第五話 魔術入門の書
2016/12/23 若干修正。
「起きるニャ!」
「むむ? うわ」
目を覚ますと、目の前にネコミミ少女がいたのでちょっとびっくりした。
タンクトップで胸は結構でかい。
「安心しろ。リムは別に人を食ったりしないぞ」
別の盗賊が言う。
そこで思い出したが、俺は昨日、盗賊団に捕まっていたんだった。
「ム、それは失礼ニャ。まるであたしがモンスターみたいだけど」
「悪かった。だが、猫族を見た事も無い奴だっているだろう」
「それでも、モンスターと間違えるのは納得行かないニャ!」
揉めそうなので早めに言っておくことにする。
「ああいえ、寝ぼけて驚いただけで、ちゃんと人間だと思ってますよ、リムさん」
「ああ、そうニャ。寝ぼけたなら仕方ないニャ」
納得してくれたらしい。そんなに賢そうにも見えないが、人並みの知性は持っている様子だ。
まあ、ワダニも犬耳だったしな。
普通の人間だろう。
「じゃ、早く行かないと、食いっぱぐれるニャ」
「ああ」
朝食の時間のようだ。昨日と同じ洞窟の広い場所に行き、焚き火でパンを炙って食べる。
「あ、美味い」
こちらに来て、初めてまともなパンを食った気がする。日本のパンに比べると、固いし、味は数段落ちるけど。
「へへ、そりゃそうよ。貴族に納める上等な小麦粉だからな」
「へえ」
「だが、残りはもうあんまり無かっただろう」
「それは仕方ねえさ。また荷馬車を見つけて、上手くやりゃいいってことよ」
どう見ても犯罪なのだが、上手く成功してくれと思ってしまう。
ただ、小麦粉だけではなく、炙って食べるから美味しいのだと思う。奴隷や使用人では、なかなかこういう一手間がかかったパンはありつけないのだろう。簡単なことなんだけどなあ。
「酒や上等な肉もそろそろ欲しいところだな」
「よし、じゃあ、大物を狙っていくか」
「応!」
「じゃ、あたしも、今日はそっちに回った方がいいニャ?」
「いや、リム、お前は魚でいいぞ。そういつもいつも商人が通るわけでもねえしな」
「分かったニャ」
「それと、リッジ、お前は今日は留守番だ」
「ああ? 何でだよ。俺だってもう一人前だぞ」
「待て待て、そうじゃねえよ。一人前だから、コイツが逃げないように、見張って欲しいんだよ」
「ああ、そう言うことか。分かった。逃げたらぶっ殺す」
「いえ、逃げません…」
「適当に枝や薪も集めておいてくれ」
「ああ? 見張りながらか? どうやれって言うんだよ」
「ソイツと一緒に出かけりゃ済むことだろうが」
「ああ」
「じゃ、任せたぞ、リッジ」
「おう」
盗賊の主要メンバーは、本業。ネコミミのリムは魚獲り、俺とリッジはお留守番と薪集めか。
ま、楽そうで良かった。
「じゃ、リッジさん、僕らも薪を集めに行きましょう」
「ああ? 今からか?」
「ええ。他に何か用事があるんですか?」
「いや、ねえが、かったりーなー」
「嫌なことは先にぱぱっと済ませた方が、気分的にも、のんびり出来ますよ」
「ええ? 俺は後にした方が、のんびり出来るけどな」
「それだと、間に合わなかったら、お頭達に怒られるんじゃ?」
「ま、そうだけどよ。分かった、じゃあ、さっさと済ませるか」
「ええ」
洞窟の外に出て、薪やファイアスターターの枝を集める。
「リッジさん、もうこのくらいで良いでしょう。戻りますよ」
「お、おう、やけにあっさり集めたなぁ」
ふふふ、こっちはスキルシステムがあるんだし、十代の少年ごときには負けませんよ。
「じゃ、俺はのんびり見張ってるから、お前は入り口には近づくなよ」
「ええ。ついでに、ちょっと掃除しておきます」
「ああ、勝手にしろ」
散らかっているゴミが気になっていたので、それを入り口の外に持って行き、後はリッジに任せる。リッジはゴミには全く興味を示さず、入り口でござを敷いてごろ寝しているが、ま、俺に危害を加えないんだからそれで良い。
ついでに、この洞窟を見て回ったが、盗賊が十人程度暮らすには充分な広さがあるものの、奥は行き止まりで何も無かった。だが、もう一つの分かれ道、そこの奥に色々と物品が集めておいてある。
「むむ、これは」
彼らが商人から通行料として巻き上げた品物らしい。小麦粉が入っているらしい袋が二つ。酒樽が四つ。チーズの大きな塊が三つ。豪華な椅子が一脚。髪飾りや指輪などの装飾品。鎧や剣もある。
「それは俺たちのお宝だぜ。ちょっとしたもんだろ」
リッジが後ろからやってきたのでちょっと焦った。だが、咎めるつもりは無い様子。
「ああ、そうですね」
「この金の女神像なんて、スゲえよな。ジークは偽物だって言ってたけど、お前、分かる?」
「うーん、そう言う鑑定は出来ないので。でも、似たような大きさの鉄の像があれば、重さで分かるかも?」
「ん? なんで?」
「いや、金の方が三倍くらい重いので」
「へえ? じゃ、これとこれを比べて…むう、同じくらいだな」
「じゃあ、多分、偽物ですね」
「ちぇっ、面白くねえの」
リッジはつまらなさそうに像を乱暴に投げて戻すと、今度は干し肉を袋から出して食べ始める。
「勝手に食べて良いんですか?」
「これは俺たちのだ。自分たちのモノをいつ食おうが勝手だろ?」
「そうですね」
「お前も欲しいなら、食えよ」
「いいんですか?」
「良いだろ、別に」
「じゃ、ありがたく」
一切れ、ちぎって食べる。
