第二十話 破綻
2016/11/25 若干修正。
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をお隣さんの領主に実行させて浮民対策としたのだが…。
「おい、ユーイチ、また来たぞ」
「くそっ! またかよ」
一向に、浮民が減ってる感じがしない。いや、あれから一週間くらいはぐっと減った感じだったのだが、またぶり返した感がある。
「どうすんだよ。家ももういっぱいだぞ。村長のお前がどうにかしろ」
「ネルロ、お前も俺の補佐役なら、少しは知恵を出せ、知恵を」
「ああ? そんな役は受けた覚えもねえよ。とにかく村に来い。ババアも呼んでるぞ」
「むむ、ついに大ババ様からお呼び出しが……くっ、ネルロ、俺は留守にしてるって、大ババ様に言っといてくれないか」
「ユーイチはそう言って嫌がるだろうから、必ず引っ張ってでも連れてこいって言われてるんだよ、これが」
「くっ! は、離せ」
「ダメだ」
さすが大ババ様、全部お見通しだな。てか、大ババ様が村長やればいいじゃんね?
よし。
全権委任をするつもりでセルン村に行く。
入り口に四十人近く、浮民がいて、うちの村人達と揉めていた。
ああ、こりゃダメだ、村の人口の半分とか、どうやっても受け入れ不能だ。
「どうか、この子にパンを。私はどうなっても構いません」
「だから、おお、村長、ええところに。こいつら、どうにかしてくれ。このままじゃ、村のパンも無くなっちまうだ」
「いや、とにかく配ってやって。麦粉はまだまだあるから。ただし! 全員、整列。静かにして待たない奴にはパンは一つもやらないぞ!」
大きな声で俺は言う。
「オラに先に寄越すだ!」
「きゃっ」
「おい、お前!」
ふう、収拾が付かないな。それにしても、赤子を抱いた母親を突き飛ばすとか、いくら腹が減っているとは言え、自己中すぎだ。
兵士に捕縛させたいが、ケインを含めても今は三人だけ。武装しているとは言え他の浮民を抑えるのに必死という感じで余裕は無い。
こういうとき銃があれば警告射撃ができるんだが。
あ、魔法があったね。
「四大精霊がサラマンダーの御名の下に、我がマナの供物をもってその息吹を借りん。ファイア!」
攻撃の意思があると見せるために呪文の詠唱を唱えて、母親を突き飛ばした男の鼻先にファイアを灯す。
「ぎゃっ!」
よし。
「大人しくしない奴はこうだぞ!」
言ってやる。これで―――
「オラが先だ!」
え? あれ?
くそ。ダメか。ファイアが目立たなかったか、それともこいつら魔法を理解してない奴もいるのか。
チッ。
「ケイン、一人、斬れ。浅くな」
「はっ!」
ケインが剣を抜き、兵士に掴みかかっていた男の肩を斬った。
「ひい!」
「きゃあ!」
慌てて浮民達が下がり始める。一方、セルン村の村人は緊張はしたようだが、逃げ出すには至らない。ケインが無闇に村人を斬らないと分かっているからだ。
「もう一度言うぞ。よく聞け! 静かに並んで待つ者にはパンを与える。それが守れない者は斬る! どちらか好きな方を選べ」
再び、俺は呼びかける。
ケインの部下の兵士も剣を抜いて身構える。
「じょ、冗談じゃねえだ。死んだら元も子もねえだよ」
「逃げるだ! 殺される!」
わっと、十数人が走って逃げ出した。まあ、俺の言葉が信用できないならそれも仕方ない。パニック状態だろうし、そう言う臆病さは親近感さえ覚える。
だが、あいつらはパンや住処をもらえるせっかくのチャンスを失ったな。
一方、怯えて動けない者。これもまあ、仕方が無い。騒いでいないなら、斬る必要は無い。ケインや部下の兵もそれくらいは理解しているだろうし、放置。泣いている子供も同様だ。
最後に、きちんと並ぶ者。こいつらは見込みがある。
「じゃ、お前が一番先に並んだな。まずはこれをやろう」
干し猫の実。
「あ、ありがとうございます!」
すぐにその場で食べ始めるが。
「おい、邪魔になるから、受け取ったら、そっちへ移動しろ」
「は、はい」
「次!」
一人ずつ、渡していき、何とか落ち着いた。
「じゃ、ネルロ、いつも通り名前と人数と体調を確認して、クロがパンを焼いたら、また配ってやってくれ」
「けっ、働いてもねえ奴に食わすのかよ。俺ももらう方に回りたいぜ」
「いいぞ? 回っても。ただし、お前の家は新しく作るまで他の浮民と共同使用になるがな。その先も新入りとして扱う」
「お、おいおい、冗談だって。冗談」
「なら、言われたことをやれ。これは村長としての命令だ」
「分かったよ」
権力を使うのは好きでは無いが、今はすぐに動いてもらわないとどうにもならないからな。
さて…クロはもう工房に入ってやることをやってくれてるはずだし、エルの姿が見えないが、まあ、彼女は放って置いてもきちんと何かをやってくれてるだろう。
