第三話 スケッチ
2016/6/26 若干修正。
ロフォールの新しい代官、タールに引き継ぎを済ませ、ティーナ大使一行は東へと向かっている。
アルカディアやトリスタンと外交を行う為だが、これって結構大役だよね?
体の良い左遷と見る向きもあるが、国王はティーナに対しては整えて領地を渡してやると明言しているし。
俺と違って。
…しくしく。
まあ、正直、肩の荷が下りたし、本当に村長なんてやりたいの? と言われたら絶対にノーだ。
ゲームの村長ならスゲェ楽しそうだけど、リアル村長は、ほら、人間関係やら、村人の生活が懸かって来ちゃうからね。
まだ真冬の季節だが、今日は日が照っていて雪も積もっておらず、穏やかな天気だ。
タイムの呪文で日付を見たら、二月十四日だった。
くそっ!
見なきゃ良かった。
日本においてモテない男子が苦痛と格差社会の現実を味わう暗黒の日である。
声を大にして言うが、アレは製菓メーカーの陰謀で、本当のキリスト教国ではチョコを渡す儀式など無い。
チャラチャラ浮かれた連中がホテルに行くというのは宗教に対する冒涜でしか無いのだ。
だが、素晴らしきかな、異世界。
こちらにはそんな風習は存在しない、はずだ。
………。
無いよね?
ちょっと心配になってきたから、一応、一応ね、聞いてみておこう。
「ティーナ、ちょっと聞いてみるんだけど、こっちの世界で二月十四日に女子が好きな男子にお菓子を渡すなんて風習は無いよな?」
「え? 無いけど…」
「よしっ! セーフ!」
主は迷える子羊をお見捨てにはならなかった!
ま、俺は不可知論者だけどね。
「俺は神を信じない」と言うよりも「ああ自分、不可知論者ですから」とニヒルに言う方が格好良いし。
今日から敬虔な信徒になろうかしら。
「でも、収穫祭に好きな子を誘ったり、あ、春一番の咲いた花を贈るなんてのもあるわね」
シット! 神は死んだ!
ファルバスだっけか、こっちの神様、頼んますよ。
「あれは男が、でしょ。ユーイチが聞きたかったのは女がってコトじゃないの?」
リサが言うが、もうどっちでもいいです。
「うちの村には一番たくさん魚を獲ってきた男が勝ちというのが有るニャ」
そんな良い村をどうして飛び出てきちゃったかな、リム。
「それも男やな。んー、女の子からって言うのはうちも聞いたこと無いなあ。スレイダーンの、ユーイチの村にはそんな習慣があったん?」
ああ、日本については、ティーナには話したけど、ミネアには話してなかったな。ミネアなら話しても問題無さそうだが、今、この場には口の軽すぎるリムやらどう出てくるか読めないレーネとかクレアとかいるし。
レーネは貴族か王族だろうし、クレアもフランジェの司祭で領主って微妙な立場だよなあ。
「ほう、異世界から来たのか。よし、私の国に役に立つ技術を全部寄越せ」
いや、レーネはそんな事は言わないだろうなあ。
ただ、
「ほう、異世界から来たのか。よし、手合わせしに行くから案内しろ!」
言いそうだわー。そして、銃刀法違反とか、傷害事件で逮捕されそうで、マズいです…。
クレアもクレアで、普段は俺に甘々な事を言ってるが、何を考えてるのかよく分からんし。
「うふふ。どうかしました? ユーイチさん」
「いや、クレア、何でも無いよ。じゃ、ティーナ、ちょっと休憩」
「ええ? まあ良いけど、あまり私は時間は掛けたくないんだけど」
それを言うなら、馬車で行くべきだろうに。無駄に冒険者気分を味わいたいと、また徒歩だもんなあ。
道のりはまだ長いので、草むらのちょうど良さそうな場所に腰掛けて、リュックから丸めていたスケッチブックと石ころを取り出す。ストーンウォールの呪文で石を変形させ、紙を挟み込ませて画板にする。炭と樹脂を混ぜて作った鉛筆もどきで風景をささっとスケッチしていく。
「こんな何も無いところを描いてどうするのかしら。私がモデルになってあげても良いけど?」
エリカが言う。俺のやることなすこと全てにケチを付けたがるエリカだが、不思議とモデルをやりたがる。でも、仕上がった絵を見て、ここはこうじゃ無い、もっと可愛く知的に描けと細かく言い出すので、あんまり描きたくないモチーフだ。
「それにしても、本当に絵にハマってるわね。まあ、風景を描いてる分には良いんだけど…」
ティーナが言う。
ま、俺としても、シーツと裸さえ描ければ、後は割とどうでも良いんだけどね。だが、基礎的な画力を鍛えるためには、こういうのも描いた方が良いんじゃないかと思ってやっている。割と暇だし。
あと、これをやってるとレーネの剣術に誘われないのも利点だ。
「どれ。おお、また前より上手くなったんじゃないのか?」
