第十八話 祈りを捧ぐ
2017/8/2 誤字修正。
使徒ケルベロスは皆の力を合わせ、ついに倒した。
だが、合計一週間以上に渡って暴れ続けた使徒により、アルカディアの王都マーティネイアは甚大な損害を被っていた。
アルカディアの女王に笑顔は無い。
「ええい、ゴルデル、貴様、我が命に背きおって、この…うう、馬鹿者が!」
レベッカが嗚咽し、ゴルデルの体を力無く叩く。
被害状況を確認していた最中、王都守備隊隊長のゴルデルが重傷を負ったと聞き、俺とクレアもそこに駆けつけたが、すでに手遅れだった。
俺はほんの少ししか彼とは話をしていないが、王都の守りを任されたのだ、レベッカの信頼厚い人物であったに違いない。
彼を失っただけでもアルカディアにとって大きな痛手だろう。
職務のため、あるいは、故郷を守るため命懸けで逃げずに戦った戦士。得がたい人物だ。
俺とは最優先事項、生き様が違うが、それでも尊敬出来る。
それを俺の作戦で死なせてしまった。
「陛下、私の考えた作戦に不備がございました。申し訳、ございません」
俺が本心で頭を下げる。
基本的に猫の実をバラ撒く誘導だけで良いと伝えていたのだが、もっと攻撃禁止くらい徹底すべきだった。
「良い。その作戦を私が了承したのだ。お前が謝る必要など無い」
「は…」
この人も、一廉の王だよなぁ。まだ若いのに。
「陛下、民に声を掛けて回られますよう。苦難の中、民は揺るぎない王の姿を期待しております」
側近のミースが言うが、結構厳しいなぁ。
「ふう、分かった。ゴルデルは守備隊長のまま、ケルベロスと勇敢に戦って命を落としたと史書に記せ。それから、ゴルデル家の遺族に手厚い褒美をくれてやれ」
「御意」
「さて次は…」
レベッカが立ち上がり、その場の一同を見やった。俺とティーナの他に、この場にはトリスタンのワイバーン部隊隊長イザベルもいる。
「では、そろそろ私はトリスタンに帰るとしよう」
イザベルがそう言って退出しようとすると、レベッカが止めた。
「待て、トリスタンの竜騎士よ。そなたには後で正式に礼がしたい。今宵は我が城に泊まっていけ」
「分かりました」
「お前達もだぞ。ロフォール」
「はい」
城に部屋が用意されたので、俺達はそこで休む。
「使徒を倒せたのは良いけど、ここはこれからが大変でしょうね……」
ティーナが同情したか、沈んだ声で言う。
「そうね。でも、あの王様なら何とかするでしょ」
リサがさらっと言うが、まあ、レベッカは有能な王だから、何とかやれるだろう。
「ええ。何か、私達に出来る事って無いかしら?」
「ううん、気持ちは分かるけどな、ティーナ、うちらも早くミッドランドへ戻らんと、まずいんちゃう? 予定より二週間くらい遅れてるで?」
ミネアが言う。
「ええ、そうだけど、事情があって遅れているのだから、陛下もきっと分かって下さるわ」
この辺が楽観的なんだよな、ティーナは。まあ実際おかしな理由でも無し、アルカディアも王都の被害でトリスタン侵攻どころでは無くなったはずだから、外交としては完璧だ。俺達の手腕とは認められないかもしれないが、失点は無い。ただし、懸念が一つ有る。
「ミッドランドの陛下は分かって下さるかもしれないが、トレイダーは構わず動くかもしれない。早めにミッドランドへ戻りたいが」
ここはティーナを刺激しないよう俺はやんわりと言っておく。
「そうね、ユーイチの言う通りよ。褒美を受け取ったら、すぐにここを発つわよ。良いわね?」
リサもティーナに向かって言う。
「むぅ。分かったわ」
「では、出発は明日以降ですね。私は神殿に行って来ますね」
クレアが死者への祈りを捧げるつもりなのだろう。席を立つ。
「じゃ、アタシもちょっと散歩して来るニャ」
自由気ままなリムだが、外の状況を考えると、崩れた家の片付けの手伝いに行く気かもしれない。
「あの、私は、街の片付けを手伝おうかと」
クロが言う。
「あ、そうね。じゃ、ユーイチ、あなたは強制で」
ティーナがリーダー権限をここで使うが。
