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異世界の闇軍師  作者: まさな
第十二章 大国の思惑

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202/287

第十五話 オペレーションズ・リサーチに基づく、ハイランド行き意思決定

ユーイチが数式を使った小難しい軍事学の話をやります。

 「つまらない」「わかんね」「軍事学、ダメ絶対!」と思った方は 次の◇◆この目印があるところまで読み飛ばして下さい。

 軍事学を読まなくてもシナリオはバッチリ掴めるようにしてあります。


 今話はいつもの倍以上の長さがあります…。


2016/10/1 若干修正。

 ケルベロス―――。


 今まで俺達のパーティーが戦った中でも随一のヤバさを持つボス級の使徒。

 奴に対峙するのに、手に入れた魔剣が一本のみ。その魔剣デスブリンガーを扱えるのは俺だけという…。

 俺の剣士としての才能は見込みゼロだと魔剣に言われてしまった。


 はっきり言ってこれは戦力不足だ。


 レーネの話によるともう一本、氷の魔剣がハイランドの王城にあると言うではないか。

 なら、時間が掛かかっても必要な戦力を整えるべきだ。


 勝てる見込みが無い戦力の小出しは、各個撃破され、これは攻撃力の分散や弱体化と同義である。

 その小出しの攻撃力は、攻撃回数分すべて合計したとしても、一度で集中攻撃した時より低くなってしまうのだ。

 この世界においては、攻撃力-防御力=HPダメージが成立する。

 某ゲームの(はやぶさ)の剣があれば、一ターンに2回も攻撃できるけど、力の強い戦士が持たないと意味無いよ、1回攻撃でも攻撃力高めの鉄の槍の方が良いぞと言うことだ。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 理論派軍事ヲタクの俺が少し難しい話をしよう。


 第二次世界大戦において米英軍は、軍事作戦の意思決定を経験や勘だけに頼らず、数学を用いてシミュレーションしていた。

 『オペレーションズリサーチ』と呼ばれる手法だ。この手法は後に経営学としても取り入れられている。


 その中に、戦力の小出しの攻撃力のダメな理由を理論的に考える上で、『ランチェスターの第二法則』という数理モデルがある。


 一対一のサシの喧嘩でやられるより、袋叩きでやられる方が痛い、と言うのは誰でも直感的に分かることだろう。

 では、袋叩きでどれだけダメージが大きくなるか? を数理モデルで考えると、攻撃側の人数が増える度に幾何級数的に増えていく、と言うのだ。



 まずは騎兵同士の戦いを想定してみよう。 


 A軍50騎とB軍30騎はずらりと平行に向き合って並んで敵軍と睨み合い、槍を持って互いに真っ直ぐにぶつかり合う。接近戦だ。

 天候、地形、陣形、士気、兵士のレベルなどの要素はここでは考えないものとする。


 すると、


 A₀ - At = E(B₀ - Bt)


 A₀ …… 初期のA軍の兵士数

 At …… 時間tにおけるA軍の残存兵士数

 B₀ …… 初期のB軍の兵士数

 Bt …… 時間tにおけるB軍の残存兵士数

 E  …… 武器性能比率(B軍の武器性能 ÷ A軍の武器性能)


 という方程式が成立する。



 A軍が50人、B軍が30人、武器性能がどちらも同じなら、Eは1となり、一度ぶつかり合った後、


 50 - 20 = 1 ( 30 - 0 )


 A軍が20人生き残り、B軍は全滅すると考える。

 注意すべき点は、A軍の死者数はB軍の初期の兵士数と同じになっている点だ。

 一人の騎兵が敵一人を倒している。


 つまり、 


 B軍の戦闘力(A軍の損害(ダメージ))= 武器性能比率 × 兵士の数

 =1×30

 =30


 と規定できる。 

 

 この方程式では、相手にダメージを与える戦闘力の高さは、武器の「質」と兵士の「量」で決まると言うわけだ。

 これがランチェスターの第一法則である。



 次に、M16自動小銃(ライフル)による歩兵の戦闘、間接攻撃の場合を考えてみよう。

 M16の有効射程は500メートル、カートリッジ一本の総弾数は30発、毎分900発の速さで撃てる。

 フルオートにしてぶっ放せば、たった2秒ちょっとで全弾30発を撃ち切ってしまう銃だ。


 最初の接近戦と異なるのは、一人の兵士が一度に多数の敵を攻撃可能で、離れた敵も攻撃可能である点だ。


 この間接攻撃を規定するランチェスター第二法則では、方程式が、



 A₀² - At² = E(B₀² - Bt²)


