軍を川側からおびき出そうと、ギリギリまで近づいて炎の呪文を浴びせた。


 だが、敵も騎兵隊で迎撃してくるものの、こちらが森に逃げ込むと深追いしてこず、膠着状態だ。

 火計は完全に警戒されてるなぁ。


 さらに、悪い報せが飛び込んできた。


「申し上げます! エンボス領でトレイダー別働隊と交戦していたライオネル騎士団とエクセルロット騎士団が共に敗走!」


「な、何ですって!?」


 ティーナが兵から報告を受けて驚く。

 こりゃ向こうも苦戦してるみたいだな。侯爵クラスの騎士団が二つもいながら負けるとは、相手が悪かったのか、こちらの騎士隊長の指揮が悪かったのか。

 アーサーとアンジェが指揮してたんだろうか? アーサーは親衛隊の所属で王都にいるはずだったから、違うか。

 あの金髪ドリルのお嬢様は内政や外交では役立ちそうだが、戦場は似合わない感じだ。

 ま、今は他人の心配をしてる場合じゃ無いな。

 これで是が非でもこちらの勝利が必要になってきた。


「アーロン大将軍より、エンボス領の北、エルファンテ城に向かうよう、全軍に指示が出ています」


「むぅ…、ここを諦めるというの?」


 ヴァルディス領より、エンボス領の方が今は重要と判断されたらしい。

 あるいは、一度味方の騎士団を集合させて、敵の各個撃破を狙ったか。

 戦略としては充分にあり得る話だ。


 が、うちのお館様は納得行かないだろう。

 

 ディープシュガー侯爵の援軍は当てには出来ない。ラインシュバルトの派閥がここにいることを知っているだろうから、わざと援軍を遅らせてる可能性もあるんだよな。

 後できっちり、追及してやるぞ、悪代官め。


 いっそのことトリスタンに援軍を頼んでみるかな?

