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異世界の闇軍師  作者: まさな
第十一章 画家なんだな

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第二話 ルネッサンス

2016/10/5 「~思い出すという能力も上がりそうだな」という描写・設定を追加。

 外交の任務を命じられた俺とティーナ。

 だが、まずは代官としてロフォールを治めてもらう上級騎士タールを王都で待つことにした。

 簡単な挨拶と引き継ぎの後、すぐにアルカディアに向けて出発しなければならないので、いちいち西のロフォールまで戻っていては時間の大幅なロスだからね。

 引き継ぎも無しで出発するという手もあるが、ゴーレムの注意事項くらいは言っておいた方が良い。

 ま、アレは作成者の命令しか聞いてくれないので、水道のモーターを動かしているゴーレム以外は、停止したままになるだろう。


 待つ間、王都にあるティーナの別邸の一室で俺は芸術的創作活動に従事している。

 冬でも活気ある王都。

 その街並みや風情に良い刺激を受けて、まっさらな布のキャンバスに絵の具を緻密に乗せていく作業。


 決して決して、いつも通りにリビドーを昇華させている訳ではないのだ。


 いやあ、さすがに王都は物がすぐ手に入るし、絵の具の発色も良いわ。

 特に肌色が。

 

「あの、ユーイチさん、裸は、ティーナさんに怒られますから……」


 後ろから控えめに忠告してくるクロちゃん。誤解があるようなので後ろを振り向いてキリッとして言う。


「クロ。これは裸を描いているわけじゃないぞ」


「え…? でも」


「これは体の輪郭線をスペクトルに基づいてデッサンしているだけだから。ちゃんとこの後で上から服を描く」


「ああ。なるほど」


 相変わらずチョロいね、クロちゃん。可愛いよクロ。俺自身にも何言ってるか分からない謎理論だけどねー。

 

 それに色々懲りた俺はクロやティーナの絵では無く、ピンク髪や青髪の子をアニメ調で描いている。

 これなら色々言い訳できるし。


「ユーイチ」


「ふおっ! ノックしてくれよ! リサ!」


 どうして君たちは最低限のマナーやエチケットがなってないかな!

 隠す時間も無いじゃないか!


「まーた女の子の裸を真剣に(・・・)描いてるの? このド変態」


「リサよ、オマエは今、世界の芸術家達を侮辱した。ヌードこそ芸術の原点、原始時代からの普遍的なテーマだろう」


 特に宗教的抑圧から解放され、人間や古典をありのままに見つめようとしたルネサンス期の芸術作品は素晴らしい!

 ウイリアム・ブーグローのヴィーナスの誕生とかね! まあこの人は時代が違うんだけどさ、テーマは同じはずだ! うん。よく知らないけど。


「私が見た絵は、ちゃんと服を着ていたけれど?」


「慌てるな。ちゃんとこれから着せるから。人間も生まれるときは裸で生まれるんだ」


「末期ね。それなら最初から着せた絵を描きなさいよ。絵の具の無駄じゃない。だいたい、そんな破廉恥な絵をクロに見せるなっての」


「いや、だからこれは体のバランスと輪郭線をだな……それに、まず最初に破廉恥の定義を明らかにしてもらおうか。君自身の口から具体的に」


「黙れ、セクハラ野郎。それより、タールが来たわよ」


「え? もう?」


 王都から配置転換の命令を出して、それを受け取ってから移動して来るにしては、早すぎる。


「最初からその予定で呼んでたんでしょ。アンタのクビとセットで」


 むう。候補を二人挙げてその場で決めたように言ったのは、国王の即断即決、有能さを示すための演出か。


「いや、俺は別に地位を剥奪されたわけじゃないし。ティーナが気にするからその言い方はよせよ」


「そうね。ぼーっとして、ため息までついて、あのまま落ち込んでたらどうしようかと思ったけど」


 なまじ多才であるが故に、上手くやれるという自信があったのだろう。 

 だが、ティーナは根が楽観主義者だから、立ち直りも早い。俺はそこまでは心配していない。


「ユーイチ、行きましょう」


 途中でそのティーナと合流して応接間に向かう。ティーナは笑顔は無いが大丈夫そうだな。


「ああ、行こう」


 部屋の中ではタール本人とリックスが談笑しながら待っていた。応接間に入らずに戻っていくリサは俺を呼びに来ただけで、タールとは話をするつもりは無いようだ。ま、領主の引き継ぎだから、俺も無理して顔合わせしなくちゃいけないってわけでもない。せいぜい、ゴーレムの注意点だけだ。