 となり、


 50人の歩兵と30人の歩兵が戦った場合、


 2500 - 1600 = 1( 900 - 0)


 戦闘力の差は1600となり、A軍は40人が生き残ることとなるが、



 B軍の戦闘力 = 武器性能比率 × (兵士の数)の二乗

 =1×900

 =900


 勝者A軍の生存数 = (A軍の戦闘力 - B軍の戦闘力)の平方根 

 =√(2500 - 900)

 =√1600

 =40


 勝者A軍の損害(ダメージ)= A軍の初期兵士数 - A軍のt時間後の残存兵士数

              = 50 - 40

              = 10


 第一法則の結果と異なり、A軍の死者数はB軍の初期の兵士数と一致しない。



 つまり、第二法則の方は兵士の数の差によって、戦力の優劣や被害の差がより激しくなることを示している。


 間接攻撃でなぜ方程式が二乗になるかというと、一人の兵士が敵兵士全員に対して攻撃を狙えるからだ。

 B軍30人の兵士のうち一人が、敵から照準を向けられる確率はそれぞれ30分の1の確率であり、それを50人のA軍兵士が一斉に向けてくるわけだから、30分の50となる。

 逆にA軍の兵士50人もB軍の兵士から照準を向けられるので、50分の30となる。

 両軍の確率の分母を揃えると、1500分の2500と、1500分の900であり、さらに両方に1500を掛けて分母を外すと2500と900となる。

 B軍の受ける確率2500に対してA軍の受ける確率900。

 第一法則の 受ける損害(ダメージ)=相手の戦闘力 の考え方から導くと、A軍の戦闘力は2500、B軍の戦闘力は900となるわけだ。



 うん、大丈夫、俺もよく分かってない。



 だが、これらは机上の空論では無く、航空工学の専門家であるフレデリック=ランチェスターが実際の戦闘結果を基に研究し導き出した理論である。


 米軍は日本軍の名機『零戦(ゼロセン)』に性能差で負けていたため、オペレーションズ・リサーチの科学者チームの提案を受け入れ、3倍の戦闘機の数で零戦一機を攻撃するようにし、最終的には4倍で相対した。

 ランチェスターの計算上16倍の戦闘力である。

 当初3倍の撃墜比率が戦争末期には10倍から20倍の撃墜比率になったと言われており、またその比率が年月と共に酷くなっていくことから、ランチェスターの法則が当てはまると言えるだろう。




 いずれにせよ、相手より超強力な武器でも持たない限り、戦力を小出しにするのは戦略的に見て間違いだ。 



 小難しい話はここまで!



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ゆえに俺は戦力を集める。

 戦力とは即ち、人数と強い武器である。


 レーネの話によれば、ハイランドには伝説級の武器アイス・ファルシオンがあると言う。

 ならば時間を掛けてでも取りに行くべきだ。


 それは、たとえ王都の住民や兵士の犠牲が増えようとも、だ。

 どのみち勝てなければさらに犠牲は増えるのだから。

 俺の生存ルールにも反する。


 なので、王都にいるグリフォンを連れて来てもらい、ルフィーと俺、レーネとティーナで騎乗した。

 俺はそのままハイランドへ飛ぶつもりだったが、聞いてみるとグリフォンは長距離移動は苦手らしい。レグルスからアッセリオまでは徒歩で三日程度なので往復できたが、ハイランドまで行って帰って来るには休ませる必要があるという。


 なら、ワイバーンだよね。


 グリフォンでいったん、レグルスまで飛び、そこで偵察隊のグリフォンに乗り換え、さらにアッセリオまで移動。セリーヌとイザベルに頼み込んで、借り受けるのは拒否されてしまったが、送迎は引き受けてもらえた。


「しかし、ハーピーに続けてケルベロスとは、アルカディアも難儀なことだな」


 ワイバーンに騎乗しているイザベルが言う。


「フン、そうだな」


 ルフィーは愛想が悪いが、まあ、大人しくしてくれているだけでもいいだろう。

 ケルベロス騒ぎが無ければ、間違い無く敵同士として斬り合っていたであろう二人だ。


「も、もっとスピードを緩めて。なんか酔った。気持ち悪い、うっぷ」


 俺は弱々しい声で頼むが。


「ごめん、ユーイチ、時間が惜しいもの。このまま飛ばして!」


 鬼か! ティーナ!


