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異世界の闇軍師  作者: まさな
第十二章 大国の思惑

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第二十話 無間地獄

タイトル、無限地獄と書きたくなるのですが、辞書ではこちらの漢字が正しいそうです。


2016/11/29 若干修正。

 ロフォールへ帰還したはいいが、鬼上司ティーナから決裁まで手伝うよう命じられ、夜中の一時まで働かされた。

 おかげで翌朝は朝食の時間に起きられず、九時に目が覚めたがまだ眠い。


「もう一眠り……いやっ! 村長としてセルン村に行かねば!」


 ここで眠ったら、また残業をやらされるのは確実なので、俺は素早く支度を調え、屋敷から飛び出す。

 馬に乗ってセルン村にゴー!


「ユーイチ様、お待ちを」


「待たないぞ、ケイン。さっさと付いてこい!」


「はっ!」


 馬でそこそこ飛ばしたので四十分くらいで到着した。


「ふう、しばらく今日からここに寝泊まりするか」


「ユーイチ様、それではお館様に怒られるのでは?」


「ケイン、俺はここの村長に国王陛下から直々に任じられているのだぞ? セルン村の統治を怠るのは即ち反逆! ティーナの兵がやってきたら、そう伝えて追い返すように」


「ううん、よろしいのでしょうか…」


「いいんだ! 領主の仕事は領主がやらないと」


「分かりました。一応の抵抗はしてみます」


 そこは俺の直属として、ティーナの兵を斬るくらい頑張れと言いたくなるが、それをやったらお終いだものね。

 この世界の道理は弁えておかないと。

 

「さて、おお、ネルロ、お前が働いてるとは珍しいな」


 薪を担いでミミの工房へ行こうとしているネルロに皮肉を言ってやる。実際、コイツが薪を担いでるのを見たのは初めてだし。


「ああ、ユーイチか。帰って来たんだな」


 んん? なんかテンション低いな。寝不足かね。


「村の様子はどうだ?」


「どうって……ふう、とにかく忙しいな」


「そうか。もう種蒔きに入ったのか?」


 ちょうど季節は春。ライ麦の種蒔きの時期のはずだ。


「いや、まだだ。じゃ、俺はコレを運ばないと行けないから、後でな」


「ん? おう」


 なんか悪い物でも食ったのかね。ネルロが真面目に働いて、雑談を自分から打ち切るなんて。

 なーんかおかしいけど、まあいいか。真面目に働くのは良いことだ。


「大ババ様、ユーイチです。任務を終え、帰って参りました」


「おお、入るがええ」


 中に入ると大ババ様が縫い物をやっていた。エルはここにはいない。


「村の様子はいかがでしょうか」


「仕事を増やしすぎだね。食い物も充分に配っておらんから、病にかかる者が増えておる」


「ええ? 麦が足りてないんですか?」


 今年は無税なので、村の麦の備蓄量は純粋に倍加している。浮民を受け入れ、人口が三割くらい増えてしまっているが、それでもギリギリ足りる計算だったはず。足りない分は他から仕入れるよう、エルに金も渡していたのだが。


「麦は余っておるわい。新しい代官の方針さね」


「んん? 詳しく教えてもらえますか」


 理解できなかったので話を聞いてみたが、パンは、仕事をやった量が一番多い者だけに二つ与え、残りの村人は一つしか受け取れない決まりだという。

 ううん、アレだね、成果主義ってヤツなんだろうけど、体格も個人差があるんだし、ネルロみたいにデカいのはパン二つじゃないとキツイだろう。

 道理でアイツ、元気が無かったんだな。それはちょっとやり過ぎだ。


 さっそく、俺の工房に行く。パンの焼ける良い匂い。クロがもう作ってくれているようだ。


「あ、ユーイチさん、村の人がお腹を空かせていると聞いたので、焼いたのですが…配っても良いですよね?」


「もちろんだ! バンバン焼いてくれ」


「はいっ!」


 クロが作成したゴーレムも起動しているし、ま、おおっぴらに使わなければいいだろう。ピラミッドはさすがにやり過ぎた。アレは反省が必要だ。


 次に、村の女衆を捕まえ、病人の家に案内してもらう。分析(アナライズ)してみると、栄養失調と鬱病だった。

 鬱病の治し方は知らないんだが、ひとまずきちんと食べさせるのが第一だろう。


 A sound mind in a sound body


 健全なる精神は健全なる身体(しんたい)に宿る


 元々、古代ローマの詩人ユウェナリスは、神に願うならそのくらいにして地位や金までをさもしく求めるのはおよしなさいと言う意味で言ったらしいが、ナチスドイツはこれをスローガンの一つとして強大な軍隊を作り上げた。

