第十四話 準決勝
2016/11/26 若干修正。
トリスティアーナ武闘大会、本戦。
S級冒険者や歴戦の猛者も参加してくる大会だけあって、思った以上にハイレベル。
すでに俺は脱落。腕の良い剣士に喉元に剣を突きつけられたのですぐ降参した。
リサもフルプレートアーマーの重騎士に当たってしまい、ボウガンもナイフも効果が無く降参。
リムは老獪な戦士のフェイントにやられて良いのをもらってしまい、敗北。
エリカも予選落ちだから、残っているのはティーナとレーネだけだ。
「レーネ選手、リングへ」
「私の番だな」
レーネがリングに上がる。
「頑張って、レーネ」
ティーナが声を掛ける。
「ああ」
「負けるなー!」
「頑張って下さいね」
「頑張れー」
俺たちも声援を送る。
対戦者がリングに上がってきたが、重装備の剣士。鎧のカラーリングは緑で、派手な感じだ。
彼はリング中央まで歩くと、ビシッと俺を指差した。
ん?
「ユーイチ! テメー、三回戦であっさり負けやがって、お前との対戦を楽しみにしてたが、がっかりだぜ! どうしてくれる」
え? え? 見覚えはあるけど…ああ、あの道具屋で絡んできた自分語り好きの冒険者か。グリードだか、グリーズだか、そう言う名前だった。俺とそんなに因縁がある相手でも無いと思うが…。
「ふむ、知り合いか? ユーイチ」
レーネがこちらを見て聞く。
「いいや」
「オイ!」
だってほとんど初対面だもの。
「なんだかよく分からんが、ユーイチは負けたからな。代わりと言ってはなんだが、私が相手をしてやるぞ」
レーネが言う。
「ほう、いいぜ。だが、俺様の相手になるかな。俺は―――」
「始め!」
審判の合図と共に、レーネが素早く踏み込んで大剣を上から振り下ろす。ガキンッと激しく打ち合う音がして、緑鎧の剣士も下から剣で受け止めていた。
おお? 意外と強そうだな。
「けっ、なかなか良い踏み込みをしてやがる。だがな! この疾風のグリーズにその剣速じゃ、通用しねえんだよ!」
「むっ!」
剣を一度引いたグリーズが、上半身を素早く左右に振ってフェイントを仕掛け、様子を見て防御の姿勢を取ったレーネに対して背後を取った。
「あっ!」
「えっ! 速い!」
むう、今の動きが速すぎて、瞬間移動したみたいに見えたぞ。
レーネも反応は遅れたが器用に大剣を背中に回し、半身のままでグリーズの剣を防いだ。
「まだまだぁ!」
再びグリーズが間合いを詰め、至近距離での打ち合いになる。うお、火花は見えるが、太刀筋が全然見えん。
「あかん、パワーはレーネが上やけど、あの間合いじゃ力が入らん。レーネ! 下がって!」
ミネアが言い、レーネも後ろに下がったが、すぐにグリーズが間合いを詰めてくるので距離が取れない。
「ちいっ!」
レーネは肩や頬にかすり傷を負って、これは相手が悪いか?
リングの端へ追い詰められつつあるが。
「レーネ、後が無いわ。早めに回り込んで!」
ティーナもアドバイスする。
「ハッ! させるかよ! ぐおっ!?」
グリーズはレーネが右に回り込むと読んで、大振りの横薙ぎを打ち込んだが、それを剣で受け止めたレーネ。さらに足でグリーズを前に蹴り出し、窮地を脱した。
「すまんな。私はまともな剣術はどうも苦手でな」
「けっ、よく言いやがるぜ、アレンジは入っちゃいるが、その剣捌き、足の抜き方、間違いねえ、きっちり仕込まれた雪華正伝流じゃねえか」
「ほう、詳しいな」
「へっ、俺の師匠が流派に詳しかったからな。ふう、仕方ねえな、ランスロットとやるまではこの技は見せるつもりは無かったが……どうやら出し惜しみできる相手でもなさそうだ。覚悟しろよ?」
「ふふ、いいだろう、掛かってこい。こちらも一つ大技を見せてやろう」
「上等だ! 宗家水鳥剣奥義! ワイルドホールリーブズ!」
「雪爆十六連!」
真っ直ぐ突っ込むグリーズに対し、レーネは大きく円を描くように剣を連続で振り回し、うお、床石が弾け飛んだ。
両者が交差した後、二人とも、互いに背を向けて停止する。
むっ、ど、どっちが勝ったんだ?
