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異世界の闇軍師  作者: まさな
第十一章 画家なんだな
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第九話 ラトゥール歌劇団

2017/8/2 誤字修正。

 ラトゥール座。

 それはトリスティアーナで最も歴史と伝統有るオペラホールであり、各界の名士はもちろん、外国からの貴賓も招いて毎月公演が行われる。

 

 ホールの広さは高さ28メートル、奥行き125メートル、幅60メートルにおよび、それをぐるっと連なるように囲むボックス席。五階建てだ。上層階ほど豪華な仕様で、ある程度は客が自由に改装する権利も与えられ、その派手さを競う常連客がいるほどだ。


 オーケストラも総勢百名の一流演奏家を揃え、ラトゥール座で演奏をする事が若く野心あふれる奏者たちの憧れとなっている。

 公演は満員御礼が当たり前、人々を感動の嵐で圧倒させ、チケットは入手困難。驚くほどの高値で取引され、ジュエリーチケットなどと呼ばれる。


 少し前までは。



「はーい、では、みんな集合してネ! 練習を始めましょう。集合~。集合よ~。ほら、そこ、聞こえてるでしょ。あたしをいじめないで頂戴。ねえってば。困っちゃうーん。……おいコラ! ちゃっちゃとしねえか! 奥歯をガタガタ言わせるぞ! オホン、いい? 後れた子はクビにするわよん」


 ……途中、野太い地声で怒鳴ったオネエ様が凄く怖いです。紫のアイシャドーが濃ゆいし。


「ふん、どうせ劇団員も足りてないし、出来るモノならやってみなさいっての」


「今日はぁー、気が乗りませーん~。キャハハ」


「じゃ、そこの二人、あなたたちは今日限りでクビね! ドック、つまみ出せ!」

 

 大男が観客席で寝転んでいた女の子二人をむんずと掴みあげる。


「ちょっと! 主演を張ったこともある私をクビにしたら、ここはもう終わりよ。きゃっ!」


「えー、冗談ですよねー? ちょっと、ドック、アンタ、女の子に手ぇ付けて良いとでも思ってるわけ? 放しなさいよ! 放せ~」


 口やかましい二人は、大男に掴まれたまま外に出ていった。


「フン。あんなのを主演に抜擢したのが間違いだったわ。肝心なところでミスるし、練習はサボるし。じゃスッキリしたところで、紹介するわね。新しい劇団員のティーナちゃんとユーイチ君、はい、拍手~♪」


 まばらな拍手。当然だろう。サボってはいたものの、まだ勝手知ったるあの二人の方がオペラの公演を成功させる可能性が高かったはずだ。

 いくらティーナの美貌と歌が気に入ったからと言って、ド素人を主演にって、嫌な予感しかしねえよ。

 あのプロデューサーは将来的なニンジンとして主役がどうのこうのと言ってたと思ったのに、どうやら本気だった様子。


 しかし、正式にスカウトされたティーナが入団するのはともかく、俺まで歌劇団に入ることになろうとは、誰が予想しただろうか。いくら熟練度システムが有るとは言え、はっきり言って俺は歌が下手だ。歌声が周りにダメージを与える程の酷さでは無いものの、こんな客から金を取る舞台で歌った日には、ブーイング間違い無し。

 俺だって歌ったり演技したりしたいわけじゃ無いし。目立つの嫌いだし。

 

 だが、トリスタンの王宮で門前払いを食らってしまったティーナは、なんとしても国王に謁見すべく、オペラ好きの王妃を頼る作戦に出た。王妃はこのラトゥール座のボックス席の特等席を持っており、毎月、欠かさず訪れるそうだ。


 それは上手く行く作戦なのか? と俺も物言いは付けたのだが、他に良い案が無いため、俺まで指名され巻き添えを食った感じだ。


 一応、武闘大会の方にも数人でエントリーして、褒美の際にトリスタンの国王が出てくるというので、そこでも謁見の願い出をする同時作戦なのだが……。そちらは、優勝が大前提となるので望みはかなり薄い。レーネとティーナがどこまで上位に食い込めるかという感じ。レベルがもう十くらい上なら、優勝も狙えると思うんだが。俺もまあ、適当に頑張るつもり。ヤバくなったら降参できるし、パーティーの一員として参加することに意義がある。勝つつもりはさらさら無い。



