第六話 デペイズマン
2016/11/26 若干修正。
トリスタンの国王と謁見するまでは、ここトリスティアーナに滞在する予定なので、ラウルには人物画を練習するよう言い渡し、練習用の羊皮紙やキャンバス代も出してやってひとまず家に帰した。
真面目そうな青年なので、放っておいてもちゃんとやるだろう。
俺達は国王への献上品を探して、次に道具屋に寄ってみた。
「おお、これは」
店構えも大きいし、期待していたが、やはり品揃えが凄い。
薬草だけで何種類も棚があって、別コーナーになってるし。
客も多いね。と言うか、なんかゴツい戦士が多いな…。
「うーん、何が良いかしらね」
「そやなあ…」
「むう、こんなに種類があるなんて。人族のくせに…」
「色々ありますね…」
みんなで見て回る。俺はやっぱり、薬草コーナーからだな。
「あ、ユーイチ」
ティーナが何か見つけたようで、呼ぶ。ちょっと他の客の注目を浴びてしまった。
「何だ?」
「これ、即死のお守りと、石化のお守り」
「おお」
これだけの貴重品のアイテムを、しかも、セット売りかよ!
スゲーな、トリスタン。
「買おう。いくらだ?」
「んー、全員分だと、ちょうど十人だし、石化の身代わりが四万五千に、即死が九万ね」
相場の一割引くらいかな。安いと言えば安いのだが、元値が高いなあ。日本円で2900万円也。まあ、ティーナなら余裕で買えちゃう。ロフォール子爵で、名門ラインシュバルトの血族だもの。
「そんなもんか」
「ええ。じゃ、買うわね」
「ああ」
ティーナがお守りセットの束を取ろうとしたが、その上から太い指の分厚い手が覆い被さった。
「ん?」
「へへ」
ティーナが何のつもりという顔で見るが、手を置いた男の方は下品にニヤけているし、なんかトラブルの予感。
「ちょっと。私が先に手を付けてるんだけど?」
「いやいや、見つけたのは俺が先だぜ?」
「はあ? そんな理屈が通ると―――」
「まあまあ、まだ数はあるんだし、ティーナ、下のセットで良いだろ」
数が足りないならともかく、お守りは充分な数がある。
「む。でも、順番を守らないと」
君は正しいけど、世の中には処世術というモノもあるし、金持ち喧嘩せずって言うじゃない。
「そうそう、順番は守らねえとな、お嬢ちゃん。俺らが先に目を付けたんだ。とっととその手を引っ込めな」
男の仲間か、もう一人の戦士らしき男がニヤついて言う。
「そうは行かないわ。これは私が先に取ったんだから、私に買う権利があるわ」
「ほう。先に手を付けたら、早いもん勝ちか?」
「普通、そうでしょ」
「なら、俺がお前を―――むっ!」
男がティーナの体に手を伸ばしたが、素早く身を躱し、逆にその鼻先にレイピアを突きつけたティーナ。
むう、鮮やかに躱したが、剣を抜いちゃったかぁ。
「てめえ!」
いきり立った男が、掴みかかる。
「せいっ!」
ティーナもここで乱闘になれば店に被害が出てしまうと分かっていたようで、男の鎧を突き飛ばして店の外へ放り出した。
「コイツ!」
「お客さん、困ります! 喧嘩は外でやって下さい!」
「そのつもりよ」
もー、やる気満々って、ああもう。
しかし、すでに止める機会は失っているので、諦めて俺もティーナに加勢。
彼女に斧を振り下ろそうとしていた男の足下にスリップの呪文をかけ、突き飛ばす。
「ぬおっ!?」
はい、綺麗にすってんころりん。
「まだやるつもりかしら?」
ティーナが男の鼻先に再びレイピアを突きつけ、問う。
「くそっ!」
「フフ」
「ぎゃっ!」
うわあ。そこで、悪党が悪態をつきつつも退散すればそれで済んだかも知れないのに、電撃って、エリカ―!
