第十四話 アルカディアの魔剣、デスブリンガー
2016/10/4 誤字修正。
ケルベロスに対抗できそうな凄い魔剣がアルカディアの城の地下にあると聞いて案内してもらったのだが。
城の中には街の住民が避難していて、ごった返していた。皆、疲労と不安の極地にあるようで放心したようになっている。泣いてる子供も何人か。
「早く外に出られるようにしてあげたいわね」
それを見たティーナが言い、俺もルフィーも頷く。
「ああ。ケルベロスごとき、この私が首を一撃で切り落としてくれる!」
ルフィーは拳を握りしめて威勢が良いが、それでアリシアがこの子を外したか。
実力は…おや、分析してみたが、レベル38も有った。割と強い子なのね。俺よりはちょっと下だけどさ。
彼女は魔法には疎いようで、俺が分析を掛けたことも気づかず、そのまま城の中に入る。
「こっちだ」
城の中の警備兵もケルベロス退治に駆り出したか、ほとんどもぬけの殻。
だが、宝物庫に通じるらしい入り口には二人の兵がいた。
「ルフィー様、お待ちを。そちらの方々は?」
「構わん、陛下の許可が出ている。ロフォール卿とそのお付きだ」
「ははっ、それは失礼しました!」
直立不動に戻る兵士は、うーん、ビシッとしてるね。
そこの入り口から入って、やや長めの階段を降りる。
直進する廊下に辿り着き、右に扉の無い入り口がまた有って、その先に、豪華な金縁の赤い宝箱や鎧などが見えた。
「おっ! 凄い凄い! ティーナ、見てみろよ」
テンション、上がるわー。城の宝箱って!
「おい、そっちじゃないぞ。そこは立ち入り禁止だ」
ルフィーが素っ気なく言う。
「えー? 見学くらいいいだろうに、ケチ」
「うるさい。だいたい、どうしてお前らに魔剣を貸してやるのだ…」
「それは、ううん、どうしてあなたたちは使えないの?」
ティーナがルフィーに質問するが、当然の疑問だったな。なんでだろ?
「それは―――ここだ。うちの陛下も騎士団も、アレを抜ける者が一人もいなかったからだ」
廊下の一番奥、扉の無い入り口をくぐり、ルフィーが岩に突き刺さっている魔剣を指差して言った。
「あー、なるほど…」
刃は漆黒。柄は宝石がちりばめられ、一目で業物と分かった。
「では、試してみるが良い。アレが抜ければ、役には立つだろうからな」
ルフィーが言う。
「じゃ、私が」
ティーナが岩に近づく。
「ふえっふえっ、待ちなされ、若き娘よ。それを抜く前に今一度、よく考えてみることだ。それを抜いたが最後、お前は王となる」
「ユーイチ、こんな時にふざけてる場合じゃないでしょ。むっ…ぐぐぐ…」
ティーナは俺の冗談には付き合ってくれず、そのまま柄を掴んで引っこ抜こうとするが。
刃の奥深くまで刺さった剣はビクともしない。
「どれ、ここはストーンウォールで」
「ええ? それ、ずるい」
ティーナが言うが、非常時でしょ。ストーンウォール!
「む、むむ?」
呪文は発動したはずだが、あっと言う間にかき消された感じ。
「くそ、レジストとは、味な真似を…!」
もう一度。もう一度。ぬ、ぬう…。
「うわー、ダメだー、もの凄い魔法抵抗だ。なんだこれ」
「フン、アルカディアの宮廷魔術師も匙を投げたほどだ。お前らに抜けるはずが無いだろう」
ルフィーが言うが、まあ、正攻法でダメなら、魔法でと思う知恵者も過去にいたみたいだな。
「ふう、ダメね。どうしたものかしら」
「そうだなぁ」
刺さり具合を確かめようと、俺は柄を持ってみる。
「うおっ!?」
カッと、黒い閃光が刃からほとばしり、それが消えると、ボロボロと岩も崩れ落ち、剣がカランと音を立てて床に転がった。
「な、なななな、な、何だとぉー!?」
ルフィーは卒倒しそうなくらい驚いてる。
「えー…」
ティーナは納得行かなそうな声。
「むう、ま、よく分からんが、成功だ。ティーナ、君が使って」
「ええ。きゃっ!」
拾おうとしたティーナだが、黒い稲妻がほとばしり、慌てて手を引っ込める。
「大丈夫か!」
「え、ええ、痛かったけど、平気。なんなの、この剣」
「うーん、だが見覚え有るなぁ、この黒いバチバチ。ほら、クロの解呪の時」
「あ、そうね! アレとそっくりの感じだった」
「つまり、呪われてる訳ね…」
回れ右。
「じゃ、これは諦めよう。行くぞ」
「ゆ、ユーイチ」
「お、おい…」
ティーナとルフィーが俺の後ろを見て顔を引きつらせてるし。
「いや、待って待って! 二人とも、そう言うホラーな展開、俺は好きじゃ無いのよ!」
「カカ、妾は好みじゃがのう」
くそ、喋りやがった。老人の喋り方だが、なぜか声は幼女。
「却下! そんなべたべた展開、ファルバス神が認めようとも、俺は認めんー!」
