第四話 行きは良い良い、帰りは……
2017/8/1 若干修正。
幸い、岩塩や海を探していたときに、道を見つけてあった。
もちろん、舗装されたアスファルトなんてものではなく、馬車が通れるくらいの草の生えていない道だ。
方向音痴の俺には、その道をどっちに行けば男爵のお屋敷なのか見当も付かないが、道なのだから街かどこかへ通じているはずだ。
「クロ、どっちだと思う?」
「ニー…」
「そうか、ま、俺も分からないから、気にすんな。かー、みー、さー、まー、の…」
適当に決定し、歩く。
「次、逃げるときは、塩を用意しないとな」
「ニー」
俺に、次があれば、だが。
…いやいや、怖いことは考えないようにしよう。帰る気が失せてくる。
森の中にある道を、結構歩いた。
「ちょっと、休憩しよう」
「ニー」
疲れた。木の側に座り込んで、水筒の水を飲む。クロにも飲ませてやる。
後どれくらい歩かねばならないか。
一日二日だと俺は予想している。
三日四日なら、まあ、なんとかなるだろう。
一週間以上、歩いても到達できないなんてことは、無いよね?
………。
「よし、行こう」
眠気に襲われそうだったので、立ち上がって移動を開始する。
「俺の予想では、この道は人の往来が結構有る道だ」
「ニー?」
「根拠は、草がそんなに生えてない。踏み固められている土だ。こうなるからには、かなり大勢の人が行き来してるんだろう。それに道幅が広い」
「ニー」
クロが感心したような鳴き声を上げてくれる。ま、それほどでも無い。薬草やキノコ狩りで森に何度か入り、獣道もノルドに教えてもらったから区別が付いている。獣道だと、草が普通に生えていて、一見しただけでは道と分からないレベルだ。
大トカゲがいればなあ。
そう思いつつ、歩いていると、
不意に左右の木の陰から、革鎧を着た男達が何人も現れた。
いきなりだったので、ドキッとした。
彼らは少し反り返った剣をすでに抜いていて、とても友好的な態度とは思えない。矢を放てるボウガンを持っている者もいる。
その数は八人程か。
ほとんどが濃ゆい髭面で、見た感じ、盗賊に見えるんですが…。
「へっへっへっ…坊主、運が悪かったな。ここを生きて通りたかったら、有り金全部を出しな。通行料だ」
あらまあ、随分と良心的でお安いんですのね。
「分かりました。抵抗はしません。お金、出して良いですか?」
急に懐に手を入れては盗賊達を刺激しかねないので、確認する。
「おうよ。さっさと出しな」
懐から巻いた風呂敷を出し、さらにその中から小袋を出す。
小袋の紐を緩めようとしたら、乱暴に取られた。
「そのまま寄越せ!」
「あっ。出来れば小袋は返して欲しいんですが」
「ふん、諦めな。…なっ! ああ? おい、10ゴールドってどういうことだ!」
「てめえ、隠してるとタダじゃおかねえぞ!」
「舐めてんのか!」
んもう、そう一斉に怒鳴らないで。
「いや、なんと言われようと、それが私の全財産なので。なんなら、身体検査してもらって構いません」
「ふざけんな。いくら奴隷と言ったって…」
体をまさぐられる。
いやん! そんなところまで?
「くそ! お頭、こいつ、マジで金を持ってませんぜ!」
「ちっ、良く探せ。金目の物くらい、あるかもしれねえ」
いや、無いっての。
「おっ、猫の実だ」
「おお、こりゃいい」
盗賊も猫の実は好みらしい。良かったね。
「なんだあ? これはサロン草か?」
風呂敷をあさって逆さに草をばさっと出す盗賊。乱雑だなあ。拾って集める。
「そうですよ。良かったら、お一つ、いや、全部どうぞ」
「いらねえよ、こんなもん」
あっ! 踏んづけるなんて、そんな酷い。やめて!
