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異世界の闇軍師  作者: まさな
第十三章 黒き帝国

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第三話 焼失

 俺達は退却したものの、追撃してきたトレイダー軍を振り払うのに苦労した。

 敵兵の数が多いから、倒しても倒しても食らいついてくるし。

 敵の騎兵部隊の割合が多いことも影響した。

 馬にも鎧を着せ、兵は鋼の甲冑を装備しているから、トレイダー軍の防御力はかなり高いのだ。


 おかげでロフォールの部隊は本隊とははぐれてしまい、今、俺達は東の森の中にいる。日は暮れていて、今日はここで野営だ。


「欲求不満なのじゃ。その気にさせておいて妾をこうも()らせるとは、お主も酷い男じゃ」


 リーファがあれからいじけてぶつくさ言っている。その気にさせたつもりは無いんだけどね。


「ユーイチ、あなたその魔剣に何かしたの?」


 ティーナが無表情で聞いてくるのでちょっと焦ってしまう。


「い、いやいや、何を言ってるティーナ、相手はタダの剣だぞ? 何をどうしろと。コイツは人を斬らせろと言ってるだけだ」


「ああ…なんだ」


「日頃の行いのせいね、きっと」


 リサが酷いことを言うが、いつ俺がそんな事をしたと。


「お館様」


 リックスがこちらにやってきた。彼は伝令を出したり、隊の被害報告をまとめたりと、忙しそうにしていたので邪魔しないようにしておいた。

 決して、決して、何か手伝わされそうだから気を付けようと思って距離を置いていたわけでは無いのだ。


「何か分かったの?」


「ええ。まずいことになりました。ヴァルディス伯爵は戦死、セコット子爵も行方知れずとなっています」


 リックスが報告したが。


「「 えっ! 」」


 俺もティーナも驚く。むう、あのくりんっとしたヒゲのおっさん、死んじゃったのか。あっけないというか、これが戦場か……。

 セコットの方も、アレは生き残れるタイプじゃ無い気がするなぁ。剣が使えそうにないボンボンって感じだったし。


「アーロン侯爵の本隊はかなり被害を受けたそうですが南に退却し、そちらで召集を掛けています」


「では、すぐに行かないと」


「いえ、もう日が暮れました。今、移動するのは止めた方がよろしいでしょう。兵も疲れています」


「そうね、分かったわ。じゃ、明日一番で南に向かいましょう」


「御意。それから、もう一つ、まずいことに糧食隊が襲われ、荷を全て焼き払われてしまっております。今夜と明日の朝は携帯分で凌げますが、それ以降の糧食をどうするか、考えないといけませんな」


 とは言え、うちの国の領内にいるんだし、どこからか持って来てもらえば良いだろう。ヴァルディス伯爵の城に行けば、少しは備蓄してあるだろうし。


「むぅ、トレイダーにしてやられたわね…」


「は。おい、ユーイチ、どこへ行く」


 リックスが俺を呼び止める。


「ちょっと木の実集め。明日一番で移動でしょ?」


「そうだが、お前も被害報告くらいは聞いて行け」


「了解」


 千百の兵のうち、十三名が死亡。負傷者は二百人くらいいたと思うが、全て俺とクレアが治療した。

 死者は出ているものの、1%未満なら軍隊としての損害は軽微と言ったところだろう。


 前にリックスに教えてもらったが、部隊の四割を失うと、指揮系統も維持出来なくなり『全滅』となる。

 たとえ兵士が生き残っていたとしても、軍隊の機能を失い、ここまで来ると士気が下がって兵も逃亡したりするので、戦力の単位にならないとのこと。

 部隊の再編成が必要だ。

 五割以上を失うとその部隊としての再編成も無理なので『壊滅』と言う。 

 じゃ、全員が死亡するのはなんなのかと俺が聞いてみたら『殲滅』と言うそうだ。


 生き残っていさえすれば再起も可能だろうし、俺は殲滅や玉砕は可能な限り避けていこうと思う。




 翌朝、俺は気持ち良く寝ていたところをエリカに電撃の呪文で乱暴に起こされ、お返しに魔剣リーファの呪いの黒い稲妻を浴びせてやった。


 午前中にはアーロン侯爵の本隊とこの方面隊の全員が無事合流できたが、軍議はお通夜みたいな感じになってしまった。アーロン侯爵もむすっとしていて、まあ、あれだけ被害を受ければ、不機嫌にもなるだろう。俺とクレアで負傷者を治療したが、数が多すぎて全員には手が回らず、薬草を渡すだけになってしまったけれど。


「では、ヴァルディスの城に向かうぞ」


 糧食を補給しないといけないので、トレイダー軍は今は放置して、全軍で北へ向かう。



「あっ! 街が」


 黒煙が上がっていて、ここも襲われてしまったようだ。


「なんて酷いことを…」


 ヴァルディスの城下町は、略奪の限りを尽くされ、城には放火され、使い物にならなくなっていた。

 何も街の人を殺す必要は無かったと思うが、見せしめのためか。それとも、トレイダーには領土拡大の意図は無く、初めからミッドランドの国力を落とそうと戦略的な焦土作戦に出たか。