俺は力一杯、叫ぶ。
怖いので後ろは振り返らずに。
「え? え? 今の、誰の声なの?」
「子供の声がしたが、バカな、ここには誰も入って来れぬはず」
ティーナとルフィーは当たりを探すように見回すが。
「鈍いのう、お主ら。その魔術士はすぐに気づいたようじゃが、妾じゃ、妾、この魔剣、デスブリンガーの声よ」
「なにぃ!」
「ええっ?」
「カカカッ、驚いたか、ま、驚くであろうな」
「いや、全然」
俺はしれっと言う。
「む。可愛げの無い奴じゃ。千年ぶりに覚醒したというのに、どうせなら、下僕はそちらの白い剣士が良かったの」
「デスブリンガーさん、別に、もう千年くらい、ゆーっくり寝ててもいいですよ?」
俺は提案してみる。
「嫌じゃ」
だろうなあ。どう見ても面倒そうな駄々っ子だし。呪われてるし。くそう…。
名前からしてヤバいんだよな。
なぜ聖剣エクスカリバーでは無かったのか。
俺はついに、諦めて後ろを見る。誰も触っていないのに、自分で立っている剣とか。
無駄に強そうです…。
鞘が別に転がっているので、それを拾う。黒地に金縁のシンプルながらスタイリッシュなデザイン。
その鞘の口を剣に向けて、俺は言う。
「ハウス」
「むっ。お主、まさかとは思うが、この妾を馬鹿にしておらぬか?」
「まさか。千年以上も古き存在にそのようなこと、間違っても出来ましょうか。これは、我が故郷の特殊な魔法文字にて、意味は、謹んでどうぞここにお休み遊ばせというものにございますれば」
「フン、嘘じゃな」
バチバチっと、黒い稲妻が走り、俺の体を突き刺す。
ひい、心まで読めるとは!
「いてててて! も、申し訳ございません! ワタクシ、嘘をついておりましたぁ! それは犬に家に帰れと命じる言葉でございましたッ!」
土下座。
「よくも妾に向かってそのような口が利けたものぞ。そこに感心するわ」
「ユーイチ、下手に逆らわない方が良いと思うわよ? 何か考えがあってのことかも知れないけど…」
ま、話しかけてくるなら、いきなり殺したりはしないだろうという程度は考えていたけどな。ただ、心が読まれるとは思ってなかった。迂闊。
「そうだな。それで、デスブリンガー様、現世に覚醒された目的は?」
俺が問う。
もしも、世界を破壊に導くなどという目的なら、ここで戦わざるを得ない。
一同に緊張が走った。
「暇つぶしじゃ」
魔剣が簡単に言う。
「えー?」
「……えっ?」
「な、なに?」
そこは「聞いて驚け、世界を征服する為じゃ!」とかさぁ、「知れたこと、千人の血をすする為よ、カカッ!」とかさぁ。
なんかもうちょっとあるでしょと。
「なんじゃ、そのつまらなそうな顔は。さて、久しぶりに人間界を見てみるとするかの、ユーイチ、案内せい」
「ご指名頂き、ありがとうございます。デスブリンガー様。ですが、あなた様はここアルカディア国と何か縁があるかと。ならば、ここの騎士団のルフィー殿が運ぶのが最もよろしいかと。地元でよく知っておられるでしょうから、色々なところへ案内してもらえると思いますよ。では、私たちはこれで」
「ま、待て! 何を逃げようとしてるんだ、お前は」
くそ、ルフィーがむんずと俺のローブを掴みやがった。
「カカ、そう恐れずとも、妾を満足させれば無下には扱わぬから、安心せい。それどころか、巨万の富や世界を手にする力をくれてやるぞ」
「ほほう?」
「ちょっと」
今度はティーナが咎めるような目つきをしてくるし。
「どのみち、妾を扱えるのはお主のみ、そこの二人の娘には無理じゃ」
「ルフィー、ちょっと試しに、持ってみて」
言う。
「うん? ああ…うわ! いっつ!」
手を伸ばしたルフィーだが、黒い稲妻がバチバチっと。
うーん、個人認証セキュリティは万全だね。
「じゃから言ったであろう。他の者が触ろうとすれば今のように呪いが発動する。死にたくなければ、妾に触れぬ事よ」
「では、元の場所に…」
「これ、何をしれっと戻そうとしておる。妾が怒れば、お主もこの呪いで痛めつけられるのじゃぞ?」
「くっ、では、外に参りましょうか」
「カカ、最初からそう素直に言うことを聞けば良いのじゃ」
「ティーナ、クレアを」
「わ、分かった」
魔剣を持って、城の外に出る。宝物庫の門番二人は、ルフィーが付いていたせいか、特に持ち出しには物言いを付けなかった。チッ、付けてくれればねえ。
ま、無駄に死人を出すわけには行かないか。
「ほう、妾が封印さ――オホン、眠りに就いたときは小さな街であったが、ここまで大きくなりおったか。さすがに千年経つと変わるのぉ」
今、コイツ、封印された、みたいなことを言い掛けたよな?