いつもは詠唱するくせに、無詠唱とか。
しかも、こんな往来の多い場所で貫通攻撃なんて使うから、たくさんの通行人を巻き込んでしまっております……最悪じゃねえか。
後でパーティー会議だな。
「エリカ! 他の人は巻き込まないで!」
制止とお説教はティーナに任せて、とにかく俺は後始末しないと。
「すみません、すみません! うちのバカがすみません! 大丈夫ですか。これをどうぞ」
謝りつつ、倒れた通行人に薬草を配って回る。
「何なんだ…」
「おい、こんなところで呪文って、何考えてるんだ!」
「武闘大会は来週だぞ」
武闘大会? そんなものがあるのかね。まあともかく、慰謝料として大銅貨を掴ませると、たいていの通行人は、仕方ないかという顔で納得してくれた。
死人が出て無くて、ホント、良かったわー。
「フン」
口をへの字に結んで腕組みしたエリカに反省の色は見えないが、呪文攻撃は止めているので、心の中ではしまったと後悔しているようだ。
ったく。
「それで、どないしよ? こっちの兵士に突き渡す?」
二人の男をロープで後ろ手に縛り上げたミネアがティーナに聞く。
「そうね」
「くそっ! お前ら、滅茶苦茶だろ。関係ねえ奴まで呪文で攻撃しやがって、いてててて!」
「はい、抗議は詰め所でな。余計な事を言うと、喋られんようにせなあかんようになるで?」
ロープを足で踏んで締め上げ、ナイフも男の顔に突きつけ、黙らせるミネア。手際良いなあ。さすがレンジャー。
「おう、うちの舎弟に、こりゃどう言う真似だ」
「あっ! 親分!」
うえ、新手が来ちゃったよ。身長二メートル、体重二百キロという感じの髭もじゃの巨漢が、俺達の前に出てくる。手にはモール、アレだ、鬼の金棒みたいな武器。
見るからに強そうです…。
「親分ね。じゃ、子分の不始末、あなたが叱ってくれると良いんだけど?」
「ああ? フン、下手を打ちやがって、こんな小娘にやられたか。情けねえ」
そう言って武器を構える親分。初めからやる気のようです。せめて、事情を聞くとかさあ。
「頼んます、親分」
「あいつら、やっつけて下さい!」
仕方ない、まずは分析。
む、レベル32か。まあ、そこそこ強いけど、戦士一人だけなら、平均レベル38の俺達の敵じゃあないね。
「待て。そこの赤ローブ、お前が相手だ」
「はい? なぜに…」
「お前は男だろう。俺は女相手に武器を振るうつもりはないんでな」
ううん、悪党なりに、矜恃をお持ちの様子。それなら、舎弟をしっかり躾けておいて欲しかったんだが。
「ちょっと。私、あなたより強いと思うけど?」
ティーナが言う。
「がはは、その細剣で笑わせる」
「む。いいわ、ユーイチ、ぎったんぎったんにしてやって。私、あなたより強いわよね?」
「ティーナ、それはそうだが、そんなくだらない相手に競ってどうするよ…」
「いいから、本気で戦って」
ティーナも負けず嫌いなところがあるよなぁ。
「分かった。ただし、攻撃魔法は使わないぞ」
「ええ。それでいいわ」
「ユーイチさん…」
クロが心配するが、大丈夫、自信はあるよ。
「魔術士が魔法を使わないだと? この潰しのブーリオを舐めやがって。叩き潰してやる!」
別に支援魔法まで使わないなんて言ってないんだけどね。もうブーリオがモールを振り下ろしてきたので、さっと躱す。
ドン! と地面がへこんだが、まあ、レベル32ならこの程度だろうな。確かに力は凄いが、回避率高めの俺にこの攻撃は当たらない。
それでもバリアの呪文を重ね掛けして、防御は高めておく。戦闘は何が起こるか分からないし。
「くそ、ちょこまかと。ぬうんっ!」
おお、モールを連続で水平に振るってくるとか、武器の熟練度も上げている様子。でもね。
「なにっ!?」
バックステップで躱して踏み込んだだけなのに、驚いてるし、まあいい、さっさと片付けてしまおう。
手加減無しで、隙だらけの顔に向けて、樫の杖の下側を突き刺すように叩き込む。
「ぐあっ!」
「まだまだぁ!」
俺の物理攻撃力は圧倒的に弱いので、手数が必要だ。相手が面食らったところで、その機会を逃さず、連続攻撃に持ち込む。
それっ! うりゃっ! よいしょっと!