と覗き込んで感心するレーネ。
「どうかな。白黒じゃあなあ…」
絵の具も持ってきてはいるのだが、それを出してると時間が掛かりすぎるし。
「私は好きだぞ。派手な色の絵もいいが、こういう素朴なのも良い」
くっ。脳筋剣士のレーネが芸術を解するというのもなんか癪だが。
「私は、色つきの方が良いわ。上手いとは思うけど、暗い感じというか」
ティーナが言う。そんなに暗い印象かな。その辺は意識してやってるわけでは無いんだけども。
「むっ、馬車が来たわよ。注意して。傭兵二人」
リサが言い、俺も鉛筆を止めてそちらを見やる。
馬車が一台と、脇を歩く二人の戦士が見えた。
あれは貴族じゃ無くて商人だな。馬車に飾り気が無い。
皆もそれが分かっているからか、特に剣を抜いたりはしない。
「どう、どう!」
そのまま通り過ぎるだろうと思ってぼーっと見ていたが、御者の男が目の前で馬を止めて、降りてきた。頭にはターバン。少し太った商人だ。
「失礼、ちょっとその絵を見せて頂けますか」
「ええ、まあ、適当に描いた物ですが」
「いやいや、これだけ正確に、むう、なんと言う素晴らしい濃淡。申し訳ないが、お名前を聞かせて頂いてもよろしいですか。私は画商のテオドールと申します」
「へえ。僕の名前はユーイチです」
「ユーイチ様。失礼ですが、貴族の御方で?」
「いやいや、上級騎士ですが、様は要らないです」
「そうですか。どうでしょう、この絵を完成させてもらえませんか。銀貨三枚、いや、四枚出しましょう」
「マジで!? 描くよー! 描きまくるよー!」
金になるとなれば、本気出す!
「正気? この間、絵を描き始めたばかりのド素人なのに」
余計な事を言うんじゃありません、リサ。銀貨が逃げちゃうでしょ!
「なんと! それが本当ならまさに天才、おお、ファルバスよ、このお導きに感謝いたします」
俺もファルバスに感謝。
宗教画でも描いてみようかね。
「テオドールさん、僕は色つきの絵も描けるんですが、そちらの方がお値段は良くなったりは…」
「ああ、もちろん、出来によりますが、モノクロよりは受けが良いですな。お値段も倍以上になります」
「おお。じゃ、カラーを描きます」
「上手いとは思うが、これに銀貨を四枚もくれてやるのか?」
「レーネの言う通りにゃ。絵なんて見ても腹が減るだけニャ」
フフン、芸術を理解しない君たちには価値が分からないだろうがね! 猫に小判とはよく言った物だ。
「ユーイチ、そろそろ、休憩終わりよ」
絵の具を出そうとしたら、リサが容赦無く言う。
「おい、ちょっと待ってくれよ」
「そうね、長くなっても困るし、ユーイチ、テオドールさんの連絡先だけ、聞いておいたら?」
ティーナも出発するつもりのようで、とほほ。
「じゃ、このスケッチだけで」
もうちょっと細かいところまで描き上げたかったが、仕方ない。
「結構です。ありがとうございます。では、お約束の銀貨を。それと、私はトリスタンで画商をやっております。トリスタンの王都に訪れた際は、テオドール商会を訪ねて下さい。良い値段で絵を買い取らせて頂きますよ」
「どうも。僕はミッドランドのロフォール子爵の家臣なのですが、今はアルカディアに向かっている最中、まあ、二ヶ月後くらいにラインシュバルト侯爵の城へ手紙を出してもらえれば、連絡が付くかなと」
今ほど携帯電話と電子メールのありがたさを感じたことは無いぜ。魔術での連絡はちょっと挫折中だから、そうだな、伝書鳩でも飼うかなあ。
「ええ。お手紙、出させて頂きます」
そう言ってくれたテオドールに手を振って別れる。
「しっかし、まさか売り物になるとはね。私も絵を描いてみようかしら」
リサが言う。そんな簡単には行かないと言いたいが、熟練度システムを理解しているリサなら、数週間で可能だろう。
「ええ? 適当に落書きを描くならともかく、売り物となると大変じゃないの?」
ティーナも花を描いた絵を一度見せてくれたが、かなり上手かったっけ。
「適当で良いのよ。売れさえすれば」
リサは相変わらず言うことがドライだ。
「ええ?」
一方のティーナは何事にも手を抜かない性格だからか、それを聞いて眉をひそめる。
俺も、手抜きの性格だが、売るからにはビシッとしたものを描きたいと思……ハッ!
ひょっとして、えっちぃ絵ってこっちの世界でも高値で売れるんじゃね?
……ウホッ。
「ヒヒッ」
「む。ティーナ、まーたユーイチがおかしな事を考えてるわよ」
「そうみたいねぇ。だいたい、予想が付くんだけど」
えっ! マジで?
と言うか、そこでレイピアをゆっくり鞘から抜き出すのは止めて!




