第二話 自給自足
2016/10/14 若干修正。
森に入って一週間が過ぎた。
あれから別の場所で、ごく普通の安全な泉を発見し、そこをニューライフの拠点とした。
そう! 俺は、もはや奴隷などでは無い!
腕に焼き印は残っているけれど。
何をするのも自由だ。
自由だぁあああーっ!
と言っても、食料を自分で探さないといけないし、ネットもゲームも無い。
学校に行く必要が無いのは嬉しいが、早く元の世界へ戻りたい。
帰ったら、無断欠席とかになってるのかね。
留年になったらヤダなあ。
「ニー」
「おう、クロ。じゃ、朝ご飯にするか」
パンキノコと、猫の実。
パンキノコを炙って、程良くきつね色になってきたら、取って食べる。
味はパンに近い。
しかし、なんだろう?
バターかジャムでも欲しいところだ。
野苺はその辺に生えているので、どうにかしてジャムを作れないものかな。
鉄の鍋があれば良いんだが。
男爵家に取りに戻ったり、街で仕入れるというのは却下だ。
見つかってしまえば、奴隷に逆戻りだから。
なので、食事の後、鍋の代わりになるモノを探すことにした。
今日はジャム作りだ。
「丈夫な器、燃えない器、と…」
森なので多くの種類の草や木がそこら中に生えている。使えそうなモノを片っ端から銅の剣で切っていく。
まずは、大きめの葉っぱ。
笹をそのままデカくしたような植物。葉は丈夫だ。
これを石の上に置き、集めておいた野苺を上に乗せ、洗った石ですり潰す。
うん、ここまでは上手く行った。
次に、野苺を葉っぱで包み込み、蔓でそれをぐるぐる巻きにして、焚き火にかけてみる。
適当に煮詰めれば成功だ。
「むおっ!」
そう簡単には燃えないだろうと思ったのだが、あっという間に葉っぱに火が付いてしまい、
野苺が地面にダラァー。
失敗です。
気にしない。まだ最初だもの。
最初の一発で成功しちゃったら、工作の楽しさが味わえないもんね。
失敗することは想定内、織り込み済みだ。
次、先ほどの反省を生かして、次は水気の多い葉っぱにしてみる。
うん、笹みたいな乾燥した薄い葉っぱでは、燃えて当然だ。ちょっと、燃え方が激しかったが、燃えない葉っぱも必ずあるはずだ。
大きさは同じくらいで、少しぶよぶよした肉厚の葉っぱを見つけた。
野苺を乗せて、すり潰す。
「ぬおっ!」
葉っぱも潰れて崩れてしまった。穴が開いて、これでは使い物にならない。
失敗だ。
丈夫で燃えない葉っぱを探す。
「ううん、無いなあ。大きさもないと、いけないし、条件が厳しいか…」
「ニー」
ならば、葉っぱ以外も試してみよう。
オレンジ色の大きな木の実を拾って、ずらっと内側に生えている柿の種のようなモノを取り除く。
毒があるかもしれず、怖いのでこの種は食べない。
お椀の大きさの木の実カップのできあがりだ。
乾燥していて丈夫そうだ。
泉で、水洗いして、苺を乗せてすり潰し、焚き火にかける。
「おう、くっさ!」
「ニー…」
これではジャムに臭いが移ってしまう。この実は駄目だ。
次は、良い匂いのピンク色の花の木を見つけた。大きな実もなっているし、これだけ良い匂いなら、大丈夫だろう。
銅の剣で木の実を切り落とす。
すると、ブブブブブ、と羽虫が飛ぶ音。
「うわっ! 蜂だっ! 逃げるぞ、クロ!」
「ニー!」
