第十二話 武闘大会
フッ。魔術士の朝は早い。
タイムの呪文で目覚ましアラーム設定も出来るようになっているので、今日は五時半に起床だ。
なんと言っても、今日は待ちに待った武闘大会、気合いが入るってものだよ。
もちろん、雲隠れに全力を尽くし、いかにして武闘大会から逃れるか、という点においてだが。
「む?」
アラームで目覚めたはいいが、異変を感じた。
「ふふ、お早う。早いわね、ユーイチ」
などとリサが俺に顔を近づけて言うが。
「お、おい、ちょっ、なんで縛り上げてるんだよ!」
「そりゃあ、逃げるつもりだったでしょ?」
「くっ、そうだが…、そうだけど! 逃げる前から捕まえるのはあんまりじゃないか」
「知らないわよ。じゃ、パンを持ってきてあげたから、食べなさい。朝食よ。はい、あーん」
まさか、リサからあーんしてくれる状況になるとは、予想もしなかったが、くう、こんなの全然嬉しくない。
「スープも頼む」
「ええ。熱いから気を付けて」
「ふうふうしてくれるか」
「そこまでするかっての。自分でして」
「むう。ふーっ、ふーっ」
リサが真面目に食べさせてくれ、朝食を終えた俺は、リサから一時間ほど説教を受け、縛られたまま会場へ移動。
「おい、アレは何だ?」
「さあな、奴隷だろ。可哀想に、勝たなきゃ飯抜きとかなんだろう」
注目を浴びている俺たち。兵士を呼んでくれればと思うが、事情を聞いただけで終わりかもなあ。
「リサ、さすがにちょっと、可哀想だから」
などとティーナが言うが。
「ダメよ。コイツ、隙あらば逃げようと、マッパーの呪文も唱えてるし、逃げる気満々だから」
「リサ、パーティー仲間だろ? 君は仲間を信じようって気にはならないのか?」
俺は言う。
「パーティー仲間だからアンタの性格はよく分かってるのよ。アンタにも期待してるんだから、諦めて参加すること」
「むう、魔術士の俺に何をどう期待するんだと……」
「でも、ユーイチは見切りは一人前やし、アーサーと一騎打ちで勝ったしな」
ミネアが言うが。
「あれはまぐれだし、アーサーはレベル27だったんだぞ」
「充分よ。参加者が全員高レベルって訳でも無し、組み合わせによっては上位も可能のはずよ」
「ええ? どのみち、最後は負けるんだから」
「それでも、国王陛下が見てることを忘れないで。存在感を示せば、お声が掛かるかもしれないわよ」
「むう」
リサもそれなりに考えての事か。派手に呪文を使って…だが、古代魔法はどうするよ。
「ストーンウォールも見せていくのか?」
「いいえ、その判断はあなたに任せるけど、それは使わない方が良いでしょうね」
あまり高度な呪文を見せると、トリスタンを警戒させてしまうかもしれず、アンジェにも無詠唱以外で使わないようにと釘を刺されているしな。
「分かった。まあ、上級呪文を出す暇があるかどうかってところかな」
「何言ってるの、アンタ達は無詠唱で一発じゃない」
「いや、上級は発動までにタイムラグがあるぞ?」
そこは誤解があっては困るので言っておく。
「ふうん?」
「それほど長い時間じゃ無いし、余裕よ」
エリカがそんな事を言うが、くそ、魔法チームで口裏を合わせて呪文完成に一時間掛かるとか言ってくれれば…!
昨日のうちに根回ししておくんだった!
「おい、あのパーティー、見てみろよ」
「ガキばっかり、しかも女ばっかりじゃねえか」
「しかも、魔術士共か」
周りの戦士達から笑いが起きる。
無言でレーネが前に出ようとしたが。
「止しなさい。あんな三下、相手にしても仕方ないわ」
リサが止める。
「そうだな。一回戦で黙らせてやる」
うひー、レーネの気合いが怖え。相手に大怪我させなきゃいいが。
「それでは、予選を始めます! 番号と名前を呼ばれたら、リングに速やかに上がって下さい。遅れた場合は失格負けとなります」
円形のコロシアムの中、中央に一段高く設置された石畳のリング。直径は二十メートルか。結構広い。周囲にロープが無く、場外に押し出された場合は、テンカウント以内にリングに戻らないと負けだそうだ。場外への攻撃は禁止されているので、場外へ押し出すときにノックアウトでもしない限り、場外狙いで勝つのは難しいか。
さっそく一番手の戦士が呼ばれ、リングに上がる。
「では、始め!」
審判が場外から合図の声を掛け、特にルール説明も無しで始まった。コロシアムの観客はまだ朝も早いとあってか、まばらだ。
「ふうん!」
斧を持った戦士が、剣を持って待ち構える剣士に向かって攻撃を仕掛けた。
「ぐっ!」
うえ、やはり、実戦形式かぁ。痛そう。
剣士が倒れたところで審判がストップを掛け、そのまま決着が付いた。ふむ、これなら死ぬことは無いか。
「割とあっさりと決着をつけるのね。形勢不利にならないよう、速攻で行くわよ」
