第十話 不協和音
リアルに想像すると吐き気を催すシーンがあります。自分に闇鍋耐性が無いと思う方や、食事前の方は、ユーイチが毒味の呪文を唱えたら次の話まで読み飛ばして下さい。
シナリオは次で掴めるようにしてあります。
2016/11/26 若干修正。
トリスタンの王都に外交の使節として滞在している俺たちだが。
ティーナがまさかの門前払いを食らってしまい、まずは謁見に持ち込む方法を考えなくてはいけなくなった。
一つ目の方法は、ちょうどここ王都で来週開かれる武闘大会。
優勝者には国王自ら褒美が手渡されるという話なので、なら優勝しちゃいましょうよという無謀極まるエントリー作戦。
なぜか俺も勝手にエントリーされちゃってるという…。
ま、実戦形式とは言え、必殺攻撃は禁止されているし、早々に降参すればなんとか切り抜けられるだろう。
二つ目の方法は、ラトゥール歌劇団に王妃が入れ込んでいるので、その伝手を頼るために入団してオペラデビューしちゃいましょうよという作戦。
はっきり言って、劇団のオーナー辺りに袖の下を渡すだけで充分だろうと思うのだが、ティーナはわざわざ入団してコネを作ろうとしている。
まあ、あれだね、歌劇を見て感動していたし、実はちょっとやってみたいお年頃なんだろう。パーティーが危険な目に遭うわけでも無し、そこは生暖かく見守ってやるとしよう。それだけの才能もあることだし。
さて、今日の俺の仕事は、まず、羊皮紙に『探さないで下さい』と書いてっと。みんなを怒らせたり事態を深刻にして本当に捜索されても敵わないので、ウインクの顔文字も入れて可愛くしておく。
それを宿の机の上に置き、リュックと杖はそのままにして部屋の外へ。
よし、誰もいない。
今のうちに―――
「ユーイチ、どこに行くの?」
背後の声に振り向くと、そこにリサが。
「ひゃっ! り、リサ。や、やあ、おはよう」
さっき、いなかったのに、いつの間に!?
「おはよう。ティーナからあなたが逃げないように朝は見張ってくれって」
「お、おう。さすがティーナ、パーティーメンバーの性格を良く把握しているね」
本当に良いリーダーだ。くう…。
「余裕ぶってないで、呪文を掛けて逃げるくらいしてみたら?」
などと言うリサだが、左腕のボウガンをきっちりこちらに向けている。ひい。
「冗談はそのくらいに。ああ、もちろん、僕もちょっと朝の散歩に行こうとしただけだよ」
「そんな習慣、無いくせに」
「今日から始めようと思ってね」
「あっそ。どうせ来週の武闘大会が終わるまで帰ってこないつもりだったんでしょう」
「まさか! 君も分かってないな。武闘大会はその日だけ雲隠れすればいいんだから、そんな余計な手間は掛けないよ。ハッハッ」
「じゃ、当日もしっかり見晴らせてもらうわね」
「む、むう」
チッ、余計な事を言った。
朝食後、きっちりティーナに腕を掴まれ、見ようによってはアツアツのカップルみたいに宿を出る俺たち。
「ティーナ」
「なに? 劇場に行くまで、放さないわよ」
「別にそれはもう諦めてるんだが、ラウルのアパートに寄っていこう」
「ああ。ええ、いいわ」
ティーナも俺の考えが分かったらしく、そこはすんなり同意してくれた。
「彼が助っ人のラウルです。まだ画家の卵ですが、無給で手伝ってくれます」
大道具に人手が足りてないし、リアル調と違う舞台セットもラウルにとって良い練習になるだろうと思って連れてきた。
「あら、なかなか良い感じの子ね。んー、もう少し、垢抜けてくれれば、うちでも使えそうだわ!」
ラウルは今日もド派手な服を着ているのだが、プロにはまだ垢抜けていないのが分かるらしい。
「い、いえ、僕は、絵を描きに来ただけですから」
早くも怯えて、消え入りそうな声で言うラウル。安心しろ、お前にはマリーがいるし、スカーレットさんもそこはプロなんだから、むやみやたらにあちこち手を出さないだろう。出さないよね?