大ババ様と今後の方針を話し合わないと。
「ユーイチ、参りました」
「来たか。外の浮民はどうなっておる?」
「従わない者を見せしめに一人斬って、手持ちの木の実を配って落ち着かせました」
「うむ、よくやった。一人で済めば御の字さね。人間、切羽詰まったときが本性の出所だ。そこはよく見て判断せねばならん」
「肝に銘じます」
暴徒鎮圧用の魔法も開発しておかないと。
「で、これ以上はうちの村も難しいと思うが、どうするつもりだね」
「ううん…大ババ様は、どうすべきだと思われますか?」
「共倒れは一番良くない。少しの食い物を渡して追い出すくらいしか手は無いよ。そして、どのみち、襲ってくる連中とやり合わねばならん」
「そこまで行きますか」
「行くね。行かない方がええに決まっとるが、前にも一度あったんじゃ。村の者が八人、死んだ。浮民はその三倍じゃ。ワシ自身もババ様からそんな話を聞かされたことがある。その時は分けてやればいいのにと思ったものだが、それは結局自分の首を絞めて村の中でも良くないことを引き起こしてしまう。軽い気持ちで入れてはならんのじゃ」
「分かりました。ギリギリの人数は?」
「もう一人も入れられん。前にも言うたはずじゃ。とうにギリギリは超えておる」
「むう。仕方ない。今回は追い返すとしましょう」
「それがええ。それと、ビートが問題を起こしたから、縛り上げてお前さんの沙汰を待っておる」
浮民の分際でデカい家を寄越せと注文を付けてきたあの男か。自分は村長の息子なんだぞと威張り腐ってたが…。
「ああ。こちらのしきたりでやってもらって良いんですが」
「お前さんは色々と新しいやり方をやっておるからの。もし、しきたり通りなら、尻打ち二十回だね」
「ちなみに、罪状は?」
「お前さんの工房に入って食べ物を盗もうとしたのと、村の娘を手込めにしようとした。それぞれ尻打ち十回ずつだ」
窃盗未遂と強姦未遂か。ったく、食い物はともかく、レイプ未遂とか。クズっぽいとは思っていたが、ろくでもねえな。
「分かりました。一応、申し開きを聞いた上で、そのように」
「申し開きはワシが聞いてやったが、あれはちっとも反省はしてないね。ま、お前さんが諭してみるがええ」
「はい」
大ババ様がやってダメなら、俺でも無理だと思うが、村長の役割だろうから、一応やっておくことにする。
ビートのいた家に向かうと、逃げ出さないように村の男衆が見張りをしていた。軽く手を挙げて挨拶。
「村長、コイツは悪い奴だ」
「そうだろうな。後は任せてくれ」
「分かった」
中に入る。ビートは後ろ手に木の板を挟まれ、その上から縄で縛られていた。直接縄で縛らないのは、鬱血を避けるためだろう。
「おお、アンタか。早くこれを解いてくれ」
「その前に、なぜ縛られたかは理解しているか?」
「俺はパンをもらいに行こうと思っただけだ。ネルロが良くて何で俺はダメなんだ」
「ああ、それは、ネルロはそう言う役目だからな。だが、勝手に入ったのは問題だ。他にも、村の女を手込めにしようとしたと聞いたが?」
「や、ちょっと言い寄っただけだ。向こうも俺に気があった」
「ふうん? ちなみに、誰?」
「エルとベリルだ」
「なっ!」
ふーざーけーんーなー!
エルがお前みたいなのに、なびくわけ無いだろ。
しかも、二人もか。
ベリルは平気だろうが、エルは後で様子を見ておかないと、くそ、どこまで手を出したんだ、コイツは。
「事情を詳しく話してくれ」
怒りの表情を出さないよう注意しつつ、聞き出す。
幸い、服を脱がそうとしたところでエルが悲鳴を上げたので他の村人が来て、それ以上のことはできなかったようだ。ベリルについては、逆にグーパンチで伸されて告発もされたと。
「俺は悪くない。あいつらが俺に態度が悪いからこうなるんだ!」
無茶苦茶だな。村長の息子として甘やかされて育った結果だろう。これは更生させるなんて、俺にはとても自信が無いな。エルの身も心配だし、もう村から追放としよう。
「ビート、よく聞くんだ。ここはセルン村で、レイジ村じゃない。村長は俺だ。お前は問題を起こした。よってこの村の住人として受け入れる事は拒否する。永久追放だ」
「な、なんだと!?」
「意味は分かるだろう。次に戻って来たら、兵に斬らせる。いいな?」
「な…な…馬鹿野郎、どうしてそうなる!」
もう諭すとか、そう言うことが出来る状態でも無いな。まあ、泣き付かれるよりは追い出しやすい。
後ろに待機していたケインに命じる。
「連れて行け。次にこの村で見かけたら、問答無用で斬って構わん」
「はっ! さあ、来るんだ!」
「くそっ、俺にこんなことをしてタダで済むと思うなよ!」
引きずられるようにして、ケインに引っ張られていくビート。まだ村長の権力を笠に着ているつもりのようだが、今のお前にそんな力があるのかね?