「ダメでさあ、お頭。金目になるようなモノは何にも」
「チッ。まあいい、じゃあ、この奴隷を連れて帰るぞ」
「どうするんで?」
「奴隷なら、奴隷商人に売りつけてやれば良い」
「おお」
それはちょっと勘弁して欲しいのだが、俺に選択肢は無さそうだ。殺されないだけマシ。
「あの、それなら、干し肉を下さい。塩分を取らないと、死にそうで」
説明して分かってくれるか自信が無いが、こっちも必死だ。要求を出す。
奴隷商人に売る代金になるんだから、俺を死なせても、価値が無いぞと。
「ああ、じゃ、これを食え」
盗賊の一人が、あっさりと干し肉を出してくれた。
「いいんですか?」
「知らねえ奴もいるが、塩は時々取っておかねえと、死ぬからな」
塩の知識はあるようだ。この盗賊達はここらを根城にしている山賊だろうか。
「ええ、ありがとうございます、ありがとうございます!」
干し肉をさっさと飲み込もうとする。
「おいおい、焦るな、坊主。良く噛んで食べねえと、腹壊すぜ」
「はい。ほれ、クロも」
かけらを渡す。
「ニー」
「はっ、ろくに金もねえ奴隷のくせに、飼い猫とは、おかしな奴だぜ」
「違いねえ、はっはっ」
この世界ではペットってやっぱり貴族以上なんだろうか。まあいいや。
「ここが俺たちのアジトだ」
自慢げに洞窟を指し示す盗賊。
さっきの街道から、十分程度歩いた場所だ。
ここはミッドランド領の西の森だそうで、どうやら俺はお屋敷とは反対方向に来てしまった様子。
まあいい、とにかく塩分を補給して、体の調子がぐっと良くなった。
「じゃ、お前の仕事は、水汲みな」
空の桶を二つ手渡された。
ま、こうなるよな。
「僕は一つずつしか運べないんですが」
「心配するな。そこに車もあるし、リッジ! お前も付いて行け」
「ああ? なんでだよ、お頭。こういうのは新入りの仕事、しかもコイツ、奴隷だろ」
俺より年下の感じの盗賊が不満そうに反抗するが。
「馬鹿野郎。いくら新入りでも、水の有る場所を教えてやらねえと話にならねえだろうが」
「あ、そうか」
「それに、ソイツが逃げないように見張るのも、お前の仕事だぞ、リッジ」
「ああ、分かった。じゃ、行くぞ、奴隷」
「ユーイチです、リッジ先輩」
「む、おう」
空の桶を荷台に載せ、ロドルに引かせて出発。
「こっちの方向でいいんですね? リッジさん」
「おう。間違ってたら言うから、適当に行け」
「迷っても知りませんよ」
「俺がいるから、迷わねえっての」
リッジが俺の特等席である荷台にふんぞり返り、俺が歩きだが仕方ない。
ある程度はロドルが道を覚えているはずなので、ロドルに任せて俺はやや後ろを歩く。
「んで、お前、なんで奴隷になったんだ?」
「税が払えなくて、売りに出されたので」
「ああ。ジークと一緒だな。ジークも親に売られたんだ。ボウガンを持ってた奴がいただろう」
「ああ、いましたね」
ずっと油断なく、少し離れた後ろから俺を狙い澄ましていた男。
「親に売られるなんざ、酷えよな」
「そうですね」
酷いとは思うが、この世界の税金は免除なんてものはないだろうから、仕方なかったのだろう。俺にはこちらの世界の親の記憶は無いので、特に思うところは無い。
「それで、ああ、逃げてきたのか」
「ええ、まあ、そんなところです」
リッジの方は、農民の子だったが、病気で両親が死んでしまい、この森に逃げてきたところをあの盗賊団に拾われたという。逃げた経緯については本人が話したがらなかったが、ひもじさで盗みか何かをやったのだろう。福祉がしっかりしていれば防げそうな犯罪者だが、言っても仕方が無い。
「へえ、道を作ってあるのか」
この森は段差もあるし、その辺はどうするんだろうと思っていたが、道を塞ぐ大木は馬車が通れるくらいに切り取られ、人の手によって石が敷いてあるところもあった。
「ああ。結構大変だったんだぜ? 木は腐ってたから、なんとか切れたが、そうでなきゃ俺たちじゃどうにもならなかったぜ」
「木こりはいないんですか?」
「いるわけねえだろ。ここにいるのは半端もんの集まりよ。一人前の奴なら、盗賊になる必要もねえじゃねえか」
「ああ、なるほど」
「ま、お頭は腕が立つし、冒険者でもやって行けそうな気はするんだけどな」
