第十八話 無策
グロはありませんが、残酷な言動があります。この作品はあくまでフィクションです。
2016/11/25 若干修正。
浮民問題を解決すべく、発生源のスレイダーン側の領主に直接乗り込んで交渉。
エルトラント男爵は意外にも、こちらの提案をすんなりと受け入れてくれた。浮民として領地から領民が逃げれば、当然、税収も下がるし治安も悪化するから、男爵にとってもなんとかしたいところだったのだろう。
じゃ、増税ヤメレ! と思うのだが、ま、そこは内政干渉、致し方ない。
「思ったより、すんなりと話が通りましたな」
リックスが笑顔で言う。
「ええ。それより、ユーイチ、どこにあんな数の薬草を入れてたの?」
ティーナが変な事を聞くが。
「どこって、ローブだが」
「ううん…」
「面会は終わられましたか」
外で待っていたコーネリアスが俺達を見てやってくる。
「ええ、滞り無く」
「先ほど、薬草と言われたようですが、何の事でしょう?」
面会の理由は質問しなかったコーネリアスだが、やはり気になっていたようだ。
「ああ、ええ、浮民に関するお話を少々。こちらの領地に大量に流れ込んでいるので善処をお願いしたわ」
隠す必要は無いのでティーナも答えるが、それだと説明不足の気が。
補足しておく。
「病に倒れている領民達のために、薬師でもある私が薬草を男爵様に献上致しました」
「ほう? それは良きこと。ちなみに、どんな薬草を?」
目が鋭くなったコーネリアスは、俺が毒でも渡したのではないかと疑ったようだ。
「ごくありふれたアロエ草と、ポーションの方は月見草を調合した物です。コーネリアス様もお一つどうぞ」
懐から薬草の束と月見草ポーションを一つ、手渡してやる。
「む、なるほど。では、薬草の方はお返しします」
「む、そうですか」
お得な百枚セット無料キャンペーン中なのに…。
しかも、俺のスキルが向上して、新鮮で良質な薬草だけを厳選したんだけどね。
アナライザーさんの評価では、評価ランクが一つ上がって、平均20%の回復量増加が見込めるそうだ。
ついでにと思ったので、探知の呪文や求めの天秤も使って、ティーナの屋敷の裏に植え、品種改良にも取り組んでいる。
「そちらの方は、要りません?」
コーネリアスの護衛の騎士に差し出して見せたが、手を振って要らないと言われてしまった。ちぇっ。
「ユーイチ、騎士ともなれば高級ポーションが普通だ。しかもそんなにたくさんあっても邪魔でしか無いぞ」
リックスが言うが、これだからブルジョアジーは。緊急時で一刻を争う場合ならともかく、薬草でも時間と数量を掛ければちゃんと回復できるのに。
消耗品の回復薬は、しょぼいランクの物から使っていくのが常識ってもんでしょ!?