「はんっ! この俺様が攻撃をもらっちまうとは、なかなかやるじゃねえか」
頭から血を流し、がくっとその場で片膝を突くグリーズ。
「ふっ、面白い」
そのままの姿勢で軽く笑うレーネ。
よ、よし、勝ったか?
「あっ!」
レーネがすーっと力が抜けたようにリングに倒れ、ダメじゃん!
「勝者、グリーズ!」
「レーネッ!」
慌ててみんなで倒れたレーネの下に駆け寄ったが、ステータスは黄色で気絶しただけだった。ふう、驚かすなっての。
係員の回復魔法に加えて、俺も気付け薬を出して嗅がせてやり、レーネも気がついた。
「む、負けたか……」
「あの状況でよく笑ってられるわね。心配掛けるんじゃないわよ」
リサが言うが。
「ふふ、すまんすまん、だが、面白い技を見た。普通に攻撃を四度は当てたつもりだったが、どう動いたのやら」
「なに、三度まではこの鎧に助けられただけだ。後の一度は剣で撥ね返したがな」
様子を見に来たグリーズが言う。
「そうか。もっと威力のある剣、いや、当てる回数を増やせば良いか」
その前に、防御や回避の事を考えようね、レーネ君。
派手に破壊されたリングを修理するため、ムキムキの男達が石のパネルを持ってきて手作業で入れ替えていく。時間が掛かるかと思ったが、やたら器用な男達はあっと言う間にリングの修復を済ませてしまった。
「じゃ、ティーナ、残るはあなただけよ」
リサが真剣な顔で言う。
「ええ。分かってる」
「だが、無理はしなくて良いぞ。負けても大丈夫だ」
俺が言う。ティーナは真面目だからね。下手に気負って大怪我してもらっても困る。
「なんでよ」
「別にトリスタン国王の謁見が取れなくても、アルカディアで上手く挽回すれば良いさ」
外交としては50点で不合格をもらうかもしれないが、今回の外交の最大の目的は、トレイダー国が自由にミッドランド国に攻め込める状況を作らせない事にある。アルカディア国がトリスタン国に戦をふっかけない限りは、やりようがいくらでもあるのだ。トレイダーの国内で『トリスタンに不穏な動き有り』と噂を流しても良いし、『アルカディアとトリスタンが同盟を結んだ』という噂でも良い。
「ユーイチはそうやって楽な方へ楽な方へ考える癖があるけど、これで準決勝、ここまで勝ち上がってきたんだし、もうちょっとよ。私も全力で行くわ」
別に手を抜けと言ったつもりは無いのだが、ここでティーナと言い争っても仕方が無い。
「分かったよ」
「ええ」
「じゃ、ティーナ、頑張ってや」
「このまま優勝ニャ!」
「お気を付けて」
「ええ!」
気合いを入れたティーナがリングに上がる。
「む」
「ランスロット!」「ランスロット!」「ランスロット!」
場内からランスロットコールが巻き起こり、なるほど、前回のチャンピオンだけあって、観客も期待しているか。
青い鎧を身に纏った男が、笑顔で観客に手を振りながらリングに上がってきた。
「やあ、やあ」
どんな人かと思ったら、割と軽い人みたいね。鎧の肩の部分に羽を付けていて、格好良いが、ちょっとチャラい感じだ。
眼帯はしていないし、まだ若い。
ムキムキでも無いし見た目強そうにも見えないんだが、ホントにコイツ、去年の優勝者なのかね。
ティーナが早くもレイピアを抜いて身構える。
「ふふ、お嬢さん、僕は女性を傷つけるのは趣味じゃ無いんだが、ここまで勝ち上がってきたからには、侮るのも失礼というもの。こちらも全力で行かせてもらうよ」
なんて格好いい事言いつつ、要は女の子相手に全力出すってだけじゃないか。
「おいおい、大人げねえな」
「ダメ―、ランスロット様ぁ、紳士でいて下さい~」
「楽勝、楽勝、力抜いていけ、ランスロット」
拡声器の呪文を駆使して声色を変え、別々の方向から俺の声援を送って、せこく工作。
「おいそこっ! 僕のイメージを貶めるような、くだらない手はよしてくれないか」
うお、一発で見破りやがった。ティーナにも睨まれたので、両手を挙げて降参のポーズをしておく。
審判もこちらを注目したが、悪質な妨害とは認めなかったようで、ふう、セーフ。ここで不戦敗になってたら、確実に正座コースだったな。
「始め!」
準決勝、ティーナと優勝候補のランスロットの対決。
とにかくティーナには負けても良いから、怪我をしないで試合を終えて欲しいところ。
固唾を飲んで見守る。
「はあーっ! せいっ!」
よせば良いのに、ティーナは積極的に自分から前に出て仕掛けていく。レイピアの特徴を最大限に活かした鋭い突き。あれって避けにくいのよね。
だが、難なく余裕の表情で剣で弾くランスロット。むう、パリィ、上手いなあ。
「くっ!」
「焦るな、ティーナ。苦しい体勢で仕掛け続けると、カウンターが来るぞ。いったん離れろ」
レーネがアドバイスを送ったが、その前にランスロットが反撃に出た。
「きゃっ!」
くっ!
