第十八話 使徒
2016/11/27 若干修正。
トリスタンの王城に事情聴取として呼び出されている俺達。
水色の髪の美少女高官アイネちゃんが、あのグリーンオークを『使徒』と呼んだ。
あの違和感の強いモンスターについて、トリスタン側は何か知っているようだ。
「ブンバルト様」
アイネが頷き、大司祭ブンバルトに説明を任せる様子。
「うむ、それについては、ワシから説明しよう。大司祭に代々伝わる神話では、神々の御代が終わり、人類最初の王国が出来た頃の話じゃ」
ファルバス神のお告げを得た英雄王グランハードは、九人の仲間と共に竜王を滅ぼし、瞬く間に国を大きくしたという。それについては、俺も去年の暮れに英雄王の本をティーナにおねだりし、全巻揃えたのでよく知っている。
玉座の間に踏み込んで、ついに竜王と対峙した時に、「この世界の半分をお前にくれてやる」と持ちかけられる、あの某有名ゲームのパクり話だ。
いや、こちらの世界では本当に有った話かもしれないが、ともかく、俺が勇者ならあそこで間違いなくイエスと答えるだろう。
竜王がすぐに勇者と戦わず、交渉を持ちかけるのは、相手の武力に脅威を感じ、穏便に済ませようと考えたからだ。
もちろん、某ゲームでは、そんな選択をしようものなら、とんでもないことになって王様に叱られちゃうんだけども、それはゲームだし。ラスボスと懇ろになりました、ではプレイヤーが納得しない。
俺は毒や睡眠薬を盛られそうになっても、アナライザーさんさえいれば、回避できる自信があります。
と言うか、竜王に仕える出来る部下として贅を尽くし、ハーレムなんか作っちゃったりして、うひょっ!
むむ、なんか、ティーナがギロッと凄い目で睨んできたので、真面目に話を聞こうっと。
話を戻すが、潔癖症らしい英雄王は竜王を倒した。それが後世に伝わる歴史だ。
竜王を倒し、千年王国の礎を築き、めでたしめでたしで終わるかに思われた物語は、使徒と呼ばれる謎のモンスターの登場によって状況が一変する。
竜王を倒せるほどの英雄王が苦戦し、何人かの仲間は返り討ちに遭い命を落としてしまう。
俺の持っている英雄王の本は、竜王を倒し国を作ったところで終わっていたのだが、大司祭ブンバルトは裏の歴史を語ってくれた。
真偽を確かめるすべは無いが、あのグリーンオークと使徒が関係するなら、聞いておかねばなるまい。
アレはどうも、普通のモンスターとは違う。
何が異質なのか、と聞かれると答えに困ってしまうのだが、クレアが言っていた、邪気に満ちているという形容が一番しっくりくる。
「使徒は全部で十二。その一つに、剣で切っても切っても再生するという緑の魔物がおってな。英雄王が取った対策は、肉片を小分けにして魔力を奪い、石の中に封じるというモノなのだ」
ブンバルトが静かに語ったが、なるほど、グリーンオークを使徒と同一視してもおかしくない特徴だ。
「そんな話が……。使徒とは何なのでしょうか?」
ティーナがブンバルトに問う。
「分からぬ。文献も調べてみたが、使徒に関する記述は極めて少ない。伝承も使徒がどのような技を使い、英雄王がどうやってそれを倒したかという部分しか伝わっておらん」
「他の使徒は、どのようなモノが?」
俺が聞く。
「第一の使徒は、『統率』を使う。これは―――」
「オホン、それに関しては、まず、そちらの誠意を見せて頂くということで。こちらも、重要機密をただで教えると言うわけには参りません」
ほっとけばブンバルトが全部教えてくれそうなのに、ううん、アイネちゃんも人が悪いね…とは言え、これが交渉であり外交だ。
相手から、如何に自分の望む利益を得るか。
有能な外交官は相手に嫌われようとも、自国の利益を最大化する。
相手が嫌がることを折衝して飲ませてこそ、主導権を握っていると言える。
『国家に真の友人はいない』
国家とは何か?
