第八話 アルカディア女王との交渉
2016/11/27 若干修正。
ハーピー襲撃から五日後、予定より早くアルカディア女王が城塞都市レグルスに親衛隊と共に到着した。
すでにハーピーに街が襲われたことは一報が入ったらしく、援軍として急いだようだ。
国王自ら戦場に赴くとは、ちょっと驚きだ。
「ああ、そなた達か。聞いたぞ? ハーピー共と戦ってくれたそうだな」
ワインレッドの赤毛の髪に黄金のサークレットをはめて、軽装のミスリル鎧を装備。腰には豪華に宝石あしらった宝剣をぶら下げている。宝剣とサークレットが無ければ、その辺の冒険者と言っても通りそう。
アルカディアの若き女王だ。
俺達が部屋に通されたとき、彼女は行軍の疲れを癒やすためか、椅子に座り、メイド服の侍女達に鎧の一部を外させ、腕や足のふくらはぎを揉ませてマッサージしていた。
彼女自身の腰が細いし、鎧は動きやすさを追求しているのか、スタイリッシュで色香がある。
「むっ、ユーイチ、回れ右」
「くっ」
ちょっと眺めていたい誘惑にも駆られたが、ティーナの命令に大人しく従う。レイピアで鼻をスコッと刺されては事だ。
「ああ、すまんすまん。お前達はもういいぞ。下がれ」
笑った女王は気にしていない様子なので、ここは別にじっくり眺めても…ゲフン、大事な用件で来たんだった。
メイド達が命令に従って立ち去ったところで、ティーナが挨拶する。
「お久しぶりでございます、陛下」
「よせよせ、そう堅苦しくやるな。レベッカでいいぞ」
堅苦しいのは嫌いなのか、レベッカと呼ぶことを要求する女王。
「はあ…」
ティーナもどうして良いか迷う。
「よし、ユーイチ、お前ももうこちらを見ても構わぬぞ。服はちゃんと着ているのだし、気にするな」
「ははーっ! ありがたきお言葉ッ!」
あからさまにティーナが俺を睨んだが、女王様の命令では仕方ないものね!
とは言え、舐め回すように鑑賞するのは不敬だし俺の身も別方面から危ないので、視線はその脇、女王の部下のミースちゃんをロックオンしておく。青髪ロングのお澄ましさん。そこそこ美人で、年齢は俺やレベッカと同じくらい。髪の色とお揃いの、青く染めた絹の服を着ており、四角い学者の帽子をかぶっている。
宰相…では無いだろうな、多分。国王が若いのはともかく、宰相まで若いというのは考えにくい。だが、前にも脇に侍らせて助言を求めていたから、腹心で間違いはないだろう。
今日の俺の獲物はこの子だ。
「しかし、ミッドランドはトリスタンと同盟を結んでいたのか?」
レベッカがストレートに聞いてくる。
「はい、我らは先日、魔物退治に関する条約を結んでおります」
ティーナが答える。時間はたくさんあったので、ティーナと俺で想定問答もしていた。
「…ほお」
レベッカの目がわずかに細くなり、奥がぎらついた。まあ、自分が攻め込もうと思っている国と仲良くする奴は気に入らないだろう。
内心は少しヒヤリとしたが、俺達はすでにレベッカと面識があるし、食事もご馳走してもらった仲だからな。いきなり斬り伏せることはあるまい。他国の外交官だし。
「それは、トリスタンに他国の軍隊が入った場合は、どのようになるのですか」
ミースが、詳しく聞き出そうとこちらに質問してきた。
「我らがトリスタンと結んだ条約は、あくまでモンスターが襲ってきたときの相互条約です。アルカディアに刃向かうつもりは一切、ありません」
これもティーナが回答する。
「ふむ、そうか。では、その条約、この私とも結べるな?」
「もちろん」
俺が即座に頷く。
「お待ちを。条約を盾に使い、トリスタンがワイバーン部隊を侵攻させる可能性があります」
ミースが指摘するが、確かに、その気になれば、実に効果的な騙し討ちが可能だろう。救援に駆けつけたイザベルは全くそのつもりは無かったが、トリスタンのワイバーン部隊がこの街に牙を剥いていたらどうなっていたか。
「ま、トリスタンはそこまでの小細工はやらぬだろう」
レベッカはさして心配していない様子である。
「陛下」
静かに、だが、咎める口調のミース。
「待て、勘違いするな。私はトリスタンと条約を結ぶつもりは無いぞ。ミッドランドだけだ」
「その場合でも、相互条約ならば、ミッドランドが魔物に襲われた場合、我らが軍を出さねばならなくなりますが」