どうやらあの木の実に住み着いている蜂がいたようで、あ、危なかった…。
ううん、どうしようか。別に、そこまでジャムが欲しいわけじゃないんだ。
ただ、今後の事を考えると、これしきのことでへこたれていては、豊かな生活は送れないのでは、という気がする。
「よし、もうちょっと探すか」
「ニー」
クロがいてくれるので助かる。一人だったら、ちょっとやる気が出なかった。
次は瓜のような植物を見つけ、それを鋭い石を使って実を掻きだし、カップを作る。
野苺を乗せる前に、掻きだした実のペーストを腕に乗っけて、パッチテスト。
「うえ、かぶれた。これはヤバい」
ペーストを乗せた皮膚が少し赤くなっている。
掻きだしているとき、指がかゆい気がしたんだよ。
「クロ、これは食べちゃダメだからな?」
「ニッ!」
真剣な目で頷く猫。大丈夫そうだ。
念のため、紫の毒消し草をすり潰して赤くなった患部に塗ってみる。
「おお、凄いな。治ったぞ」
「ニー」
かゆみも止まった。
この紫蘇のような毒消し草は今後も色々と役に立ちそうだ。
だが、ジャム作りは断念することにした。
パッチテストは完璧とは言えない。
遅効性の毒を判断するのは難しいし、一度や二度なら平気でも常用しているとまずい毒もあるだろう。
食べられない実を使うのは危険だし、野苺をすり潰すだけならできるので、それをパンキノコに付けて一緒に焼けば、それっぽくなるのではなかろうか。
この一週間、食えそうな植物も探していたのだが、毒の事を考えると、ちょっと怖くなってしまった。
パンキノコと野苺と猫の実、これだけあれば食事には困らない。
栄養が偏るのが心配だが、今のところ体調は問題ないし、ビタミンは足りていると思う。
「猫の実、優秀! 完全食!」
「ニー、ニー! ニー!」
とは言え、やっぱり、狩りもしてみたいわけで。
「よし! 回り込め、クロ」
「ニー!」
体長三十センチくらいの、豚とウサギの合いの子のような獣を、クロと一緒に追いかけ回す。
「あっ! くそ」
足が短いくせに、結構すばしっこい。
「ウニャッ!」
クロがそいつに体当たりを食らってしまい、転ばされてしまった。
「だ、大丈夫か、クロ」
「ニー!」
怪我は無いようだが、子猫のクロを猟犬の代わりに使うのは、ちょっと無理があったようだ。
「よし、お前はもう良いぞ」
「ニー、ニー」
「ええ? まだやるって? ううん。じゃ、別の動物を探そう」
「ニー」
小動物を探す。
「キキ」
手のひらくらいのリスっぽい生き物が、無警戒に俺の足下に走り寄ってきて、くんくんと臭いを嗅いでいる。
「ほい、捕まえた」
余裕。
「キッ! キキッ!」
暴れるが、弱い。
どうだ、人間様の力を思い知ったか。
しかし、愛くるしい動きだな、こいつ。
つぶらな瞳で可愛い顔だ。
「ニ、ニー…」
「…そうだな。コイツは、止めておこう」
逃がしてやる。
食料に困っているわけでは無いのだ。触った感じ、太ってはいなかったし、毛が長めだったから、多分、美味しくない。
そういうことにしておこう。
次。
「おおう…アレはいけません…」
「ニー…」
大きな牛のような生き物。見るからに厳つい。鹿のような角だ。しかも、体長の高さは俺の身長くらいある。
この辺には強い魔物はいないって聞いたんだが、この森は違うのか?