「そうだな。さっさと行って帰れば、苦しむ時間も少なくて済むぞ。それにしても、ワイバーンとは便利なモノだ。イザベル、一頭、私に譲れ」


 レーネがそんな無茶な事を要求し始めるし。


「いやいや、これは陛下にお預かりした隊のモノだからな。そう簡単に譲れるはずも無かろう。諦めろ」


 イザベルとその部下が騎手を務め、それぞれにティーナとレーネの組、ルフィーと俺の組と三人ずつで二頭のワイバーンに分かれて乗っている。ワイバーンは体が大きいので、三人くらいなら余裕で乗れる。


「西に街が見えるな」


 途中でイザベルが言う。


「あっ、多分、ラジールだわ」

 

 ティーナが言ったが、俺は見る気にもなれない。下見ると怖いし。


「ほう、確か、ミスリルが採れると聞いたことがあるぞ」


 興味を示したイザベルだが。


「ええ。でも、今は寄っている暇は無いわ」


「そうだな」


 山をいくつも越え、日が沈んだところで、いったん地上に降りて野宿する。

 ワイバーンの夜目が利くかどうかはイザベルは答えなかったが、夜はワイバーンも眠るそうで、助かった。

 翌日。


「俺はここに残るから、みんなだけで行ってきてくれないか?」


 割とマジで言う。もう乗りたくないの。


「ダメよ。ここで迷子になったら困るでしょう。それに、ハイランドから魔剣を借り受けるのに、ユーイチの説得がないと」


「ええ?」


「ま、そこは私が何とかしてやれると思うが、まあ、モノはついでだ。さっさと乗れ」


 レーネが俺を捕まえる。


「いやいや、いやー!」


 大空に俺の悲鳴がこだまする。


「うるさい奴じゃ」


 魔剣デスブリンガーも呆れ顔。いや、顔は無いんだけども。


 その夕方、レーネが向こうを指差して言う。


「アレがハイランドの南の国境だ」


「なんと、雪がまだ積もっているな」


 イザベルが驚いて言う。


「ホントだ…」


 ティーナが感心しているが。俺は下を見てないので、分からん。下は見ない、絶対に見ない。怖いお。


「だが、街道はそろそろ雪が溶ける。どのみち、これで空を行くのだ、関係あるまい?」


 レーネが言う。


「そうだが、構わないのか?」


 イザベルが気にするが。


「ふっ、見つからなければ大丈夫だ」


「ええ?」


 街の近くはなるべく避けて、大きく迂回し、地上に人を発見した場合は俺のカモフラージュの呪文でこちらの姿の隠蔽を試みる。

 安全策を採り高度をかなり上げて飛んでいるのですぐには気づかれないはず。


「見えたぞ、アレが王都ゼノグラーペンだ」


 ようやく目的地到着ということで、俺も首を伸ばして下を見てみたが、白い雪に覆われた都市だった。

 日の光に反射して、ちょっとまぶしい。建物の屋根は傾斜がきつく、重い雪で潰されないようにしてあるのだろう。


「ほう。アレがか。なるほど、雪の街か」


 イザベルが言うが、ハイランドは北の国として寒いと有名だ。


「綺麗…」


 ティーナもその街景色に見とれて言う。


「よし、高度を落とせ。さすがにここからは見張りが厳しい。いったん、降りてから街に入るぞ」


 レーネが言う。


「分かった」


 森の中の洞窟近くに着陸し、その洞窟にワイバーンを隠す。


「では、イザベルさん、これを」


 ストーンウォールで作った懐炉を部下の分と合わせて二つ渡しておく。寒いからね。彼女ともう一人の部下はここでワイバーンと共に待機だ。


「うむ。ま、酒も持ってきたし、服も着込んできたからな。二日三日程度なら、持つだろう」


「それまでには戻る。問題は、うちの兵に見つかった場合だが、ま、私の名を出せば良い。それでダメなら諦めろ」


 レーネが簡単に言ってしまうが、まあ、実際のところ、不法侵入なのだから、レーネの名前でダメならどうしようも無いか。


「やれやれ、安請け合いで、とんだところに来てしまったな」


 イザベルが肩をすくめる。


「ごめんなさい。必ず、この借りは返すわ」


 ティーナが言う。


「ああ。使徒がうちに来ても困るしな」


「では、行くぞ」


 レーネが言い、洞窟を出て歩くが、さすがに雪の中を歩くのはキツイ。


「ちょっとタンマ、休憩」


 俺は言う。


「ええ? まだ全然進んでないわよ?」


「これでは街に着くまでに日が暮れてしまうぞ?」


 ティーナとレーネが呆れて言うが。


「ゴーレム作るから、待って」


 ゴーレムを一体作り、俺はその腕に座る。


「あー、楽ちん、楽ちん」


「歩いた方が早いんだけど」


 ティーナがゴーレムの弱点を言う。四人分作ると俺は言ったのだが、ティーナとレーネはトロいのが嫌なのか断っている。ルフィーはゴーレムを見るのは初めてだそうで、慣れない物が嫌だったからか、彼女も断ってきた。