「ぐおっ、ぬおっ、くそっ!」
そろそろ良いだろう。ここでスリップの呪文。
「うおっ!?」
ツルッと滑って、後頭部から頭を打ち据えてブーリオが転んだところに、さらに追い打ちでスリープの呪文を無詠唱で浴びせる。
はい、これで、見た感じノックアウトの出来上がり。
後でブーリオはあんなのは負けじゃ無いと思うかも知れないが、その時は攻撃呪文でやるだけだ。
「おおっ! 倒しやがった!」
「やるな、あの魔術士」
「マジかよ……あの潰しのブーリオをあっと言う間に」
周りの野次馬が驚く。
「んー、まあ、勝ったしそれでよしとしましょう」
ティーナは俺の戦い方に不満が残るようだが、街中でレベルが低い相手に全力ってのもね。
「ハッ、その程度の相手に勝っても自慢になりゃしねえぞ、坊主」
一目でそれと分かる業物の鎧を装備した剣士が俺に声を掛けた。
別に自慢してる訳じゃ無いので、軽く肩をすくめて店に戻る。ブーリオ達の始末はミネアに任せるとして、お守りは買っておかないとな。
「おい、聞いてんのか。言っておくが、俺ぁ、ドラゴンともやり合ったことがあるんだぜ?」
だからなんですかと。
「これ、お願いします」
俺はカウンターに商品のお守りセットを置いた。
「十三万五千ゴールドになります」
金貨十三枚と銀貨五枚だね。それくらいは手持ちがある。
「聞けよ! 俺の名はグリーズ! 疾風のグリーズだ! 俺はその辺の奴らとは違うぜ。なんせこの剣は―――」
「じゃ、これで」
「む、これはミッドランドの金貨ですか……」
道具屋の店員が、俺の出した金貨を見つめるが、すぐに受け取ってくれない。
「え? ああ、使えない?」
国が違うしね。両替商とか、近くにあれば良いんだが。
「いえ、これでも結構ですが、ミッドランドの金貨はこちらでは高く引き取れません。そうですね、これだと、十万ゴールドというところですか」
「む、両替の手数料を取るにしても、三割五分もですか」
「―――俺はな、貧しい農村の出よ。生まれたときは体が弱かったんだ。子供の頃も他の奴らにチビだなんだのと馬鹿にされてな、そりゃあ惨めなもんだったぜ。そんなときに―――」
「いいえ、手数料というわけでは。ミッドランドの金貨は混ぜ物がして有るので金の含有量が低いんですよ」
「えっ! ああ、そう言う理由ですか」
「こちらがトリスタンの金貨です。大きさは同じくらいですが、持ってみて下さい」
「では、拝借して」
「―――その日からだ。俺は必死でその人から剣を教わったんだ。マジで血反吐が出たぜ。容赦ねえからな、あの人は。だが、俺は歯を食いしばって耐えた」
おお、ホントだ、重さが違う。
「お解りですか?」
「ええ、解りました。両替商は…いえ、この金貨でも枚数を積めば?」
「ええ、二十二万五千ゴールドでよろしければ、それでお預かりします」
「では、これで」
「確かに。では、お持ち下さい」
よし、お守りセットをゲット。
「じゃ、ここはもういいよな?」
外で待っていたティーナに聞く。
「いいけど、ユーイチ、あの人って、さっきからあなたに話してると思うんだけど…」
ティーナは真面目だなあ。そんなの無視でいいのに。
「―――奴は言った。グリーズ、お前がこの剣を持って行ってくれ。俺はこの様だ、長くは持たねえってな。くっ! ざっけんな、ピット、お前は大陸一の大盗賊になるんじゃなかったのかよ! なあ、嘘だろ、こんなところで―――」
「いいよ。ミネア、そっちは済んだか」
「うん、正式な訴えや無いから、詰め所で叱られて終わりやけど、こっちも怪我をしてるわけや無し、それでええよな?」
「ううん…」
ティーナは迷ったようだが、「手を触られた」「店で順番の横取りをされた」、その程度で牢獄はやり過ぎだろう。こちらに戦闘を挑んできているが、返り討ちだったし、あれで少しはあいつらも懲りるはず。
「行こう」
「そうね」
ティーナも妥協し、俺達は道具屋を後にする。
「ピットぉおおお! 死ぬなあぁあ! まだ俺達は燃えさかる暖炉の中に咲いた花は取ってねえぞぉ!」
「キモ」
エリカが振り向いて言うが、俺もそう思った。




