第十三話 魔剣の所在
2016/10/4 誤字修正。
「ぜーはー、ぜーはー、マジ死ぬかと思った」
ローブを半分食いちぎられ、よく生きてあそこから逃げられたもんだと自分でも感心する。まだ心臓がドキドキしてるし。
「バカッ! ホントに死んじゃったかと、うう…」
本当に泣いているティーナには心配を掛けてしまった。あの状況でも突っ込んでくるんだから、もっと自分の身の安全も考えて欲しい。
「ま、お前が簡単にくたばるとは、思っていなかったがな」
レーネがここでも余裕の表情。さすがです。
「ん、絵的にグッド。ナチュラルにホラー、美味しいスプラッターテイスト」
ミオは、俺が本当に死んでたら、悲しんでくれるのかね?
「無事で良かったです…」
クレアも心配してくれたようで、いつもの笑みが無い。
「私はユーイチさんなら、きっとやってくれると信じてましたから」
逆に泣いてそうなクロは変な確信を持ってるというか。俺も死ぬときは死んじゃうのよ?
「ヒヤヒヤさせるんじゃないわよ、ったく」
不機嫌なリサは、まあ、あの窮地はサブリーダーとして責任を感じてもらわないとな。
退却が遅すぎだ。敵わないと思ったらその時点で退却してもらわんと。
「猫の実がもったいないニャ」
リムよ……まあいい。猫の実は俺がいれば、いつでも取ってこれるんだぞ?
「ま、無事やったからええやん。な、ティーナ」
ミネアがティーナの背中を優しくさすってなだめる。
「うう」
「そうよ。こっちだって死にかけたんだから」
エリカも厳しい状況だったようだが、今はクレアが治療を済ませたのでピンピンしている。
「それにしても、土壁はああいう風にも使えるのね」
リサが言ったが、そう、俺は押さえつけられた体の下側の土をアースウォールで抜き、間一髪、ケルベロスの牙を免れている。
ローブと猫の実を少し食われてしまったが、そんなもの命が助かれば安い物だ。後はそのまま地中をアースウォールで穴を掘って進み、脇道から抜け出てきたのだが。
「それより、今後の対策だ」
俺は言う。色々、反省会もしないといけないが、それは後で良い。
「ええ。ティーナ、そろそろシャキッとしなさい。ユーイチも、パーティーもみんな無事だったんだから」
「む、分かった」
「ブンバルト大司祭から教わった使徒の対処法、ケルベロスが甘い食い物に目が無いってのは、さっきも確認が取れた。あれで食わせておけば、少しは時間が稼げるが…」
俺が要点の一つを述べる。実際、ケルベロスは猫の実を必死で食べていて、その場から逃げる俺達には見向きもしなかった。もう一つの方法は、竪琴を弾いて、嘘か本当か、音楽を聴いても眠るそうだ。
「だが、それは時間稼ぎにしかならないぞ。退治するには、それだけじゃダメだ」
レーネが言うが、その通り。
「毒を混ぜてみたらどやろ?」
ミネアが言う。
「いいわね。ま、それで倒せるなら苦労しないけど」
リサが賛成はしたが、成功するとは思っていない様子。まあ、間違いなくボス級だし、毒の耐性くらいは持ってるだろうな。
「ダメージの方はどうでしたか? やはり、封印しか無いでしょうか?」
クレアがそちらを気にした。伝承では使徒の何匹かは封印という形になっているが、ケルベロスは動きが速い。どうやって捕まえたものか。
「物理ダメージも入らないわけじゃ無いぞ。だが、強い。まともに正面からやり合っても、勝てんだろうな」
レーネが言う。
「ええ。アレは、まともには戦えないわ。動きが速いし、力も有るし、ブレスも厄介だもの」
ティーナも同意するが、搦め手と言うと何があるかねぇ?