 いずれにしても気分が悪い。この作戦を考えた奴に対して、ムカムカする。


「ぬう、どうする、レオナルド」


 アーロンも惨状に顔をしかめ、副官カーティスに問う。


「致し方ありません。ここは放棄して、オズワード領まで撤退しましょう」


「仕方ないな。よし、急ぎ全軍、オズワード領へ向かうぞ。そこで補給して、トレイダー軍を追う」


 アーロン大将が決定するが、その間、トレイダー軍はさらなる略奪と放火をやるに違いない。


「お待ちを、大将軍閣下」


「なんだ、ユーイチ」


 苛立っているアーロンがこちらを忌々しげに睨む。だが、今は俺も怯まない。


「は、我らロフォールの騎士団は糧食の備えがあります。ここは単独で敵に陽動を仕掛け、足止め、そこまで行かずとも、敵の行軍は遅らせてやろうかと」


「ふむ。レオナルド?」


「策はいいが、ユーイチよ、糧食は本当に持つのだな?」


「は、三日程度でしょうが、持ちます」


「良かろう。だが、無理はするな。我らが補給して戻って来るのを待てば良い」


 カーティス卿の言う通りにするつもりだ。敵の二十分の一の兵力ではまともには戦えない。


「御意。それとヴァルディス伯爵の部下を一人、こちらに付けて頂きたく」


「良し、付けてやれ。では、頼んだぞ、ロフォール」


 今度はアーロンが即座に決定し、許可してくれた。


「はっ!」


 他の部隊を見送り、城下町の生存者を探し出して手当していく。


「ユーイチ、これ以上の捜索は時間の浪費だ。新しい被害が出る前に、トレイダーを追った方が良い」


 リックスが言うが、その通りだな。


「ティーナ、捜索はここまでだ」


「ふう。分かったわ」


 新しい被害も考えてか、ティーナも今回はすぐに了承。不満そうな顔ではあるけれど。


「それで、兵の食料はどうするつもりなの? ここじゃ調達できないわよ?」


 リサが聞いてくるが。


「大丈夫だ。森で調達する。コイツをね」


 ローブから猫の実を出して見せる。


「なるほどね。でも、そんなに数があるかしら?」


「ある。パンキノコもあるだろうから、充分だ」


 俺は自信を持って言う。昨日、糧食隊を失ったと聞いて少し森を歩き回ってみたが、この辺りの森は木の実やキノコの宝庫と言って良いくらいだ。


「分かったわ。じゃ、私も手伝うから」


「ああ。頼んだ」


 トレイダー軍を追いつつ、途中、森に立ち寄る。

 俺達はそこで必死で猫の実やパンキノコを集めまくった。

 兵士にも手伝わせ、自給自足の軍隊だ。


 戦闘地域や災害地域では食糧確保もままならない事が多いから、自己完結型の組織が求められる。

 世界各地で災害に軍隊が派遣されるのはその機能が第一の理由だ。

 食事もトイレも移動も他人任せのにわか(・・・)ボランティアやマスコミ記者では、かえって現地の人達の迷惑になる。

 受け入れ体制を整え、情報を発信し、各部署の管理・調整を行うのも、本来、行政や軍が担うべき役割ではあるけども。


 俺は隊長クラスにはホワイトキノコも見せて、これは食わないようにと厳命しておく。

 安全を考えれば、パンキノコを集めるのは止めさせるべきなのだが、猫の実だけだと充分な量が集まらないかもしれない。

 そこは数人の兵士が命を落とそうとも、一千の兵が満足に動ける方を選択することにした。


 今は戦時である。

  

 ここでトレイダー軍を少しでも食い止めなければ、数千の死者が出てもおかしくないのだ。



「ほい、サッ、ほい、サッ、あらよっと、ポイポイッと」


 猫の実を拾っては兵士達が持つ袋に入れていく。


「ねえ、あれって…おかしくない?」


 後ろでティーナが言う。


「ええ、どう見てもおかしいけど、ま、普通に食べられるんだから今は良しとしましょう」


 リサがそう応じた。


 いやー、この森は人があまり入っていなかったようで、猫の実が取り放題だ。

 このためだけに開発したカウントの呪文で数えているが、一日五百個の大台を突破し、新記録更新中だ。

 これってこの世界でも前人未踏の新記録じゃね?