「ああ、これはロフォール子爵、お目にかかれて光栄です」


 タールが立ち上がってティーナに挨拶する。思った以上に若い商人。この世界のトレードマークのターバンは巻いていない。いや、エックハルト男爵家の養子として、貴族らしさを出さねばならないのだから当然か。平民上がりと陰口を叩かれていたことだし。

 やや痩せ気味だが、笑みを浮かべた三十代のタールはどこにでもいそうな感じの人間で、ロバートのようないかにもやり手ですという印象は受けない。大丈夫かなぁ……。


「ええ、こちらこそ。あなたは男爵家の跡取りだから、年下の私にそこまで謙る必要は無いわ。引き継ぎも多いから、無礼講と言うことでどう?」


「結構。その方が私も助かりますよ。そちらはユーイチ君だね」


 手を伸ばしてくるので握手。元平民だけあって、奴隷を気にしたりと言うことは無さそう。


「どうも」


「じゃ、タール、さっそくで悪いけど、ロフォールの状況について説明させてもらうわね」


 ティーナがお茶も来ていないのに言う。そこまで急ぐ必要があるとは思えないが、まあいいか。


「ええ。お願いします」


 タールも代官就任についてはやる気があるようで、嫌な顔もしない。


「まず、ロフォール領の位置だけど、これがその地図よ」


 ティーナが持ってきていた地図をテーブルに置いて広げる。羊皮紙にペンとインクで手書きした地図。それなりの専門家が丁寧に仕上げている様子だが、大まかな位置関係しか分からないし、この地図を鵜呑みにするとかえって危険な気がする。測量とか、まともにやってはいないだろうし。

 ティーナのお父様、ラインシュバルト侯爵が詳細な地図を作っておくようにと指示を出していたが、詳細版の地図はまだ出来上がっていないはずだ。俺は地図作りなんて面倒だからタッチしていない。密偵と疑われても敵わんし。

 

「私達が今いる王都がここで、ロフォールは西、この辺ね。さらに西にはスレイダーン領が広がっているわ」


「ええ。平和条約を結んだとのことですが、戦闘の発生は?」


 タールが聞く。


「いえ、戦闘は発生していないわ」


「それは何より」


 にっこりと笑うタール。


「次に、領地の町や村の数だけど…」


「街は四つ、村は十八でしたね」


 タールがすぐに先回りして言う。うん、きちんと下調べしているし、出来る人のようだ。これなら大丈夫そうかな。


「ええ。人口は七千二百。浮民を千二百人ほど受け入れて増えているわ」


「千二百ですか。二割近くとは結構な数ですね」


「ええ。着の身着のままで逃げてきて食べる物も無いし、雪の積もっている冬でしょう? そのまま追い返すのも気が引けたから」


「慈悲深くて結構なことですが、あまり増やしすぎると、翌年以降の食い扶持が厳しいことになります」


「ええ、分かってる。これは最初の予定よりオーバーしているわ。もちろん、開墾や色々手を打って、食糧増産には努めたのよ?」


 少し早口で釈明するティーナ。


「ええ、もちろん。名門ラインシュバルト家の御方にして陛下のご期待厚いティーナ様なら、無策ではありますまい」


 にっこりと。何の問題もないですよと言う感じのタールだが。


「だと良いけど。食料については、あちこちの貴族に当たっていくつかは融通してもらっているわ。これがそのリスト」


「なるほど。私も自分の商会や伝手がありますので、不足と言うことにはならないでしょう」


「そ、良かったわ。商人だものね」


「ええ。それから、ティーナ様、一つご提案がありますが、聞いて頂けますか」


「何かしら? ええ、もちろん、どうぞ」


「ありがとうございます。食料を運び込むのもよろしいのですが、それだけで運ぶ荷車や人手などの費用が掛かってしまいます。そこでその無駄を省くために現地の人口を少し、減らしてはと思うのですが」