お前はこれから先、どうやって生きていくか、そっちを考えた方が身のためだと思うが、ま、好きにしてくれ。
雪の積もった冬に食べ物も装備も無しで放り出されたら……いや、この辺は街道も人里もあるからな。俺が前に自活しようとして失敗した森よりは楽かも知れない。
ロフォールの他の村や街に入り込まれるのも嫌だから、後でティーナに言って、ロフォール全体から閉め出してやるとしよう。エルを襲おうとした罰だ。
翌日、兵を多めに連れて来て、セルン村の入り口にいた浮民達に、この村では受け入れないことを正式に伝えた。
彼らはがっくりしたが、それほど驚きはしなかった。むしろ、他の村に逃げてきてすぐに受け入れられる方が珍しいのだろう。
赤ん坊を連れていた母親は毛布を持っていたが、村の誰かが渡してやったようだ。俺も多少の同情はあるので、銀貨と銅貨をこっそり母親に渡してやった。まあ、受け入れてやるのが一番なんだろうけど、赤ん坊を連れてる浮民はもう七世帯も受け入れていて、これ以上は無理だ。赤ん坊を受け入れるとなれば、母親も父親もと膨れあがっていくし。
屋敷に戻ってティーナに報告したが、他の村でも似たような状況で、一部が暴徒化し、街では四十八名が死亡、ティーナの直轄であるバリム村でも六名が死亡していた。
その多くは治安部隊、つまりティーナの配下の兵に斬られて死んでいる。
パンの取り合いになり、村人が鍬や鎌を持ちだしてしまい、被害が大きくなったようだ。
兵士も鎮圧に必死で手加減どころでは無かったはずだ。群衆が血走った目で言うことを聞かずに向かってきたら、マジで怖いし。
「ユーイチがいてくれたら、魔法で被害を減らせたかもしれないのに、ううん、それよりもっと早く、領主である私が受け入れ拒否の姿勢でいたら…」
沈痛な表情で頭を抱えるティーナ。このところ思い詰めている感じなのでちょっと心配だ。
「済んだことは仕方が無い。暴徒を鎮圧するのは領主の役目だ。次は君ももっと上手くやれるだろ」
「そうね。そうしないと」
「原因が分かったわよ」
ドアが開き、リサが入ってきた。
「ああリサ! 無事で何より。それで何が原因だったの?」
彼女はボルンのところに調べに行くと言って一人で行ってきてくれた。雪の中、またあそこまで行くの大変だったろうに。
「結論から言うけど、税は下がってなかったわ」
「え? そんなはずは」
そんなバカな。
ボルンとは手紙でやりとりして、実行した政策もこちらに伝えてもらっていたのだが。
「調べてみたけど、配下が税金を横領してたわ。それもあちこちで」
「おいおい…」
「ええ?」
「ま、証拠を集めてあの子爵に渡しておいたけど、あそこはどうにもならないでしょうね」
それでも、証拠を集めて突きつけるとか、リサは手際が良すぎる。他の斥候の兵ではこうは行かないだろう。
「あんの役立たず共!」
ひい、机を殴ってティーナが怒った。
「じゃ、後はアンタ達に任せるわ。私は休むから」
また子爵のところへ行って来てくれと頼まれるのを心配したか、そう言って退出するリサ。
「ええ、ご苦労様。暖かいスープでも飲んで、ゆっくりしてて」
「そうさせてもらうわ」
「しかし、こうなると、手がありませんな」
リックスが言うが、ホント、そうだな。
「ううん。ユーイチ、次の手を考えて」
「あの無能領主の首をすげ替えるか、いっそのこと、ティーナが直轄にするか…」
人事をこちらが握らない限り、何をやっても無駄な気がする。
「ふう、私もそうしたくなってきたけど、スレイダーンに勝手に兵を出すわけには行かないわよ」
「左様、和平を結んだばかり。ですが、そうですな。勝手にでなければ、構わぬかも知れません」
リックスが何か企んだようで、ニヤッと笑う。スレイダーンに攻め込む気なのか?
「ええ? まあ、王宮へは報告書を上げておくわ」
王宮からの指示を待つにしても時間が掛かる。俺は暴徒鎮圧用の魔法開発と、もやしの栽培に取り組むことにした。
もやしなら日照量も関係ないし。もっと腹が膨れそうな物、ダルクの家からもらって帰ったジャガイモも植えたのだが、すぐには収穫できないとのこと。三ヶ月後の春が収穫時期だ。
だが、もやしはたった二日で芽が出たぜー。
一週間で食えるとか、最強だろ?
まあ、豆が必要なんだけどね。
量が増えるし、ビタミンCも補える。
木の実集めは雪が積もっていて困難だし、動物も冬眠してて狩るにしても今は獲物が少ない。
後は輸入だけが頼りだが、そちらはティーナの役割なので、俺はタッチしていない。
だが、現状を見るとどこの領地も麦が有り余ってるって感じでは無さそうだ。