「構わぬだろう。そう言う約束だ」
「は」
「そういうわけだ。では、さっそく、ミース、書面を作れ」
「畏まりました」
「あの、この場では、草案の作成と言うことにして頂き、署名は後日、我らが陛下の署名を頂いた上でということに…」
とんとん拍子で進んだので、ティーナが少し焦る。すでに王都にはトリスタンとの条約の件について早馬は出しているが、許可をもらったわけじゃあ無いからね。まあ、王宮の方でけしからん、となれば、署名しなければ良いだけの話。
「なんだ、全権を委任されているのでは無かったのか」
拍子抜けした声を出すレベッカ。
「申し訳ございません。我らは陛下より正式に外交の任務を承りましたが、接部(外務省)では無い故」
ティーナが釈明する。
「まあ、それだけ若ければ、初任務だったか?」
「ええ」
「ほお。そう言えば、塩の取引については、ライオネル侯爵から許可する旨の手紙が来たぞ」
「は、こちらもロバート商会から細かい取引の打ち合わせを済ませております。何卒、よしなに」
ティーナも頷いてお願いする。許可さえ受ければティーナも反対する理由は無いのだ。
「うむ、ま、こちらとしても交易は手広くやりたいからな。それから、ハンバーグ! アレはいいな!」
椅子から立ち上がり、拳を握りしめたレベッカは相当、お気に召したらしい。ふっふっふっ。
「はい、私も大好物です。他にも珍しい食べ物があるので、うちの料理人にまたレシピを送らせましょう」
ティーナもにっこりと。
「それは楽しみだ。だが、良いのか? あれだけの奇抜な料理となれば、料理法を秘匿して儲けられるかもしれないぞ」
「いいえ、各地で美味しいモノが食べられた方が、冒険者にとってはありがたいですから」
「ふふ、そうか、なるほどな。うむ、気に入った! ロフォール卿、一つ侯爵領が改革で余っていてな。私に忠誠を誓うなら、それをくれてやっても良いぞ?」
レベッカはティーナと馬が合うようで膝を打ってそんな誘いを出してくる。
「い、いえ、それは、恐れながら、前にもお断りした通りですから」
ティーナが恐縮するが、ハンバーグで侯爵の地位がもらえるとはね。なんか凄いな。
「陛下、なりません」
「そう言うな、ミース。上にゴマをするか、私腹を肥やすことしか頭に無い無能共より、自分で剣を取って戦い、外交任務もこなす有能な人材の方が何倍も役に立つぞ?」
「ロフォール卿の有能さに口を挟む訳ではございませんが、ミッドランドとの関係や他国との外交交渉に悪影響があります。お考え直しを」
ミッドランドはともかく、他国もか。ま、外交官を引き抜きまくっていれば、派遣する国も警戒するかもね。
「フン、まあ、覚えておけ。私は欲しいモノは必ず手に入れてきた。いずれアルカディアは東の大国として栄華を誇る。そして国を大きくした王として私は吟遊詩人達に永きにわたり謳われる事になろう。ロフォール卿も自ら膝を屈し私の下へ来るようにしてやるぞ。お前も私のモノにしてやる」
自信満々でそうニヤリと笑うレベッカ。ティーナの方は有能と褒めそやされたせいか、私のモノ宣言をされてしまったせいか、やや頬を紅潮させて困り顔だ。
「陛下、お戯れはそのくらいに」
ミースが冗談として扱うが。
「私は本気だぞ。お前もそうして手に入れたではないか」
「はあ。いえ、私のことは良いのです。今は外交の場、ロフォール卿もお困りの様子、また日を改めてと言うことに」
「うむ。そうだな。だが、外交ももう終わったのではないか?」
そう確認するレベッカに、ティーナが口を開く。
「いえ、陛下、ロフォール子爵としてお願い申し上げますが、トリスタンへの侵攻は延期していただけないでしょうか?」
「それはダメだ。お前の頼みであったとしてもな」
あっさりと断られてしまった。ちょっと直球過ぎたかな。
「アルム川の問題に関して、手を打てるとしても、でしょうか?」
今度は俺が変化球を投げてみる。アルム川とは、トリスタン側からアルカディアへ向かって流れる川で、両国では水量の取り合いなどの問題でこじれている。
「無論だ。だが、どう言う手を打つというのだ?」
ふふ。興味がお有りのようですね。