そいつは地面の草を食べていて、草食動物のようだが、暴れ出したらとても俺の手には負えない気がする。
そーっと、後ろ向きに退散。
探索を続けたが、それ以外の動物は、見つけられなかった。
「うーん、狩りはちょっと無理だな」
「ニー」
だって素人だもの。
罠を作ればなんとか、と言う気もするが、まあ、今度、試してみるか。
「卵が欲しいところだな…」
ピロピロピローと、時折、良い音色の鳴き声の鳥が木の上を飛んでいる。
さすがに、その辺の地面に卵は落ちていなかった。
そんなに取り易ければ、俺たちだけで無く、他の動物にも食われてしまう。
自然は厳しいのだ。
「どれ、登ってみるか」
木の上から登って探してみれば、見つかるかも知れないと思い、幹の太い、登りやすそうな木を選んで、よじ登ってみる。
「う、うう」
木登りなんて小学校以来の気がするが、この革の靴は少し滑って踏ん張りが利かないのでよろしくない。
それでも、両手に力を入れて枝を掴むと、上がれないことも無さそうだ。
「うお、高いな…」
「ニー」
下を見ると、クロが心配そうに見上げている。
登ってみて気づいたのだが、木の幹を両手で抱える感じで登るため、周りの卵を探すどころでは無かった。
うん、まあ、何事もチャレンジだ。このやり方では卵を探せないと分かっただけでも、進歩だ。
それでも、この木の卵なら、有れば見えるだろうから、もう少し登る。
「うん?」
気のせいか、今、ちょっと枝が揺れたような…?
何も動いてないな。よし。
気を取り直して、枝に手を掛ける。が、今度は木が幹から、ぐいんっ! と揺れた。
「おわっ!?」
慌てて落ちないように枝をしっかり掴もうとするが、木の方も俺を振り払うかのようにユサユサと揺れる。
え? え?
何コイツ、生きてんの?
いや、そりゃ、木は生きてるけどさあ。
「ニー! ニー!」
お、おう、分かってるんだぜ? クロ。
こいつぁ、早く降りた方が良い。
分かっちゃいるが、動けないんだ。
ひー。
「うわわわわ」
木はさらに激しく動き出し、俺も振り飛ばされないように必死だ。
と、ボトボトと、何かいろんなモノが落ちてきた。
「うわっ! 毛虫」
左肩に落ちてきたものを見て焦る。
黒い毛虫だ。
結構デカい。
右手にもにじり寄ってきたので、手をちょっと引っ込めようとする。
「あっ!」
ちょうど右手を離したそのタイミングで木が大きく俺を揺さぶり、足も滑ってしまった。
「ふおっ!」
なんとか体勢を立て直そうとしたが、一度バランスが崩れるともうダメで、俺は地面に落ちた。
ドサッ!
やや着地に失敗し、尻と背中を強く打った。
「いってー…」
「ニー! ニー!」
こういうときは、あれだ、ゆっくり起き上がるのが大事だ。
万一、骨が折れていたりしたら、事だし。
体を軽く動かして確認する。
骨は折れていないようだ。
「いててて…ふむ、よし、大丈夫だ、クロ」
「ニー…」
下が草むらで助かった。剥き出しの地面だったら、さらに痛かっただろう。
「ていっ!」
肩にまだくっついていた毛虫を、落ちていた木の枝を使って振り払う。
「しかし、何なんだ、この木は」
持っている木の枝でつつく。
すると、ガササッ!
なんか面白い。
つんつん。
ガサササッ!
ウホッ。
「ほーれ、こちょこちょ、ここがええのんか?」
「ニー、ニー」
「大丈夫だって、クロ」
木は動いたものの、俺を攻撃してきたわけでは無い。
そう思ったのだが。
「グオー!」
突然、木の大きな口と目が開き、咆哮とともに俺に飛びかかろうとする!
「ぎゃあー!」
「ニャー!」
慌てて這々の体で逃げる。
「ふう、はあ、はあ、焦った…」
後ろを見るが、さっきの木は追いかけてこなかった。多分、根が張っていて、歩けないのだろう。
それでも、奴の口は、俺の体が半分入ってしまいそうな大きさだった。
さすが異世界、怖い物がいっぱいだ。
「ニー! ニッ!」
ご機嫌斜めのクロ。
「悪かった、クロ、次からはしないよ」
「ニー」
許してくれたらしい。
その日の夕食は、大人しく猫の実にした。