後で文献を探せば、再封印が出来そうな予感。
ひとまず、気づかなかった振りをして油断させておこう。
「フン、貴様の考えは全部お見通しじゃぞ?」
「ええー? も、申し訳ございません。ワタクシが浅はかでございました。以後、永遠の忠誠を誓わせて頂きます」
「良かろう。じゃが、面白い奴が出てきておるの。確か、使徒と呼ばれておったか」
「おお、やはりアレは使徒でしたか」
長生きしてそうな剣だから、色々、知ってそうだな。
「ナントカという神の僕であったが、さて、名前は忘れた」
「そこを、思い出して頂けると…」
「…忘れた! それより、アレが暴れておってはお主ら人間も困っておろう。どれ、肩慣らしじゃ、妾を振るってみるのじゃ」
「おお? ひょっとして、俺に凄い剣術の力が?」
「いや、ある程度は妾が念力で補助してやれるが、センスが無いと扱いきれぬでの。ま、その相性も見てやろうと言うのじゃ」
「承知。では、失礼をば」
鞘から抜いて、格好良く振り回そうとするが、重い。
「おっとっと」
「何じゃ、そのへっぴり腰は、これは、ううむ、すぐ死ぬかのう」
「ええっ? いや、努力しますから!」
「努力と言うても、ここまで剣が使えぬ奴は初めてじゃ。修行したところで物になるかどうか」
「デスブリンガー様、一つ聞いておきたいのですが、なぜ、この魔術士に抜かせたのですか?」
ルフィーが質問する。まあ、なんでティーナやルフィーじゃなかったのかね?
「む? まあ、フィーリングと言うヤツじゃな。じゃが、たまに外れもあるし、それはそれで良かろう。どうせ人間の寿命など瞬きをするようなもの。また次の使い手を探すまでよ」
「では、さっそく封印を」
「待てと言うに。そう急くな。ケルベロス退治、妾も手伝ってくれようぞ」
うーん、微妙です。俺の思考を勝手に読むから、説明の手間が省けるのはいいんだけども。
「微妙とか言うな。妾がおれば、あの炎など、恐るるに足らず、カカカ、大船に乗った気でいるが良い」
なんかスゲぇフラグっぽい気がする。とにかく、それでも出来る事はやっておかないとな。
ここは……。
「ほう? 面白いことを考える奴じゃの。ま、妾はその出番になったら、一暴れしてやるとして、好きにしてみるが良いの」
「では、そのように。じゃ、そこで休んでて…」
「ならぬ! 妾はすでにお主に取り憑いておる。妾とそうさな、一キロも離れれば死ぬぞ?」
「えー?」
んもー、そう言う取り憑き方、しないで欲しいんだけど。
「ちなみに、解除は…」
「出来ぬ」
「ひんひん…」
「……まあ、気を落とすな、ユーイチ。魔剣を手に入れたとなれば、何かの役に立つだろう。陛下には私から説明しておいてやるから」
俺の肩をぽんと叩いて、ルフィーも良い奴だ。
「連れてきたわよ!」
ティーナがクレアを連れて来てくれた。
「あらあら、これはダメそうですね、お手上げです、うふふ」
クレアは魔剣をひと目見て、そう言っちゃうし。
そうだろうとは思ったんだ。喋ってるんだもの。
「ええ?」
ティーナは困った顔をするが。
「ま、それはいい。また後で考えよう。ルフィー、グリフォンかワイバーン、飛べるモノを二匹連れてきてくれ」
俺が言う。
「どうするというのだ?」
「決まってるだろ。乗って移動するんだよ」




