第七話 同盟の画策
2016/11/27 誤字修正。
一室に通され、立ったままでイザベルとアリシアは話をした。今の両国の関係をよく表している。
「ふむ、理由は分からぬということか」
ハーピーが襲って来た理由をイザベルは知りたがっていたが、こちらにはその情報は無い。
「ええ。ただ、このような事は初めてです。何か理由は有るかと思いますが」
アリシアが軽く頷く。隠している感じは無い。アルカディアには隠す理由も無いだろう。
「それでぇ、補給の件ですけどぉ」
彼女が担当だからか、その話を持ち出すメリル。
「ああ、いや、私も話が付いたらすぐに戻るから気にしなくて良いぞ」
イザベルが首を横に振る。
「ああ、それはありがとうございますぅー」
メリルがにっこりと笑って礼を言う。
「では、アルカディアとの話はこれで済んだな」
イザベルが武人らしく簡潔に言う。
「ええ」
この場で決まった取り決めは、拾った魔石と羽のドロップアイテムはトリスタンとアルカディアで等分に分けること。いちいち倒したハーピーの数など双方とも数えていないのだから、それが良いだろう。冒険者の方は手持ちのカードを詳しく調べれば討伐数も割り出せるが、こちらも今回はあまりにも数が多いために、拾った者がそのまま取得する形にすると、この街のギルドマスターが宣言した。
俺は相当、拾いまくったぜー。ヒヒ。
「では、次はそっちとだな。ロフォール卿」
イザベルがこちらを向き、ティーナも頷く。
「ええ。今回の救援要請に応じて下さったこと、誠に感謝しております。いずれ正式に我が国王陛下より、感謝状が届くかと」
「そんなものは不要だ。ま、上は寄越せと言うかもしれんがな。だが、アレは使徒だったのか?」
「ううん、それは…」
「あれだけの数です、尋常ならざる事態、そこは使徒と想定して当然かと」
いけしゃあしゃあと俺が言う。
「ふむ? その割には簡単に倒せたし、すぐに退いたな?」
「まだ大半が逃げおおせて残っております。油断無きよう」
「うむ。まあいい、こちらは被害も出なかったし、これでミッドランドに借りは返した。そうだな?」
「ま、多少は、ですが」
俺がそう答えておく。
「多少か。まあ、その辺はセリーヌか誰か、他の者と交渉してくれ。私はあくまで現場の隊長に過ぎぬ。ではまたな」
「イザベル様、ありがとうございました」
俺とティーナが頭を下げる。
「なに、気にするな」
イザベルはそう言って外に出て、ワイバーンにまたがり、颯爽と去って行く。
ワイバーンの方はやはり竜の亜種とあって、目が怖かったが、大人しくしていた。
分析しておいたが、ワイバーンのレベルは36、今の俺達ほどでは無いにしてもそこそこ強い。イザベルのレベルは、察知されて気を悪くさせてもアレなので分析は止めておいた。
「さて、ロフォール卿、私からも礼を言いますわ。自ら戦い、さらにトリスタンの援軍も便宜してくれるとは、我らが女王も感謝されることと思います」
アプリコット騎士団団長、アリシアがティーナに向かって言う。
「ええ、ですが、相手は魔物、ここは国を超えて助け合うべきでしょう」
ティーナがとっても良いことを言うが、それじゃ困るんだよな。
「オホン! ゲホッ、ゴホン」
俺はわざとらしく咳き込む。
「む」
『ティーナ、トリスタンへの侵攻中止、それを持ち出すのは今しか無いぞ』
念話で促す。
「ああ、ユーイチ、それはあなたからお願い」
「分かった。では、アリシア様、現在の状況、正しく認識しておいでですかな?」
「と言うと?」
「ハーピーの軍団を一時的には撃退しました。が、彼らはワイバーンを恐れて逃げ去ったに過ぎません」
「何だと! 貴様、手柄は全てトリスタンに有るとでも言うつもりかッ!」
ルフィーが怒り出す。まあ、実際、アプリコット騎士団も頑張ってたし、彼女達の働きが無ければすでにこの街は落ちていたことだろう。
だが、それではトリスタンへ開戦する流れは止められない。
「そうは言っておりませんが、ワイバーン部隊がいなければ、まだ我らはハーピーの群れと戦っていたのでは? 下手をするとこの街も落ちていたかも」