………。
「そ。じゃあ、そっちでお願いね! 助かるわぁ。タダなんて! じゃ、みんなー、今日の練習、始めるわよ♪」
おっと危ない、ウインク攻撃。ギリギリだったが、視線は上手く逸らした。
ウインクのクリティカル攻撃を食らった様子のラウルが凍り付いていたので、呼ぶ。
「ラウル、俺たちはこっちだ」
舞台奥に、大道具セットが床に寝かせてある。
「ゆ、ユーイチ様、あの紫のアイシャドーの人は……?」
「スカーレットさんだ。ここの主任をしておられる。それ以上の詮索はしないように。俺も答えたくない」
「わ、分かりました」
手分けして絵の具が入った桶も運ぶ。
むむ? 昨日は綺麗に掃除して帰ったはずなのに、床に赤い絵の具が落ちてるな。
「うお、なんだこりゃあ」
大道具担当のヒゲ親父、バッジョがその先に置いてある背景セットを見るなり言う。
「むう、これは…」
「酷いですね…」
せっかく昨日、半分以上仕上げたお城の背景セットが、赤い絵の具がぶちまけられて台無しになってしまっている。
「くそっ! 公演に間に合わねえぞ。誰だ! こんな酷え悪戯、しやがったのは!」
バッジョも大声で怒鳴る。
クスクスと、向こうで三人組が笑っているが、あいつらで確定だな。昨日、俺とティーナが紹介されたときにそっぽを向いてた連中。
俺やティーナに嫌がらせするならまだしも、公演がおじゃんになったら、自分たちのおまんまも食い上げだろうに、まったく。
「どうしたの? ええ? ちょっとぉ。オラ! わかってんのか! あと一週間もねえんだぞ!」
オネエも本気で怒り出すが。
「落ち着いて下さい。すぐ直せますから」
言う。犯人捜しをやったとしても、それでは役者が足りなくなってしまって公演に支障が出そうだ。
「ええ? でもこれだけ酷くやられてたら」
「大丈夫。偽りの汚れよ、雲散せよ! クリアランス!」
俺は魔術士なんだぞと示すために、大きな声で詠唱して呪文を発動させる。
「おお! 赤い絵の具が消えた!」
「まあ!」
「誰かがうっかりこぼしてしまったか、手伝ってくれようとして失敗したんでしょう。ここはもう良いですから、さ、皆さん、練習を」
「そうね! はい! 練習再開よ!」
唖然としている三人組は、まあ、これしきの事じゃ諦めたりしないだろうが、受けて立ってやる。
平均レベル38の冒険者にそこいらの街人が敵うわけが無いし。
『ユーイチ、あの三人が怪しいと思うんだけど』
ティーナも態度を見てすぐに見破ったようで、パーティーチャットで囁いてくるが。
『いや、咎めれば欠員で公演に穴が開く。徹底的に終わるまで無視して行こう』
『そうね。分かったわ』
こちらは黙々と、お城の背景を仕上げていく。
「おい、ラウル、そんなチマチマやってたんじゃ日が暮れちまう。客席は遠いんだし、もっと大雑把にやれ」
バッジョが言う。
「はあ、でも…」
性格的に、手抜きが出来ないんだろうが、限度ってものがあるし。
「ラウル、ちょっと、客席に降りて見てくるといい。ついでに後ろのボックス席にも入れてもらって」
言う。遠くから見た感じを掴んで、許容範囲を知った方が早い。絵は精密にやれば良いってものでもないと気づければ、ラウルにとってもプラスになる。
どうも、ラウルの絵は迫力が欠けてるし。
「それがいいな。ドック! こいつを上のボックス席へ案内してやってくれ」
ドックが無言でやってくるので、ラウルを付いて行かせる。
「しかし、良く描けてるぜ。ホントにこれで売れてないのか?」
「ええ。人物が今ひとつなんですよ」
「ああ。女を描かせろ。裸を」
ニヤッと笑うバッジョは大道具の責任者を兼任しているだけあって、そこは分かっていらっしゃる。
「ええ、まあ、うるさいのが周辺にいるので、内密に」
チラッと視線でティーナを指し示して、声を抑えてもらう。