「む。浮民を追放しろと言うの?」


「いえいえ、一度受け入れたものを追い返すのも風聞が悪うございます。そちらではなく、ロフォール砦の騎士団を減らして頂ければと」


「ああ…」


「む。あそこは最前線に対する睨み、今でも防備が充分とは言えません」


 リックスが意見する。


「ですが、小競り合いの戦闘も起きておらず、条約が生きているうちは、多少減らしたところで問題は無いでしょう。無論、兵を減らすことは伏せておきます」


「そうね。リックス、二割くらい、減らせないかしら?」


「いえいえ、半減がよろしいかと」


 タールが大胆に言う。


「何を仰る。半減となると、一千の兵となってしまいますぞ。これでは向こうが攻めてきたとき、足止めも難しい。他にアーロン卿の駐屯騎士団もいるとは言え、ロフォールの地はロフォールが守らねばならぬ。譲っても三割が限度でしょうな」


 リックスが論外だというように一蹴した後、譲歩した数字も出して角が立たないようにした。


「では、三割で結構です」


 タールもリックスと揉めるつもりは無いようだ。


「分かったわ。では、歩兵を六百減らしてそれで三割減としましょう」


 ま、防衛に問題が生じないなら、ギリギリまで減らした方が、タールの言うとおり、食料運搬の労力も減るし、人手が少なければそれだけで食糧事情は改善される。


 『智将ハ(つと)メテ敵ニ()ム』


 孫子の兵法も、食料は敵の陣地で現地調達の方が良いよと説いている。

 まあ、略奪は人心や占領地の統治を考えると悪手なので、耕作地を押さえるか、きちんと金を払って購入するかだろう。

 この世界では道が舗装されていないしトラックも鉄道も無い。治安も悪く、あちこちに盗賊がはびこり食い物や積み荷を狙ってるものね。 


 現代においても輸送に掛かるエネルギーで発生する二酸化炭素を地産地消が減らすとして、『フードマイレージ』なる考え方がイギリスで提唱され、ヨーロッパでは推奨するマークもある。

 日本も村興しやブランドとした側面からすでに1980年代には『地産地消』の概念が登場していた。


 従ってタールの提案した『駐屯兵を減らして食糧輸送を減らそう!』と言う考え方は理に適っている。

 無論、防衛のための軍事力が確保できればという条件付きだが。

 一番良いのは戦争でなく食料生産に労働力を投入して生活を楽にすることだけど、戦争が無くならないのは人類のこれまでの歴史を見ても明らかだ。

 

 さっき孫子の言葉が正確にパッと思い浮かんだが、ふむ、暗記による日記を毎日書き続けていることで、【記憶】のスキルの熟練度も上がっているだろうから、思い出すという能力も上がりそうだな。

 ここはバリバリ鍛えて、アニメを思い出してリアルタイムで再生・視聴したいところだが……レベルがどれだけ必要かなぁ?


「ええ、後は報告書を出してくれれば、思うようにやってくれて構わないから」


 細々としたことも夜遅くまで話し合い、最後にはティーナもタールの有能さに感心し、領地の統治を委任することとした。



 タールが提案し、ティーナが承認した項目は以下の通り。


一 関税の撤廃

二 新規参入の促進

三 街道の整備

四 住宅建築への補助金

五 商人に対する増税は行わないという宣言

六 家具の生産

七 キルト(布の間に綿を入れてカラフルにしたパッチワーク)の生産

八 冒険者ギルド支援

九 学校の設立

十 評議会の設立


 一つ目、関税(この世界では入場料・通行料)の大幅な引き下げはすでにやっていたが、タールは完全撤廃を主張し、ティーナもこれを了承した。

 税収がどうなるかが心配だが、タールは自信ありげな顔で「なあに、元が充分取れますよ」と言っていた。


 二つ目、ロフォールの街に新規に店舗を出す商人は補助金を低利で借り受けられるようにした。

 これは俺もティーナも発想が無かったのだが、確かに税を安くするだけでは商人も新しく店を始める決断はなかなか起きないだろう。特に新しく商売を始めるには、店舗を構える必要があり、かなり大きな初期投資が必要になる。資金がある商人ならいいが、資金に乏しい商人は良いアイディアがあっても商売が始められない。

