第十二話 地獄の番犬に食われた
2016/6/27 誤字修正。
アルカディアの王都に出現したというモンスター。
街はあちこちが焼けてしまい、深刻な被害をもたらしていた。
ようやく怪我人の治療を終えた俺とクレアも皆と合流すべく、街中を走る。
「んっ?」
途中、黒ローブの男が建物の柱の影に隠れて向こう側を窺っているのが見えた。
俺と同じく、ただ単に黒色好きの奴かもしれないので、念のため、探知の呪文を使う。
指定条件は、『使徒を呼び出す者』
「チッ、両方当たりかよ!」
舌打ちせざるを得ない。俺の呪文だから不正確な反応の可能性もあるのだが、これまでの経験からしてまず確実だ。
それに、王都の守備隊で歯が立たないような魔物と来れば、使徒あるいは、使徒クラスの魔物と考えて差し支えない。
「む、魔術士か」
向こうもこちらの呪文に気づき、右手をかざしてきた! 呪文を使う気だ。
俺は何の呪文を使うか少し迷ったが、悪夢の呪文を無詠唱で男に使った。
対する男は、
「漆黒の聖なる光よ、我らが敵の悪しき心を蝕め! ダークブラスト!」
俺の知らない呪文を唱えてきた。
黒い闇の玉が、避けようとした俺の胸に直撃する。
「ぐっ?」
抵抗はしたが、なんだか胸がムカムカする。どう言う効果の呪文なのか。精神系だというのは予測が付くのだが…。
「ば、バカな、人間ごときが、我が聖魔法に耐えるだと!?」
驚愕の表情で狼狽える黒ローブのおっさん。
「いや、そう言うアンタも人間でしょ?」
そこは突っ込まずにはいられなかったね。
ま、今の呪文、大したこと無さそうだな。ちょっとヒヤッとしたけど。
だが、むう、俺のナイトメアがレジストされてないのに全く効果が無いとはどういうことなのか。無効化するアイテムか?
良いなあ、精神系無効のアイテム、俺も欲しい。
「聖なる矢よ、魔を討ち祓い給え! ホーリーアロー!」
クレアも攻撃魔法を唱えた。白い光の矢がシュバッと凄い勢いで男の右腕を貫く。
「ぎゃっ! うあああ!」
な、なんだ? 白い煙が出て、あれは溶けてるのか?
「やはり…あれは悪魔に魂を売り渡していますね」
「お、おのれ、邪教徒め! 我らの崇高なる計画を邪魔するか…!」
そう喚いて、チラッと目だけで後ろを見た男は、こりゃ逃げる気だな。
「フハハハ、当たり前だッ! 黒ローブを着て悪事を働いて良いのはこの俺様だけだッ!」
そう決め台詞を吐いて束縛の呪文を使う。
直径一メートルほどのピンクの光の輪っか。それが五つ。すーっと順に男に被さり、そして締め上げる。
「ぐっ? くそっ、なんだこれは、抜け出せぬ!?」
「フッ、まさかこの呪文を男に使う羽目になろうとはな」
色々、いけないことに使おうかなと思いつつ、開発してしまった禁断の魔術!
「ユーイチさん、まだです。沈黙も使って下さい」
クレアが真剣な顔で言う。
「おっと、そうだった」
無詠唱で沈黙を使う。これも成功。
魔法の束縛の方はすぐ効果が切れてしまうので、持っているロープで縛り直す。
男の右腕もロープで縛って止血してやり、ヨモギ草ペーストを傷口に塗っておくが。
「クレア、悪魔と契約すると、回復魔法が効かないのか?」
「いえ、単に契約すると言うよりは、支配されている状態だと思います」
クレアがそう言うなり手をかざして、男の右腕に回復魔法を掛けてみた。
「ヒール」
「ぎゃあっ、や、止めろぉ、呪いの言葉を吐くなっ!」
しゅうしゅうと煙が出て、余計に悪化したらしい。男が苦痛に呻き声を上げ、芋虫のように身もだえする。
「ああ、ごめんなさい。私の神聖魔法ではダメですね」
「そうか。ううん…」
コイツ、どうしようか。
重要参考人、というか、まず犯人で間違いなさそうなので、きっちり拘束しておかないといけないが、俺達はケルベロスと戦っているであろうティーナ達と一刻も早く合流しないと。
「兵士を呼んできましょうか?」
「いや、これで」
騒音の呪文を使い、口笛の音を出す。うん、俺は口笛、吹けないのよ。
「どうした!」
近くにいた兵士が一人、口笛に応じてやってきてくれた。
「この男がケルベロスを呼び出した張本人です。後で取り調べしないといけないので、見張っておいて下さい」
言う。
「分かった」
「くそっ、いや、違うぞ。コイツが呼び出した本人だ。ぐっ!?」
男が嘘をついて俺を身代わりにしようとしたが。
「黙れ! この司祭様はマグマタートルを封印した御方、我らを騙せると思うな!」
クレアの顔が売れていたようで、助かる。ま、この兵士、クレアの胸を真っ先に見たから、胸の大きさで覚えてたのかもしれないが。
「では、後をよろしくお願い致します。行きましょう、ユーイチさん」
「ああ」
再び、走る。
この辺りは建物が無事に残っているが、住民はすでに避難したようで、人はいない。
「! あそこだ」