 現代社会においては、ムキムキの筋力より頭脳や知識など別の物の方が重要になってくる気がするが、この時代は文字通り体が資本である。


 だいたい、民衆の反乱は食い物不足が原因だろうから、食わせときゃいいんだよ!

 セルン村で一揆は絶対に起こさせない。弾圧するんじゃなくてね、先にパンを行き渡らせるのだ。


 村の女衆にもパンを配るのを手伝わせ、それからエルに事情を聞くことにする。

 彼女は縫い物の指導やら村人の仕事の割り振りを忙しくやっていたようで、せっかくの綺麗な髪の毛がほつれて疲労の色が濃い。


「代官様からお触れがあって、パンの配り方を変えたんです。学校でも、働かざる者食うべからず、と教わったので……」


 まあ、遊んでる奴に食わせるパンなんて無いんだけど、これはやり過ぎだ。


「そうか。それは俺の方から後で代官に言っておく。ティーナが方針を戻すのは確実だから、気にしなくていいぞ、エル」


「はい。私も、少し違う気がしてたんですけど……ユーイチ様が帰ってきてくれて良かったです」


 それで、手紙には早く帰って来てくれとそれだけ書いてたんだな。もう少しエルは教育して、自分の頭で判断できるレベルになってもらいたい。

 てか、地位とか頭が良い悪いじゃなくて、コレは無理だと思ったら、抵抗しないとな。


 気になったので、学校で何を教えているのか、それも確かめに行く。


 ティーナの屋敷に一番近い街、そこに学校が設立されていた。


「建物は立派だな…」


 教室は四つもあり、今は一つしか使っていないようだが、二十人ほどが読み書きの練習が出来るよう、長机も設置されている。だが、そこで子供達がやっているのは、縫い物だった。


 はあぁ…。

 そう言うことか。

 俺としては体験学習や裁縫の技術を学ぶのなら大いに結構、と思っていたのだが、根が商人のタールは、単なる労働力にしか見えなかったようだ。 

 やり手と聞いていたから、上手くやってくれるだろうという思い込みがあったね。


「ニーナ」


「あ、はい」


 ここで教師をやっているという彼女を呼び、事情を聞く。

 やはり、俺の睨んだとおり、読み書きはほとんどやらず、仕事ばかりやらせていたようだ。

 それ学校じゃ無くて工場だから。


「縫い物は全部片付けさせて、読み書きと計算を教えるように。あと、君が知っている道徳的な話を子供達に聞かせてやってくれ」


「分かりました」


 さて、こうしちゃいられない。

 確かにこのやり方なら、税収の七割増も簡単だろう。

 だが、人々の幸せにはほど遠い。


 ティーナの屋敷に乗り込もうと俺が決意したとき、ネルロを見かけた。


「あれ? ネルロ、おい、何してるんだ?」


 コイツ、街は嫌いで行きたがらない奴だったのに。


「何って、見れば分かるだろう。薪を売りに来てるんだ」


「そうか。お前、今、満足してるか?」


「あっ! お、おおお、おう! 俺は将来のために日々頑張ってるぞ!」


 急にハッとした顔で身構え、額に脂汗を流しながら大声を出すネルロは明らかに変だ。

 