「冒険者のティーナです。伝統ある劇団に加わらせて頂いて光栄です。よろしくお願いします!」


「同じくユーイチです。皆さんの足を引っ張らないよう、影で頑張ります」


「ふん」


 歓迎されるどころか、あからさまに三人ほどそっぽを向かれたが、仕方ない。全員では無かったから、それでよしとすべきだ。


「じゃ、みんな、来週の公演まで時間が無いわ。初めての作品だし、キリキリ行くわよ!」


「「えっ?」」


 俺とティーナが驚くが、まあ、うん、きっと、俺達の公演デビューは再来月とかなんだろう。それまでは見学ってことで。


「じゃ、ティーナちゃん、あなたは王女ノエルを演じてもらうから。楽譜は読める?」


「ええ、読めます」


 多才だなあ。何でも出来る子。


「じゃ、これを見て。ノエルの登場は奴隷青年マークが演じた後、照明が一度落ちて場面が変わってからよ。お城のバルコニーであなたはまだ見ぬ王子様を待ち焦がれているの。ちょっとここを歌ってみて。籠の鳥まで」


「はい。ああ~♪ 今日も闇が訪れてしまった♪ 私の王子様はいつになったら迎えに来てくれるのかしら♪ このままでは私はいつまで経っても籠の鳥でしかないのに~♪」


 綺麗な声でビブラートまで掛けて歌い上げる奴。聞いたことも無い曲を、楽譜を一度見ただけでメロディーを掴むとか、俺にはとても真似できない。


「おお!」

「こいつは凄い!」

「スカーレット! 凄いのを入れてきたな!」


 先ほどまでは投げやりに歓迎していた劇団員達が驚いて駆け寄ってくる。


「今までどこの劇団に所属を?」


「いえ、私はそう言うのは全然なので」


「なんてもったいない! 音程も完璧だし、何より、声が素晴らしい」


「アンリエッタを引き抜かれてもうダメかと思ったが、なんとかなるぞ!」


「アンリエッタより良い声してるしな!」


「はいはい、後はこの子を見つけて連れてきたムトーにお礼を言って頂戴。手の空いてる子は今のうちに台詞覚えて。じゃ、練習、続けるわよ」


 オネエ様が手を叩いて皆を個別練習に戻らせる。

 俺はまだ配役も言われていないが、どうしたものか。

 見回しながら、待つ。


「君、こっちこっち」


 茶髪の青年が手招きしてくる。


「はい、何ですか?」


「君は老魔導師の役だから、出番はまだまだ先だ。僕との戦闘シーンがあるから、そこを少し、合わせてやってみよう」


「ええと、何をどうすれば良いのか、さっぱりで」


「大丈夫。台本は、このページだ」


 青年が見せてくれた。ふむふむ。


 俺の登場シーンは第二幕、奴隷青年が禁断の恋に落ち、この思いをどうしたら良いかと悩んでいるところに出てくる、怪しげな黒い魔導師役だ。

 ティーナが歌って練習しているので、そちらの邪魔にならないよう、無言のパントマイムで動作を付けていく。


「もっと派手に動いてくれ。それじゃ、観客から何をしてるのかさっぱり見えないよ」


「分かりました」


 真面目に教えてくれる人なので、こちらも真面目にやる。


「表情もちゃんと付けて。もっとこう、陰険で、凶悪な感じが欲しいね」


「ふむ。怪しい老魔導師と来れば、こんな感じかな」


 くわーっ! と、歌舞伎レベルで顔を作る。


「ぷっ!」


 笑われた……。


「エリック、本気でその素人とやるつもりか?」


 体の大きな役者が横から呆れたように声を掛けてきた。


「人手が足りないんだ、仕方ないよ。それに、真面目にやってくれるみたいだし、練習をやらない奴よりマシだよ」


「まあ、端役だしな。台詞もほとんど無いから、いざとなれば空いてる奴を代役に立てればいいか。しかし、もうちょっと迫力が出ないもんかね。坊主、魔法は使えないのか?」


「え? ああ、まあ、本職は魔術士なので、使えますけど」


「おお、じゃ、派手に何か見せてくれ」


「そう言われても、ううん」


 劇場の中だし、炎や攻撃呪文はちょっと使えないだろう。


「じゃ、ライトの呪文ですけど、それ」


 すこしポージングして明るめの光球を出してみる。


「おお。音も付けてくれ」


 注文多いな。普通、そう簡単に出来る事じゃ無いんだけど、ノイズの呪文を研究したことがあるから、そうだな、爆発音なら、こんな感じか。


 無詠唱でそれっぽい効果音を付けてみた。


 ズズン、ズズンと。


「おお」


「あら、なかなか良いわね、それ。もっと派手に、黄色とか、赤でやってみてくれない?」


 オネエも興味を持ったようで、指示してきた。


「むむ」


 色つきかぁ。ええと、魔法文字(ルーン)は青き光、赤き光、黄の光、こんな感じか?