「楽なの! 歩くのはキツイの!」


「もう…まあいいわ」


「子供か?」


「好きにさせてやれ。このペースなら、大丈夫だ」


 レーネの言葉通り、日が暮れる前に王都に辿り着くことが出来た。


「ふう、やれやれ、雪の中でのたれ死にしなくて良かったの」


 デスブリンガーが心配していたが、まあ、万年雪の中で俺達がくたばってしまった場合、天候が変わらない限り、剣も雪に埋もれて永遠に見つけてもらえないかも知れず、さすがの彼女も困っただろう。


「まずは腹ごしらえだ」


 レーネはそう言って、レストランへ入る。ロッジのような作りで、ドアは頑丈。ミッドランドより南では、店の入り口は開けっ放しの物が多かったが、こちらでは寒さ対策で断熱を意識した造りになっている。


 一番奥の丸テーブルにウェイトレスの案内無しで進んだレーネが、壁際に背中の大剣を置き、椅子にふんぞり返って座る。


「あの、ご注文は…」


 まだ若い店員が、おそるおそる俺達に聞いてくる。


「ウォッカと…いや、酒はいい、熱いボルシチとふかし芋、それにウサギ肉を持って来い。八人分だ」


 レーネが注文するが、俺は一人分で良いんだけどな。彼女が三人分行きそうだし、まあ、黙っておく。


「わ、分かりました」


「ボルシチとは何だ?」


 ルフィーが知らないようで聞く。ま、俺も名前を知ってるだけで、元世界でも食ったことは無かったな。


「赤いスープだ。暖まるぞ」


「え? レッドペッパーとかが入ってるの?」


 ティーナが心配して聞く。


「いや、辛くは無い。トマトやニンジンだ」


「ああ、それなら食べられそうね」


 運ばれてきた料理を四人で食べる。ボルシチは野菜がたっぷり入って、そのうま味も良く出ている。

 ふかし芋は皮つきのままでふかしたジャガイモで、芽はちゃんと切り取ってあった。単純に塩味だが、これはこれで旨い。

 もう一品、ウサギ肉の煮物は、思ったよりも脂っこく無く、癖も無い。鶏肉に近いかな。

 セルン村でウサギでも飼おうか。

 外が寒いせいか、温かい料理が体に染み渡る感じ。


「こりゃ、イザベルさんたちには悪いことしたな」


 俺が言う。今頃、洞窟で身を縮めながら退屈していることだろう。


「なぁに、また今度、奢ってやれば良いだろう。ワイバーンを私に寄越せば、いつでも食えるぞ?」


 そう言ってレーネがニヤッと笑うが、俺に交渉されてもね。よっぽど気に入ったみたいだが。


「アルカディアも心配だから、早めに用事を済ませて帰りましょう。でも、レーネ、本当に借りられるの?」


 ティーナが言う。


「どうだかな。とにかく、ダメでも借りて帰るぞ」


「ええ? それって……」


 無断拝借はちょっとヤバいと思うが、レーネが王族なら、ギリギリ、所有権を主張できるかもな。

 こっちにある魔剣、喋らなければ良いんだが…。


「カカ、心配せずとも、氷の剣なら、喋るまいよ」


「だから、こういうところでいきなり喋らないで下さい、デスブリンガーさん」


 俺は素早く周りを見たが、特にこちらを気にした客はいなかった。


「心配性だのう。ここには娘っ子が三人もおるではないか」


「そうですけど…」


 ま、いざと言うときは、ティーナにこの喋りを真似てもらうとするか。