 現代ではベンチャー企業への支援制度などは当たり前だが、うん、俺は素人なのよ。


 三つ目、街道の整備はすでに行っているのだが、これを領地の優先計画として予算も拡大する。

 やはり、大商人にとっては道の善し悪しがルート選定の重要なポイントになるそうだ。


 タールが問う。


「ティーナ様、悪い道を通ってみたはいいが、途中で馬車が通れない場所に出くわした、なんてことになったら、どうします?」


「それは引き返すと思うけど…」


「ええ、馬車を分解して悪路や狭い道を一時的に乗り切ったとしても、時間が掛かる上にその先の道がどうなっているかはやはり悲観的観測しかできません。引き返してもそこまでの無駄な時間は返っちゃこないんです。いいですか? 商売で最も重要なのは利益の最大化です。こう言うと商人はあくどいから高く売りつけるのが商売なんだろうと思われがちですが、安い値段で売ったとしても、それを何度も繰り返せばそれ以上に儲かるのです。つまり商売に掛かる時間は値段と同じくらいに大切なのですよ」


「あー、時は金なり、ってヤツか…」


 語句は理解していたつもりだったが、のんびり屋さんの俺は真の意味が分かってなかった気がする。 


「そう! まさにその通りです! いや、さすがは陛下に騎士と認められたユーイチ様は違いますな!」


「いやいや、ハッハッハッ、止して下さいよ。それにしても、タールさんの話は為になります。是非、先生と呼ばせて下さい、タール先生」


「いえいえ、私はまだまだ駆け出しの未熟者ですから」


「先生と、様って…」


 ティーナが、褒められた俺に嫉妬したのか、少し咎める目で不満そうにしているが、ま、中世の若いお嬢さんに最先端のビジネスのお話はちょっと難しいかもね、うん。



 四つ目の、住宅建築への補助金制度も、商人への資金貸し付けと似たような位置付けだ。ただし、こちらについては返済を求めず、そのまま金をプレゼント。

 理由は単純だ。


「商売を(おこな)っていない者に金を貸しても、焦げ付くか切り詰める生活になるかのどちらかで、これは良くありません。商売を知らない平民は金がもらえるとなれば、少額でもタダでもらえる(・・・・)というところに目がくらんで頑張って持ち家を持とうとするものですよ」


 無料やプレゼントという言葉に弱いのはいつの時代の庶民も同じだろう。

 俺も基本無料でプレイできるというネトゲにハマって、アイテムやガチャに金を掛けるかどうかを真剣に迷ったことがあるもんな。¥をポイントと言い換えて財布の紐を緩くさせようというあくどさ(・・・・)が鼻について、すんでのところで思いとどまったけど。


 

 五つ目、商人に対する増税は行わないという宣言は、これから商売をする商人にとっては計画が立てやすくなるという観点からの宣言だそうだ。


「ころころ制度が変わる領地に私は新しい支店は出しません。最初は良くても、手続きに時間と労力を取られると採算が合わなくなることも充分にあるからです。先が見通せない商売は博打と同じですよ」


「ふむ、タール先生は、ハイリスク・ハイリターンの商売には手を出さない?」


「試験的に小規模の商いをやることはありますが、それはあくまで余った資金でやります。本業の仕入れに差し障りがあるような運用は絶対にしません」


 なるほど。成功する商人はギャンブルはやらないんだな。そう言えば為替対策だと銀行に勧められるままに財テクにのめり込んで倒産した中小企業の話もあったっけ。



 七つ目、家具とキルトの生産はすでにタールが商会で手がけていて、熟練工でなくても出来る安物を作るという。これは本業で手がけていたタールに任せておくのが一番だろうし、成功している彼なら上手くやってくれるだろう。



 八つ目、冒険者ギルドに補助金を出して支部を村にも配置してもらう。これで冒険者が立ち寄りやすくなるので、村に宿屋ができたり道具屋が繁盛したりと波及効果が期待できる。



 最後の二つ、学校と評議会については、俺に意見を求められたので提案しておいた。タールも乗り気で、無料の給食制度も含めて手配してくれるそうだ。さすが平民出身の騎士、平民の暮らしも良く把握していらっしゃる。

 食い物がタダで出るとなれば、食費を浮かせるために貧乏な親も子供を学校に通わせることだろう。この世界じゃ普通に小学生くらいの子が立派な労働力になっているからな。大学院まで行って頭でっかちのニートになるのもダメだが、読み書きと計算くらいは出来た方が色々と便利がいいだろう。

 手紙を書ける人間がいないと、陳情を取り扱う目安箱を置けないし、村や街の様子も聞けないものね。


 できればスラム街にいたドットも学校に通わせてやりたいが、他の領地じゃあなあ……一応、ケインに頼んで、兵に連れてきてもらうか。いや、浮民問題でごたごたしてるし、他所の土地よりは住み慣れた街が良いと言うかも知れない。本人次第だな。

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