「朕は国家なり」とのたもうたブルボン朝"太陽王"ルイ14世の例もあるのだが、
実際には多数の人間の集合体であり、百人の人間がいれば百の考え・好き嫌い・利害が存在する。
こちらの世界は中世の王権神授説に基づく絶対王政に近いと思われるが、それでも宰相や大貴族の意見は聞いているようだったし。
従って状況次第で、自国以外は、全て敵となり得る国家であり、その時その時で利用できるか否か、でしかない。
相手と仲良くしたいだけなら、国家を背負わずに個人的な友誼を結べば良い。
うん、アイネちゃんとは、個人的に仲良くなろう。
なので、ここは、本気で行く。
「もちろん、魔物相手ならミッドランドとしても協力を惜しみ――」
ティーナがそう言って頷きかけるが、俺はすぐさま遮る。
「待った! すでに我々はトリスタンの王都にて、使徒を倒すという誠意を見せております。そちらが協力を求められるのであれば、まず、使徒に関する情報の全ての開示、並びに、ミッドランド国王ハイフリード十六世陛下に対する一千万ゴールドの謝礼、さらに、ミッドランド国内に使徒が出現した場合、これをそちらの武力で倒すことを確約して頂かないと、公平とは言えないでしょう」
少し早口になってしまったが、一気に言い切った。よく頑張った、俺。
「ちょっ!」
さすがにふっかけた分、ティーナがのけぞって二の句が継げない状態になっているが、大丈夫、君が全権大使で、俺はただの部下。話が本当にまずい方向に行くようなら、この場で取り消せば良い。
「ほほう、言いおるわ」
ブンバルトは怒るかと思ったが、交渉には手慣れているのか、太い眉を吊り上げただけでむしろ笑っている。
「話になりません。情報の開示についてはやぶさかではありませんが、一千万ゴールドの大金を報酬として求められるのであれば、こちらが使徒を倒すという約束については不要かと」
当然、アイネも拒否してくる。ただし、情報の開示は最低限のラインとしてこちらに譲ってくれるようだ。
ここから落としどころを『交渉』して探っていく。
初めから「利益は半分こ、ウィンウィンが良いよね!」なんてのは、相手が同条件で納得する前提、信用がなければ通用しない。
特に普通の国の外交官は国家から給料を受け取り、外交の仕事をやっているのであるから、自国のために『交渉』をやらざるを得ない。それが業績として評価される。
外交とはお友達ごっこでは無く、ビジネスなのだ。
そして『ビジネスとは戦争だ』
善悪を別として、相手の失点がこちらの得点となり、こちらの失点が相手の得点となるような、限られた資源を奪い合う『ゼロサムゲーム』では、勝者となるためには相手より多くの資源を取る必要がある。
盤上で黒と白で相手の駒をひっくり返して遊ぶオセ○、リバーシを想像すると分かりやすい。
『ミッドランド国とトリスタン国が、モンスターの脅威に対して協力する』
これはお互いに利のある話だろうし、ゼロサムゲームでは無い。
しかし、どちらがどれだけ負担するか、その比率を決めるのはゼロサムゲームでしかあり得ない。
俺は今回のトリスタンとの外交交渉において、フィフティ・フィフティを目標とする。
すると、交渉の出発点は、双方が妥協していく前の段階、アイネが飲めない高いハードルの条件を出す必要があった。
『無茶苦茶を言ってくるミッドランドの外交官を見事ねじ伏せ、まともな取引にした』という実績をアイネちゃんにくれてやるのだ。うひ。
もちろん、ティーナも外交官としてまともに実績を上げなければいけないので、そこが落としどころだ。
全部利益を向こうにくれてやったら、俺もティーナも文字通り首を斬られかねない。
ミッドランド国の代表が、ミッドランド国の利益を代表せずして、誰がミッドランドの為に働くというのか。
『ユーイチ、分かってるんでしょうね。私達はトリスタンと結びに来たのよ? トレイダー帝国に睨みを利かせてもらわないと』