「ああ、でも、そこの酒は手を付けるなよ。高い酒は、まずお頭が飲むからな」
「ええ、分かりました」
酒は飲まないので、どうでも良い。リッジは用は済んだとばかりに、入り口の方へ去って行く。
「ふーむ」
あまりじろじろ見ていても、まあ、リッジが気にしなかったのなら、鑑賞は自由なのだろう。他にすることも無いし、何か使えそうな物が無いか、見ていくことにする。
「ニ、ニー」
クロが不安なのか、そんな鳴き声。
「これは俺たちのだ。自分たちのモノをつつくのは勝手だろ?」
リッジの口調を真似て言う。
「ニー…」
気に入らない様子だが、別にくすねるつもりでも無いのだから、これくらいは大目に見てもらわないと。
「あっ、これは」
布に巻いてあったので、チーズか何かかと思って開いてみたら、ハードカバーの赤い本だった。
「おおぅ、しかも、これは魔術入門…!」
タイトルが読めたので感激。
男爵のお屋敷では書斎に入る前にアルフレッドに捕まったからなあ。鍵が掛かっている部屋にあったし、きっと、この世界ではこういう製本は貴重品なのだろう。
ありがたや、ありがたや。
さて、さっそく、盗品のやたら豪華な椅子に腰掛けて、読むことにする。ここにも白く光るランタンが置いてあり、明るさは充分だ。炎では無く、魔法の品なのだろう。ちょっと興奮する。
一ページ目を開く。
魔術師協会ミッドランド支部会員 ルクス=カークラントが写本す。
聖暦236年2月9日
一ページ目はこれだけ。
原本では無いようだが、字は綺麗なので、後は写し間違いが無ければ充分だ。
二ページ目。
魔術入門
ゲイル=ルザリック著
もちろん、俺の知っている名前では無い。
この人が歴史に残る偉大な魔術師なのか、はたまた、その辺の三流魔術士か、それは分からないが、写本するのはそれだけで大変だろうし、これだけの高級感ある製本だけに、価値のある書物、名を残す魔術師のはずだ。
三ページ目。
はじめに。
この本を取る者は期待に胸を躍らせているだろう。
自分にも魔法が使えたら、どんなに素晴らしいかと。
しかし、残酷なようだが、最初に言っておかねばならない。
魔術はあまりに広く、とてつもなく深い。
さらにある種の天賦の才能を必要とする。
従って、誰もが魔法を使えるわけでもない。
どれほど高名な師に教えを請おうとも、
どんなに修行しようとも、
使えぬ者は一生、使えないのだ。
大魔法に至っては、数千の魔法使いのうち、
厳しい鍛錬と優れた研究を成した一人だけが
辿り着ける境地である。
その過程で、失敗して命を落とした者も数多い。
故に、私は断言しよう。
魔法使いを目指さぬ方が幸せになれると。
より豊かな人生を送れると。
私自身、過去に戻れるならば、魔術を選ばず
ブリジットに愛の告白をしたい。
なぜ、収穫祭のあの日あの時、彼女を
ダンスに誘わなかったのかと、
六十年前の私を激しく問い詰めたい。
私にとって最高に幸福で、
最大の屈辱だったその日のことは
今でも鮮明に覚えている。
いや、忘れられるはずがあろうか。
あの日は良く晴れた日であった。
寝坊して起きた私はあのうるさい大家に―――
「んっ? あれ?」
途中までは普通の前書きだったのだが、途中から回顧録のようになっており、何ページもそれが続く。
ひょっとして題名だけそれっぽくした小説なのではないかと焦ったが、本を真ん中辺りまでめくると、
ちゃんと魔法の術式と手順が細かく書いてあり、うん、大丈夫、これは魔術の本だ。
回顧録もちょっと興味が湧いてしまったが、魔法の方がずっと大事だ。
リッジは気にしないかも知れないが、他の盗賊達に読書を邪魔される可能性がある。
パラパラとページめくって、俺は目次を見つけた。
45ページ目。目次。
前書きが四十数ページあるって、なんかそれも凄い本だな。
後書きが三百二十九ページ目なので、一割強を占めるのだが、まあいい。
1 魔術とは何か 46ページ目
2 魔法適性の確認 50ページ目
3 魔力の鍛え方 53ページ目
4 覚えるべき魔術 78ページ目
5 四元素について 89ページ目
6 相反の関係 152ページ目
7 魔術の分類 158ページ目
8 ライト 192ページ目
9 ファイア 210ページ目
192ページ目以降は個別の呪文が八個ほど並んでおり、すぐにでもそこを読みたいところではあるが、目次の並びを見る限り、入門者向けに順序よく並べていると考えられるし、最初の基本事項は押さえておいた方が良いだろう。
1 魔術とは何か
魔術とは、世界を満たしているが普通には目に見えないマナを通じて云々―――
と、これは現代日本でもおなじみのファンタジーの定番の概念が書かれてあったので、全て読まなくても理解できそうだ。
こちらの世界では炎の呪文を目撃しているので、この本の内容の正確さはともかくとして、魔術の存在については疑う余地も無い。
後で時間が許すならまたじっくり読むことにして、ざっと流し読みして、次の項目へ進む。
「ニー」
「ん、ああ、クロ」
本にすっかり没頭していたが、クロが後ろの大きな木箱の上に乗って、俺を覗き込んでいた。
「後で構ってやるからな」
軽く首を撫でてやる。
「ニー…」
残念そうにしているが、今は我慢してもらおう。
呪文さえ使えるようになれば、この盗賊団から逃げ出すのも簡単だ。
いや、それどころか、この世界で神になれるかもなぁ。
ぐふふ。