第十話 疑心暗鬼
2016/10/4 誤字修正。
アルカディア国、城塞都市レグルスの兵の詰め所。
その一室に集まった面々に、ハーピーの群れを全滅させた達成感や爽快感は全く無い。
それどころか、重苦しい雰囲気に包まれていた。
「つまり、これは人為的に、何者かが計画して行ったと言うことだな? 人間が、人間の街に対して…!」
ドンッと机を拳で叩いたのは、アルカディアの女王、レベッカ。
いつもは気さくなのだが、歯を食いしばり、今回ばかりは近寄りがたい怒りを露わにしている。
自らも武装してハーピーと戦ったのだ。身の危険とまでは行かずとも、軽く流せる話ではあるまい。
街も二度の襲撃により、かなりの被害を被ってしまっている。
「しかし、そうなると、いったい、誰がこのような事を…」
アプリコット騎士団団長、アリシアが口元に手をやり、思案顔でつぶやく。
「決まっておろう、トリスタンだ!」
レベッカが決めつけて言ったが、それだと一度目の襲撃の時に救援要請に応じてこちらに援軍を出すだろうか?
ワイバーン部隊なら損害も軽微で済むかもしれないが、元より険悪な間柄、断ったとしても不思議では無かった。
それに、仮にトリスタンが魔物を操っていたとして、それが露呈すれば各国から猛烈な非難を浴びるのは目に見えている。
大国で軍備も整えているトリスタン国が、わざわざそれに頼るとは思えない。
あるいはそれを見越した上での、奇策かもしれないが…。
「お待ちを。まだ証拠も出てきておりません。断定するのは早計かと」
側近のミースが女王をなだめる。やや堅物で控えめといった印象だが、冷静で有能な感じだ。
「あの黒ローブの男は、何か吐いたか?」
レベッカが問う。ハーピーを操る笛を持っていた魔術士の男。
お、俺じゃ無いよ! もう一人のほう。
「いえ、天に祈りを捧げた直後に、自分で舌を噛み切って自害しております」
ミースが報告するが、ううん、治療は間に合わなかったのかね?
「不手際なことだな」
「申し訳ございません。回復魔法を掛けましたが、ほとんど効果が無かったようです」
「回復の効果が? すると相当なカルマを溜めていたか?」
「おそらく。ただ、冒険者カードの類いも無く、正確なところは分かりかねます」
「身元は、割れておらぬ、か」
「はい。ただ、街の結界の祭壇が襲撃の前日に破壊されていました。近くで黒いローブの女が目撃されています。組織的な犯行で間違いないかと」
トリスタンの闘技場にも黒ローブの女がいたんだよなぁ。
「あの、よろしいでしょうか?」
この場にいるティーナが発言の許可を求めた。メンバーは残る俺を含めて、この五人だけだ。護衛の兵がいないが、アリシアが務めると言うことなのだろう。
「構わんぞ」
「我らはトリスタンの王都にて、黒いローブの女を目撃しています。彼女はグリーンオークを魔法陣で召喚し、破壊活動を行いました。かの国でも指名手配となっています」
「む。真か」
「はい」
「トリスタンの王都に魔物が出現し、武闘大会が延期されたという情報はこちらも掴んでおります」
ミースが言う。
「となると、トリスタンでも破壊活動をやっている連中か? トレイダーか、それともトリスタンの自作自演か…」
レベッカが迷うが、そこは大事な点だと思ったので俺が直接言うことにする。
「いいえ、陛下、我らはトリスタンの高官とも話をしましたが、そのような感じではありませんでした。使徒という凶悪なモンスターの情報も譲渡してもらいましたし、何より、あのグリーンオークは危険すぎます。レベル61、武闘大会の昨年の優勝者でも手こずる相手、自分で放つことはあり得ないかと」
黙って俺の話を聞いていたレベッカだが、話を見極めようという感じで、頷きは無い。
「お前がトリスタンの肩を持っていなければ、の話だな」
疑り深いね。まあ、トリスタンの高官と話をしてる時点で、敵性と思われても仕方が無いか。
「いえ、陛下、使徒の情報を渡すからには、信じて良いかと」
ミースがそう言ったが、使徒について何か知ってる感じだな。
「その使徒とやらは何だ? ミース」
「は、原初の王、グランハードが千年王国を建国する際に発生した災厄です。伝承を研究した賢者の文献に拠れば、十二の異形の魔物が順に現れ、竜王を倒した英雄すらも命を落としたと有ります」
ミースが言う。この国にも使徒の伝承はあるのか。
「グランハード……ああ、あのおとぎ話か。アレが史実だったのか。だが、アレは千年以上、昔の話だろう?」
「ええ、ですが、昔の魔物が再び現れたとしても何ら不思議ではありません。異常なハーピーの大量発生、ネズミのモンスターが大量発生した言い伝えと類似点があるかと」