「おお、あいつか。お前も苦労するなあ」
「いえいえ。ふっふっふっ」
ラウルが戻って来た。
「どうだ? 見えたか」
バッジョが問う。
「ええ、すみません、全然、見えないですし、見え方もかなり変わりますね」
理解したようだし、それでいい。
センスは俺よりずっと上なんだから、熟練度さえ溜まればきっと最高の絵を描いてくれるはずだ。
「よし! ちゃちゃっと済ませるぞ。まだ他にもあるから、急いでくれよな」
「「はい!」」
昼過ぎには城の背景が終わり、今度は室内の背景に取りかかる。だが、本当にこれで来週の公演に間に合うのかね。ちょっと心配になってきた。
「ティーナ、お疲れ様。お茶を持ってきてあげたわ。ふふ」
例の三人組が、ティーナにお茶を持ってきたようだが。
露骨に怪しいよな。スカーレットが何か言い聞かせたにしても、笑顔は無いだろう。
「ええ、わざわざありがとうございます、先輩」
ティーナも愛想は振りまいているが、マグカップには手を付けていない。
毒味の呪文を無詠唱で使う。
んー、ごくうっすらとだが、赤黒く光ったかな。
パーティーチャットでティーナに報せる。
『微妙に毒だ』
『そ。なら飲んでも平気ね』
そう言って、木のマグカップを受け取り、飲もうとするティーナ。
うお、スゲェな。何が入ってるかも分からないのに、行くとは。
「待って、ティーナ」
オネエが止めた。ティーナが手を止め、三人組の顔が強ばる。
「言ってなかったけど、この子はさる侯爵様のご令嬢なのよ。そんな木のカップのお茶はちょっとね。今、ちゃんとしたお茶を持って来させるから、それはあなたたちが飲んで良いわよ?」
「「「 えっ! 」」」
「聞こえたでしょ。それはあなたたちが飲みなさいって、言ったのよ」
さすがオネエ。じっと三人組の目を見て、全てお見通しだな。
「わ、分かりました。じゃあ、みんなで向こうに行って飲みましょうか」
「待ちな。ブリジット、テメーがここで飲むんだ」
オネエがドスの利いた声を出す。
「で、でも」
「でももクソもねえ。さっさとしねえと、鼻の穴から飲ませるぞ」
スカーレットがマグカップを持って、ブリジットの頭も掴んで、無理矢理飲ませた。
「うっ、げほっ、げほっ、ぺっ! ぺっ!」
「あら、どうやら美味しくなかったみたいね。仲良くなりたいなら、お茶くらいは普通に入れられるようにならないと」
「オエッ。このオカマ野郎、貴族のあたしに、よくも!」
「ふう、言ったわよね、ブリジット。この劇団に入るからには上も下も無し、私の指示をちゃんと聞くからって。貴族なら約束は守らないと」
「まともな指示なら聞いてやるけど、雑巾の絞り汁が入ったお茶を飲ませるなんて、訴え出たら、どうなるかしらね」
「ほーお、ブリジット、あなた、分かってるのかしら? それ、侯爵令嬢に飲ませていたら、あなたタダじゃ済まないわよ? 男爵と侯爵、どちらが上か、分かってる?」
「うっ……、や、やあね、軽い冗談よ、冗談」
「そ。笑えない冗談ね。さ、服が濡れてるわ。さっさと拭いてきなさいな。ここは私が掃除しておいてあげるから」
「ええ」
さすがだ、スカーレット。貴族相手に一歩も引かずに収めやがった。
「ごめんなさいね、ティーナ。後でキツーく、言い聞かせておくから」
「いえ、もうスカーレットさんが叱ってくれたようなものですし、もう気にしてません」
「大物ねえ。ほれぼれしちゃう。アタシが男だったら絶対に放っておかないわね! じゃ、練習、頑張りましょうか」
「え、ええ」
「あの、ユーイチさん、スカーレットさんて女の人なん――」
「シャラップ! ラウル、世の中には知りたくても触れてはいけないことがあるぞ」
「そうだ。ユーイチの言うとおりだ。人間、知らなくて良いことだって有る」
バッジョも珍しく神妙な顔で頷く。
「わ、分かりました……」