「トリスタンと私が交渉し、引き込む水を減らしてもらったり、あるいは、こちらで新しい水源を見つけるなり、お任せ頂ければ、方法はいくらでも」
「……どう思う、ミース」
「お断りなさいませ。水量が多少増えたところで、上流に主導権を握られたままの状況は覆せません。新しい水源に至っては、探すだけ無駄かと」
「では、新しい水源が見つかれば、戦は取りやめて頂けますね?」
ここは言質を取りに行く。
「待て待て、なぜそんな話になる」
「此度の戦の大義名分、それは元を質せばアルム川の水量を取り戻すことにあったはず。戦に頼らずとも、結果をお示しになれば、アルカディアの臣民も陛下の偉業を末代まで讃えることかと」
「フン、それなりに調べては来たようだが、川の問題を片付けただけで末代までなどと、笑わせる」
「いいえ陛下、収穫が安定すれば、国は繁栄し、民の生活も豊かになります。そうなれば国庫も潤うことでしょう。農業は国の礎、大国で農業をおろそかにしている国など一つもございません」
当然だ。他国からの輸入に頼っていれば、戦争や経済制裁などで輸入が止まるような事態となれば、簡単に窮地に陥る。止めるぞ、と脅されたり、ほのめかされるだけで、地位は弱くなる。
戦中の日本も食糧不足が深刻であったし、ナチスドイツも肥沃なウクライナを生存圏として求めた。
現代の日本は異なるが、アメリカの穀物生産高は世界2位、ロシアは5位、フランスは7位、ドイツは13位である。
腹が減っては戦は出来ぬのだ。
「いや、それは生産地を押さえてしまえば良い。それよりも交易だ」
レベッカが最近、力を入れている交易は金や嗜好品をもたらす。だが、それらは必需とは言えない。交易を始める前は無くても生活できていたのだから。
「もちろん、交易を否定するつもりはございません。ただ、アルカディアの位置を考えると、トリスタンと険悪な関係になってしまえば、行商人もルートを変え、交易路も途絶えてしまうのでは?」
「だからこそ、目障りなトリスタンを平定する。明快な論理にして単純な帰結だ」
「いいえ、大国を平定するコストと時間、犠牲、それを陛下はお見逃しになっておられる」
「む。三年だ! 三年で片を付ける! お前もアプリコットの花の実力を見たはずだぞ」
「ええ、同時に、私はトリスタンの飛行部隊の実力も目の当たりにしております。断言してもよろしいですが、ワイバーン部隊を倒すことは花の戦乙女達にも叶いますまい」
「貴様、私が設立した騎士団を愚弄するかッ!」
一瞬で剣が鞘から放たれ、ティーナのレイピアと、レベッカの宝剣が交差した。
キンッと金属が激しく鳴り火花が散る。
…うへえ。下手したら、今、俺の首が飛んでたわー。
誰よ、他国の外交官だから大丈夫って言ってたのは!
甘かった。
「ユーイチ、謝罪を」
剣を交差させたまま、ティーナが言う。
「も、申し訳ございません! 陛下の肝いりの部隊とはつゆ知らず、しかし、短い期間でよくもあそこまでの精鋭に育てられましたね」
「フン、舌の良く回る奴だ。元々、アルカディアは女性も剣を持つことを厭わぬ。華やかさは私の趣味も有って入れたが、実力は元から有った。それだけのことだ」
となると、アプリコット騎士団が活躍するだけでは、レベッカの業績としては弱いと言うことなのだろう。
「陛下、斬ってはなりません。外交の使者なれば、ここはご辛抱を」
ミースが止めてくれた。
「よかろう。だが、二度は無いぞ?」
レベッカがそう言って剣を鞘に戻した。
「ふう、肝に銘じます」
それとワタクシ、アプリコット騎士団の初代ファンクラブ会長を務めさせて頂きますッ!
「さて、夕食にお前達を誘う予定であったが、そこの口の悪い黒ローブは席を外してもらうぞ」
「は」
残念な結果になってしまったが、ティーナとは夕食を共にするつもりのようで、まだ脈はある。
「さて、ティーナ一人というのも味気ないしな、誰か、パーティーの他の者を連れてこい。あー、そうだな、ユーイチ、私と同席させる上で、お前が最も推薦したくない者の名を挙げよ」
「え? リム? でしょうか…」
「よし、そのリムとやらを連れてくるように」
「「 ええっ!? 」」
俺もティーナも再考を求めたが、却下された。
まー、リムも相手を怒らせなきゃいいんだけどね。
どうなることやら…。