ティーナがランスロットの剣で斬られて悲鳴を上げたので、胃が締め付けられたが、鎧の胸当てでダメージはほとんど止まったようだ。
なおもランスロットが踏み込み、追い打ちを掛けるが、これはティーナが上手く身を躱した。
実力的にはやはりティーナが不利のようだが、歯が立たないというレベルでも無いか?
「どうだ、レーネ、勝てそう?」
「いや、アレはダメだな。ランスロットは本気で攻撃していない。それに、防御が上手い。私がパワーで強引に押し切って勝ち目があるかどうか、と言うところか」
うーん、まあ、仕方ないな。相手は優勝候補、楽に勝たせてくれる相手でもないし。
「ティーナー、頑張るニャー!」
「落ち着いて! 落ち着いて!」
リムとミネアが大きな声援を送っているが、そうだな、俺もここは応援に徹しておくか。
「頑張れー! ティーナぁ!」
その声に奮起してくれたのかどうか、ティーナの大技が炸裂。
「七星閃光!」
ミスリルレイピアが、そのあまりの動きの速さに燦めき流れるように見えるところから名付けた多段攻撃。
単なる乱れ打ちでは無く、一つ一つの突きや斬りが全て相手の急所や死角を突いているのもポイントだ。
俺やレーネが手伝って完成させたティーナのオリジナル技。
「むっ!」
ランスロットもこれには少し驚いたのか、カウンターを封印し、下がりながら防御に徹する。
「くっ、全部、躱された!?」
信じられないという顔のティーナ。アレを全部、防がれるとは、俺もびっくりだ。
「良い技だ。だけど、君の欠点は速さを意識するあまり、一撃の重さが無いことだね。相手のパリィのバランスを崩せない攻撃は無駄なだけだ」
ランスロットが親切に解説しつつも、容赦無く無駄だと断じた。
「なっ、むう…それでも当たれば―――」
「連続攻撃は、流れで相手を崩さなきゃ意味が無い。ダメージやヒットを狙うだけなら、一撃必殺や一撃必中の方が良いからね。こういう風に!」
「あっ、くっ、ああっ!」
今度はランスロットが反撃に出て、その重い攻撃を捌ききれずにティーナの姿勢が次第に崩れていく。
このままではまずいと思ったが、立て直す機会も無い。
最後に後ろ向きに転んでしまったティーナの首筋に、ランスロットが剣を突きつけていた。
「降参してくれ。でないと、僕は君に恐怖を与えないといけなくなる」
苦痛では無く、恐怖か。こりゃ、相当だな。
「くっ、分かったわ。降参よ」
負けず嫌いなティーナもこの状態ではどうしようも無いと諦めたか、すぐ降参した。
「うん、君はまだまだ伸びそうだね。来年、また会おう」
嫌みの無い笑顔のランスロット。
「ええ、またいつか」
そう答えた後、悔しそうにティーナが床を拳で殴る。
「それでは、ここで一時間の休憩とし、午後一時から決勝戦を行います!」
係員が告げるが、俺たちはもうこのまま帰るかな。うちのパーティーの出場者、全滅しちゃって肝心の国王陛下も姿が見えないし。
「じゃ、お昼はここで食べましょう。外はどうせ満員だろうし」
リサが言う。
「ええ? 帰らないのか?」
「おいおい、決勝も見ないで帰るのか?」
レーネが冗談だろうと言うように俺に言うが、ふむ、他のみんなも決勝は見て帰りたいみたいだな。ま、戦わないで良いんだし、それくらいは付き合うよ。
観客や参加者の大半が闘技場を出て行く中、俺たちはリングの側でシートを敷いてリサが買って来たパンとソーセージを食べる。
「もっとレベルを上げないと…」
さっきからぶすっと不機嫌そうにしているティーナは、また来年も来るとか言いそうだなぁ…勘弁して欲しい。
今は何を言っても無駄だろうと思い、パンを食べつつ、何気なく闘技場を眺める。
と、黒いローブの女魔術士が、リングへの入り口とは反対側の通用路の側で、魔法陣を描いているのが見えた。
何してるんだろうね?