「しかし魔剣よ、お前は腹は減らぬのか?」


 レーネが聞く。


「カカカ、我が体は食い物を必要とせぬ。じゃが、味は持ち主の思考を読めばだいたい分かるからの」


「それは、私はごめんだな。自分の舌で味わい、腹に収めねば、食った気になどなれん」


 レーネが言うが、右に同じく。


「そうね」

「ああ」


 人間組は全員同意。


「妾から見れば、数日食わぬだけで死んでしまう体など欲しくも無いのじゃが…ま、お主らに言うても詮無きことか」


「ふっ、その通りだ。ふう、食った、食った! おい! 飯代はここに置いておくぞ」


「あっ、お待ちを」


 店員が料金がきちんと支払われたか確かめに来たが、置いて有るのは銀貨一枚。余裕で足りるはずだ。


「あの、お客さん、多すぎます」


「構わん、釣りは取って置け」


 レーネがそう言って、ドアを開けて先に出て行く。一度言ってみたい台詞よね。


「あ、はい、ありがとうございます」


「お主はそれだけの金をもっておるではないか」


 デスブリンガーが俺の思考を読んで言ってくる。


「持っているのと、実際に使えるかどうかは別物ですよ」


「ケチというヤツじゃな」


「ええ」


 その通りなので否定はしない。

 店の外に出たが、一気に肌が冷える。


「寒っ」


「そうだけど、あなた、フードまでしてるじゃない。はっきり言って、凄く怪しいわよ?」


 ティーナが言うが、黒色は熱吸収率がいいし、俺のお気に入りの色なんだから。

 ケルベロスにミミが作ってくれたワイヤー入りローブを破られたので、仕方なく、白いローブを服屋で購入し、メモランダムの呪文で真っ黒に着色している。

 

「だが、ここで兵士に呼び止められぬところを見ると、この辺りにあの黒ローブ共はいないようだな」


 ルフィーが言う。ま、あちこちいたら、堪ったもんじゃないな、あの連中。


「そのようだ。こっちだ」


 レーネに案内され、そのまま王城へ向かうかと思ったが、彼女は反対の方向、街外れへと向かっていく。


「ねえ、レーネ、城に行く前にどこか、まだ寄るところがあるの?」


 ティーナが聞く。


「いや、飯を食ったら、もう他に用は無いぞ。ふふ」


 そう笑った彼女は、墓地へやってきた。


 ぴーんときたね。


 探知(ディテクト)の呪文を無詠唱で唱え、当たりを付ける。


「そこだな」


「ほう、よく分かったな、ユーイチ。ああ、探知(ディテクト)を使ったな?」


「当たり」


「何の話をしている。お前の肉親でも眠っているのか?」


 ルフィーはまだ気づいていないようで的外れな質問をしているが。レーネの肉親なら、こんな普通の墓では無く、この国で最も大きく立派な墓になるはずだ。


「じゃ、ちょっと見張っててくれ」


 レーネはティーナにそう指示して、自分の大剣を担ぎ降ろし、鞘から抜いて、墓石の裏に差し込む。


「何を…」


「手を貸せ、ルフィー。そこを持つんだ」


「あっ。隠し扉か!」


「バカ、声が大きいぞ。ここは王族しか知らぬ事になっている。他言は無用だ」


 レーネが言う。


「む。ええ? お、王族、だと?」


 ルフィーがそれを聞いて狼狽する。

 