「あり得ぬッ!」
「ルフィー」
アリシアは静かにそう言い、ルフィーを制した。
「それで、ミッドランドの使節としては、私達にどうしろと?」
「いいえ、アリシア様、外交などではなく、この街の防衛を第一にお考え下さい。ハーピーはおそらく再び襲ってくるはずです。それに対する備えを怠ってはなりません」
ここは当たり前のことを言う。トリスタンと和解してくれなんて言ったら、火に油を注ぐようなもんだろうしな。
言外に、トリスタンの飛竜部隊は当てにしちゃダメよ、騎士団は街から動いちゃダメよと、これは切れ者の感じのアリシアなら何も言わなくとも検討はするだろう。
「……いいでしょう。あなた方の忠告は確かに聞きました。一週間後、女王陛下がこの街においでになります。謁見が叶うよう、取り計らっておきましょう」
さすがアリシアちゃん、話が早い。アプリコット騎士団は一週間は動かないことが決定。
「おお、ありがたき幸せ」
「ありがとうございます」
ティーナも礼を言い、俺達はその場を辞した。
「ユーイチ、ありがとう。あなたのおかげでアルカディアの交渉も上手く行きそうだわ」
「礼はまだ早いぞ。アルカディアの女王は、誰かさんに似て思い切りが良いタイプだ。ハーピーの襲撃の可能性は無視して、当初の計画通りに攻め込む可能性もある。いや、そっちの方が可能性が高いだろうな」
他国との大規模な戦争は準備に時間が掛かる。しかも大国相手となると、文字通り国家の存亡を掛けた戦いとなろう。
一方、この街はモンスターに襲われたが、仮にここが落ちても、国という全体の枠組みから見れば、たくさんある街の一つが陥落したに過ぎない。
ティーナはこの街を見捨てることは出来なかったが、あの剛胆そうな女王なら、どうか。
「む。この街が危険なのに、他国との戦争を優先すると言うの? それは…ううん…」
説明せずともティーナには理解できているはずだ。
頭で分かっていても、感情的に割り切れなかっただけ。
「ま、俺達は自分の仕事をやれば良いだけだ、そうすればこの街の危険度も下がるし、ミッドランドの安全度も増すからな」
「ええ、そうね」
宿に戻って休む。
ローブを脱いでさて寝るかと思ったとき、ドアがノックされた。
「どうぞ」
「あの、ユーイチさん」
「ああ、クロ、どうした」
「それが…あのハーピー達のことですけど」
「うん」
「あの笛の音、使徒の話にも出てきたと思うんです」
「うん? ああ、ネズミのモンスターを笛の音で操ったというのがあったな」
大司祭ブンバルトが教えてくれた使徒の伝承の中に、そんなエピソードがあった。
「ハーピーも笛の音に操られていたのでは?」
「む、なるほどな……よし、その話は明日、朝食の時にでもみんなと話してみよう」
「はい、少し気になったものですから」
翌朝、その話をしてみたが、モンスターの種類が違うと言うことで否定的な意見が多かった。
ま、違うのなら、その方が良いんだが……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「どうだ、リサ」
城壁で空を見ているリサに俺は声を掛ける。
アルカディアの女王との謁見を待つ間、ハーピーの群れに襲われては敵わないので、警戒は怠れない。アプリコット騎士団も巡回や城壁での見張りをやっているが、うちの斥候チームもこうして独自に空を警戒していた。
「ええ、今のところ、何も無いわね」
「そう、良かった」
「アンタが外を出歩くのは珍しいじゃない」
「人を引きこもりのように言わないでくれ。まあ、冬はベッドの中が一番幸せだけどな」
「この怠け者」
「ええ? せっかくこれを持って来てやったのに」
二十センチほどの丸い石を渡す。
「んん? 何コレ、温かいわね」
「石の中に焼いた石を入れてるんだ」
ストーンウォールの呪文とファイアの呪文で作った懐炉だ。二重構造にしているので火傷しにくいのがポイント。
残念ながら、アナライザーさんにはただの石としか評価してもらえなかった。