 ……いや、ノルド爺さんのキノコの華麗な見つけ方も凄かったし、井の中の蛙大海を知らずとも言うしな。

 世の中、上には上がいるはず、さらなる精進が必要だろう。


「そこの女子二人、眺めてないでさっさとお前らも集めないか」


「はいはい」



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「前方、一キロの地点に、トレイダー軍の野営を発見しました!」


 日が暮れる頃、斥候が戻ってきて朗報をもたらした。


 さあ、お仕置きの時間(タイム)だ。


 まず騎兵だけで敵の野営に突撃。この騎兵部隊の兵と馬には夜目が利くよう野葡萄を配って食べさせてある。

 夜襲だ。


「て、敵襲!」


 油断していたか、見張りを怠っていたか、トレイダー軍はすぐに対応出来ずに浮き足立った。

 俺とクロで貫通の電撃呪文を水平に撃ちまくり、だが、すぐに退却。


「追え、逃がすなッ!」



 さあ、ちゃんと付いて来いよ?


 夜目が利く分、こちらの方が早く動けるが、わざと速度を落として敵を釣り出す。

 森の中に入り、奥深くまで来たところで、初めて全速で逃げる。


 予め積み上げておいたファイアスターターの枝のところまで来ると、呪文で火を付けてやる。


 火計だ。


 下手に使うと自分たちも焼け出されて悲惨なことになるが、こっちには地図もあるし、ここの領主のヴァルディス伯爵の部下が地形を把握しているので問題は無い。地図(マッパー)の呪文と探知(ディテクト)も当然使っている。風向きも大丈夫だ。


「くそっ! 退却だ!」


 トレイダー軍も遅まきながら炎に気づいたが、もう遅い。反対側もこちらの別働隊の兵が火を放っている。


「よし、ここはもういい。先回りするぞ」


「はっ!」


 トレイダー軍の本隊を避けて迂回し、北に回り込む。

 この辺りには平原に小さな森が点在しているので、そこに部隊を分けて身を隠して伏兵とする。


 翌日。


「来ました」


 斥候がトレイダー軍が近づいてきたことを報告するが、まだだ。近くまで引きつけてからだ。

 息を殺して木の後ろで待ち、敵兵の鎧の音が聞こえ始めたところで、俺は呪文を唱える。


「唸れ風よ、炎の魔神イフリートの名をもって灰燼(かいじん)と化せ、ファイアストーム!」


 炎の上位呪文。なるべくここは派手に行かないとな。


「てっ、敵襲!」

「火だ!」


 昨晩は火計で味方が葬られたことをここの敵兵達も知っているはずで、声に狼狽が混じる。


「近づいてきませんね」


 ケインが言う。少し当てが外れたかな。追いかけてくるようなら、また地獄の火計スポットに案内してやったんだが。


「まぁ、あれだけの炎を見ればな。まあいい、次のポイントに移動するぞ」


「はっ!」


 魔法使いがいない他の部隊は矢を射かけたり、森に誘い込んで縄を張って落馬させたり、落とし穴を作ったり。

 とにかく、まともにはぶつからず、ゲリラ戦だ。

 ベトコンはこれで世界最強のアメリカ軍に勝利した。


「ユーイチ様、敵の糧食隊を発見しました!」


「よし!」


 今度はこっちの番だからな。トレイダー軍は敵地(アウェイ)に遠征しているから、糧食を焼いて補給路を断ってしまえば、それで侵略を諦めて帰るだろう。

 俺も攻撃隊に混じり、敵の糧食隊のところへ馬で急ぎ向かったが。


「む。これだけか……。他にはいないのか?」


「は、今のところ、他の糧食隊は見かけておりません」


 荷台を引いた大トカゲ(ロドル)が五十程度。二万の兵を支えるのに、ちょっと少なすぎるだろう。

 攻城兵器も用意していないようだし、あれかな、威力偵察でこちらの出方を見たか。

 いずれにせよ、長期戦は向こうも想定していないのだろう。


 まあいい、とにかく、こいつらは全滅させる。


「攻撃開始!」


 俺は右手を前に振り攻撃隊に命令を出した。


「て、敵だぁ!」


 トレイダーの糧食部隊は、こちらに気づくと震え上がり、すぐに逃げ出す兵もちらほら。まあ、運ぶだけの兵で、戦えないからな。


「さあ、お前らの故郷は向こうだぞ!」


 方向を教えてやり、そちらに追い立てる。

 敵兵の左腕に刻印が見えたが、大半が奴隷らしく、戦意も低いから逃がしてもいいだろう。

 人道上の理由と言うよりは、相手の糧食の減りを早くさせるのが目的だ。

 ここでの勝利条件は敵の糧食を焼き払うこと。


「荷を全て焼き払いました」


「ご苦労」


 もったいないよなあ。

 だが、そっくりそのまま奪い取る訳にも行かない。敵がまた奪い返そうと思いつくかも知れず、こうする他なかった。

 敵の本隊がこの焼け落ちた荷車と袋を発見すれば、もう糧食が無くなったことを嫌でも理解することだろう。


「移動するぞ」


 敵の本隊が来ないうちに、さっさとこの場から立ち去ることにする。

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