「どうだかな。私にはネズミが大量に出てきたところで、やられるとも思えんが」
「グランハードに従う九英雄の一人、ボローゾは身の丈三メートルの大男にして、一抱えも有る岩を持ち上げられる力自慢だったそうです。しかし、幾万のネズミの絶え間ない攻撃により、疲弊したボローゾはついに命を落とし、街も魔物に占領されてしまいます」
ミースが淡々と述べる。
「むぅ…」
あのハーピーの数を見たレベッカには、笑い飛ばせる話では無いだろう。
「陛下、ここは我らも使徒討伐同盟に参加すべきと考えます」
あまり自分から意見を言わない感じのミースだったが、ここははっきりと自分の考えを述べた。
「ならん! それではトリスタンとも手を組めという話になるだろうが」
「そうなりますが、あくまでこれは対モンスターの話。その他で行動は制限されません。そのような条約を提示してみればいいかと」
「ううむ…アリシア、お前はどう思う?」
「は、確かに今回は厳しい事になりましたが、何も同盟を結ばずとも、勝ち目が無い場合に救援を求めてはいかがでしょうか」
アリシアが言うが、それは相手を信用しすぎだ。取り決めも無いのに、都合良く相手が助けてくれるなど、しかも険悪な間柄なら、断られる可能性が高い。今回、トリスタンが協力したのは、ミッドランドとの条約が有ったからで、それが無ければどうなっていたか。
当然、レベッカも小さく首を横に振る。
「それもダメだ。勝ち目が無い状況なら、トリスタンは軍を編成してこちらに攻め込んでくるかもしれん。とにかく、ワイバーンの援軍に関しては私の名で感謝状は贈るが、同盟は無しだ」
俺は提案する。
「では陛下、トリスタン抜きで、ミッドランドとアルカディアの防衛同盟はいかがでしょうか。もちろん、モンスター限定です。ただし、我が国が必要に応じて、貴国と協議の上で他国の援軍を呼び寄せることもあるかと存じます」
下手な同盟を結ぶと、トリスタンを敵に回しかねないのだが、モンスター相手の同盟なら、トリスタンも大目に見てくれるだろう。
しかも、今度のはワイバーン部隊のレンタル権付きだ。もちろん、レベッカやアリシアがまずいと思ったときは要請しない。
決して、決して、アプリコット騎士団と親しくなりたいという俺の下心から出てきた提案では無いのだ。
真摯に、ミッドランドの行く末と民の安全を考えての事だ。
「ミース」
「は、その条件ならよろしいのではないでしょうか」
「では、決まりだな」
「ありがとうございます。では、大筋合意と言うことで、後日、ミッドランドより陛下の署名をお持ちします」
笑顔でティーナが一礼。
「よかろう」
レベッカは細かいことは口を挟まない様子で、ま、その方がありがたい。俺もティーナも、細かいところは詰めようが無いからな。
「では、話はここまでだ。お前達は下がれ。ミース、街の復旧と、軍の編成にどれだけ掛かる?」
「………」
おっと、聞き耳を立てた俺達をミースが気にして黙り込んじゃったね。
俺は恭しく一礼して、ティーナの手を引き、退出する。
「聞き出さなくて良かったの?」
ティーナが聞いてくるが。
「それは無理だよ」
しかし、俺には地獄耳の呪文があるからね。
『ティーナ、ちょっと時間を稼いでくれ』
『あ、分かった』
念話でそう言うと、ティーナはすぐに察してドアを守る護衛兵に話しかける。
「ハーピーの群れ、大変だったわね。先ほど、陛下からはお礼を言われたけど……」
「は、あなた方の活躍は自分も聞いております。なぁに、街の建物の被害は大きいですが、死人はほとんど出ませんでしたからな。なんとかなるでしょう」
人の良さそうな兵士が笑って言う。
「それは何よりね」
その間、レベッカの声が俺にははっきりと聞こえていた。
「ミース、別に、あ奴らに聞かれても問題は無かろう。わざわざトリスタンに早馬を出す程の愚か者では無いと思うぞ?」
「陛下、彼らは他国の者です。今回は助けてくれましたが、ミッドランドはトレイダーとの戦を控えております。地理的に近いトリスタンとの仲を優先し、我らの情報を売り渡すことも充分に考えられます」
「それは無いな。ティーナはそのようなことはしないはずだ。あのユーイチは分からんが、ティーナの方針には逆らうまい。それでいつ動ける?」
「は…街の復旧には最低でも二週間程度は掛かるかと。軍の編成の方は全く問題ありません。損害は軽微でしたので」
「では、守備兵に復旧を手伝わせろ。明朝、予定通り進撃を開始する」
「御意」
聞きたいことは聞けた。
「ティーナ、そろそろ行こう」
「ええ、長話で邪魔をしてごめんなさい」
「いえいえ、お気になさらず。油断はしておりませんが、人が来ないと退屈な仕事ですからな」