 だが、対モンスターで大筋合意しているものの、署名はまだだろうし、一足飛びに対トレイダー戦で軍を派遣してもらえる可能性は低い。

 俺達が外交に行った時に、国王と謁見させてもらえなかったくらいだものね。

 トリスタンの得られる利益が少ないからなぁ。

 それに、今は移動手段が馬しか無い。援軍を呼ぶにしても時間が掛かりそうだ。


 色々考えてから俺は言う。


「いや、ティーナ、ここは足掻(あが)いておこう。アーロン閣下も、勝利さえすれば少々の遅刻は咎めないと思うぞ」


「そうね」


 ティーナも簡単に頷く。


 ロフォールの兵力は一千。リックスが百の別働隊を連れて北に向かったので、今は騎兵を含めてもこれだけだ。

 対するトレイダー軍は二万。


 二十倍の戦力差である。


 日本の中世、戦国時代において最も有名な戦の一つ、『桶狭間の戦い』では、織田軍二千に対し今川軍は二万五千と言われている。

 兵力の数字は三万など諸説有るが、だいたい十倍から二十倍の間だろう。

 他に日本三大奇襲とされる『厳島の戦い』では、毛利軍四千に対し陶晴賢軍二万、『河越城の戦い』では北条軍一万に対し上杉・足利連合軍八万。

 こちらは十倍に満たない。


 しかも桶狭間と厳島では豪雨の助けが有った。

 空を見るが、今日は快晴である。季節は春だが、少し暑いくらいだ。

 雨は全く降る気配も無い。



 俺はこの天の恵みにニヤニヤせざるを得ない。


「ニャ、ユーイチが空を見て笑ってるニャ。気持ち悪いニャ」


 そこは味方の参謀が自信を持ってるんだから、むしろ安心して欲しいんだけどね、リム。

 まあ、コイツは致命的に口が軽いから、今回の作戦も肝心なところは伝えていない。


「ユーイチ、まだ仕掛けないのね?」


 ティーナが確認してくる。


「ああ。敵が動くまで待つぞ」


「分かったわ」


 いずれ食糧の確保のためにトレイダー軍は数日のうちに必ず動く。動かざるを得ないのだ。

 川魚を釣るにしても、二万の兵士の腹を膨らませようとしたら、すぐに取り尽くしてしまうからな。


 せめて三日は猶予が欲しいところだが…。


 こちらは猫の実やパンキノコで腹を満たし、そのまま離れて対峙を続ける。



 三日目の朝。


「ユーイチ、起きて。トレイダー軍が野営を片付けてるわ」


 ティーナが俺を起こす。


「ふあ…ふう、じゃ、連中も動き出すな。作戦の開始だ。すぐにリックスに早馬を」


「ええ。もう出したわ」


 ロフォール部隊はすぐに行動を開始し、トレイダー軍の北、川の上流へと急ぎ、西から東へ渡河を敢行する。

 川の水深は膝までしか無いので余裕だ。

 俺とクロが石壁(ストーンウォール)の呪文を使って、歩きにくい河原の石を平らにし、あっと言う間にロフォール部隊は渡河を完了した。


 これでトレイダー軍が逆に西に向かってしまうと、作戦失敗なのだが、俺の予想通り、トレイダー軍は東へと動き出した。

 糧食部隊を失っているトレイダー軍は、これ以上の侵攻を諦め、一度自国に補給に戻るのだ。

 一路、東へ。


「では、これより我が部隊は攻撃を仕掛けます! トレイダー軍を一人たりとも渡河させないように!」


 ティーナがレイピアを掲げて命令する。


「「「 応ッ! 」」」


 野太い声が応じ、いよいよ、決戦だ。


 まず、ロフォールの弓兵が前に出て、渡河しようとしているトレイダー軍に矢を射かけた。


「そんな寡兵で、この大軍が止められるとでも思ったか!」


 甲冑を着込んだトレイダーの騎兵は、矢を物ともせずに突っ込んでくる。

 このままでは簡単に渡られてしまうので、石壁(ストーンウォール)土壁(アースウォール)をこっそりと。


「ぬっ!?」

「おわっ!?」


 急に川底が深くなり、先頭を切って駆けていた騎兵が川に沈み込む。鉄や鋼の西洋甲冑(フルプレート)となると、その重量は三十キロを超える。

 可動部も制限されるので、馬にも鎧を着せていた分、沈んだトレイダー騎兵は、もがこうとも水面にすら出てこられない。


 全員を沈めてしまうと警戒されてしまうので、ところどころにして何人かの騎兵にはわざとこちらへ渡らせる。


「せいっ!」


「ぐあっ!」


 その渡りきった騎兵には、あろう事かうちのお館様が最前列でお相手してるし。まあ、ロフォールの部隊で最強レベルだから、戦術的には間違ってないんだけど、やられないか心配だわー。


「左、敵が散開してるわよ!」


 リサが敵の動きを逐一報告し、こちらも敵に合わせて上流と下流の間を移動する。

 ロフォールの部隊は、川の中には入らない。

 足場が悪いと地形効果で思うように攻撃力が上がらないのは、ゲームもリアルも一緒だ。

 もちろん、こちら側の河原はストーンウォールで平らにして整地している。


 だが、それでも、敵は二万である。

 横に広がってくると、こちらの一千の兵では、どうやっても回り込まれてしまう。


「唸れ風よ、炎の魔神イフリートの名をもって灰燼(かいじん)と化せ、ファイアストーム!」


「ぎゃあっ!」


「くそ、逃げろ、魔法使いだ!」


 俺とクロが上流と下流の端にそれぞれ移動して、そちらにトレイダー兵を行かせないよう、呪文で威嚇する。

 だが、くそ、さらにその外側を回り込んで来ているな。


「気を付けろ、下流は深いぞ!」


「上流も深い場所があるぞ!」


 拡声器(スピーカー)の呪文で敵の後方から声を飛ばしトレイダー兵を惑わせておく。


「構わん! 散開しろ! 命令だ。奴隷兵を前に出せ!」


 敵の指揮官も横列に広がれば、回り込めると気づいてしまったようで、こりゃまずい。


 そこでゴーレム部隊の登場ですよ。


「GAHAAA!」


「おわっ!? なんだこいつらは!」


 足が致命的に遅いので、ここまで移動させるのに時間が掛かってしまったが、壁としては最適な兵器。


 ゴーレムを前に並べ、その隙間を兵士で補い、後ろからは矢を射かける。


 トレイダー軍も兵数は圧倒的に有利だから、士気は高い。

 当然、力押ししてこようと頑張っている。


 さあ、そろそろだ。


 ゴーレムの別働隊がトレイダー軍の背後を取り、川の左右から挟み撃ちの形にする。

 これでトレイダーはすぐには動けないはず。


 そう思ったが。

 

「あっ! ゴーレムが」


 ティーナが見た方向―――。


 そちらでボゴッと、ゴーレムの腕が派手に砕け散った。ええ?