「ん、落とし穴も今回は無理っぽい」
ミオが言う。確かに、アイツなら身軽に穴も飛び越えてきそうだし、誘導して落とすのも難しい。
「電撃に耐性があるし、デスも効きそうに無いし、もう! どうすれば良いのよ!」
エリカが苛立つが、何か、弱点、弱い属性がある気はするんだけどなぁ。
「クロ、炎は試したか?」
クロに俺が確認する。
「はい。氷の後に。ですが、炎は完全に無効化して、それどころか元気になるような…」
「吸収かぁ…」
思わず天を仰ぐ。一番厄介な耐性のタイプだ。後、反射ね。
「それ、HPが炎で回復すると言うことなの?」
ティーナが確認する。
「そうだ。今後、ケルベロスに対しては、炎の使用は禁止だ。クロ、他の属性はどうだ?」
彼女なら試しているはずだ。
「四大元素は地風火水、全て試しましたが、弱点は特にありません。氷かと思ってたんですが…」
「そうだな。炎を吸収したなら、相反の関係から、普通は氷が弱点だが…む、アイツ、魔法防御はどう感じた?」
「高かったです」
だろうな。俺のアイスアローも効いてなかったし。
「聖属性で攻撃してみましょうか?」
クレアが言うが、アンデッドでも無いからな。
「ああ。それは次、試してもらうが、あまり期待はしない方が良いな」
「はい」
「で、どうすれば良いニャ?」
リムが焦れてきたか、真顔で問う。
俺は猫の実を上手く使ってどうにかしたいと漠然と思うのだが、良いアイディアが出ない。
「手練れを集めて、交代で攻撃、離脱を繰り返す。後は城攻めの兵器を用いれば…」
レーネがそう言ったが、城攻兵器は動きの速い相手にはほとんど当たらないだろう。
罠を仕掛ける必要があるが、猫の実を置いておいたら、そこに来てくれるかな?
「じゃ、私がここの守備兵に伝えて、城攻めの兵器を用意してもらうわね。ミネア、アンタは冒険者ギルドで手練れを集めて」
リサが言う。
「分かった」
ミネアも頷いてすぐに走って行く。
いったん、それでミーティングを終え、リサとミネアの帰りを待つ。ミネアが先に帰ってきた。
「ダメや。今、この王都にレベル30より上の冒険者はおらへんみたいや」
「むう。ザックさーん!」
呼んでみる。
「俺をそういう風に使うのは止してくれ。アレは俺も倒せそうに無いぜ?」
うお、来たわー。
デーモンも余裕で倒す、犬耳族の凄腕冒険者。
え? ひょっとして、今までも呼べば来てくれてたの? うわ、もったいないわー。
「あなた、まだお父様に雇われてたの?」
ティーナが呆れ気味に聞く。
「さて、どうだかな。依頼人の情報は漏らさないのがプロってもんだろ?」
「その答え方で充分だけど。でも、力を貸して」
「ま、なら、金貨一枚で雇われてやろう。だが、アレとまともに斬り合おうとするなよ? 頭が三つ有るから、一本の剣じゃ、防ぎ切れん」
「ええ…それは、分かってるけど、でも、スピードで上回れば…」
「ダメだ。奴は速い。少なくとも、レベル60のスピードタイプで無いとダメだろう。それに、スピードタイプでは、力が弱くなる。どっちみち、ダメだ」
「ううん…何か方法は?」
「さて、俺なら、大人しくロフォールへ帰るんだが、そいつは、アンタ達は気に入らないんだろう?」
「当然よ!」
ティーナが憤慨したように言い切ったが、俺としては、ザックさんの考えに一票なんだよね…。
「ユーイチ、何か、凄い兵器、出す」
ミオが唐突に言うが。
「いや、急に出せと言われてもな…鉄砲や大砲は火薬がいるし、レーザーとかはどうやっても無理っぽいしなぁ」
「火薬なら、有ると思うで?」
ミネアが言う。
「そうか。じゃあ、石製の大砲でも作るかな。ストーンウォールで」
「決まりね」
ティーナは俺が凄い兵器を開発してくれると期待したようだが、俺は兵器作りの技術者でも専門家でも無いからな。
ただ、ゴーレムは作ってみようと思う。
「兵器か…。伝説級の剣なら、どうだろうな?」
レーネが自分のあごに手をやって、そんな事を言う。
「そりゃ、有るなら、使った方が良いぜ?」
ザックがすぐに同意するが、まあ、有ればね。
「一つ、心当たりはあるが、ここからだと遠いな」
レーネがまだ煤けた白い髪の毛を乱暴に掻きながら言う。
「どこ?」
ティーナが問う。
「ハイランドの王宮に、アイスファルシオンが一振りあるぞ。アレなら奴を氷漬けにできるかもしれん」
「うーん、でも遠すぎるわ。ここからだと、どれだけ掛かるか」
「ま、行って帰ってだと、足の速い馬でも二十日はかかるか」
レーネが言ったが、二十日後では、この王都が完全に焼け野原になってしまっているかも。
「何もそんな遠くまで行く必要はねえだろ? このアルカディアにも、一本くらいはあるんじゃねえのか」
ザックが言うが、どうなのかね。
「ええ、じゃ、陛下に聞いてみましょう」
行動派のティーナは、本気で借りに行くつもりらしい。そんな凄い魔剣、すぐ貸し出したりはしないと思うんだが。まあ、何も俺達が使わなくても、アリシアちゃんあたりが装備すれば行けるか?