「分かったよ」
理由があるから反対したが、俺も別に手伝いたくないわけじゃ無いからな。
「疲れてると思うけど、ごめんね」
「いや」
「そやな。街の人達も大変やろうし、手伝いに行こうか」
「面倒臭い……」
エリカがうんざりした顔でボソッと言うが、手伝わないとは言っていないので、彼女も手伝ってくれるのだろう。
「私はここで、アイスファルシオンを見張っておくぞ」
レーネが言うが、氷の魔剣は石筒に再び納められている。返しに行かなきゃいけないからなぁ。
「ん、右に同じく」
呪文が色々使えるミオがいてくれれば、大丈夫だろう。
俺達は城下町の被害の酷い場所に行き、ゴーレムも使って、崩れた石ブロックを運んだり、ストーンウォールで壁を直したりした。
冒険者ギルドで復旧作業のクエストも出されたようで、ラッド達も片付けを手伝っている。
「ユーイチ、それ、便利な呪文だな」
ストーンウォールを見て、ラッドが言う。アンジェから機密指定を受けているので、あまり他国で目立つのはまずいのだが、無詠唱だし、今は大目に見てもらおう。ティーナもリサもそこは黙認だ。
「ええ、まあ。ラッドさん達も、こう言う仕事、受けるんですね」
「いやいや、何言ってる。レベルのそこそこな冒険者でもこんなもんだぞ? 派手さは無いが、何より安全だからな」
「むっ」
ひょっとして、うちのリーダーって荒事ばかりやり過ぎじゃね?
「ティーナ、普通の冒険者は、こうらしいぞ?」
言っておく。
「ええ、だから、私達もやってるでしょ?」
「むう、いや…」
「ハハ、それにしても、あんな化け物、よく倒せたな。俺達も一つ名を上げるつもりでこっちに来たが、戦う気にもなれなかったぜ」
名を上げようと王都までやって来たところが凄いが、ラッド達も見極めが出来るからこそ、今も生き残っているのだろう。まあ、ピラミッドでは無茶しすぎだったけどね。
「カカカ、それはもちろん、この妾がいたからじゃの!」
「んん?」
ラッドが怪訝な顔をして辺りを見回す。
「リーファ、ちょっと黙ってような。あんまりその姿であちこち喋られると、トラブる気がするぞ」
やんわりと諭すが。
「気にするでない。有象無象の盗賊共など妾の敵では無いわ」
「いや、だから…俺は面倒事は嫌なんだってば」
「おいおい、まさか、その剣が喋ってるのか? コイツぁ、ぶっ魂消たぜ!」
勘の良いラッドが気づいちゃうし。
「ククク、よくぞ見破った。我が真名はデスブリンガー。魔剣よ、魔剣」
お喋りな魔剣は嫌いです…。
「なに! 魔剣か。おっかねえもん、ぶら下げてるなあ、ユーイチ。どこでそんなもんを手に入れたんだ?」
「アルカディアの城。もちろん王様の許可はもらったんだけど、本当に抜けるとは思わなくて。呪われてるんですよ、コレ」
「おっと、じゃあ、俺は遠慮するぜ。じゃあな、デスブリンガー」
「カカ、臆病者め、妾に恐れを成しおったわ」
「アレだな、自分で魔剣だ魔剣だと言いふらして、低レベルの人間に粋がるのって、凄く格好悪いよな」
言う。
「な、何じゃと! 別に、妾は粋がってなどおらんわ!」
「じゃ、黙ってような」
「むむ…」
ふう、静かになった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌日、俺達はミッドランドの使節としてレベッカから正式に褒美と親書を受け取り、イザベルも同様の扱いを受けた。
対使徒同盟が立派に機能したのであるから、関係国にとってはプラスになったはずだ。
これでトリスタンとアルカディアがしばらく争わないでいてくれれば、それで充分だろう。
「メリルさん、ちょっと」
俺は出発前にアリシアの部下であるピンク髪の騎士を呼ぶ。
「なーんですかぁー?」
この小柄な少女はアプリコット騎士団の中でも特にある事に向いている。
ちょっと鼻に抜ける感じで出す甘ったるい声、ぴょこぴょこという感じの可愛らしい歩き方など、絶対に天然ではなく、計算してやっているはずだ。そうでなきゃ、アリシア団長が側近の隊長クラスとして扱うはずが無いもんな。