「やっぱりそうだったんだ…」


 ティーナも予想は付いていたようで、しかし、本当にハイランドの王族、とはね。

 何を遊んでるんだか。


 中は真っ暗だったので、俺が明かり(ライト)の呪文を使い、杖で石の廊下の先を照らす。


「どういうことだ。アイツはハイランドの王族なのか?」


 ルフィーが、俺に小声で聞いてくるが、本人に聞けと。


「そうだ。ま、別に畏まる必要は無いから」


 言っておく。


「な…だがな…」


「おい、急ぐぞ」


「あ、ああ」


 結構長い通路を、一キロくらいは歩いただろうか。行き止まりのところまで来ると、今度はレーネが、上の石を持ち上げて外す。


「よし、大丈夫だ。誰もいないぞ。上がってこい」


 先にレーネが確かめたが、リサかミネアを連れてくれば良かったかも。部屋の中は真っ暗だったので、明かり(ライト)の呪文を唱えておく。大きな城の一室という感じ。


「おい、これはまずいんじゃないのか?」


 部屋に忍び込んで、この状況に気づいたルフィーが言う。


「ま、見つかったらな。兵の配置はしっかり覚えているから、安心しろ」


 レーネが言う。


「安心できるか! そんなもの、くそ…、私は外で待っていれば良かった」


「静かに。ユーイチ、外の様子は?」


「待ってくれ。よし、問題無いぞ」


 探知(ディテクト)もあるので、余裕だ。


 部屋から部屋へ、廊下を突っ切ったり、あちこち移動して、地下へ続く階段へと辿り着いた。


「この先がそうだ。だが、二人、常勤の兵士がいる。どうしたものかな」


 レーネが言う。


「あなたが、説得して、と言うわけにはいかないの?」


 ティーナが聞く。


「私はもう二年も放浪しているからな。向こうが顔を覚えていれば良いが」


「いやいや、大丈夫だって。その顔で忘れるわけが無い」


 俺が言う。美人の上に、純白の白髪で、白銀の瞳なんて、そうそういないし。


「なら、説得はしてみよう。だが、上手く行かぬ時は、ユーイチ、お前が眠らせてくれ」


「分かった」


 四人で、堂々と下に降りる。


「待て、何者だ!」


 廊下の先を行くと、確かに二人の兵士がそこで番をしていた。


「私の顔を覚えているか」


 レーネがそう言って問う。


「何を言って…ああっ! れ、レーネ様、生きておいででしたか」


「ああ、ピンピンしているぞ。この通りだ。足もあるだろう」


「や、確かに。いつこちらにお戻りに?」


「ついさっきだ。魔剣が必要になった。通してくれるか」


「……。陛下のお許しが無ければ、いくらレーネ様と言えども、ここはお通しできませんぞ」


「そこを一つ、頼むぞ」


「むう。いえ、これも任務ならば」


「仕方ない。やれ、ユーイチ」


「むっ!」


 兵士が剣を抜いて緊張したが、俺のスリープが上手く効いた。単体では無く範囲指定だったので確率がちょっと心配だったが、結構、行けるな。


「やるわね」


「ああ、ま、あんまり当てにはしないでおいてくれ」


「何を言う、それだけ使えれば充分だし、斬り捨てるのも忍びないからな。どんどんそれで行くぞ」


「ええ?」


 ま、レーネにしてみれば、自分の部下、それでなくても、無駄に殺しをやる必要も無いもんな。

 俺も眠りの呪文を全開で行くつもりで進む。


「よし、ここからはもう大丈夫だ。王族以外は入れない決まりだからな」


「私達は良いの?」


「今更だな、ティーナ。良いから付いてこい」


 少し進むと、真ん中にライオンの顔がでかでかと彫られた鉄の扉が立ちふさがった。


「汝、ここより先に進むならば、王族の証を示せ」


「喋った!?」


 ルフィーが剣を抜く。


「落ち着け。コイツは、ただの門番、魔道具だ。こうして私が口に手を突っ込むと…」


 ガコン、と音がして、扉が自動で開いた。


「なかなかの仕掛けねえ」


「そうか? ま、そうかもな。一度、斬って開けられるかどうか、試したいのだが…ちょっとやってみてもいいか?」


「「「 ダメ! 」」」


 その場の全員で却下。


「つまらんな」


「カカ、私の力なら、鉄の扉など、余裕で斬れるぞ?」


 自慢げに言う魔剣だが、それくらいは、やって当然の気がするし。


「あーはいはい、凄いでちゅねー」


「む。ユーイチ、貴様…えいっ」


「ぎゃっ!」


 くそ、黒い稲妻とか。


「ちょっと! 二人ともここで遊ばない! 気づかれたらどうするの」


 ティーナが叱る。


「はーい…」

「む、お前が悪いのだぞ」


 デスブリンガーも真面目モードのティーナは分が悪いと思ったか、俺に文句を言ってくるし。

 だが、言い争って本当に警備に気づかれたら、まずいので、黙って付いて行く。


「む…」


 レーネはそのまま先に歩いて行くが、他の三人は思わず立ち止まる。

 廊下の向こうから、すでに冷気が、白いもやとなって漂ってくるのが見えているのだ。

 凄い魔力。


「ねえ、レーネ、大丈夫なの?」


「心配ない。何度か見に来たが、触らない限りは問題無いぞ」


「待って。触らない限りって、じゃ、どうやって持ち出すの?」


「それは、お前らが考える事だろう?」


 さも当然と言うようにさらりと。王族気質ってヤツなのかね。


「あのね…」


「レーネ、それはもっと早く言っておいてもらわないと」


 二の句が継げないティーナの代わりに俺が窘めておく。


「ふふ、まあ、最悪、凍りながら持って行けば何とかなるだろう」


 凄く豪快な思考です。


「カカ、どうやら、ここは妾の出番のようじゃの」


「む。まあ、俺が魔法でやってそれでダメならね」


「むっ。素直で無い奴じゃ」


 怒るかと思ったが、なんか扱いやすい奴かも。

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