「んん? 待て待て、どうしたんだ、いったい。だいたい、日々ってそれ、お前の言葉じゃないだろう。誰に教わった?」


「むむ、くそ、タール様だよ。俺がサボってたら、今さっきみたいに、満足してるかって聞かれてよ」


 タールはネルロに、将来に向かって日々努力する者だけが栄光を掴めると諭したらしい。確かに、それは正しいだろう。

 だが、日々のパンを減らして、朝から晩まで馬車馬のように無理して働いて、いつまで持つことやら。


「俺もいつかは領主になって、高級酒と旨い肉を毎日食って、遊んで暮らすんだ」


 ネルロが上を見て言うが、また大きな目標を掲げたもんだなぁ。金持ちになって高級酒と肉を食って、と言う程度ならネルロにも可能だと思うが、領主はどう考えても無理。


「それ、まさか、タールが言ったのか?」


「ああ。タール様は、稼いだおかげで、領主の養子になったそうじゃねえか。俺ら平民でもやれば出来るんだよ! 俺も今はこんな貧しい暮らしをしてるが、見てろよ…!」


 うーん、どうしたものか。確かに、平民から貴族になろうとしているタールはいずれ領主の地位をもらえるだろう。そう言う大物に触発され憧れて夢や大志を抱くのは、決して悪いことでは無いはずだ。


 だが、現実というものも、教えておいてやらないとな。


 ネルロが年を食っても平民のままで、体を壊したりして後悔して泣くという結末はどうにも後味が悪そうだ。


「お前には無理だ、ネルロ」


「な、何だと! いや、出来るさ!」


「理由がある。タールは元々、商人の子だ。同じ平民でも、子供の頃から商売と読み書きを教わっているタールと、農夫の子でしかないお前は、差がありすぎる。同じ努力をしても向こうには負けるぞ?」


 取引先の伝手や、資金力も違うし、何より、ネルロにはそこまでの才覚が無い。

 人間、強者もいれば弱者もいる。

 競争すれば優劣が付くのは、ある意味当然のことだ。

 

 さらに、環境や運や地位と言った他の要素も絡んでくる。


 平民が頑張って領主になれるなら、比率から考えても、貴族の半分以上は平民上がりで無いとおかしい。

 それが現実だ。


「ああ? じゃ、俺は一生、旨い肉が食えねえってのか?」


「そうじゃない。お前、お金を貯めてるな? いくら貯まった?」


「120ゴールドだ」


「しょぼいな…」


「う、うるせえよ! これでも一所懸命に薪を切って売ってきたんだぞ!」


「ああ、よく頑張ったのは認めてやる。それに、お前は村長の補佐役だからな。俺の留守中、真面目に良くやってくれてたお前にボーナスとして、俺が同額を上乗せでくれてやろう」


 大銅貨一枚と小銅貨二枚を渡してやる。


「おお! ありがとな! ユーイチ!」


 うん、やっぱり、ネルロはこうでなくっちゃな。


「じゃ、その薪はちょっとその辺に置いて、あの店に入るぞ」


「盗まれたらどうするんだよ」


 別に良いじゃねえか、そんな安物、と思うが、まあ、ネルロも自分の仕事の成果だけに、手放すのは惜しいだろう。

 どうしようかな。店には持って入れないだろうし……。


「では、自分が見張っておきます。それならいいな? ネルロ」


「おお、ケイン、頼んだぜ」


 そのままのボロ服では高級店に入れないので、服屋に寄ってそれなりの服を買ってやり、高級レストランに入る。

 