リサがそんな指示を出すが、よし、形勢不利にしてやろう。
ニヤニヤ。
「ユーイチ、余裕ぶってるけど、わざと負けるようなことをしたら、パーティー方針に逆らうわけだから、このパーティーから除名にするわよ」
「なっ! おい、リサ、生死が懸かかるのにそりゃ無いだろう」
「生死が懸かってるからこそよ。冒険者パーティーは仲良しごっこじゃないのよ」
「むう」
「まあまあ、ユーイチもそんな簡単には負けんと思うよ?」
ミネアが取り持ってくれるが、自信は無いよ。
ゴツい戦士があちこちにいるし。俺より弱そうな奴もいるにはいるが、強そうなのがごろごろ。
「ええ。期待してるわよ」
「頑張ってね、ユーイチ。私も頑張るから」
ティーナが言うが、まあ、ラブラブの恋人ならね、私頑張る、俺も頑張るで、絵になりそうだが。気が乗らないなぁ。
「ユーイチさん、気を付けて下さい」
クロが真剣な眼差しで言うが、もちろん気を付けるよ。命を最優先という俺のルールは変わってない。
「リムさん! リムさんはいませんか」
「ニャ! あたしニャ。ここにいるニャー!」
俺たちの一番手は、リムか。
セコンドとして、参加者として、リングの周囲でそのまま応援することにする。
「頑張れよ、リム」
「油断しないように!」
「頑張って!」
「任せるニャ!」
ちょっと不安だが、相手は鉄の胸当てのアホっぽい戦士、余裕だろう。分析を掛けたいところだが、味方の魔法攻撃と見なされて反則負けしては困るので止めておく。
「では、始め!」
「へっへっへっ、行くぜ!」
大柄な戦士は、リムを余裕の相手と思ったか、にやつきながらブロードソードを掲げ、緩慢な動きで斬りかかってきた。
「ニャ!」
リムはそれを見逃さず、素早く左右に動いて、簡単に背後を取った。
「よし! 行けるよ!」
ティーナも勝利を確信して声を掛ける。
「なっ、どこだ?」
後ろ後ろ。
「ほいっと!」
リムが軽く斧を振り下ろすと、戦士が悲鳴を上げて倒れる。
「それまで!」
「おおっ!」
「なんだあの猫女、思ったより強えぞ」
予想外の結果だったか、周囲が騒ぐ。
「よく見ろ。ありゃミスリルの装備だ。相当なレベルだぞ。まだ本気も出してねえ」
リムの力量を測れる者もいて、そんなにレベルの低い武闘大会でもなさそうだが。うん、ま、俺たちのレベルなら、そこそこ行けるかも。
「勝ったニャー!」
「おめでとう。でも、まだ一回戦だからね」
怪我をした戦士には待ち構えていたクレリックが駆け寄ってすぐさま治療。治療費は無料だそうだが、うん、これなら、安心して戦えるか。
「次、ユーイチさん」
「はい」
俺の番だ。リサがようやく縄を解いてくれた。
「頑張ってー、ユーイチ」
「負けるなー」
「しっかりやれよ!」
「負けたら承知しないわよ!」
「頑張って下さい!」
みんなの声援が飛ぶ。
「けっ、チャラチャラしやがって」
そうつぶやいて俺を睨んだ相手は、鉄の斧に鉄の胸当ての戦士。この装備なら俺も余裕で勝てそう。
だが、遊んで怪我をしては意味が無いので、きっちり魔法で行くことにする。
どうでもいいが、リア充とでも思われているんだろうか? 縄でぐるぐる巻きにされてた時点でちょっと察して欲しい…。
戦士は真ん中、俺はリングの端にそれぞれ立つ。
「始め!」
「おりゃあああ!」
案の定、戦士は防御もへったくれも無しで、俺に突っ込んでくる。まあ、相手が魔術士なら、セオリーとしてはそうなんだけども。
「四大精霊がサラマンダーの御名の下に、我がマナの供物をもってその爪を借りん。ファイアボール!」
リングの感覚を掴むため、きっちり詠唱を唱えて魔法攻撃するが、うーん、詠唱だとちょっと間に合わないかな、やっぱり。
振り下ろされた斧は余裕で躱したが、相手の力量が高くなってくると、無詠唱でないと対処できないだろう。しかも、一撃与えただけじゃ終わらないだろうしな。
「ぎゃっ! ひ、ひい、こ、降参だ!」
ファイアボールを食らった戦士は、魔法に慣れていないのか、割と臆病者だったのか、早くも降参。
「勝者! ユーイチ!」
「ふむ」
あっさりと初戦は勝ってしまった。
「やったね!」
「ええよ、ユーイチ!」
「おめでとうございます!」
みんなが結構褒めてくれる。
「いやいや、まだ初戦だし」
一回戦、ティーナやレーネも余裕で勝ったのだが、エリカは強い騎士と当たってしまい、体当たりで場外へ吹っ飛ばされて、テンカウントで起き上がれずに負け。ヒヤリとしたが、相手の騎士も剣を使わず紳士的だった。負けた後にも電撃の呪文を唱えようとするエリカをサイレンスの呪文で封じ、事なきを得ている。
二回戦の俺はナイトメアを使って相手を自分から場外へ逃げ出させ、危なげなく勝利。他のみんなも勝った。
そして、予選が終わり、いよいよ本戦。