ボス戦で高級ポーションが足りなくなったときに後悔しても遅いんだぞ。
……まあ、そう言えば俺はゲームでラスボスを倒した時にもポーションは全部残ってたな。
いいんだ、アレはコレクションなんだ。くすん。
「ユーイチ、そんな顔しなくても、私が後で冒険で使ってあげるから、ね?」
ティーナが言う。
「うん」
「あーゆーときのユーイチはうるさいニャー」
「まあ、さすがに数ポイントのダメージで薬草を使え使えと嬉しそうに押しつけてくるのはウザいわよね」
リムとリサが言う。
くっ。
「ユーイチさん、私、頂きますね」
ありがとう、クロ。ほうら、もうワンセット付けて、良い子には二百枚あげよう。
「うっ…ど、どうも」
「後で捨てて良いわよ、クロ」
「なっ! もったいないことを言うな、リサ! 売れば金になるんだぞ?」
「アンタがいっつも大量に持ち込んで売りさばくから、ロフォール一帯では薬草が思い切り値崩れして道具屋がぼやいてたわよ」
「えっ、そうなの?」
「そうよ。アンタ、自分で買って無いからでしょ。今度、値段、見ておきなさい」
むう、道具屋の人達がいつも笑顔で買ってくれるから、喜んでくれてると思ったのに……チッ、領主の家臣ということでゴマをすられたか。後で金を返して謝っておこう。
しかし、売り物が値崩れするとか、リアル過ぎて嫌だわー。大量に薬草を売りつけてホクホクしたいのに。
「しかし、ユーイチ殿はどこからそんな大量な薬草を? 兵を使って集めさせているのですか?」
コーネリアスが聞いてくるが。
「いやいや、まさか。自分で集めて回るんですよ。ほら、ここにも生えてるし」
雪をちょっとかき分けると、ハイ、アロエ草。
この世界ではやたら繁殖が良いようで、探すのには苦労しないし、量も取れる。
「む、むう、今のは…これは驚いたな。こうも簡単に。さすがは薬師ですね」
「いやいや、ハッハッ。自分、まだ見習いですから。あ、何なら採り方のコツをお教えしましょうか?」
「いえ、結構。それより、先を急ぎましょう。日が暮れる前にこの先の峠は越えておきたい」
チッ。
「それでは、コーネリアス様、くれぐれもお気を付けて」
ホルガー君はこの場所の警戒任務に戻るようで、俺達には付いてこない様子。
「ええ」
狭い山道を通り、雪も積もっているし迷ったら大変だと思ったが、コーネリアスはしっかり地理を把握しているようで危なげなかった。
ただ、雪が積もる外で野宿とかね…。ストーンウォールで家を作ってやりたいところだったが、リックスが出発前に古代魔法はあちらでは使うなと釘を刺している。
優れた魔術士がいるとなると、パワーバランスが崩れ敵が条約違反だと非難してくる恐れがあるというのが理由だ。
それを言うならゴーレム軍団もいるんだし、ピラミッドもあるし、今更じゃん。
と、思うんだがまあいい。
中級魔法の炎壁と土壁は禁止されていないので、それで土を高くして雪を溶かして流して乾かし、コーネリアス達の寝床も作ってやった。さすがに、彼らも魔法を使うときは警戒して寡黙だったが、出来上がった後はコーネリアスが笑顔で礼を述べてくれた。
「これほどの魔術の使い手とは、ロフォール卿も良い配下をお持ちですね」
道中、ティーナが様で無くて良いと言ったので、敬称が卿に変わっている。
「いえ、配下と言うよりは、冒険仲間と言った感じですから」
ティーナも気を良くして笑顔で応じる。
「それに、コーネリアス卿。公爵家となれば、もっと優れた魔術士が仕えておられるのでは?」
話を向けるティーナ。
「いえ、うちはどちらかと言えば武家なもので。祖父が特にそうですが、魔術は下に見る傾向があるんですよ。私は、戦でも効果的に使えば戦局を変えられる程だと思いますが、残念な事です」
「ああ。うちも、どちらかと言えば、そんな感じかしら。魔法使いはいるにはいるんだけど、重臣じゃ無いし」
ティーナが言うが、そう言えば、ラインシュバルトの城で魔術士は見た事無いな。騎士の中に初級魔法を使える者がいたっけ。この世界では金属鎧を身につけると、マナの流れが悪くなり、魔法が上手く使えない。