「ああ、なるほどね。ありがとう」
リサはそう言って微笑むと、すぐに空に目を戻した。真面目だね。
次は西門に行ってミネアやルフィーにも同じ石を手渡し、宿に戻る。
「ああ、ユーイチ、リックス達から手紙が来てるわ。あなたにも一通」
「ふうん? 俺にもか」
ティーナから羊皮紙の巻物を受け取る。封印は無いから、ジーナ大ババ様あたりかな。
そのまま、ティーナの部屋で椅子を借りて手紙を読む。
『ユーイチ様、特に問題はありませんが、早めに戻って来て欲しいです。エルより』
ふむ、エルからだったか。
だが、内容はこれだけ。
………。
「むほっ! これはアレか!? 寂しいから早く帰って来て下さいという、婉曲なプロポーズみたいな!?」
「そんなわけ無いでしょ。どこをどう解釈したらそうなるのよ。ちょっと見せて」
ティーナは俺宛の手紙はまだ見ていなかったようで、俺から取り上げるようにしてそれを読む。
「ふう、熱でもあるんじゃないの、ユーイチ」
「平熱だ。だが、わざわざエルがこう書いてくるからにはだな―――」
「単に、ゴーレムが使えないからとか、そう言うことじゃないの?」
「むむ、いや、そんな現金なことなのか…?」
ちょっと期待して盛り上がったテンションが一気に失せてしまった。
手紙もタダでは無いので、内容の無い手紙は書いて欲しくないんだがなぁ。
セルン村で大きなトラブルが発生していないと言うことが分かっただけでもよしとするか。まぁ、トラブルが発生していると分かったとしても、外交の任務があるから、すぐにほっぽり出して帰るというわけにも行かないのだが。
「ふふっ。それと、これ、リックスがあなたに早く仕事を終えてくるようにって」
「ふうん?」
俺にサボるなという意味合いで書いたのかね?
リックスのティーナ宛ての手紙を受け取り、そちらも読む。こちらはきちんとした報告書になっていて、代官のタールが学校を設立したこと、織機をセルン村に持ち込んで絹の服の生産に入ったこと、浮民の受け入れが増えたことなど、詳細だ。枚数も多い。
リックスはタールがロフォール砦の騎士団の兵数を勝手に減らしてしまったのがかなり不満なようで、ティーナに処分を求める内容となっていた。
「タールの報告書は?」
「こっちよ」
そちらを受け取り、該当の箇所を探す。あった。浮民受け入れによる人口増加や諸々の事情でロフォールのパンの値段が高騰しているので、騎士団の兵数を減らしたと報告があった。スレイダーンの偵察は逆に強化していると言うから、防衛にも配慮はあるようだ。
「どう思う?」
ティーナが聞いてくる。
「君が問題無いと思えば、それでいいんじゃないのか」
「他人事ねえ。家臣としてきちんと判断して」
「いや、そう言われても、俺は専門家でも無いからなぁ」
だが、それはティーナも同じか。経験が無く、知識もしっかりしているとは言いがたい。
「リックスはこれで戦となれば深刻な影響が出ると言ってるけど、タールの方はスレイダーンとの関係は改善しているし、今のところ戦になる気配は無いそうよ」
ティーナが言う。
「まあ、リックスもスレイダーンの動きは無いって言ってるし、あれだろ、防衛担当だから、軍事予算や兵数に手を突っ込まれたのが気に入らないんだろう」
「ええ? だとしても代官の方が立場は上なんだし、タールはエックハルト家の養子、いずれは貴族を継ぐのよ? 分かった。そこはタールの方針に従うよう、返事を書いておくわ」
「うん、それでいいんじゃないかな。ま、タールにはこれ以上、兵数を減らさないよう、釘を刺す感じでさ」
古参で重臣であるリックスの顔も立てておかないと、タールとの関係が悪化しかねない。リックスも警告しているし、防衛担当の意見を無視するのもまずい。
「ええ、そうね、タールに言っておくわ」
ティーナは返事を書き始めたが、俺の方は返事は別に良いだろう。予定より一週間程度遅れるかもしれないが、じきに戻るからとエルに言付けてもらうようティーナに書いてもらうことにした。