パーティーチャットでティーナが確認してくるが、まあ、焦るな。
向こうは交渉の席を蹴っていない。
『ここは任せて欲しい。まずいようなら君に口を挟んでもらうが、まだ余裕で想定内だ』
『ううん…もう少し友好的に』
仕方ないな。交渉戦術を説明している暇も無いし、俺の上官はティーナだ。官吏が上官無視のスタンドプレーで行っても後々良くないし、指示には配慮しておこう。
「では、使徒に関する情報の全ての開示をして頂き、使徒の討伐には交互に協力すると言うことで、いかがでしょうか」
俺はハードルを大幅に下げた。
「まだ不足です。あなた方に対して使徒の対策という重要情報をお渡しするわけですから、情報の対価をこちらにお渡し頂けませんか」
アイネはさらにハードルを下げようと試みる。
「それなら、今回のグリーンオークの封印をもってその対価に、と言うのでいかがでしょう?」
俺が提案する。これで貸し借りゼロの状態でスタートと言うことだ。
「よろしいでしょう。では、そのように」
アイネが頷く。
決まったね。これでミッドランド国内で使徒が発生した場合にも、トリスタン側の協力が得られる。それに、ふふ、トリスタンの騎士団の一つでも呼んでしまえば、トレイダー帝国はミッドランドとトリスタンが同盟を結んだと思うはずだ。
「詳細については、後日、騎士団の長を交えてと言うことで」
言う。俺もティーナも軍事の責任者でも専門家でも無いので、軍事作戦の細かいルールをここで決めてしまうと後で問題になる可能性が高い。これは実務者レベルで協議してもらうのが良い。大筋合意だ。
仮に実務者レベルの協議で合意に至らず破棄になったとしても、使徒の情報さえ手に入ってしまえば、後はミッドランドの騎士団や冒険者だけでも使徒の対応は充分可能だろう。ダメなら、何か新しい対価を出して協力を要請する羽目になるだろうけれど。
「ええ、そのように。よろしいですか? ロフォール卿」
アイネがティーナに問う。
「はい、王命を受けた使者として、正式に同意します」
ティーナも異論は無いようだ。
「それでは、署名をお願いします」
アイネの部下が上質な巻物を持って来て、同じ文面を二巻作成する。そこにアイネとティーナがそれぞれ署名。確認し合い、完了。
「合意に至り、何よりです」
アイネが軽く微笑んだだけで終わらそうとするので、俺はすかさず大きな声で言う。
「ここは、握手を!」
「はぁ…」
「ユーイチ、それ、個人的な欲求で言ってないわよね?」
ティーナが俺をジロッと見て言うが。
「何を言う。双方の外交官が合意に至って握手するのは慣例ですよね!」
「そうですね、初対面ではあまりやらないかと思いますが、ミッドランドでそのような慣例であれば」
イエス!
「む、では、オラヴェリア卿」
ミッドランドでも初対面での握手はあまりやらないのか、ティーナが物言いを付けそうな顔を一瞬したが、すぐに笑顔に切り替えてオラヴェリアと握手。有能だね。
「では、ワシらも」
ブンバルトがニッと笑って俺がアイネちゃんに伸ばしかけた手をがっちりと掴む。いや、アンタはどうでもいいから、放して。
「それでは、握手も済んだことですし、ブンバルト様から説明を」
そう言ってアイネがさっさと着席してしまう。
「い、いやいや、まだ私とオラヴェリア様の握手が、ちょっと、ブンバルト様、もういいでしょう!」
「いやいや、ハッハッ、両国の友好が大事だからな。そうつれなくするな。末永く頼むぞ、ユーイチ殿」
はっ、なっ、せっ!
くそ、力強えぞ、コイツ。
「ユーイチ、使徒の話を聞きたいわ。握手はそれで充分でしょ」
腰の細剣の柄に手を置いて真顔で言うティーナ。く、まさかここで剣を振るったりはしないと思うが、ティーナが真顔の時は油断しない方が良いだろう。
諦めて俺も座る。
ふん、大丈夫、ここは別れ際のチャンスを狙うとしよう。