それもあって、戦場ではあまり魔法使いは活躍しないのだろう。鎧が無いと弓矢とかで一発だしなあ。もっとバリアの強力なのを開発しないと。
……俺の初陣で見た、あの炎の魔法使いだけは、別格だったが。
「おや、ああ、侯爵家のことですね」
「ええ、ラインシュバルトの方。紛らわしくてごめんなさい」
「いえいえ、お気になさらず」
なーんか、この二人、良い雰囲気になってるような気がして、アレだなあ。
「じゃ、ティーナ、見張りは私が最初、次がミネア、最後はクレアだから」
リサがリーダーに報告。
「分かった」
「ああ、見張りなら、うちの騎士がやりますが」
コーネリアスが言うが。
「結構です、公爵様。冒険者は赤の他人には見張りを任せませんから」
おお、さすがリサ、ビシッと言ってやったね。コーネリアスは自分が次期公爵だからとホルガーに細かく説明していたが、リサの言い方を見る限り、公爵の子を公爵と呼んでも儀礼として別に問題は無いようだ。
「なるほど、冒険者の流儀ですか。結構。では、こちらはこちらで護衛の任務がありますので。では、見張りはよろしく頼むぞ、お前達」
「はっ! お任せ下さい、フィリップ様」
コーネリアスも自分の部下に見張りをやらせてここは馴れ合いはしない様子。
当然だな。
自分の命を初対面のよく分からない人間に預ける訳にも行くまい。ましてや、相手は戦争もやった国の相手だ。
油断してないぞと示すのは、相手に良からぬ気を起こさせないためのマナーでありエチケットだ。って、海外経験豊富な有名作家が言ってた。
極論の例えだが、裸の美少女が無防備に寝ていれば、それだけでトラブルを誘発しかねない。
日本も防犯意識に限れば、昔は鍵を掛けないのが人を疑わない良識ともてはやされる感じだったようだが、1980年代から急増した犯罪認知件数などにより風潮が変わって来たと俺の父さんも言っていた。
翌朝。
「うー、さぶっ!」
防水加工を施した寝袋――初めて作った時は、寝てるときにモンスターに襲われたらどうするのかと皆に不評だったので、ズボンのようにして腕と足を自由に伸ばせる形にしてある。それでも不評で俺とクロしか使っていないが――でも寒い。
テントを開発しておくべきだった……。
迂闊!
「体を動かしてみろ。すぐに暖かくなるぞ。よし、手合わせと行くか」
と、レーネが。
「はっ? 冗談だろう。ここで体力を減らしたら、うわ、バカ、誰もやるとは」
大剣を振り回して来るので、寝袋のままで避ける。避ける。ひい! 避けたッ!
「レーネ、次は私とやりましょう」
ティーナが言う。
「そうだな。攻撃してこないヤツは面白くない。よし、交代だ」
「ぜーはー、ぜーはー、くそっ」
姿が完全に見えなくなる透明人間の呪文、開発してやるんだから!
「ユーイチ殿、なかなかの身のこなしでしたね。剣術の嗜みが?」
コーネリアスが聞いてくるが。
「まさか。私は魔法使いですよ? 何であんなことを」
「そうですか、まあ、水を一杯」
「どうも」
「ロフォール子爵も、冒険者を標榜されるだけあって、なかなかですね。どれ、私も一つ……」
「なりませぬぞ」
護衛の騎士がその気になりかけたコーネリアスに低く落ち着いた声で止める。
「仕方ないか。そこの二人! そろそろ朝食にしましょう」
焚き火でパンを炙り、干し肉を鍋で煮たスープを一緒に食べる。
「む、これは…」
一口スープを飲んだコーネリアスは違いが分かる男のようだ。
「なるほど、入れていたのはブイヨンでしたか」
むむ、クロが投入していた固形ダシも見ていたか。注意深いし視野が広いな。
玉葱や鶏肉の煮汁をいったん乾燥させて、お湯を入れれば好きなときにインスタントスープとして楽しめるので、俺が開発しておいた。
究極魔道具、求めの天秤で水分だけを抜いて作った物だ。
残念ながら、フリーズドライは上手く行っていない。凍らせながら乾燥させれば余裕と思っていたが、凍るだけになって、上手く水分が飛んでくれない。
あれってどうやって作ってるんざましょ?