上の人間に聞かれたら罰せられそうなことを笑って言う兵士だが、ま、退屈だろうね。
俺は警備兵のお仕事は無理だわー。
刺客が来ちゃったら、もうね。
「明日、街道とトリスタンの国境を避けて、なるべく南側を通って行こう」
兵の詰め所を出てからティーナに言う。
「そう。結局、止められなかったわね……」
「ま、仕方ないさ」
トリスタンの飛行部隊の援軍により、レベッカに感謝状を贈らせるところまでは行ったが、それだけだ。
街を助けてやったんだから開戦を延期しろ、とは言えないしなあ。ミッドランドとアルカディアの関係がもっと親密で、無視できない強大な軍事力を持つ大国ならあるいはというところだが、他国をコントロールするのは、衛星国家や傀儡政権にでもしない限り難しい。
「どけっ! 道を空けろ! 火急の伝令なりッ!」
「と、止まれ! 止まらんかッ!」
向こうからそう怒鳴って馬で駆けて来る兵に、近くにいた警備兵達が止めようとして振り切られる。
「ん? なんだ?」
「何かあったみたいね」
伝令を装った暗殺者かと心配したが、馬を下りた兵は合い言葉を答え、味方と判断されたようでそのまま詰め所に入っていく。
「どうする?」
ティーナが聞いてくるが。どうしましょ? 聞きに行って答えてくれるもんかね。
「いいから、すぐに近隣の騎士団をかき集めろッ! 冒険者もだ! 対応出来ぬなどと抜かす暇があるなら、剣を握って戦わぬかッ!」
レベッカが怒鳴りながら詰め所を出てきた。
ちょうど、俺達と目が合う。
「む。お前達は冒険者であったな…いや、何でも無い。馬を用意しろ! 私も王都に戻る!」
「ははっ!」
王都で何か有った様子だ。国王がすぐに戻らないといけないような事態となると、王都に他国が進軍してきたか、謀反でも起きたか。
「お待ちを、陛下。何があったのですか」
ティーナが聞く。
「それはお前達が知ったことでは無い。ティーナ、いや、ロフォール卿、お前やミッドランドとの友誼は大切にしたい。ここは何も聞かずに帰るがいい」
「友誼と仰って下さるならば、なおさら、問わねばなりません。我らでお力になれることでしょうか?」
「フッ、お前も首を突っ込むのが好きだな。王都に魔物が出現した。三つ頭の火を吐く巨大な犬だそうだが、たった一匹に、王都の守備隊が手に負えぬと言ってきてな」
レベッカが言うが、ケルベロスか。
「分かりました。では、我らもお供します」
「おい、ティーナ」
俺はティーナを咎めた。
ここから王都に向かえば、それだけロフォールへの帰還が遅れてしまう。トレイダーが進軍してくるまでどの程度の猶予があるのか分からない今、無駄な用事で時間を食うのはまずい。それに、王都の守備隊なら、かなりのレベルの騎士が混ざっているはずで、俺の第六感と理性は「かなりヤバいボス級だ。逃げてー!」としきりにハモって警告している。
「条約も合意したでしょ。使徒かも」
「むう」
俺がトリスタンの飛行部隊の援軍を呼ぶために使った口実だ。
そんなはずは無い、と否定しきれないのが痛い。
ブンバルト大司祭に聞いた第五の使徒、それも三つの頭を持つ巨大な犬の姿をしていたと言うから、むしろ当たりっぽいのだ。
「なるほど、使徒か。では、条約に基づいてミッドランドに改めて要請しよう。力を貸せ」
ティーナが迂闊に条約を口に出すから、レベッカに利用されちゃってるし。
「お言葉ですが、陛下、まだ署名に至っておらぬ条約、効力はまだありませんよ」
俺が言っておく。
「ほぉ? ミッドランドは自分から持ちかけてきた約束をその日のうちに破るか。ミース、どうしたものかな」
「は、ミッドランドに抗議文書を送りつけ、我らを騙したユーイチを舌を切り捨てて牢に死ぬまで幽閉し、アルカディアを軽んじた者として諸国に知らしめるべきかと」
やっべ! ミースさん、大人しそうな顔して割と手厳しいのね。
「ゲフン! い、いやいやいや、お待ちを! 何も約束を守らぬとは申しておりません。ミッドランドとしては本国の許可を得る必要がありますが、我らは同時に冒険者でもあります。ですから、その立場でお助けすれば何の問題も無いかと」
「いいだろう。伝説のマグマタートルを封じ、ハーピーも退治したその実力、期待しているぞ」
「ははーっ、お任せあれ!」
「もう、本当に調子がいいんだから…」
ティーナが呆れるが。
「当たり前だろ。命が懸かってるのに、あそこでノーなんて言えないっての」
「はいはい。ケルベロスとの戦いで命を落とさないと良いんだけどね」
皮肉っぽく言うティーナ。
「お、おう…」
危険だが、対処法は聞いてるからな。なんとかなると思う。