急にボコンッと音がして、少し先で建物が崩れ粉塵が上がるのが見えた。
「ええ、急ぎましょう」
そちらに向かうと、家くらいの大きさがある黒い犬がティーナ達を前に暴れていた。
む、白色じゃないのか。
まあいい。
伝承通り、三つ首。
ドーベルマンを少し凶悪にしただけの、まんま犬。
だが、デカい。
「ガウッ!」
ガキンっと、鋭い牙を鳴らして、内臓を食い破ろうと食いついてくるケルベロス。
「くっ!」
大剣で牙を受け止めたレーネ。だが、その勢いを殺しきれず、体ごと後ろの建物にぶち当てられる。
「逃げて! レーネ!」
ティーナが叫ぶが。
「ここは、今、下がれん!」
うええ。思った通り、大苦戦か。と言うか、もう全滅寸前じゃないか。何やってんのよ。
リムが仰向けに倒れて伸びてるし、ティーナは利き腕を噛まれてしまったようで血を流している。クロは気絶しているが、マリアンヌが背中に乗せているので今は後回しで良い。エリカとミネアの姿は見えず、ミオは足をやられたか座り込んでいる。
レーネは炎を浴びたようで綺麗な白髪が煤けていた。リサは、屋根の上にいるが、無事のようだ。
ステータスも確認するが、ふう、まだHPは全員、かろうじて残っていた。
「女神ミルスよ、我が願いを聞き入れ給え。大いなる癒やしよ!」
クレアがまず、レーネを回復させる。
「よし! これで少しはやれるぞ」
バリアなどの補助呪文はクロが掛けてくれていたようだから、俺は仲間の治療を優先する。
「ほれ、起きろ、リム」
「ニャ~、目が回るニャ~」
頭をぶつけたかな。本当なら動かしたらダメだが、今は非常時、気付け薬の小瓶を出して鼻に嗅がせてやる。
「ニャ、効くニャー」
それで意識がはっきりしたらしいリムはすぐに起き上がった。
「これも食べておけ」
薬草の塊を放る。パクッとリムがそれを食いついてゴックン。噛めよ…。
まあ、回復し始めたからよしとするか。離れている前衛のリムをどのように回復させるか、連携の練習をしておいたんだが、役に立ったな。
俺はマリアンヌに駆け寄りながら、手招きで呼び寄せる。すぐにマリアンヌも俺に従い、クロを背負ったまま連れてくる。
「クロ、大丈夫か?」
こちらも気付け薬を嗅がせる。
「うっ、ああ、私は」
「少し気を失っていたんだ。ケルベロスとまだ戦闘中、離脱するぞ」
「はい!」
ティーナとミオはクレアが回復してくれ、これで後はエリカとミネアを回収すればオーケー。
「リサ! エリカとミネアはどうした?」
「向こうの通りで怪我をしてるわ。ミネアに運ばせてる」
「ああ、そうか。分かった。離脱だ」
「了解」
リサが付いていながら、判断の遅さが気になったが、今は逃げないと。
「みんな、とんずらするわよ!」
リサがそう叫んで、煙玉をいくつもケルベロスに向かって投げる。
俺も隠蔽の呪文を使う。フラッシュやダークネスの目潰し系はもう誰かが唱えたはずだし、この状態だと、効かなかったはずだ。
「ユーイチ、臭気も忘れないで」
リサが言う。
「ああ、そうだったな」
犬のモンスター、鼻が利くんだった。
「うおっ!?」
臭気の呪文を唱えた直後、ケルベロスの左の首が俺に向けて炎のブレスを吐いた。全身が炎に包まれ、うえ、ヤバい。これきっついわ。あちちち。
慌てて息を止め、無詠唱で風玉を使い、炎の流れを風で撥ね返す。だが、それでもかなりのダメージを食らってしまった。
「ユーイチ!」
ティーナが叫ぶ。
「へ、平気だ。くそっ」
ミオが騒音の呪文を使ってくれたので、俺は逃げる事に専念。
走る。
「行ったぞ、ユーイチ」
「ファッ!? ぐえっ!」
その巨体で体当たりとか。俺の体はゴムまりのように飛ばされ、幸い、その先は壁ではなく、屋台の布の屋根だった。ボヨンッとバウンドしてから、グチャッと地べたに落ちる。く、受け身の練習もしないと。
「ガウッ!」
「げげ」
そこにケルベロスが飛ぶように間合いを詰めてきて、前足で俺の足を押さえた。
ケルベロスの真ん中の頭が口を開け、鋭い牙を俺の体に突き立てようと迫ってくる。
「くそっ!」
杖でケルベロスを牽制しつつ、足を抜こうとするが、抜けない。凄い力だ。
ああ、これは無理だな、と思った。
駄目元で目を狙ってアイスアローを飛ばすが、むう、この感じ、氷にもそれなりに耐性があるみたいだな、コイツ。効いてない…。
分析もやっぱり無効化。
ああ! ヤバい、呪文が思いつかない。
このまま食われちゃうの? 俺。
「ユーイチッ! 今、助ける!」
「来るな! ティーナッ」
ティーナは距離があるし、素早い彼女でも間に合いそうに無い。
それに、レイピアでは突き立てたとしても、ケルベロスを振り払えない。
絶体絶命。
俺の黒ローブはその牙になすすべも無く、無残にも引き裂かれた。
赤い液体が、派手にほとばしる。
獰猛なケルベロスは、それを三つの首で先を争い、狂ったように貪り食った。