ネットさえ有れば…くっ。
インスタントラーメンを作りたい…。
まあ、十五分煮込んで良いなら、パスタを少し細くしてやれば生ラーメンになってくれるだろうし、後は醤油だけだぞ、ロバートよ。はよ醤油持ってきて。味噌もね。
「じゃ、出発しましょう」
食事を終えて暖まったところで、先へ向かう。
途中――。
先頭を行くコーネリアスの部下の騎士が馬の歩みを止めた。皆が押し黙り、視線を周囲に走らせる。道の両側を森の木々が囲み、見通しの悪い場所だ。
「フィリップ様」
「何人だ? 行けそうか?」
小声で問うコーネリアス。
「人数は多いですが、気配は隠し切れておりません。素人ですな」
「ならば、突っ切るか」
コーネリアスがこちらを見やり、ティーナとリサも頷く。
敵は盗賊か、モンスターか。
何事も無かったように進み始めた俺達の前に、ボロ布を着た薄汚れた男達が立ちはだかった。
盗賊、なんだろうけど、なんだか痩せこけて、迫力が無いな…。しかも、子供もいるな。
武器は剣や木の棒や鍬。
それが二十人ほど。
浮民が盗賊と化したか…。
「貴様ら! 我らを貴族一行と知った上での所行か! そこをどけ!」
騎士が怒鳴る。
「ふん、構わねえ、やっちまえ!」
「クソ貴族め!」
盗賊達は一斉に向かってきた。
むう、交渉もへったくれも無いな。金をくれてやって、パンでも買って食えば、盗みを続ける事も無いかも知れないのに。
だが、一度、強盗で成功してしまえば、農奴よりはずっと良いと味を占めてしまうかも。
俺が逡巡して何も出来ない間に、リサやレーネ、リックスやケイン、コーネリアスの騎士達があっという間に切り伏せてしまう。
そりゃそうだろう。いくら剣を手に入れたところで、鋼の鎧に身を包み日々訓練を欠かさない戦闘のプロ集団に痩せこけたド素人が敵うはずもない。
しかもこっちは結構な数がいたのに、その判断もできなかったか。ううん。腹でも空かせてたのかね。
「ひ…」
石を投げていた子供が、左右を見回して青ざめる。もはや生き残っているのは自分だけだとようやく気づいたのだろう。
そこにコーネリアスが剣を持ったまま近づく。
「コーネリアス卿」
ティーナがどうするのか懸念して後ろから声を掛けるが。
「ここはお任せ頂く」
そう言って子供の前に立つコーネリアス。
「お前は、どこの村の者か」
「レ、レイジ村」
「そうか。では、死ね」
「あっ!」
うわ、斬っちゃった。うーん、斬っちゃうか。まあ、こちらの世界では貴族に刃向かえば子供でも容赦無いからな。だから、親は貴族様には逆らっちゃいけないと、物覚え付くころから教育するのだ。
「何も殺さなくても…」
ティーナがそうつぶやくが。
「盗人の子は盗人になります。大きくなって誰かが襲われてからでは遅い。あなたも、手に掛けられるかもしれないのですよ?」
「それは…いいえ、私はそんな子供には負けません」
ティーナは真正面からコーネリアスの論理には立ち向かわず、自衛は出来るからと言った。
「確かに、あなたはそうかもしれない。だが、罪無き領民が殺されるのは問題だ」
盗みを働いた瞬間に、いや、すでに浮民として領地からは逃げていたのだろう。その逃亡も罪。
「……」
「死体を片付けます。手伝って下さい」
放置しておくと疫病を発生させたり、モンスターを呼び寄せる可能性がある。
俺は土壁の呪文で穴を掘り、リックス達がそこへ死体を放り込んだ。
ユーイチが安易に魔道具に頼ってしまったフリーズドライですが、ググってみると、
減圧やアンモニアなど工業的な方法とは別に、昼と夜の温度差を用いて凍らせたり溶かしたりを数日繰り返して作ることができるようです。
寒天や高野豆腐など。ところてんは登場させようかと思ってますが…。