「じゃ、俺も行くぞ。待ってくれティーナ」
彼女を追う。
「ええ」
「じゃ、うちは、毒の材料、集めてくるな」
ミネアは毒の担当。
「ん、私はゴーレム量産」
ミオはゴーレムを作るようだ。足止めくらいには、なるかな?
「私は神殿に何かないか、聞いてみますね」
クレアは神殿へ。
「では、私は怪我人の手当を手伝ってきます」
クロは兵の詰め所かな。ま、後方なら安全だろうし、マリアンヌの足なら、ケルベロスから逃げられると思う。
むすっとして黙り込んでいるエリカや、退屈そうにしているリムも、まあ、休憩しててもらうか。
俺とティーナはレベッカの姿を求めて街を走った。
彼女は東門でケルベロスをまだ探しているかと思い、ティーナとそちらに行こうとすると、向こうからちょうど、レベッカとアリシア、それにルフィーがやってきた。
「ケルベロスは見つかったか!」
「ええっと、はい、一度交戦しました」
ティーナが迷ったがごまかさずに答える。
「ちっ、やっぱり、こっちか。ゴルデルめ…」
「陛下、アレはレベル52の冒険者でも倒せないそうです。何か、伝説の魔剣か、城攻めの兵器はありませんか?」
「なるほど、武器か。城攻めの兵器はダメだぞ。アレではろくに狙いも付けられんし、街を破壊するわけには行かん」
リサが戻って来ていないが、まあ、交渉してるんだろうな。難航、いや、多分借りられないはずだ。まあ、他国の民間人に城攻め兵器をホイホイ渡す兵がいたら、俺が上官なら斬るね。
「では、剣は」
「一本、城の地下にあるが…」
レベッカが言う。ほう、あるのか。
「それを貸して下さい!」
ティーナが勢い込んで頼む。
「待て待て、アレは使えないぞ。いや、使えるなら使ってもらって構わんが」
んん?
「どういうことですか?」
「ま、行ってみれば分かる。誰か案内してやれ」
「では、ルフィー、あなたが」
騎士団長のアリシアが頷いてルフィーに命じたが、青髪のルフィーが不満そうに問い返す。
「私が、ですか?」
「ええ。仮にも王城の宝物庫の一部、下級の者には任せられないですからね」
「なら…、ちぃ、こういうときに限ってメリルは何を」
ルフィーが見回すが、同格らしきピンク髪の騎士の姿は見えない。
「では、任じましたよ」
「頼んだぞ、ルフィー」
「ははっ!」
レベッカが言うと緊張したように返事をするルフィーは、王命には忠実らしい。
「では、一つよろしく頼むよ、ルフィー君」
俺も権力を笠に着て、ダンディーな紳士の声で言ってみる。
「貴様!」
わぁ、軽い冗談なのに、そこまで怒らなくても。
「ちょっと、ユーイチ。失礼しました」
「あ、いや、ロフォール卿、私は上級騎士、その扱いで結構です」
「だそうだぜ?」
「お前はダメだ。ユーイチ、私と同じ上級騎士だろうが」
「へいへい」
「あまり調子に乗るなよ?」
「そちらも、我らはミッドランドの使節団であることをお忘れ無く」
「ぐぐ」
「もう、なんで仲良くしないかな。非常時でしょ」
軽口が言い合えればそれなりに仲が良いと思うが、ま、怒らせてもアレだからこの辺で止めておこう。