「アプリコット騎士団の名声を高め、引いてはレベッカ陛下のご威光を高められる方法が有りまして。それにちょっとお小遣い稼ぎも出来ちゃう話をですね…」
「んー、じゃぁ、メリルはー、こっちの別室で詳しいお話を聞いちゃいますぅー」
俺とメリルはアプリコット騎士団の新たな可能性を話し合った。もちろん、非軍事面の話である。軍事に他国の使者が口出しすることなどあり得ない。
アルカディアでの用事が全て終わった俺はレーネやイザベル達と共に再びハイランドに向かい、アイスファルシオンを返還した。隠し通路で凄腕の騎士に囲まれたときは、どうなる事かと思ったが、向こうの高官が事情を聞いてくれ、今回はお咎め無しという沙汰にしてもらった。
レーネは帰国を促され引き留められていたが、ハイランド国王との謁見をすっぽかして、まだハイランドには帰らないつもりらしい。まあいいけど。
アッセリオまで移動し、そこでイザベルと別れ、陸路をこちらに移動してきたミネア達と合流。
そこからいつものパーティーメンバーでミッドランドへ。
ミッドランドの王宮に外交任務の結果報告に上がった俺とティーナは、宰相オーバルトに子細を報告したが、アルカディアとトリスタンの戦争が回避確実となったことで彼も上機嫌だった。
いずれまた国王から正式な褒美が与えられるとのことで、ま、お叱りや罰でなくてめでたし、めでたし。
「でも、ライオネル侯爵や他の貴族からの苦情ってなんなのかしら?」
王宮を出て、ティーナが首をひねる。
オーバルトが調整を引き受けてくれると言うことだったが、ロフォールに関して何らかのトラブルが発生していた模様。詳細については特に言及が無かったので、細かいことだろうとは思うのだが。
「あれだろ? 君が麦を輸入するのに、値切りすぎたとか」
「ちょっと。私は適正な値段を提示しているし、取引を受けるかどうかの選択権は向こうにあるわ。それより塩の件で、ユーイチ、あなた勝手に何か取引したんじゃないの?」
「いやいやいや、何怖いこと、言ってるんだよ。俺は君に取引の内容は全部報告書で出してるから。うーん、醤油がまずかったのかなぁ?」
「それかもね。でも、ライオネルの叔父様なら手紙で私かお父様に何か言ってくるにしても、先に王宮って事は無いと思うけど、ううん…」
どうも変な感じだが、とにかくロフォールに帰ってからだな。ライオネル侯爵は今は自分の領地に帰っているとのことで、すぐに連絡が付かない状態だ。こういうときは携帯電話が欲しかったり。
アーサーがなんか俺に意地悪するつもりでやらかしたのかね?
そうだとすれば、ロフォール子爵の方から正式に抗議が行くことになるだろう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「帰って来たニャー!」
一ヶ月以上に及ぶ外交任務の旅は、無事、終了した。
「うう、生きてロフォールに帰れるなんて、ひんひん…」
感無量である。
「ええ? そこまで?」
「いちいち大袈裟ねえ…」
ティーナとリサが呆れたように言うが。
「お前らは、この世界の旅の怖さが分かってない! 大体、グリーンオークやらハーピーやらケルベロスやら、危機がてんこ盛りだったじゃないか!」
「うん、まあ、色々あったけど、何とかなったじゃない」
ティーナが笑ってあっけらかんと言うが……。
ケルベロスに殺されかけて、俺に抱きついて泣いてたの、もう忘れたのかね?
ま、あれは俺が殺されかけたのであって、ティーナ本人の危機じゃなかったから、恐怖があんまり無かったのかもしれないな。
まったくもう。
「俺はもう当分、外に出ないからな!」
「はいはい。宰相からも、しばらくゆっくりするが良かろうって言われてるし、任務もすぐには来ないでしょう。トレイダーが動かない限りはね」
戦か…ま、いつ始まるかは知らんが、それまでは引きこもろう。