「メニューはこちらになります」


 白いシャツに黒いベストを着込んだバーテンダーっぽい給仕が板に貼り付けた羊皮紙のメニューを渡してくれた。

 ハンバーグがあるね。ちょうど朝飯も食ってなかったし、コレにするか。


「俺はハンバーグセットを一つ」


「畏まりました」


「ネルロ、お前も好きなの頼んでいいんだぞ?」


 メニューを持ってにらめっこしてるネルロに言う。お前の金で食事するんだしな。俺の分はちゃんと俺が払うけどさ。


「コレ、なんて書いてあるか読めねえんだよ。ユーイチが決めてくれ」


「ああ、悪かった、それを早く言えよ。じゃあ、この牛フィレ肉のステーキと…、むむ、それを一人前で」


 高級ワインも頼んでやろうと思ったのだが、フランジェ産のワインがボトルで千ゴールドだったので、それは止めておいた。20万円は高いよなぁ。


「畏まりました」


 透明ガラスのグラスがテーブルクロスの上に置かれ、もうここから高級感があふれている。

 しかも、へえ、これ炭酸水だな。炭酸ってこの時代にもあったのか。


「ネルロ、この水、飲んでみろ。面白いぞ」


「んん? だが、俺は水は注文してないぞ」


「そちらは当店のサービスになります」


 給仕が言う。


「おお、タダってことだな? どれ、むむっ! なんだコレ、舌と喉がピリピリするぞ」


「ああ。毒じゃないから心配するな」


「ほー、金持ちは飲み水から違うんだなぁ」


 しばらくして分厚いステーキが皿に載せられてきて、ネルロの前に置かれる。


「うお…食って良いんだな?」


「もちろんだ。お前の金だから、好きにしろ」


「ええ? 奢りじゃねえのかよ」


 ふふ、らしくなってきたな。

 ごねるかと思ったが、ネルロは肉の香ばしい匂いに抗えなかったようで、フォークで突き刺し、そのままガツガツと食い始める。


「ネルロ、こうやってナイフで切って食うのがここのマナーだぞ」


「ああ? 面倒臭えよ」


 仕方ないなぁ。給仕が無表情で突っ立っているが、ま、大目に見てもらおう。そう何度もネルロはここに来ないし。


「うおー、何だこの肉、固くねえ! ハンバーグみたいに簡単に噛み切れるぞ」


「ああ。まあ、しっかり味わって食えよ」


「無茶言うな。こんな旨いもん、チマチマ食ってられるかよ! んぐんぐ」


 あっと言う間に飲み込むようにして食べちゃうし。

 空になった皿をじっと見つめるネルロ。


「ウェイター、ここは持ち込み有りか?」


 給仕に聞いてみる。


「常連の御方以外にはお断り申し上げておりますが…」


「じゃ、俺が今日から常連になってやる。それで認めてくれ」


 銀貨でチップを渡してやると、給仕も恭しく礼をして承認してくれた。


「くっそ、もうねえのか。おい、ユーイチ、そのハンバーグ、ちょっと分けてくれ」


「ダメダメ、こう言う高級店じゃそう言う食べ方はしないんだぞ。コレで我慢しろ」


 皿の上に猫の実を載せてやる。デザートの代わりだ。


「おお、コイツも久しぶりだなぁ」


「んん? もう雪解けだし、この季節でも採れてたはずだが…村の誰も集めに行ってないのか?」


「んぐ、いや、集めてるんだが、全部、売りに出してるんだよ。エルの奴、村のノルマがどうのこうのと、ケチ臭いしよ」


 やれやれ、ノルマまで設けてたのか。エルも中間管理職で大変だったろうな。あとで何かプレゼントをしてやらないと。


「やー、食った食った。やっぱ、高ぇ肉は旨えな!」


 店を出て、爪楊枝を咥えたままで歩くネルロは上機嫌だ。


「だろう? で、どうだ、今、高級肉をお前が稼いでた金で食ったわけだが」


「おう、後悔はしてねえぜ。なんかこう、久しぶりに良い気分だしな!」


 当然だな。元々、人間の労働は食い物を手に入れるところから始まった本能的なモノだ。

 だから、それに見合う報酬が得られないと、そのモチベーションは本能的に下がっていく。

 

 将来の自分のためと言っても、今の自分を捨ててはいけない。


 人間とはそう言うもんだ。


 今を生きろ。

ググってみると、「一揆」とは必ずしも反乱や暴動では無いそうです。政治的な契約云々…(;´Д`)

また反乱の原因は、抑圧や宗教問題や怨恨など様々な原因があるようです。

「"民衆の反乱は飢えが圧倒的だから"、食わせときゃいいんだよ!」 とそれにまつわるエピソードや事実を探そうとしてどうも違うようだと気づきました。

某ゲームでも、幸福と不満はそれぞれ原因や種類がたくさんあって、その数の合計値が問題でしたね。

(ひと)はパンのみにて()くる者にあらず』ですか?

ユーイチの村で反乱が起きるかも…?

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