「この程度の敵を恐れてどうする! 貴様ら、それでもトレイダーの兵士か!」


 む、あれは、ふさふさのファー付き黒マントの剣豪将軍、ザッハルト伯爵……。まだ生きてたか。

 彼一人で戦況が変えられるとは思えないが、ゴーレムを破壊されて突破されると面倒。


 俺は決心して叫ぶ。


「ティーナ! レーネ! アイツを止めるぞ!」


「「 分かった! 」」


「リーファ、お前も出番だぞ」


「カカッ、そう来なくてはの。我が真の力、見せてくれようぞ」


 あんまり見せてくれなくても良いんだが、ザッハルトは強いからな。手加減無しで行こう。

 俺は腰にぶら下げたままだった魔剣を鞘から抜き、走った。前へ。


 まず俺が二重の物理バリアを掛け直し、コンセントレーターなども唱えて、支援魔法を万全の状態にする。リーファが本気モードになった時点で支援魔法はかき消されちゃうと思うが、それまでは役に立つし、俺以外のパーティーメンバーにはそのまま有効だ。

 その間にティーナとレーネがザッハルトに左右から斬りかかり、奴の動きを止めた。

 ―――ように見えたのだが。


「きゃっ!」


「ティーナッ!」


 腕力では向こうが上のようで、ティーナの剣が押され気味だ。


「大丈夫!」


 だが、すぐに体勢を整え、スピードではティーナが上か。


「よし、行け、ユーイチ!」


 レーネがタイミングを教えてくれたので、迷わず魔剣を振りかぶって突っ込む。ブゥウウンと、リーファが力を発した。


「そんなふざけた構えの小物にこのオレがやられるはずが―――なにっ!?」


 漆黒の刃を真正面から受け止めたザッハルトだが、ズンと、体ごと一段沈む。


「カカッ、よくぞ受け止めた。だが、妾を受け止めきれるかの?」


「な、なんだこのデタラメな力はッ! このオレ様が力で押し負けるだと…!? あり得ぬっ!」


 そりゃ、千年の時を経て覚醒したヤバい魔剣だもの、念力か何かは知らないが、俺がそれほど力を入れていなくとも、じりじりと競り勝っていく。


「く、くそ……おわっ!?」


 ついにザッハルトが力負け。彼は勢い良く後方に吹っ飛んで水の中に派手に倒れ込んだ。


「しょ、将軍!」


「よしっ! 今だ、引くぞ!」


 俺は叫ぶ。


「ええ! 分かった!」


 追い打ちはしない。

 ちょうど、ブオー、ブオーと、法螺貝の音が響き渡ったので、俺もティーナもレーネも、素早くその場から下がる。


 だが、ゴーレム部隊はそのまま敵の足止めだ。


 ゴゴゴゴゴ……と、地響きが聞こえ始めたが、おいおい、これは予想以上の規模かも。


「い、急いで下がれ! 巻き込まれるぞッ!」


 そう叫びつつ、俺も必死で逃げる。


「ええい! それで勝ったつもりか。仕切り直しだ! ん? 何だ、この音は」


 ザッハルトがようやくその音に気づいて上流を見たが。


「水だぁ!」


 荒れ狂う龍のごとく、濁流が水しぶきをほとばしらせながら、迫る。

 その高さは五メートルは優に超えているだろう。幅は数百メートルにも及ぶ。

 ちょっとこれはやり過ぎな気もするが、いったい何をした、ミオ、エリカ。二日ほど()き止めていたとは言え、水量が明らかにおかしいぞ?


「なにぃっ!?」


 トレイダー軍は自分たちが水攻めの計略に嵌められたとは気づかず、なすすべも無くその濁流に飲み込まれた。


 数時間後、水量がようやく落ち着いて元に戻って来たが、トレイダー軍二万は跡形も無く消え去っていた。


「勝ったぞぉー!」


 俺は拳を握りしめながら叫ぶ。 

 作戦成功の達成感と自分の策が綺麗に決まった喜びで、実に気持ちいい高揚感がある。


「「「 おおおおーっ! 」」」


 兵士達も、あれだけの兵力差をひっくり返したことで、感極まっている。

 正直、ここまで上手く行くとは思ってなかったし。

 自分でもちょっと信じられないが。


「やったわね、ユーイチ。うん、ユーイチなら上手くやってくれると思ってた」


 ティーナも満足げな笑顔。パーティーメンバーも家臣もみんな笑顔だ。

 俺達は肩を叩き合って勝利を喜んだ。



 かくして、聖暦 247年 4月 11日、ミッドランドのヴァルディス領を流れるティーブル川における戦いは、ロフォール子爵の騎士団が一千の寡兵をもって二万の敵を倒した話として、大陸中の吟遊詩人がこぞって謳うこととなる。

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