実力があっても、盗みをやったり殺しをやったりして、指名手配になっているパターンもあるだろう。そこは深く詮索しない方が良さそうだ。
「ここだ」
川と言うより小川が通っており、そこまで降りて桶に水を汲む。荷車は下まで降りられないので、持って上がるのがちょっと大変だ。
「ふう、全部終わったな。じゃ、道は覚えただろ。明日からはお前一人でやれよ!」
「ええー?」
「奴隷なんだし、新入りがやるのがここでの掟だ」
抗議したいところだが、暴力での制裁も簡単にありそうだから、諦める。
帰り際、猫の実やパンキノコを見つけたので、拾っておく。
「お前、凄いな。ここら辺にキノコがあるなんて、知らなかったぜ」
縄張りにしている盗賊でも知らないとは、きっと、ある程度の熟練度が無いと、キノコの存在も察知できない仕組みなのだろう。
「で、これ、なんて言うキノコだ?」
リッジは名前も知らないらしい。だが、見てすぐキノコと分かったので、見たり食べたことは有る様子。
「パンキノコです。大きいのは五メートルとか、それくらいになりますけど、苦くて食べられないので、このくらいの大きさまでが食べ頃です」
「へえ。そんなデカいのか」
「ええ」
「じゃ、今日は久しぶりにキノコスープが食えるな!」
嬉しそうだ。パンキノコだけなら、簡単に見分けが付くので、後でリッジにも教えてやるか。
でも、この子、ちょっと馬鹿っぽいし、他の毒キノコも手を出しそうで怖い。
責任持てないし、やっぱり止めておこう。
戻って洞窟の中に入るが、不思議と明るい。
「へへ、驚いただろ。ライト苔だ」
「ああ、それで」
ところどころ、天井や横壁にほんのり白く光る苔が生えている。どう言う仕組みかは分からないが、自ら発光しているようだ。二手に道が分かれ、左に進むと、広い行き止まりになっており、そこにござを敷いたり木箱を椅子代わりにして盗賊達がくつろいでいた。天井に木の柱を通しており、そこにランタンがぶら下げてある。妙に明るいな? 普通に60Wの白熱灯くらい有りそうだ。
「戻ったぜ」
「おう、じゃ、リッジ、明日からもお前とソイツで水汲みをやれ」
「ええ? 何でだよ。こいつ一人でいいだろ」
「そう言うな。ソイツはまだ来たばかりだし、お前が面倒見てやれ」
「けっ」
「いいだろう。前はお前一人だったんだ。二人の方が楽だろう?」
「なら、クランでもいいじゃんか」
「そこはほれ、掟があるからな。おう、戻ったか、リム、どうだ、魚は」
「バッチリニャ!」
あっ!
ね、ネコミミ!
しかも、しっぽもくねくねして動いてるし。
綺麗な赤い髪の色。
語尾にニャなんて、本当にどうもありがとうございました。
…目がちょっと金色に光っていて怖いが。
食われないかな…?
猫ってじゃれるだけでも引っ掻いたりするし、これくらいの大きさだと…。
手や顔は普通に人間のようだ。肉球で無いのが残念というか、ほっとすると言うか…。
体に毛も生えておらず、人間と同じように布の服を着ている。腰にはベルトを格好良く巻いてダガーを差している。
天真爛漫と言った感じの可愛らしい子。
「ん? ソイツは?」
リムと呼ばれたネコミミ少女が俺に気づく。
「ああ、それがな、今日の戦利品だ」
そう言って盗賊達が俺の事を説明した。奴隷奴隷と呼ばれるのも癪なので、ユーイチだと名乗っておく。
「アハハ、そりゃ残念だったニャ。でもま、あたしが魚をたくさん捕ってきたから、これでも食うニャ」
「よし、じゃ、猫の実やキノコもあるし、今日は豪勢だな」
盗賊達は焚き火をして、食事の準備に入った。と言っても、魚はそのまま枝に刺して炙るだけで、キノコはさすがに包丁でぶつ切りにしたが、丁寧とはとても言えない。味も見た目通り雑だったが、一緒に干し肉も入れて煮てあったので、良い感じで塩味が取れている。
「さて、今日はもう寝るか。新入り、こっちだ」
「はい」
あれ? 俺って、この盗賊の一員なわけ? まあ、奴隷扱いよりはそっちの方がいいかもしれないが…。
「そこのベッドが空いてるから、それを使え」
「おおう、ベッドまで」
適当に板を打ち付けましたという日曜大工臭い代物だが、無いよりは断然マシだ。毛布もあるので、ありがたく使わせてもらう。シーツの下は、やはり藁だった。綿や羽毛やポリエステル…いや、寝れるだけ、よしとしよう。