 黄色と赤色は失敗したが、二回試して、赤は成功。黄色は、赤と緑を重ねて無理矢理黄色にした。


「いいわね! じゃ、もっと雷のようなギザギザにして、もっと派手に行きましょう」


 くっ、好き勝手言ってくれるが、ええと、雷の形をイメージしてと……。


 苦労したが、何とか出来た。台詞の方はメモの呪文があるから、余裕と思ったが、しかし。


「おいおい、酷い声だな」


「音程もリズムも滅茶苦茶だ」


 俺の歌声を聞いた劇団員が苦々しい顔で首をゆっくりと横に振る。

 そりゃ、素人だもの。というか、俺は裏方でもいいんだけど?


「仕方ないわね。じゃ、歌の方は代役を立てましょう。せっかく派手に魔法が使えるんだし、役はユーイチのままで行くわよ」


「口パクか。まぁ、魔導師ならそれもありか?」


「構わんだろう。端役だし、声を知ってる者もいない。バッジョにやらせるか」


「おう、任せとけ」


 見た目、山賊と言った感じの太っちょヒゲ親父がニヤッと笑う。

 歌は代役のバッジョに任せて通してやってみたが、それなりに上手く行った。




「よし、じゃ、今日はこの辺でいいだろう。坊主、舞台のセットを作るの手伝え」


「ああ、はい」


 舞台の奥に行き、絵の具の塗りかけの板を運び出してくる。


「こういうのも、役者さんがやるんですか?」


「おうよ。まぁ、前はちゃんとした絵師や大工がいたんだが、このところ金回りが悪くてな。通りの向こうにファリーネ劇団が出来てから、客も随分取られちまったからな」


「へえ」


「一度、見に行ってみろ。へそ出しダンサーと、スカートを持ち上げてひらひらさせて、ありゃ、なかなかだぞ」


 そこだけ声を潜めたバッジョが言うが。


「ふぉっ! へそ出し? しかも、スカートを持ち上げてひらひらって、ま、まさかそれを、うら若き美少女が?」


「ったりめーよ。誰が悲しくて年増の不細工のスカートの中なんか見たがるってんだ、バーロー」


 ごもっともで。

 クッ、俺としたことが、入る劇団、間違えたぁ!

 一生の不覚!


「ちょっと! バッジョ、新人の子に余計なコト吹き込まないで頂戴。あんな下品なところはダメよ、ダメ! 顔だけ揃えて、演技も踊りも滅茶苦茶だし、あんなのオペラの風上にも置けないわ!」


 オネエ様が怒るが、まあ、それでも客が流れてるってことは、路線が根本から違うんだろうな。

 ちょっと後で見に行かないと。


 うん、これは決して、決して、エロい好奇心なんかじゃなくて、あくまで敵情視察、大事な情報収集だ。


「ユーイチ、私達は遊んでる暇なんて無いから、そのつもりで」


『そこ、出入禁止だから。いいわね? ユーイチ』


 わざわざパーティーチャットで追加して言い渡してくる鬼リーダー。

 くそっ!


「お、おう」


 俺や手の空いている劇団員は舞台セットを作り、ティーナを初めとする主役達は練習に励む。


「お? ユーイチ、お前、絵が上手いな」


「ええ、自慢じゃないですが、テオドール商会に絵を売ったこともあるので」


「ほう。じゃ、ちょっとここの下描きもやってもらおうか。城の石垣だ」


「分かりました」


 それまでの他の舞台セットのトーンを崩さないようにしつつも、安っぽさを打ち消すリアルさを追求して描く。

 みんな真剣だ。


「はーい、じゃ、お疲れ様。今日はここまでにしましょう」


 む、もうこんな時間か。お腹減った。


「じゃ、悪いけど、新人の二人は特訓に付き合ってね」


「えー」

「はいっ!」


「心配しなくても特訓は今週だけで良いわ。とにかく、来週の公演に間に合わせないと、だもの」


 今日だけじゃ無くて、明日もあるのかよ…。


「それ、本当に僕らが来週の公演に出ちゃうんですか」


「出ちゃうのよ。他に代役もいないし、ティーナちゃん、あなただけが頼りなの」


「分かりました。その代わり、スカーレットさん、例の件、よろしくお願いしますね」


「ええ、バッチリ、王妃様に紹介してあげるから。任せておいて!」


 クッ、よりによってウインクを俺の方に飛ばしてくるオネエ様。躱しきれなかった。なんと言う恐ろしい攻撃力。おえっぷ。


「じゃ、ティーナ、頑張ってくれ、俺は応援してるか―――ぐおっ!」


 さりげなーく立ち去ろうとしたが、ローブの首もとをむんずと掴まれた。


「パーティーの一員なら、一緒に頑張ってくれるわよね?」


 ティーナがよそ行きの笑顔で聞いてくるが、スゲェ首もとに力が入ってるんですけど。ギリギリと。

 やる気あるフリをしてるけど、ティーナもかなりへばっている様子だ。


「う、うん、まあ、気は進まないんだが」


「ええ。気が進まなくてもよ」


 ティーナにアロエ草を渡して、俺も演技の練習に付き合う。

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